ワシがキンゲラ議員と始めて会ったのは、今から十‥‥‥一、二年程前の事だ。当時はサロス陛下の親政が始まって3、4年ほど経っていたかな? 当時は皇帝陛下を支えるヴァサーゴ大公家がこの世の春を謳歌していた頃だった‥‥‥。
あの時も皇都ミシャンドラ・シティにあるヴァサーゴ大公家の別邸で晩餐会があり、ワシは補佐官たちと参加するようネクロベルガー総帥‥‥‥イヤ、当時はまだ元帥閣下だったな、元帥閣下の命を受けてその晩餐会に参加たのだ。
当時のワシは元帥の代理として各所に派遣される「代行官」という職務に就いていて、あの御方の代わりに貴族が開くパーティーなどによく参加してた。ま、それに付いては今の監査官の職務と殆ど変わってはいないがな。
当時の閣下は陛下から色々な役職を兼任させ始められた頃でな、多忙を極めていたため呑気にパーティーなどに参加する時間が無かったのだ。だからワシらの様な代行官が必要だったと言う訳だ。特に当時のヴァサーゴ大公家とは共に皇帝陛下を支える身であるため、晩餐会への不参加は失礼にあたる。かと言って、仕事をほっぽり出して参加する訳にもいかず、なのであの日もワシらが赴く事になったのだ。ただ、今でもあの御方は余り外出されないので、もしかしたら‥‥‥イヤ、その話は止めておこう。
そう言う訳でな、ワシら代行官の仕事は閣下に代わって重要な各種イベントに参加し、他の参加者である貴族や有力者などの言動や動向をチェックして、元帥閣下に出来るだけ正確に報告する。それが代行官の役目なのだ。何もパーティーに参加して遊んで来る訳では決してない! ま、一種の情報収集だな。かっこよく言えばスパイ活動をしていると言ってもよいかな。なので広い会場でひとりだと心もとない、そのため常時数名の補佐官を同行させていたるのだ。
あの時もワシは3人の補佐官を連れて参加した。バラク・ギューター補佐官、チーロ・ソズ補佐官、其れとマール・ガリンガー補佐官の3名だったな。3人とも同期で優秀な補佐官でな、今では総帥府で働く彼らは立派な監査官になっている。ただ当時はまだ新人だった。
「う~ん、このソーセージ、脂がのっててとてもうまい! 嚙むと皮がパリッと弾けて中から甘い肉汁と油のハーモニーが‥‥‥」
「あ、あの~」
「おお、あちらのテーブルはどんな料理があるのだ?」
「イヤ、あの~」
「如何したねギューター君、皿が真っ白では無いか! 君たちも遠慮せずに料理を楽しみたまえ。それじゃあ」
「バラク、クロッサー代行官殿は行ってしまわれたな」
「ハァ~、此れではただ料理を食べに来ただけではないのか?」
「まぁ、あの体型だからな、さぞ何処のパーティー会場に行っても燥がれておられるのだろうよ」
「おいチーロ、そういう言い方はよくないと思うが‥‥‥ま、同感だな」
「あの方はマールを見習った方がいいんだよ、見ろあのスレンダーな体型を、スレンダーすぎて些か魅力に欠けるが‥‥‥」
「私を引き合いに出さないで! で、些か何ですって!」
「おお、すまんすまん、聞こえていたか」
「ええ、バッチリ来こえてるわよ!」
「それにしてもクロッサー代行官殿はいつもあんな調子なのか?」
「でしょうね、こんな事ならバケッド代行官殿に付いて行けば良かったと思ってるわ」
「そうだな‥‥‥だが、あちらはあちらで大変だぞ」
「そうそう、アガレス大公家の晩餐会なんて息苦しくて生きた心地がしないだろうな」
「そう思うと此処にこれたのは運が良かったって事だな」
「ふたりとも、楽ばかりしてると何時まで経っても代行官に選ばれないわよ! 一生補佐官止まりだからね!」
「ハイハイ、ガリンガー女史は野心家だねぇ~」
「茶化さないでよチーロ! それよりふたりとも、代行官殿が当てにならないみたいだから我々だけで職務を遂行するしかないわよ」
「同感だ、チーロ、マール、手分けして取り掛かろう」
「了解」
「OK!」
今は優秀な監査官でも、あの頃の3人は補佐官になってまだ日が浅かった。多分本格的な職務に就いた事も無かったかもしれん。ワシに付いて来たあの時が初めての任務だった筈だ。だから緊張して余り料理に手を付けていなかったな。まぁ新人とはそう言うものだ。これから多くを学んでいけばよいとあの時は思ったものだよ。
そんな事より、流石はヴァサーゴ大公家の晩餐の料理はとても素晴らしかった。特に素晴らしかったのがローストビーフだ! 皇国民が食べる安い合成肉など比べ物にならないほどの絶品だった!
