怠惰に創作

細々と小説の様なものを創作しています。設定など思い付いたように変更しますので、ご容赦ください。

H計画とミシャンドラ学園 FILE9

幾つかのクラブの見学を終えた俺は、人工的に演出された夕暮れを観賞しながら本館へと戻る。

時間的に夕食時と言う事もあり、学園長代理のレッジフォードから「学園の食堂でディナーでも」と言われ、特に何処かで夕食を摂ろうと言った予定も無かったので、そうする事にした。

如何やら食堂は無料らしく、貧乏人にはありがたいシステムだ。学園の食費もネクロベルガーが出しているのだから当然だが、一食分浮いた事は素直に喜ぼうではないか。

総帥閣下、ありがとう!

さて、食堂は本館と各校舎にある。本館の食堂は教職員たちの食堂で、各校舎にある食堂は生徒たちが利用している。特にモーニングとディナーに関しては、寮にも食堂があるため子供たちはそちらで済ませる事が多く、この時間には余り人が居ないとの事だ。

俺としては、食堂に集まっている生徒たちに学園での生活について取材を考えたいたのだが、人が居ないのではあまり期待できないと思いつつも、クラブ活動で寮へ帰る時間が遅れたりと、学園の食堂を利用する生徒もいるとレッジフォードが話していたので、話を聞けたらいいな程度の気持ちで本館ではなく校舎側の食堂へ向かう。

という訳で、俺は高等部の食堂でディナーと洒落込む事にした。

うん? べ、別に子供が苦手だから幼年部や初等部に行かない訳じゃないぞ、この時間に学園に残って居そうなのが高等部の生徒だろうと思ったからだ。それに俺が授業を見学したのが高等部だからな、高等部の生徒なら俺の取材をすんなり受けてくれるに違いない。だから高等部を選んだまでだ。それだけだ!

因みに断っておくが、中等部は中二病が大勢いると思っているから行かない訳じゃないぞ! 俺はそんな偏見は持っていない! 本当だよ。信じてくれ!

高等部の食堂に行くと、思ったよりかは生徒たちがいたので安心した。食事が出来て取材も出来る。正に一石二鳥、イヤ、料理は無料だから一石三鳥かもしれない。

校舎の一階が食堂となっているのだが、適当に空いているテーブル席に座る。

腰を落ち着けた俺は、さっそくテーブルの端のメニューと表示されている処をタッチしメニューの一覧を表示させる。テーブル一面に表示された料理を見て、俺の受けた感想はひとつ、「高級レストランやんけ!」である。さらに高級レストラン特有のやたらと長ったらしい名称の料理が並んでいる。

俺はメニュー画面の料理をタッチし、映し出されるホロ画像のメニューを見てみる。こうする事で、実際の料理が来た時の量や見た目を見る事が出来る。のだが、思った通り見た目の盛り付けは綺麗だが、量が少ない。

こんなん子供たちの食うものなのか? しかも無料で? 冗談だろ?

高級レストランで金持ちどもがチマチマと食べているような料理を、ここの子供達が食べている事が信じられない。しかも無料でである。

 

「如何かされましたか?」

 

俺が高級感あるメニューに戸惑っていると、ひとりの若い従業員が話しかけて来た。見たところ、高等部の生徒と同じ年くらいの若い女性だ。もしかしたら此処の生徒がアルバイトしているだけなのかもしれない。

まぁ、今はそんな詮索より料理だ。

 

「イヤね、此処のメニューが高級レストランみたいだな~と思っただけで、気にしないで」

「あゝ其れですか? それ、私も創ってるんです」

「へぇ~、君も‥‥‥⁉ えっ! 君が作ってるの? この料理?」

「全部じゃありませんよ。シェフクラブのみんなでそれぞれ担当してるんです」

「シェフクラブ? あゝもしかして料理を研究するクラブだとか言う」

「そうです。そこで毎週クラブのみんなが持ち回りで作ってるんです。今回私が担当しているのが、此れです!」

 

此処で女性スタッフが自分の担当する料理を指差して説明を始める。自炊なんてした事ない事もないが、高級料理には疎い俺にはチンプンカンプンで話が頭に入ってこない。それにどう反応したらいいか困ってしまう。すると、その事が伝わってしまったのか、彼女は話を止めて謝罪する。

 

「す、すいません私ったらつい‥‥‥」

「あゝイヤイヤ、別に構わないよ」

「それとここのメニューは全て予約制になってまして、通常メニューは此方をご覧ください」

 

女性スタッフはそう言うとメニューを次に送った通常メニューを表示する。

 

