俺は応接用の長ソファーに座り、この雑誌社の経理などの事務作業一般を任されているセイヴァこと「シェルク・セイヴァ」の尋問を受けている。以前、俺とクエス達がシガークラブ「R&J」で初めて出会った時に話していた「私レズだから」と言って、クエスのプロポーズを蹴った彼奴の幼馴染でもある。自分を振った女性とよく一緒に仕事する気になるなと俺は思う。俺だったら絶対に無理だ。
感情の起伏が全く顔に出ない彼女にここまでの経緯を話し、何とか納得してもらう事に成功した。
「成程、あの部屋は貴方が住む事になったと、そして事故物件扱いされていたのはハウスキーパーの不具合によるものだと言うのですね」
「そうゆう事」
「そうっス」
「そうでしたか‥‥‥今回の雑誌の目玉になると思ったのですが‥‥‥」
俺の話を聞き終えると、セイヴァさんは右手で左肘を支えて左手で顎先を掴んだポーズで何やら考え事を始める。俺もリコも彼女の無表情で独特の空気感に話しかけ辛くなってしまい、暫く彼女の様子を窺う事しか出来なくなる。
とは言え、沈黙して居るのも段々と耐えられなくなって来た俺は、さっきから頭に浮かんでいる質問を勇気をもって彼女にぶつけてみる事にした。
「ところで事前調査とかしないのか?」
「どういう意味ですか?」
「ほら、俺はアソコが事故物件だと役所で聞いたんだ理由もな。そうすれば取材なんかしなくても、何故事故物件扱いされている理由は分かったんじゃないかって」
「一応取材はしてもらいました。社長に」
「自分で行かなかったの?」
「色々な雑務を熟さなくてはならないので、其れに私は記者では無いですから」
「ああ、そうなんですか‥‥‥」
「そうゆうのは社長とそこのヘイド君に頼んでるんです」
すると背後からリコが耳打ちして来た。
「記者云々と言うより、セイヴァさん見ての通りですから取材とか無理っス」
成程と理解していると、セイヴァさんがジーっと此方を黙視して来る。美人に見詰められるのは男として嬉しい限りだが、こと彼女に見詰められるのは御免被りたい。何故なら視線が針の様に痛いからである。目鼻立ちが整いキリッとした知的な女性で、さらにメガネ型の端末を掛ける事によってそれが一層際立っている。だが、この鋭く人を射抜くような視線と、殆ど無表情なのはいただけない。これでは取材相手は委縮して何も話せなくなる。取材は相手に色々な事を話してもらわなければならないため、出来るだけ警戒心を抱かせない様にしたりして話しやすい環境に持ってくのが鉄則だ。
まぁ、記者じゃないそうだから関係は無いと思うが‥‥‥彼女は普段話をする事とかあるのだろうか? 家族とか友達とかそう言う人たちはいるのだろうか? 悪いとは思うがセイヴァ女史の家族構成や友人関係が知りたくなって来た。
とは言え、クエスに取材の依頼をしたのは失敗だな。あいつのあのやる気の無さを見る限り適当にある事ない事うわさ話を聞いただけで、それをそのまま報告したと言った処だろう。肝心な事は何一つ調べてないから今日のみたいな事が起こるのだ。まぁ、彼奴には天罰が落ちる事を期待しよう。
それから俺は3つ並んでいる机の内の空いているひとつを使わせてもらい、そこでクエスの野郎がどの面下げて戻って来るのかを内心ワクワクしながら待った。
その間、セイヴァ女史は俺の向かいの席でパソコンのディスプレイを眺めて仕事をしている。こっちから見て彼女の机は横向きに置かれているので、彼女の横顔が見える。
横顔も素敵だ。
確かにクエスが告白したくなる気持ちも分かる。だが、レズビアンとはちょっと残念ではある。まぁ、人の性に関してはあまり口を出すのは止めよう。