皇国、と言うより宇宙民にとっての肉や魚は、科学培養で作られた物が一般的である。エレメストにいる牛や豚、鳥に羊に魚介類、それら動物から採取された細胞を人工培養して生成されたのが合成肉や合成魚、或いは人工肉や人工魚と呼ばれるものだ。
まぁ、味は悪くはない。元々その動物の細胞から作られたモノだから味自体は悪くはないし、料理次第ではとてもおいしくなる。
処が貴族たち、特に領主貴族の食肉は全く違う! これはエレメストから厳しい検疫をパスした家畜や魚介類を取り寄せ、別邸の敷地内で育てて捌いた肉なのだ。そう、天然モノなのだよ! 一度食べれば合成肉など食べられたものではない! と思わせてくれる一品じゃよ。しかも各領主貴族は牛や豚、鶏や魚介類などそれぞれがこだわっておってな、その家特有のブランドを持っているのだ。晩餐の度にそれらが振舞われるので、何処そこで宴が開かれると聞けば、ワシは勇んで志願しているのだ。
今回はヴァサーゴ大公家の晩餐に行ったのだが、実は同日にアガレス大公家も晩餐を開いているのが残念な事だ。知っているとは思うが、ヴァサーゴ大公家とアガレス大公家は昔から仲が悪く、常にバチバチの状態なのだ。事の起こりはゲーディア皇国が建国された時代まで遡る。あの当時は第1都市バルアが皇都だったのだが。次の第2都市アガレスの統治をめぐって、初代皇帝であるウルギア帝の父方の従兄弟である「ザボエル・ソロモス」様と、母方の従兄弟であるザクゥス・コーダ・クロイル様とが激しく対立したのだ。
何故そんなに激しく対立したのか、それは都市の序列に皇位継承権が絡んでいたというのが大きな理由だな。勿論、皇位継承権はウルギア帝の子息が次ぐものだが、今後皇国が続いていくにつれ、何が起こるか分からないと言うのが本音である。そこで親戚筋に当たる3大公家(後の4大公家)にも継承権が付与される事になったのだ。で、その順位が都市の建設された番号で決まる事になったので、第2都市アガレスの統治者が、皇族に世継ぎが生まれなかった際には皇帝を輩出する家柄となる訳だ。アガレスもダメだったらヴァサーゴ、其れもダメだったらガミジンと続く事になるものの、最も皇帝になれる可能性が大きいのがアガレスの統治者である事から、ザボエル様とザクゥス様の何方がアガレスの統治をするかの口論が絶えなかった様だ。
そんな問題を解決したのがウルギア帝の叔父に当たる「サミジナン・ソロモス」様だ。この方は早々に継承権では末席となる、第4都市「ガミジン・シティ」を選ばれ、逸早くガミジン大公になっておられてな、その方の提案で三闘と言う決闘によって勝った方がアガレスの統治者になる事になったのだ。
結果から言うと、ご存知の通りアガレスはザボエル様の統治下におかれる事になったのだが、この遺恨が今でも続いていると言う訳だ。それはブランド肉にも繋がっておる。
アガレス大公家のブランド牛である「アガレスビーフ」に対抗するように、ヴァサーゴ大公家も「ヴァサービーフ」というブランド牛を出しており、このふたつが皇国でのブランド牛の地位を独占しておる。なんせこの方たちは貴族派閥の二大巨頭でいらっしゃる。御二人に配慮して他の領主貴族が牛肉のブランド化を辞退した訳だ。
そして最も残念な事に、この二家はライバル関係から何方かがパーティーを開くと、必ずもう一方も同じ日にパーティーを開催してしまうのだ!
おかげで何方を取るのか涙を呑んで決めなくてはならないのだ! こんな不条理があっていいのか!? いい訳無い!
怒ってもしょうがないのでローストビーフを所望する。
ローストビーフの場所には一人のシェフがいてビーフを切り分けているのだが、其の厚さが薄すぎる! もっと厚めに切らんかバカ者!