「あゝこれならわかる。って、処で何であんなメニューがあるの? しかもメニューの一番最初に、序に予約制って‥‥‥」

「あゝこれはシェフクラブのみんなが料理の腕を披露するためのものなんです。今週のテーマとか決めて、各々食堂で出すメニューを決めているんです。其れで今週は高級レストランのメニューを創作してるって訳です」

「そうなんだ。って事は、此処の食堂の料理って‥‥‥」

「はい、みんなシェフクラブのみんなで作ってるんです。幼年部、初等部、中等部、高等部のそれぞれの食堂は全部シェフクラブの生徒が切り盛りしてるんです」

「そりゃ凄いね」

「まぁ、幼年部と初等部には顧問の先生が付いてるんですけどね」

「成程ね」

「それではごゆっくり」

 

そう言うと彼女は別の処に接客に向かい、俺は改めて何を食べようかとメニューと睨めっこを始める。

 

☆彡

 

食事を済ませた俺は、食堂に集まる生徒たちに取材を申し込んだ。生徒たちはそれに快く受けてくれたので、色々な話を聞けた。

例えば、学園長代理は何時も学園内をフラフラと歩いていて暇そうだとか、あの先生とあの先生が恋人だとか、あの生徒とあの生徒は絶対に付き合ってるとか、という下世話な噂レベルの他愛もない話が多いが、ほぼ生徒たちはこの学園の事を気に入っているという趣旨の言葉が返って来る。生徒たちに取って、この学園は過ごしやすい所の様だ。それは良い事なのだが、ネクロベルガーの事を父親の様に慕っている生徒も多く、少し複雑な気持ちになる。

一応、彼は独裁者って事になっていますが、エレメストではね。独裁者と言えば諸悪の根源みたいな見られ方をしているからな。それを父親の様に慕ってるって? これってもしかして洗脳なのでは? とも思ってしまうのは、俺の偏見だろうか?

話を戻して、その他にも色々な話を聞く事が出来た。ゲーディア皇国では、生まれてから6歳になるまでに両親を亡くした子供たちは、各都市の養護施設に預けられる。

養護施設は、皇国が運営するモノの他に、個人経営などもあったようだが、サロス帝時代に一元化され、各都市にひとつの国営の養護施設だけになった。ただ、子供たちも今まで一緒に居た職員がいなくなると不安になるだろうからと、個人経営の職員も、以後は養護施設で雇うという配慮もされている。

なので、何処の養護施設にいたかを聞けば、その子が保育センター出身か、各都市の養護施設出身かが直ぐに分かると言う訳だ。保育センター出身の生徒が「エッグ」の子供たちと言う事だ。

もちろん中途入学もある。両親を亡くせば、子供たちはもれなく学園に転入となる。親戚に引き取られるという場合もあるが、ミシャンドラ学園があるこの国では、引き取られるよりも学園への転入が殆どの様だ。

それに、最初に聞いた時は驚いたが、家出した子供も引き取ると言う事だ。当然こっちはまだ親が生きてるので、半ば強制的に転入させると言う事である。

これは親の虐待や過度な締め付けから子供を救うというのが、一応の名目である。

エレメストでも、親に虐待された子供を親から強制的に保護する法律がある。それと同じように、皇国も虐待された子供は、ミシャンドラ学園や養護施設で保護される事になっている。そして虐待親は有無を言わさず収容所送りになる。

一方の家出に関しては、エレメストでは補導された後は親元に戻されるのが普通だ。家出にも色々な理由があるため一概には言えないが、一時の感情で家出したりする場合もあるので、基本的には親元に帰される。

勿論、虐待から逃げたなどの理由なら保護対象になるが、家庭環境を慎重に調べて如何するかは裁判所の判断となる。

皇国のやり方は、何でもかんでも保護という名目で学園に連れて行ってしまうと言う事であり、一種の誘拐とも取れる行為でもある。補導した子供が「帰りたくない!」と言えば警察は、親に相談せずに勝手に学園側に預けてしまうのだ。あとから親が捜索願を出した時に「その子ならミシャンドラ学園にいますよ」などと言われた時には、親御さんは如何いう心境になるのか‥‥‥。

しかも、最高権力者のやってる学園相手に「子供を返せ!」とは言い難いだろうから、時間が立って子供が「やっぱり帰る」とでも言わない限り、卒業まで会えなくなる訳ではないが、一緒に暮らす事はできなくなると言う事だ。

それに虐待の疑いを掛けられたら親は収容所行になってしまうしな。怖くて子供が家出しない様に、異常に子供に甘い親になってしまわないか心配である。甘やかされた子供が大人になると、我儘な勘違い野郎になるので他者とトラブルになりかねない。