「私の顔に何かついていますか?」
セイヴァさんがパソコンの画面を見たまま俺に話しかけて来た。
「えっ!? いえ、何でもありません!」
「でしたら私の顔を見詰めないでください、気が散ります」
「す、すいません‥‥‥( ̄∇ ̄;)ハッハッハ」
美人なのでついつい見惚れてしまった。俺は彼女の仕事を邪魔しないように、隣の席で年代物のカメラを磨いている後輩君に小声で話しかける。今時そんな物で撮ってるんだと思ったが、此方も人の自由だから突っ込むのは良そう。
「何時もあんな感じか?」
「そうっス‥‥‥ああでも社長の前だと表情豊かになるっす。と言ってもほんのチョットだけ、本当に微妙な変化ですけど‥‥‥」
「ああん? そうなのか? そいつは楽しみだ」
「と言っても本当に微妙な変化で分からないかもしれませんよ。僕は分かるのに1年かかりました」
「え、そ、そんなに? 後輩君が鈍いだけじゃないのか?」
「失礼っすね、こう見えてもカメラマンとして人の微妙な表情の変化は見逃さない自信があるっす!」
「フ~ン」
俺はリコの話半分で聞きつつ、クエスと彼女の関係をもう一寸突っ込んで聞いてみる事にした。勿論、セイヴァさんには聞こえないくらい小声でひそひそとな。
「なぁ、何であの二人一緒に仕事してるんだ?」
「如何いう意味っスか?」
「イヤよ。俺だったら自分の振った女性と一緒の職場は居づらいって言うか‥‥‥」
「あの二人は子供の頃からの幼馴染っス」
「そりゃ前聞いたよ。仲良しな幼馴染だったとしてもよ、フラれたらそれはそれで関係に亀裂が入ってもおかしくないだろ?」
「そうっスね。ただここはセイヴァさんの持ちビルなんス」
「えっ!? 彼女、此処のオーナーなの!?」
思わず大声を出してしまった。その声に当然セイヴァさんも気付いて俺の方に顔を向け、視線が合うと彼女はクイッと眼鏡を上げる。
も、もしかして俺たちの階は聞こえてましたか‥‥‥?
後輩君曰、このビルは元々セイヴァさんのお父様の持ち物らしく、彼は他にも数棟のビルを持っている不動産貸賃業者らしい。このビルは彼女の二十歳の誕生日にプレゼントされたもので(誕生日プレゼントがビルだなんて‥‥‥)、彼女はそこからオーナーとして父親の仕事を学んで手伝う事になったそうだ。そんなこんなで半年前に新聞社をクビになったクエスと勢いで付いて来た(勢いだったんだ‥‥‥)リコが転がり込ん出来たと言う訳である。
元々、クエスとセイヴァの父親が学生時代からの親友で、その縁もあって二人は幼馴染になった様だ。クエスの方が5歳年上と言う事もあって、周囲からは幼馴染と言うよりは仲の良い兄妹に見られてたそうだ。その縁があったためこのビルの2階のフロアを貸して貰い彼奴は雑誌社を始めたのだ。しかも家賃はタダだとよ。あと、タダで貸す条件が彼女を事務員として雇う事らしい。だからたとえフラれたとしてもクエスは彼女をクビにしたりは出来ないのだ。
「ほぇ~、そんな事情があるんだ」
「そうっス、でもセイヴァさんは社長に甘いっす」
「え、そうなの? そんな風には見えないけど。て言うか、二人が日頃どう接しているか見た事ないから分からんけど」
「絶対にセイヴァさん社長のこと好きっス!」
「え、そうなのか? 振ったんだろ? レズだって言———」
すると急にセイヴァ女史がスクッと立ち上がったので、俺もリコも驚いて身構える。
「そう言えばお茶の用意をしていませんでしたね。此処に就職するとは言え、オルパーソンさんは今日はお客様でもありますから」