「あれですか? ネクロベルガー元帥の代理人と言うは?」
「あゝ‥‥‥」
「みてくださいよあの体型、嘆かわしい」
「ああは成りたくないものだ」
「ですな」
「聞けば、節操なしに貴族の晩餐に出席しては食い散らかすとか」
「あれを見れば頷ける」
「しかしアレでも元帥の代理人、懇意にして損は無いと思うがね」
「それもそうだな」
私はシェフの薄っぺらく切り分けたローストビーフを、皿に乗せられるだけ乗せ、グレイビーソースをたっぷりとかけてもらったのだが、あの時のシェフの何とも言えない表情は忘れはせん! ローストビーフを味わうのに何の制限があるのだ! ワシの気が済むまで何枚でも乗せい!
「クロッサー代行官でいらっしゃりますか?」
ワシが皿一杯のローストビーフを持って次のテーブルへと向かおうとした時だ。背後から声を掛けて来る者が現れた。ワシはてっきり遠くで此方を見ながらゴチャゴチャ喋っていた、氏が無い子爵連中が声を掛けたと思った。当時の元帥閣下はヴァサーゴ大公もといザクゥス宰相に並ぶ実力者、御近付きになりたい連中は多かったからな。だからそういった連中がワシの周りに集まるのだ。まぁ、閣下はそういった事が鬱陶しくてワシら代行官を派遣している節があるが、これほど素晴らしい料理が楽しめるのでワシは気に入っておる。
それで振り返ってみると、そこに立っていたのは見知らぬ人物じゃった。ワシは領主貴族の現当主の顔は全員憶えておる。あと配偶者や家族、分家の中でも発言力のある貴族の顔も大体知ってはいたのだが、その人物の顔を見るのは初めてだった。
「あゝそうだが‥‥‥失礼だがあなたは?」
「お初のお目にかかります。私はポーダ・ウッドラック男爵と申します」
「おお、そうですか‥‥‥」
ウッドラック「男爵」と聞いて、ワシは彼が元上院議員である事が分かった。が、如何して男爵が此処にいるのかに付いてはその時は分からなかったな。この時のヴァサーゴ大公家の開いた晩餐会はヴァサーゴ派の領主貴族の集まりだったからな、大公の親族筋か懇意にしている子爵ならいざ知らず、男爵がいたのが不思議だったよ。
ま、数年前ならいても不思議では無かったが、あの当時はサロス帝の親政によって皇国議会が解散させられていた。議会解散で下院議員は職を失ったのだが、それに伴って上院も事実上の解散状態になっていたのだ。そのため多くの元上院議員は、取りあえず地元都市に帰って市議として都市行政に従事する事になった。ただし、子爵ならば親族の領主貴族のツテやコネがあるため市議になる事も容易かっただろうが、男爵だとそれも厳しくてな、そのため宮廷官僚になる事を選んだ上院議員は多かった。
そしてウッドラック男爵がミシャンドラにいると言う事は、彼も地元の市議になれなくて宮廷官僚になる道を選んだと言う訳だな。ただ、爵位があるのに貴族ではなく官僚扱いとなるため、なかには辞めてしまう者も多かったと聞く。
とまぁ、そんな苦労人(多分)であるウッドラック男爵が、ワシに一体どんな要件があるのか? ワシに声を掛けたと言う事はその後ろにいる元帥閣下に用があると言う事になる。単なる一官僚が閣下に何の用なのか? ワシの興味はそこに尽きたな。
「で、ワシに一体何の用ですかな?」
「込み入った話でありまして、ここでは何ですので彼方に部屋を用意いたしました。そちらで話をしたいのですが」
「あゝワシは一向にかまいませんぞ」
「では此方へ」
ワシは取りあえず話だけでも聞こうと彼らが用意した部屋に行く事にした。のだが、その前に私の目に素晴らしきものが移りこんだので、それを取りに行く事にした。
「あゝチョット失礼」
それは素晴らしい盛り付けをされたチョコレートパフェである。なんと素晴らしい盛り付けだろうか! 正にスイーツの芸術作品! これを食せぬ訳にはいかぬ!!