まぁ、子供が一言「帰りたい」と言えばいいんだが、意地になって帰らない子供も居るだろうしな。此処は放任主義の自由な処で、学園の生徒たちは楽しそうに学園生活を送っている。長く居ればいるほど帰りたくなくなりかねない。

インタビューでも、家に帰って口煩い親と暮らすより、よっぽど良いと言った意見も聞かれる。勿論学園でも悪さをすれば先生に叱られる事になるが、頭ごなしに怒られるわけではないので、学園の方がいいという話だ。このまま親との関係が修復できない処まで行かない事を祈るだけだ。

ただ話を聞くと、親も親で学園に子供を預ける方が楽だと思っている節がある。現に片親だった場合、子供を預かってくれるので、預けている親も大勢いると聞く。

そんな話を聞いていると、7番目の校舎が作られる理由も納得だ。新しい校舎を立てなければならないほどに、子供を預ける親が増えているという証拠でもある。しかも、H計画で子供を作ってもいるのだ。ミシャンドラ学園の存在が、皇国の家庭環境を歪ませているようにも思うのは、俺だけだろうか?

家族って何なんだろう‥‥‥。

学園を取材して俺はふとそう思ってしまう。俺にとって家族はかけがいのないものだ。俺がフォトグラファーになる事も応援してくれたし、俺が新聞社で成功して名が売れ出した時も自分の事の様に喜んでもくれた。だからだろうか、新聞社をクビになってぐだってた時は一時的に連絡しなかった。心配させたくなかったからだ。両親からは偶に連絡があるけど、その度に「大丈夫」と嘘ついて親からの援助も断ってたっけ。あの時は強がっていたんだと思う。今思えばだけど、そっちの方が両親からしたら心配だったのかもしれない。なんせ息子の本当の状況が分からないんだからな、聞いても大丈夫というだけだし、分からないから不安だったかもしれない。

それに今の俺は、フォトグラファーでも新聞社の記者でもカメラマンでもない。故郷を離れて皇国に住む事になった小粒雑誌社の記者だ。

久しぶりに連絡するかな‥‥‥。

まさか生徒たちに取材して、望郷の念に駆られるとは思っても無かった。

そんなうちの親に比べたら、皇国の親は薄情ではないかと思ってしまう。子供を育てるのが面倒だからと学園に預けてしまう。一種の保護監督放棄と言われても文句は言えないだろう。

う~ん、人それぞれ、子供処か結婚すらしてしていない俺がとやかく言う資格は無いのかもな。

気を取り直して生徒たちに色々と話を聞いて行く。クラブ終わりなのか、疎らではあるが生徒たちが次々と食堂に来るもんだから話を聞くのに事欠かない。逆にいっぺんに大勢来ないから聞きやすくもある。

そうやっていろいろと話を聞いていると、こんな話を聞いた。何と、最近どこぞの貴族の子供が転入して来たっという話だ。中等部なので直接その生徒に話は聞けないのが残念だが、学園に貴族の子息が転入する事自体が初めてらしい。

貴族で家出って俺みたいな庶民には考えられないな。単純にいい生活できるのに勿体ないと思ってしまう。まぁ貴族に生まれた子供には、彼らなりの苦悩ってものがあるんだろうが、良い生活を捨ててまで家出するかな。この学園に留まっているって事は、一時の気の迷いで家出したという訳でもないだろう。よっぽどのことがあったのだろうか?

俺には分からないが、貴族に生まれたとしても、人生勝ち組~イェーイとは行かないもんなんだなと思った。語彙力のない感想で済まない。 

因みに貴族御用達の学園もミシャンドラにある。此方は皇族も通う学園であるため、彼らの名前を冠した「皇立ソロモス学園」という名称である。皇宮や貴族の別邸がある地表層にある。

他にも、政治の中枢である地下1階層には、そこに住む政治家や官僚の子供たちが通う「皇立ゲーディア学園」と「皇立ゲーディア中央大学」があり、軍の中枢がある地下第2階層には、同じく軍人の子供が通う「軍学校、士官学校、兵士訓練学校」がある。

やっぱり軍人とその家族が住む学校は、軍人を育てる学校しかないと言う事かな。

皇国の最高峰の教育機関である中央大学が、首都の地下第1階層にあるのも納得だ。地表面は貴族の別邸が立ち並んでいる。少しだけ地表面を観光した身としての感想だが、観光地としては良いかもしれない。しかし、多くの若い頭脳が集まる場所としては、なんだか場違いな気がする。