「ああそんな気を使わなくても‥‥‥」
「いえ、私も丁度お茶を飲みたいと思ったので序です」
「そ、そうですか其れじゃ‥‥‥」
「あ、あの~僕は‥‥‥」
「良いです。ヘイド君のも入れて差し上げます」
「ありがとうございますセイヴァさん」
セイヴァは部屋の片隅に置いてあるポットの所へ行って3人分のお茶を入れる。取りあえずお茶を入れてくれるので優しい人ではある様だが、如何せんあの無表情では色々と誤解を生みそうだな。
そしてセイヴァはお茶の入ったティーカップをトレーに乗せて持って来ると、俺たちの前に置き、自身はピンクのキューピットを思わせるシルエットの描かれたティーカップをもって自分の席に戻る。結構可愛らしいティーカップ使ってるんだな。そう言う所は女性らしくて安心する。
「おおう、帰ったぞ」
するとこのタイミングでクエスが帰って来た。社長のご帰還に逸早く反応したセイヴァさんは、すぐさま立ち上がってカツカツと明らかにワザとヒールの音を大きく鳴らしてクエスの許に向かう。こっから修羅場が始まるのかと俺は期待する。
「社長‥‥‥」
「うわぁ!? なんだよ驚かせるなよシェルク」
セイヴァさんがクエスの行く手を阻むと、彼奴は大袈裟なジェスチャーで驚く。そしてグイグイとあの無表情をクエスの顔に近付け、彼奴をたじたじにさせている。
「なぁなぁ今のは如何いう顔だ?」
俺はこれから始まる修羅場に内心興奮気味に隣のリコに話しかける。
「怒ってるっス」
「やっぱりそうなのか。でも、さっきと変わって無い様に見えるけどな」
「だから行ったっス、セイヴァさんの表情を読むのには2年かかるっス!」
「お前さっき1年て言ってなかったか?」
「そ、そうだったスか‥‥‥気のせいっス」
段々後輩君の言葉も怪しく感じて来た。て言うか、この場所に雑誌社開いたのは半年前だよな、リコがセイヴァと一緒になったのは半年前だからそもそも1年も経ってないはずである。と疑問に思ったが、今はクエスとセイヴァの修羅場の行方の方が気になるので、その疑問は後にしよう。
「社長、私の調査依頼をすっぽかして何処に言っていたのですか?」
「えっ!?」
セイヴァさんの言葉にクエスは一瞬狼狽え、そして俺たちの方を見たので当然ながら俺は生暖かい目で彼奴の視線に応えてやった。そのまま簀巻きにされちまえ!
だが彼奴は一瞬だけ俺たちに怒りの表情を見せただけで、その直後にセイヴァに視線を戻して軽く溜息を付くと、手に持っていた箱を彼女の視線に入る様に持ち上げる。
「ほ~ら、シュークリームとエクレアだぞ~。何時も面倒な事務処理を片付けてくれてるからな。社長としての心遣いってやつだ」
あ、お菓子で釣りやがった。俺がそう思った瞬間、セイヴァ女史はその箱をクエスから奪い取り、すぐさま踵を返して自分の席に戻ろうとする。が、一旦止まってクエスの方に振り返る。
「こんなもので赦されると思ったら大間違いです」
「わーってるよ。最近出来たあの店のシュークリームだ」
最近出来た店と聞いたセイヴァさんは素早い動きで自分の席に着くと、早速箱を開けて中身を確認する。こっからでは何が入っているのか見えないが、彼奴の言葉を借りればシュークリームとエクレアが入っているらしい。ただ中身を見た彼女の顔が一瞬綻んだ様に見えたが、其れも一瞬の事で今では無表情に戻っている。そして箱の中からシュークリームを取り出して食べ様としたが、俺らの視線に気付いて食べるのを止める。そして「本当にこんな事で赦さないんだから」と、再度念押しみたいにクエスに言ってからシュークリームにパクつく。甘い物に弱いとは結構可愛いとこあるな、セイヴァさん。