ワシはすぐさまそのパフェを手に取り、その重量感に感動した! まさに全てが詰まった重みである。
ワシは右手にローストビーフの載った皿を、左手にチョコレートパフェのグラスを手に満足感を持って、ウッドラック男爵に付いて別室へと移動したのだ。
別室の前にはウッドラック男爵の部下と思しきふたり見張り役で立っており、重々しい空気を感じてしまってな、軽い気持ちで受けてしまった事を少し後悔してしまったよ。ま、仕事なんだがね。
別室に入ったワシは、早速目に着いたソファー椅子に腰かけ、手にしてローストビーフの皿とパフェのグラスをテーブルに置いた。流石にパフェは重かったからな、テーブルがあって良かったわい。
そしてウッドラック男爵がワシと向かい合う様に座り、その隣に別の人物が座って来た時は驚いた。多分、別室内で待機していたのだろうが、ワシは全然気が付かなかった。その人物は、小脇に角型封筒を大事そうに抱えていて、彼の事よりそちらの方が気になったな。
「クロッサー代行官、此方は私の秘書をしてもらっているトック・キンゲラです」
この時がワシとキンゲラ下院議員との初対面だった。さっきも言った通り、部屋にいた事が気付けないくらい存在感が薄い人物だった。と言うのがワシがキンゲラ議員から受けた第一印象だったな。ま、あの時は下院議員では無くてウッドラック男爵の秘書だったからな、秘書らしく後ろに控えていると言う意味では彼の存在感の無さは正解だったかもしれん。
「で、ワシと言うより、元帥閣下に何の御用ですかな?」
「ええ、元帥閣下には、あるプロジェクトの承認をしてもらいたいのです」
「プロジェクト?」
「はい、そのプロジェクトの概要を記したものがこちらです」
秘書のキンゲラが小脇に大事そうに抱えていた角型封筒をテーブルの上に置き、男爵が説明する。それが今回ネクロベルガー元帥に承認して欲しいプロジェクトの内容を記した資料なのだろうが、今時紙の資料だった事に少し面食らってしまったよ。角型封筒に可なりの枚数が入っているのか結構分厚くてな、可なり重そうに見えた。実際重かったしな。
「この資料を見てもらえば分かりますが、我々は皇国の未来のためにこの計画を進めたいと思っているのです!」
「ほぉ、未来ねぇ‥‥‥それは素晴らしい考えとは思いますが‥‥‥」
「代行官殿はバティン・シティで今最も深刻な問題をご存知ですか?」
「ええ!? あ~そ、その‥‥‥」
急な質問にワシはテンパってしまったよ。こんな時に難なく答える事が出来ればカッコイイのだろうが、あいにくワシは地方都市の事情に付いては上っ面くらいしか情報が無くてな、取り繕う事も出来なかったよ。
「薬物問題です」
「あ、あゝ知っていますぞ、確かバティン・シティでしたかな、薬物中毒患者が最も多い都市は?」
ワシの上っ面な情報の中に、薬物中毒者数がバティン・シティが全都市の中で一番多いと言うのがあったため、何とか話を合わせる事が出来た。危ない危ない‥‥‥。
「その通りです! 我々は、郷の荒廃を止めるべく、このプロジェクトを始動したのです!」
「そ、そうだったのですか‥‥‥」
そこからウッドラック男爵は故郷であるバティン・シティの未来を憂いている事を延々と語り始めた。聞いてるだけでも疲れてしまったよ。あと話してみて分かったのだが、ウッドラック男爵はとても暑苦しい男だと言う事だ。ちょっと苦手なタイプだな。
で、結局男爵の要件とは、元々バティン・シティでそのプロジェクトを進めていたそうなのだが、つい先日、急にバティン伯爵がプロジェクトの資金提供を打ち切ると言って来たらしい。あまり成果が出ていな事が資金提供の打ち切り理由らしい。もっともな理由だ。損切りが出来ないとズルズルと資金を浪費するだけだからな。そんな金があったら都政に使った方が市民のためにもなる。
途方に暮れた男爵が思い付いたのがネクロベルガー元帥と言う訳だ。あの御方は皇帝陛下の絶大な信頼を得ているため、閣下がプロジェクトを承認すれば、皇帝陛下も承認する。そうなると国家プロジェクトとなり、援助が貰えると踏んだわけだ。だから今日の晩餐会にバティン伯爵に引っ付いて来たのだそうだ。バディン伯爵はヴァサーゴ派だからな。
と言うか、そんな怪しいプロジェクトを持ち込んでも、閣下が承認してくださるか怪しものだとワシは思ったよ。とは言え、ワシら代行官は赴いた場所であった事を逐一閣下に報告するのが仕事だ。些細な事でも出来るだけ正確にだ。だからイヤでもこの事も閣下に報告する事になる。だから男爵はワシに掛け合ったのかも知れんな。どの道ワシはこの事を元帥閣下に報告しなければならないのだから‥‥‥。
「しかし、分からない事がひとつありますな」
「何でしょう?」
「何故このプロジェクトをはじめから閣下に提案しなかったのですかな?」
「それもこの資料を読んでいただければ理解していただけると思っております」
「そ、そうなのですか‥‥‥」
読みたくないから聞いたんだがな! あの封筒の厚みを見れば、中に入ってる資料の枚数は百や二百枚ではすまんぞ。そんな物をワシに読めと言うのか? 口頭で済む事だと思うんだがな!