ま、他の学校について彼是考えるのは止めにして、生徒たちからある程度の話を聞く事が出来たので、今度は先生たちの話を聞こうと本館の食堂に向かう。

食堂に着くと、今日一日の仕事を終えた教師たちが食事をしていた。

此処は無料なので、食費を浮かせるために良く教師たちが利用していると生徒たちに聞いていたため、誰かは居るだろうと思ったが、正解だったようだ。

現在午後8時を過ぎているので、クラブの顧問をしているの先生だろうか、結構な人数が居る。此処では多種多様なクラブがあるため、クラブの顧問として雇われている教師も大勢いる。そういった教員は、クラブ以外は補助教員として働いていると聞いる。もしかするとここには正教員がいないかもしれないが、せっかくなので取材して行くことにする。

教師と言っても余り新しい話は聞けなかった。生徒たち同様に噂話などの下世話な話が殆どで、あとは仕事の愚痴などだ。愚痴に関しては聞いていてあまりいいものではないので適当にあしらったが、それでも結構疲れて嫌になるものだ。

そうやって教師たちを取材をして回っていると、ある興味深い話を聞く事が出来た。

それは学園長代理のレッジフォードの経歴についての話である。彼がこの学園の学園長代理になる前、なんと軍学校の単なる一教師にしか過ぎなかったのだそうだ。それがネクロベルガーの一声で、急遽学園長代理になったと言うのである。

 

「えっ! そうなんですか?」

「驚きでしょ。如何も総帥の中等部時代の担任だったとか、そのコネで学園長代理になれたんですよ」

 

50代半ばとレッジフォードと同年代位の教員が、人目を避けれる場所まで俺を連れられて、念のためとばかりに小声で教えてくれた。

俺にはネクロベルガーに才能を認められて、信頼を勝ち取ったみたいなこと言っていたが、この教員の話を信じるなら、それは嘘だったと言う事になる。 

それにしても驚いた。あの物腰が柔らかそうなレッジフォードが軍学校にいたとは。ああ見えて軍人なのか? 人は見かけによらないとはこういうことを言うんだな。

 

「レッジフォード学園長代理が軍学校にいたというのは驚きましたね。あそこは軍人を育成する学校でしょ?」

「へ? あゝ知らないんですか? あそこはそんな学校じゃないですよ、通常の学校です。まぁ、軍学校なんて名前ですから勘違いするかもしれませんね」

「普通の学校⁉」

 

驚いた。軍学校なんて言うからてっきり軍人を育成する学校だと思ってしまった。実際は何処にでもある通常の学校だというのだ。ただ軍人の子供たちが通っていると言う事と、軍の中枢にある学校なので「軍」という名称が付いているだけなのだそうだ。

話によると、別に親が軍人だからと言って、子供も軍人にならなければいけないと言う決まりがある訳ではないとの事だ。確かにそうであるが、名称でてっきり軍人を育てる教育機関と思ってしまった。名称を変えるべきだと思う。

軍人になるなら士官学校に入学するのだ通例だと言われた。それは分かる。エレメストでも、士官になるには地上軍士官学校や宇宙軍士官学校などに入学するからな。そこは何処も一緒だろう。

序に教員の話によると、皇国士官学校の入学条件は、中等部を卒後した健康な男女と言う事になっている。他にも、現役、退役(退役の場合は35歳以下に限られる)に関わらず、兵士や下士官は希望すれば入学する事が出来るらしい。兵士や下士官士官学校に入学する理由は、偏に昇進のためだ。彼らは、どんなに頑張っても平時は准士官(准尉)までしか昇進できないらしく、更なる昇進を求めるには、士官学校に入学して卒業(通常は5年、兵、下士官は3年)するしか士官になる道が無いそうだ。

士官になってしまえば、兵から入隊した者でも将官になるのも夢ではないそうだ。ま、実際になるには相当難しいだろうがな。

そして兵士訓練学校は、文字通り兵士の訓練学校だ。皇国では、徴兵制が採用されており、高等部を卒業した男女は身体的問題や大学に進学するなどの例外が無ければ、もれなく徴兵される事になる。そこで准士(準兵士)として2年間軍事訓練を受け、訓練期間が終わると一般生活(就職‥)に戻るか、軍に入隊するかを選ぶことになる。

但し、訓練を受けた者は30歳になるまで予備役扱いになり、有事の際は招集される事になる。さらに40歳までは、後備役として有事の際には召集され、後方部隊として従軍する事になる。