「一瞬笑ったような‥‥‥」
「え!? 分かったんスかセイヴァさんの表情が! 分かるのに3年もかかると言うあの表情を」
もう如何でもいいわ。と俺が思っていると、クエスからお声が掛かる。チクった事へのお小言だろうか。多分そうだろう。修羅場が見れなくて残念だよ。
「おい、よくも彼奴にサボった事チクったな」
「サボる方が悪いんだろ」
「チッ、ま、まぁ其れはいいとして、それにしても取材早く終わったみたいだな。俺はてっきりまだ帰って無いと思ったんだがな」
「取材はしてないっス」
「何だよオメーらもサボりかよ!」
「チッ、しょうがねぇな‥‥‥」
俺は同じ事を何度も話すのが少々面倒になりつつあったが、話さない訳にも行かないのであの事故物件の真相をクエスに話す。
「って事は何か? 出来た頃からのハウスキーパーの不具合が原因だと、それで面白そうだからそのままにしてあったと、そんで今では高額の修理代が掛かるから直してないと?」
「そう、それが真相。ミステリーの「ミ」の文字も無い話」
「何だよそんなオチかよ。サボって正解だったな」
「おい、取材サボるなんてジャーナリズムの欠片もねぇのかよ」
「うっせぇな! 俺は社会派なんだよ。ミステリーは専門外」
後ろにいるセイヴァ女史を怒らせない様に気を使ったのか、クエスは「ミステリーは専門外」と言う部分だけ小声になる。とは言え、俺は此処で雇ってもらう条件として事故物件の取材を肩代わりしたのだ。結果的に取材してないとしても、約束通りここで雇ってもらえるはずである。
「じゃあ、俺は今日から雇ってもらえるって事で‥‥‥」
「悪いがそれはまだだ」
「おおい! 約束が違うぞ!」
「お前と別れた後に思い付いたんだが‥‥‥」
俺の反応を見るように言葉と止めたクエスに、俺は嫌な予感と約束を破られた怒りとで物凄く嫌な顔をして見せる。
「今のお前にしか出来ない仕事‥‥‥取材をやって欲しい」
今の俺にしか出来ない取材? 一体何をやらせるのか知らないが、取材と聞いて興味を持った俺は取りあえずクエスの話を聞く事にした。
「ああ良いぜ。話だけは聞いてやる」
「フッ、そう来なくっちゃな」
クエスはニヤリと口角を上げると、俺が使っているデスクに飛び乗って座る。が、その直後にセイヴァ女史に注意されて慌てて居りる。幼馴染に注意されてバツの悪そうな表情になっりつつ、クエスは俺の隣の誰も使っていないデスクに移動し、キャスター付きの椅子の背もたれを前にして座り、仕切り直しとばかりに俺にやってもらいたい取材のを話し始めた。
遡ること3年前、クエスがまだ新聞社に居た頃の話しだ。当時の彼には、新聞社の他にとあるバイトをしていた。それは既に新聞社を定年退職した大先輩なのだが、彼は退職後も精力的にフリーの記者としての仕事をしていた。その大先輩と言うのが皇国では知らない者が居ないほどの伝説の記者と呼ばれる人物だ。彼とクエスの馴れ初めは今は関係ないので省かれたが、その伝説の老記者は人生の最期の仕事とばかりにあるネタを探っていた。それが皇国の闇とも言うべき代物で、3つの極秘計画なのだそうだ。
「3つの極秘計画?」
「ああ、オレはそれを3大闇計画て呼んでいる」
「はぁ? 3大闇計画? もっと良いネーミングは無かったのか?」
「先輩もそう思うっすか。ほら、そんな恥ずかしい名称付けるのは社長だけっス」
後輩君の言葉にクエスが黙視すると、リコは「カメラを磨かなきゃ」とワザとらしく言いながら俺らに背を向けて年代物のカメラを拭き始める。