とは言え、こうなっては持ち帰らない訳には行かないので、ワシは自宅に持ち帰って資料に目を通す羽目になった‥‥‥。
翌日、ワシはキンゲラ秘書から受け取った資料を引っ提げて、ネクロベルガー元帥の執務室に赴いた。あのあと資料を持ち帰って見たのだが、化学式だか何だかよく分からない事がビッシリ書かれていて、一般教育程度の科学知識しかないワシにはチンプンカンプンだった。
ワシは科学者じゃなからな、結局数枚読んだ処で眠くなって読む気が失せてしまった。
執務室に入ると閣下は報告書に目を通されていて、そのデスク近くの床にはアドルとドルフが伏せの状態で待機していた。だが、ワシが入って来た事を察知すると、一斉に顔を上げてワシを見た。だがすぐに興味無さそうな顔で伏せてしまった。ワシが閣下にとって危険では無いと判断されての行動なのだが、もう少し興味を持ってくれてもいいと何時も寂しくも思う。
閣下は報告書に目を通しながらが昨日の職務を労う言葉を掛けてくださった。ただ昨日の報告書の出来がイマイチだったようだ。それは無理もない。昨日のワシはウッドラック男爵たちのお陰で晩餐会の料理を殆ど楽しめ‥‥‥じゃなくて情報収集が出来なかったのだ。貴族たちも補佐官たちを警戒して言動にも注意していたのだろう。だからパーティーを楽しめと言ったのだ。ワシの様に晩餐の料理目当てで来ていると思わせれば貴族たちの警戒心も解けると言うのに。
だが今日はそれよりも重要な事がある。私は早速昨日ウッドラック男爵から預かった資料を閣下に提出する。
それを閣下は手に取って中身の資料の目を通された。ワシと違って閣下は資料に一枚一枚目を通され、ワシがチンプンカンプンだった200枚以上もの資料を、あっと言う間に読み終えてしまった。速読と言うものらしいが‥‥‥ワシがそう言うものが出来ないのでちょっと疑ってしまう節もある。本当に読めてるのか? イヤ決して閣下を疑っている訳ではないぞ!
資料を読み終えた閣下はそれを封筒に戻し、背凭れに寄り掛かって此方に視線を向けられた。何時もながらあの方と視線が合うと思わず緊張して背筋が伸びてしまう。
「ウッドラック男爵のプロジェクトを端的に言うと、死体を動かして労働力として使うと言うものだ」
ワシと目が合った閣下が最初に言われた言葉だ。ワシは「は?」と頭にクエスチョンマークが出たような気持ちになった。如何いう事だ? とね。
閣下曰く、ウッドラック男爵らのプロジェクトとは、死んだ人間の死体にとある処置を施す事で生き返らせて労働に就かせると言うものらしいのだ。そんな事が現実に可能なのか? そんな荒唐無稽な研究、バティン伯爵が中止するのも納得である。イヤ、伯爵も一定の期間は資金を出したのだったな。何処に惹かれて援助したのか聞きたいものだな。ただウッドラック男爵たちは大真面目にその研究をしているという事になる。
そして今度は閣下に、国にその資金を出してもらおうとしている訳だ。最初に閣下に持ち込まなかったのは、男爵たちも一応荒唐無稽なプロジェクトだと理解していて、通ると思わなかったからの様だ(それ位、昨日言っても良かっただろうが!)。そこで取りあえず薬物問題に悩むバティン伯爵に持ち掛けた様だな。しかし伯爵に資金の無駄と判断され、仕方なく閣下に泣きついたと言う訳だ。
ワシもそんな怪しい研究通る訳が無い! と思ってのだが、何と閣下はそのプロジェクトを容認してしまったのだ。これには驚いた。
話を続けると、このプロジェクトの主任研究員である「グリビン」という元エレメストで命名学の権威だった博士が、人を生き返らせる理論を完成させて研究をしていたらしい。で、その一端としてこのプロジェクトが立ち上がったそうなのだ。そのグリビン医師の最終目的は死んだ人間を生き返らせる事らしいのだが、ウッドラック男爵はそれには全く興味が無く、死んだ人間を動かすのが目的らしい。要するに「ゾンビ」を作り出すという事らしいのだ。
ゾンビと言ったらあの映画などに出てくる気味の悪い動く死体の事だ。そんなのがわんさか出てきたら如何なる。まぁ、あれは映画の作り話だが、此方は本気で作ろつとしているのだ。常軌を逸してるとしか思えない。人間を生き返らせるというのも無理がある話だが、だからと言ってゾンビとは‥‥‥。何故閣下は承認したのだ?