なので、徴兵された者は、41歳になるまでに戦争が起こらなければ、戦場に行かなくて良いと言う事になる。

ま、一応そう言う決まりではあるが、国の決めた事だ、戦局しだいで如何とでも変更してしまうだろうがな。

では、面白い話も聞けたので、早速レッジフォードの処にでも行こうと思う。

学園長室に戻った俺を、レッジフォードは迎えてくれた。時間はもう直ぐ22時になろうとしているのに、生真面目に俺の事を待っていた様だ。

 

「まだいらしてたんですか?」

「ええまあ、お客様を放っておいて帰る訳にも行きませんからね」

「すいません。こんな夜遅くまで突き合わせてしまって」

「いえいえ、其れではもうお帰りになるので?」

「はい、と言いたいのですか、ひとつだけ聞きたい事がありまして」

「何でしょうか?」

「学園長代理は、一教師から総帥の一言で急に学園長代理抜擢されたとか」

「あゝ、どっかの嫉妬教師にでも聞きましたか?」

「ええ まぁ、そんな処でして‥‥‥」

 

流石にだれだれとは言えないし、そもそもあの教員の名前は聞かなかったので、聞かれても答えられないけどな。

ただ学園長代理は余り驚いた様子ではなく、至極落ち着いている。

 

「まぁ良いでしょう。私が学園長代理になった経緯をお話ししましょう」

「え、良いんですか?」

「ええ まぁ、此処の一教師にも知れ渡っている事ですから別に構いませんよ」

「でしたら是非」

 

俺は、レッジフォードと向かい合う様に学園長室に用意された長ソファー椅子に座り、彼の言葉を待つ。

 

「あれはこの学園が開校する1ヶ月前くらいでしたか、何時もの様に教師としての職務を熟し、帰宅しようとしたら、当時の軍学校の校長に呼ばれましてね。そこで総帥から直々に今度開校する学園の学園長の代理になるよう要請があったと聞かされたんです」

「えっ⁉ 急にですか?」

「はい、急にです」

「それで如何したんですか?」

「急な話しだったので戸惑ってしまって。しかし、断るわけにもいかず、それに校長が既に手続きを済ませたらしく、よろしくと言われまして」

「断るも何も、受けるしかなかったという感じですね」

「そうなのですよ。あの時は吃驚して呆気に囚われて、気が付いたら学園長代理になってたと言った感じでしょうか」

「そうなのですか、其れは何とも‥‥‥。抑々何故総帥は貴方に学園長代理の責務を依頼したのでしょう?」

「う~ん、そうですね、総帥閣下の人事のルールと言いましょうか、そういったものがあるらしく、それに則るとミシャンドラ学園の学園長は私と言う事になった様です」

「如何いう基準ですか?」

「第1に能力があって意欲が無いものを選ぶべし!」

「え? え?」

 

レッジフォードが、急に大声で格言らしいことを言い出したので驚いてしまった。如何した? 

ただレッジフォードは、キョトンする俺を無視して格言を続ける。

 

「第2に能力が無く意欲のないものを選ぶべし! そして能力があり意欲のある物は重責に持ち入りべからず! 能力が無く意欲ある物は用いるべからず! だそうです」

「は、はぁ‥‥‥」

「私はその第2の能力が無くて意欲が無いに該当したから学園長代理に選ばれた。と言う事になりますな」

 

レッジフォードは声を出して笑ったが、要するに自分で無能で意欲のない人間だと言っている様なものだ。それはレッジフォードが尊崇するネクロベルガーもそう思ってるって事なのではないか? それで良いのか学園長代理!

 

「何かディスられてる感じがするのですが‥‥‥」

「何を言ってるんですか、私は総帥閣下が丁度中等部に入った頃に新人教師になったのです。それから20年も平教師だったんですよ。能力も意欲もない証拠です。そんな私にこう言った重責を任せてくれた。其れだけで感謝と自分で本当に大丈夫かというプレッシャーを日々感じて仕事をしているのです」

「ああ、そう、ですね‥‥‥」

 

レッジフォード自身がディスられても気にしないと言うのなら、別に俺がとやかく言う資格は無いか。

 

「あゝそうだ。学園長代理はネクロベルガー総帥の担任だった訳ですよね。中等部時代の」

「そうですが?」

「少し話聞かせてくれませんか? 総帥の子供時代の話を」

 

レッジフォードは一瞬、眉間にシュワを寄せて腕を組み、暫し考える素振りを見せる。

 

「まぁ良いでしょう」

「いいんですか?」

 

俺は、レッジフォードの反応から断られると思ったが、案外あっさりとOKしたので拍子抜けした。

 

「それじゃ、少しばかり昔話をいたしましょうか‥‥‥」