話しを戻すと、当時既に100歳になっていた老記者は、流石にその年になると自分で調査することも出来ないので、そのネタを自分が最も信頼していたクエスに託して自身は引退してしまったのだそうだ。因みにその伝説の記者は其の2年後、今から1年前に102歳でこの世を去っている。
「で、その爺さんの遺志を継いでお前はその闇計画なるモノを調べているって訳か」
「そうだ」
「処でよ。その闇計画って何なんだ?」
「聞いて驚け、サロスとネクロベルガーの極秘計画だ」
サロスとネクロベルガーの極秘計画と聞いて俺は思わず色めく。なんせ俺は丁度サロス帝に関する調査中に取材を打ち切られたのだ。伝説とまで言われた老記者が、100歳になっても調べようとしたサロス帝の裏の計画があると聞けば、それは当然スクープである。ジャーナリスト魂に火が点くってなもんだ。
「興味あるみたいだな」
「当たり前だろ。で何なんだその計画って」
「サロスの3大闇計画は、H計画、X計画、Z計画の3つの計画だ。当然これは皇国の極秘中の極秘の計画であるため当事者以外内容は分からない。だが、あの爺さんはその計画について自分なりに調べてたらしい。まぁ、俺も協力したけどよ」
この調査には俺も関わっていると自慢気に胸を張るクエスを無視して、俺は話の続きを催促する。
「で、どんな計画なんだ? どれほど分かってるんだ?」
「まぁ落ち着け、調べた処だと結局何も分からないと言うのが結論だ」
「分かってねーのかよ!」
クエスの言葉に俺は憤慨した。結局の処、気を持たせるだけ持たせといて何も分かってないと来たもんだ。怒りたくもなる。
「そんな怒んなって」
「期待させといてそれかよ」
「まぁまぁ、俺も爺さんも推測の域を出ないものばかりで確証がないのさ。て言うか一国の最高機密を一介の記者がおいそれとスクープ出来る訳ないだろ」
「それはそうだが‥‥‥」
確かに一国の極秘計画がホイホイと民間に知られるなんて事は殆ど無い。だから陰謀論とか何とか噂話が広まるんだ。結局、振り出しか? って言うか、彼奴は俺に何させたいんだ?
「それで一体俺に何させてぇんだ?」
「勿論その計画の取材よ」
俺は訝しげにクエスの顔を見た。一国の機密情報を盗めって事か? 命が幾つあっても足りねぇぞ!
表情から俺の考えている事を読み取ったのか、クエスはニンマリと笑みを見せる。
「俺はまだ死にたくないぞ」
「分かってるよ。千里に道も一歩からってな。それにお前の表情、満更でもないって顔してるぜ」
「何処がだよ」
俺は何も分かっていないに等しい極秘計画の調査に付き合わされる事に嫌気がさしたものの、心の奥では知らず知らずに秘密を暴いてやろうと言うジャーナリスト魂に火が点いていたようである。
取りあえず俺はその3計画の現状が如何なっているのかを確認するため、クエスにその老記者から譲り受けたと言う資料を見せてもらった。
「HXZだったか? うーん、XYZだとスッキリするのにな」
「フッ、要は頭文字か作戦を悟られない様に単に一文字で表したと言った処だろう」
「まぁな、Xなんて正体不明の代表格みたいなものだからな」
「そうだな。だけどよ、そのXが最も分かり易かったぜ」
「そうなのかよ」
俺は資料のX計画に眼を通しながらクエスの話を聞く。
「X計画は軍が仕切ってる計画だ」
「軍が‥‥‥あゝ資料にもそう記されてる」
「そうだ。だから十中八九『新兵器開発計画』って処だろう」