さらに話を続けると、ウッドラック男爵が何故ゾンビを作ろうとしているかというと、我が国で合法化された危険薬物を禁止に持って行くためだそうだ。確かに彼の郷であるバティン・シティは、薬物中毒者を最も出している都市である。危険薬物を廃止したがるのも無理はない。ただそれとゾンビ製造計画と如何いった関係があるのか?
抑々わが国ではサロス陛下が発布した皇帝令第1条に伴って、都市の防犯強化やそれに伴う法律など様々なものが施行、改変されたのだ。その中で、当初から議論になっていたのが危険薬物の合法化である。他がすんなり通った(皇帝陛下の命令なので通るのは当たり前なのだが)のに対して、危険薬物の合法化だけは最後まで反対の意見が多かった。ま、最後は皇帝陛下のゴリ押しで通ってしまったがな。
では何故、皇帝陛下は危険薬物を合法化しようとしたのかというと、それは政府が使用するためである。勿論、貴族や宮廷官僚などが薬物を使用するという事ではなく、逮捕した受刑者の中で、更生不可と判断された者を強制労働させる一環として、薬物を使用するのを許可したという事だ。
皇帝令第1条では犯罪者は人権を剥奪され、人でなく物として扱われる。そのため更生不可能と判断された道具(人間)を、強制労働に従事させる方法として最も効率がいいとされたのが麻薬による労働強制だ。ご存知の通り麻薬の作用により人は幸福感を得る事が出来るものの、効果がキレると不快な気持ちになってまた麻薬を使用したくなる禁断症状が出る。一度使えば抜け出せない地獄に陥るのだ。要はその禁断症状を使ってレベル6の受刑者を強制的に労働に従事させているのだ。働けば好きなだけ麻薬を投与してやると言う訳だな。だが、そうなると「国が薬物を使っているのに、一般市民が使えないのは不公平だ!」と、騒ぐ一般市民が出て来ないとも限らない。少なくとも皇帝陛下はそうお考えになられたのだ。だから陛下は下々にも危険薬物を解放すると言い出したのだ。
当然これはかなり危険な事だ。下手をすれば国民の多くが薬漬けになってしまい、皇国が崩壊しかねないほど危うい事になる。だから多くの者が此れに関しては反対に回ったのだ。結局は陛下にゴリ押しされたのだがな。
そんな中、ネクロベルガー閣下は皇帝陛下の意思を尊重しつつ、出来るでけ国民の被害が少なくなる様にと、各学校で麻薬の危険性を教える授業を義務付けたり、シガークラブでのみ使用可能としたり、危険薬物の取り扱いの一切を国の管理下で行ったり、中毒患者のための施設建設や人員の供出や育成を医療機関に指示したりと、かかるリスクに対処なされたのだ。
お陰でとは行かないだろうが、今のところ言うほど大きな薬物被害は出ていないと思っている。勿論ゼロではない。年間十数万人の中毒患者や死亡者が出ているしな。ただこれは薬物を禁止していた頃よりは増えてはいるが、それほど大きな数ではない。だからと言って良いと言う訳ではないがな。
でだ、それとゾンビ製造計画の関係だが、簡単に言うとレベル6の受刑者を全員ゾンビに変えて働かせる事によって、危険薬物を使用禁止にする、と言う訳だ。国が薬物を使用しなければ、国民に開放する理由が無くなるからだ。
まぁ、確かに言っている事は分かるが‥‥‥極端すぎる気もする。
ただこれを即容認してしまう閣下も、実は危険薬物を禁止にしたいという思いがあるのかもしれない。ただ、このプロジェクトには大きな問題がある。本当に死んだ人間をゾンビにする事が出来るのか? である。あの資料にそのための何か科学的な根拠となる説明があるのだろうが、ワシは信じられん。ゾンビだぞ‥‥‥。とは言え、閣下が決定した事もワシなんぞが意見できる訳が無い。要はこの計画が成った暁には危険薬物が禁止になり、薬物中毒になる国民が減るという事だ。ま、本当に成功すればの話だがな! と当時は思っていた。しかし実際成し遂げてしまったんだから凄い‥‥‥。
この後、閣下からサロス陛下に計画の上奏が成されたのだが、それに対して陛下の反応は芳しくなかった。難色を示した理由は簡単、陛下自身が麻薬に手を出しておられたからだ。実はサロス陛下が危険薬物を合法にした理由で最も大きいのが、自分で使用するためだったという噂があるのだ。本当かどうかは分からんが、実際に麻薬に手を出しているので強ち‥‥‥かもしれないがな。
陛下は後宮に引き籠って遊び惚けて‥‥‥まぁ、あれだな。なので政務はほぼ閣下やザクゥス宰相に任せっきりとなっている。そのため国政的には余り支障が出ていないのだが、あくまでも一国の元首が薬物に手を出していると知られれば大事である。エレメスト統一連合は勿論だが、ヴァサーゴ大公にしたらアガレス大公に知られるだけでも自身の権力基盤が崩れかねない事態なのだ。なので、今は皇帝陛下に謁見出来るのは極一部となっている。公の場に現れる時は医師の管理の下、健康状態を万全にしてから出席されている。今はまだ体調も変わらない御様子だが、今後はそうも言っていられない状況になるだろう。
アガレス大公などは陛下に個別で謁見出来ない事に不満を持っていて、その事で宰相やヴァサーゴ大公を非難している。
だから宰相などは後継者について既に考えている様だ。一応、宰相の娘が皇后と成ってはいるのだが、完全な仮面夫婦で子が無く、そのため宰相は最近始まったH計画の力を借りて子供を作ろうとしているのだが、それに対して陛下は「子供はSEXで作るものだ!」と正論(?)をかまして難色を示しておられる。
やはり陛下も人の子、男は下半身で物事を語るだよ! ハハハ‥‥‥失礼。
それで宰相による後継者問題の解決法は全く上手く行っておらず、昨晩の盛大な晩餐によって自身の力を示したヴァサーゴ大公家ではあるが、本当は可成り焦っている様だ。なんせこのまま皇子ないし皇女が生まれなければ、皇帝の座はバルア大公家が次ぐ事になるのだからな。
そのバルア大公家だが、そこには皇帝になりたいオーラを出しているフローグ・ソロモス子爵がおられる。しかし、フローグ子爵に皇帝になられると、我々としてもちと面倒な事になる。なんせあの方は7月事変の際に、北部方面軍第5軍団のダメル中将の後ろ盾を得て皇帝として擁立されるはずだったのに、それを土壇場でロイナント中将が推したサロス陛下に奪われてしまったのだからな。そしてロイナント中将にサロス陛下を推したのがネクロベルガー総帥(当時大佐)だったので、閣下は子爵に恨まれている。あの方が皇帝になったら可なりやばい事態になっていた。
そしてもしフローグ子爵が皇帝になれなくても、次の皇位継承権はアガレス大公家にある。そちらはヴァサーゴ大公家としても絶対に避けたい所だろう。
その点について閣下は冷静で、ある秘策を持っておられた。まぁ、分かっているとは思うが、ノヴァ皇女殿下、現在の皇帝陛下である。
当時は行方不明となっておられ、もはや亡くなられたとさえ思われていたあの御方がアフラに潜伏している事を知った時、ワシは小躍りしたのを憶えて居る。これでフローグ子爵に帝位を渡さずに済むとな。
おっと話が逸れたな。ゾンビ製造計画で麻薬が使用出来ない事に難色を示す陛下を、閣下は何とか丸め込んだ。サロス陛下が唯一信頼していたのが閣下である。陛下の性格もよくご存じで、色々と条件を付けて何とか話を纏められた様だ。多分、危険薬物禁止法が施行された後も、陛下だけ特別とでも言ったのかも知れん。なんせサロス陛下は相変わらずだったからな。
こうしてウッドラック男爵のプロジェクトは承認され、「Z(OMBIE)計画」として始動する事となった。その際に計画の責任者となったのがウッドラック男爵だったのだが、皇国議会が復活し、秘書をしていたキンゲラが下院議員に返り咲いた事で、以降の計画の中心人物が彼に移る事になったのだ。簡単に言えばキンゲラ議員がウッドラック男爵の後継者となった訳だ。
はてさて、キンゲラ議員、或いはウッドラック男爵と研究主任のグリビン医師との間にどのような取引があったのか? この研究の裏に何があるのか? キンゲラ議員の真の目的は? その事を男爵は知っているのか?