確かに軍が仕切っていて、尚且つ極秘となると、安直だが新兵器開発計画が妥当な線だろう。ただそれを聞いて俺は複雑な気持ちになる。そもそも現行の軍事力の削減、新兵器に開発禁止、大量破壊兵器の使用禁止と破棄等々を謳った「パウリナ条約」は、ゲーディア皇国がエレメスト統一連合に提案した。言わば皇国は提唱国である。それをゲーディア皇国事態が破るなど本来ならあってはならない事である。
「パウリナ条約違反か? 自分が提案した条約を自分で破るとはな」
「ああ、オレは其れが許せねぇんだ! パウリナ様が折角結んだ条約を彼奴らは踏みにじりやがったんだ!」
忘れていた、パウリナ帝の事になるとクエスは頭に血が上る事を‥‥‥。此処からパウリナ帝の素晴らしや何やらと話し始めたので、俺は終わるまで資料画面を動画画面に変えて動画を見る事にした。
「お前何見とんじゃい!」
「話が逸れたからよ~。X計画が新兵器開発計画なんだろ」
「ああ、爺さんもX計画は新兵器開発計画だろうと言っていた。だけどよ、それに関してはエレメスト連合も同じだろ、隠れて新兵器とか作ってるんだろ?」
「おいおい、行き成り何言いだすんだ。幾らなんでもそれは‥‥‥無いとも言い切れねぇか」
確かにエレメストにも新兵器開発計画の噂はある。そもそもパウリナ条約を結んだために「第2次軍備再建計画」が中止された経緯もある。この事は皇国による陰謀論と言う見方も根強くあって結構根深い。計画の開始直前にこの条約が提言されただけに、軍上層部には「計画を頓挫させるための皇国の陰謀だ!」と言い出す者も当時はいた様だ。結局、この頃は平和路線が主流だったため、パウリナ条約はエレメストでも歓迎される事になったんだ。そう考えるとパウリナ帝が退位し、軍事政権が起こった頃からエレメストでも皇国に対して不安がる民衆が多くなっている。そのため今はまだ軍拡反対派が多いとはいえ、賛成する者も日増しに多くなっていると聞く。何時か連合でも軍拡路線に切り替わって戦争と言う最悪の未来もあるかもしれない。考えたくはないが‥‥‥。
「で、もしかして俺のこのX計画の調査をに協力しろと?」
「イヤ、それはいい」
「何だよ一番調査が進んでるんだろ?」
「爺さんが言うにはよ。これ以上X計画をつついたら危険と判断した様だ。皇国が新兵器を作ってるなんて事がおいそれと世間に知られたら、パウリナ条約の破棄や下手すれば戦争になりかねない。だから爺さんはX計画に付いては慎重でよ、これ以上突っ込まない事にしたんだと」
確かに軍が絡んでいるこの計画を下手につついて公けにすると、パウリナ条約の破棄に繋がりかねない。その後はエレメストが平和に対する危険とか何とか皇国に難癖付けて戦争になるかもしれない。連合政府はの連中は、「全人類はエレメスト統一連合の下、一致団結しなけらばならない!」とか何とか言ってるのだ。彼らからすると独立国であるゲーディア皇国の存在自体が目障りなんだ。だから条約を結んでも軍縮に及び腰だったのだから‥‥‥。
三十数年前の4年戦争みたいな事になるのは俺の望む処ではないし、それにそうなる前に皇国軍に消される可能性の方が高い。なのでX計画に付いては無視する事にして、あとのふたつ、H計画とZ計画の調査になる様だ。
「他のふたつはどんな計画なんだ?」
「分からん」
「はぁ? 分からんだと!」
「そうだ、爺さんの資料だと色々と調べたらしいが結局分からないと言う結論に至っている」
確かに資料には調査した過程が事細かに記されてるが、H計画の欄の最後には『現在の処詳細不明、さらに調査を進める』とだけ書かれている。
「ただよ」
「ただ、なんだ?」
「Z計画にはある人物がかかわってることが分かってる」
「ある人物?」