「う~ん、わっからん‥‥‥頭が痛くなって来た」
ワシの頭の中はパニック状態だ。もう駄目だ、我慢ならん。こういった時には気分転換が必要だ。
「よし、甘いものでも食べに行こう。脳を働かせるには糖分が必要だからな!」
脳を働かせるのに甘い物(糖分)は必要ないと嘯く学者がいるらしいがワシは信じておらん。脳を働かせるにはやはり甘いモノが必要だ。あんな学者の名を語る不届き者の讒言に惑わされる事無く、ワシは甘いモノを求めて執務室を後にした‥‥‥。
「そんな事があったのか‥‥‥。Z計画が終了して、それでグリビン医師がヴァレナント大尉の処に来て‥‥‥ああ、少佐でしたね」
「彼奴に気を使うな、大尉で良い。別に尊称なんてつけなくてもいい」
「相変わらず仲が悪いようで‥‥‥」
ヴァレナントの話をすると彼女の機嫌が悪くなる一方なので、話を変えるというより本題に入ろう。
「それで、そのキンゲラ議員て言うのがZ計画に関わっていると?」
「まぁな、彼奴との会話の時にグリビン医師はハッキリとキンゲラ議員の名を出してたし、彼奴はそれを私に聞かれたくなかった様子だしな」
「キンゲラ議員は皇国議会でも3本の指に入るほどの派閥の長だったな」
「ああ、キンゲラ派と言ってな、危険薬物禁止に政治生命を賭けている様な一派だ。薬物合法化で中毒者を多く出ている都市の下院議員たちが集まってできたんだ」
「強い政治的目標がある派閥か‥‥‥結束も強そうだな」
「まぁな、ただ私は思うんだが、もしかするとキンゲラ議員がZ計画の発案者かもしれない、とな」
「確かにそうかもしれないが‥‥‥どうしてだ? 議員とZ計画の関係は一体何だ?」
「それは、危険薬物禁止法可決のためじゃないのか? 実際に可決される様だしな」
「わ、私にわかるか!」
「結局、何が何だか分からずじまいって事だよな」
「まぁそうなるな、Z計画は終了してしまったのだからな。グリビン医師とキンゲラ議員の関係も、あの二人の間に結ばれた約束って言うのも、何もかも謎のままだ」
「じゃあやっぱり行くしかないな」
「そう言うと思った。だからお前に言いたい事がある‥‥‥」
「この件から手を引けってか?」
「鋭いな、イヤ当然の反応か」
確かにZ計画が終了してしまった以上、俺らがZ計画の真相に辿り着く事は万に一つも無くなったわけだ。だが希望が失われた訳ではない。グリビン医師への直接インタビューだ。そしてそれに必要なのがブルジューノ捜査官の持っている情報にある。
「グリビン医師の住所が知りたいって言うんだろ?」
「そうです。尾行して実際に医師の家に行ったんでしょ?」
「あゝそうだ」
「教えてください。イヤ、今すぐ連れて行ってください」
「それに付いて私はどう判断していいか決めかねている。開示していい情報と秘匿する情報それを注意深く判断する必要がある。下手をすると捜査官としての私の今後に関わるからな」
「今は開示してほしい。今後のお互いの信頼にも繋がる」
「分かっている。しかしそちらもそうやって私に提示する情報としない情報を分けているのではないか?」
「さ、さあな‥‥‥」
痛いとこついて来るな。ま、当然その事はブルジューノ捜査官も考えているよな。さて如何しようか、シェルクさんみたいに甘い物で釣れたら楽なのに‥‥‥。
「まぁ良いよ、私は彼奴憎しでお前と手を組んでしまったんだからな。今思えばバカみたいな事をしてしまったと思ってるよ。だが手を組んだ以上最後まで付き合う」
「いいのか? もしかしたら捜査官をクビになるかも」
「だったらもう止めるか?」
「イヤ、それは‥‥‥」
「私もZ計画が何なのか知りたいんだ、こうなったら毒を食らわば皿までってな」
「分かった、じゃあ行くか」
俺は早速グリビン医師の家に行こうと立ち上がる。
「え、今から? 今からだったら早くても15時の便になる。医師の家に着くのは夕方くらいになるぞ。明日じゃ駄目か?」
「善は急げってやつだよ」
「ハァー、分かったいこうか‥‥‥」
捜査官は大きく溜息をついてから立ち上がり、俺たちは再びミシャンドラ・シティに向かう事にした‥‥‥。