俺は資料に目を移しZ計画の欄をスクロールして行くと、最後に『テッド・グリビン医師がこの件に大きく関わっている可能性大』と記されていた。
「このDrグリビンてのが関係してると?」
「そうゆう事だな。ただ‥‥‥」
「ただなんだ?」
「グリビンは現在行方不明だ」
「行方不明?」
「そうだ、不思議だろ?」
「何が不思議なんだ?」
グリビン医師が行方不明の何が不思議なのか理解できず、俺は思った事をそのまま口に出したらクエスの奴、「こいつマジか!」と言った顔をしやがった。
「何だよ! 俺何か変な事言ったか!」
「言ったよ、お前此処に来てどんだけ経ったんだ? 1日や2日じゃねぇだろ。この国に阿保みたいにある防犯カメラに其処ら中をうろつく犬っころ、行方不明になる人間なんてこの国にはいないんだよ! 普通はな」
「ああ、確かにそうだな。普通ではない‥‥‥って事は、その医師の行方不明は普通じゃないって事か?」
「この国で行方不明扱いになりたかったら国に匿ってもらうか、居なくなっても捜索願を出してもらえない時くらいだよ」
「後者は切ねぇな」
「それに仮に黙って国外に行ったとしても、宇宙港のデータから国外に出たと言う事だけは分かるしな。Drは国外には出ていない」
話の内容からグリビン医師が居なくなったのは、如何やら国に匿われていると言う事になる。資料によると、医師の家族は既に全員死亡していると書かれている。まぁ、捜索願を出してくれる人が居ないともとれるが、医者である限り、働いていた病院なり何処かが出すだろうから、彼が行方不明扱いになったのは国が関係しているとみてまず間違いないだろう。
では何故皇国。と言うより、サロス帝はグリビン医師を行方不明扱いにしてまで何故招いたのか? 一体彼に何があったのか? それを調べろと言う事か‥‥‥。
「で、よ。調べた結果あることが分かったんだ」
「何が分かったんだ」
「グリビンを見たってやつがいたんだよ」
「本当か!? で、何処で見たんだ?」
「レメゲウムの採掘場だよ。偶々取材した奴が採掘場で働いていてよ。写真見せたら採掘場で見たって言たんだ。しかも一人や二人じゃねぇぜ、結構な目撃情報を得られた」
「レメゲウム鉱山? 何で医者がそんなところに? 怪我した鉱夫の治療か?」
「ちげえよ、少なくてもそう言うんじゃねぇよ。だが鉱山で見たって言う奴が居るって事は調べる価値あるだろ?」
「それはそうだが‥‥‥ううん? それってもしかして俺に鉱山で働けって事か!」
「そうだよ当然だろ、働く序に鉱夫から話聞いてくれ」
「チョットまてぇい! 俺は鉱山でマッチョなおじさんたちと働きたくないからここに来たんだぞ!」
「だけどよ。Z計画の糸口を掴む唯一の方法が今はそれしか見当たらねぇんだよ。なら行くしかないだろ?」
「お前が行けよ!」
「俺は無理だ」
「何でだよ!」
「あそこはな、働き口がない人間が職を見つけるまでの腰掛程度のバイトなんだよ。だから既に仕事している奴は働けないの、お分かり?」
「クッ、そう言えば役所のおっさんがそんな事言ってた様な‥‥‥」
「じゃあ行ってくれるよな。今のお前しか出来ない取材なんだよ」
俺は返事に窮した。鉱山労働なんて真っ平御免である。しかし、やらない事にはそのZ計画の進展は望めないと来た。
クソ、やるしかねぇのか‥‥‥。
俺は短時間に脳内で思考を巡らしたが、どれもこれも俺の気に入る答えでは無かった。そして俺は観念した。
「わーったよ。行けばいいんだろ」
「お前ならそう言ってくれると思ったぜい!」
「調子いいんだから‥‥‥」
こうして俺は役所で断ったレメゲウム鉱山での労働に従事する羽目になったのだった。