事の起こりは昨日、私が何時もの様に警察局に出勤た時だ。
「おはようございます」
「おはー」
「はよー」
「ようー」
何時もの様に私は先輩方との挨拶を済ませて席に着く。挨拶に付いては何時もこんな感じだ。
先輩方は下士官で、私は士官なので一応上官に当たるのだが、彼らからすると私は十数歳も年下の小娘でしかない。上官と言っても敬う気持ちの欠片も無い様だ。流石に最初はムカッと来たが、1年も続いていると慣れるもので、今となっては余り気にしなくなった。期待もしてないし。
捜査一課3班室の室内は他の班に比べると小ぢんまりとしている。入り口から見て部屋の奥に班長のデスクがあり、その前に他の捜査官4人のデスクが向かいあう様に2台ずつ並べられていて、私の席は右手の奥、班長のデスクから見ると手前の左側にある。他には入り口から見ての左側に棚やコーヒーメーカーなどが置いてあり、右側には長ソファーが壁側に向けて置いてある。
私のデスクの前の席に座っているのが「オーマ・マエノ」捜査官だ。階級は軍曹で、一見すると普通の何処にでもいるサラリーマン風の真面目そうな男性だが、何時も自分の席でポルノ映像を鑑賞している変態である。時々、私の事をジッと見ていている事があるのだが、私が顔を向けるとあたかも見ていませんとでも言いたげに顔を逸らすのだ。あれでバレていないと思っているのなら御目出度いおっさんだと思う。
私の事を見ているのは多分‥‥‥やめよう。考えると殺意が湧いて来る。
何時か「わいせつ物頒布等の罪」で逮捕してやろうと思っている。
次に私の左隣の席に座っているのが「リヒト・ダーナリー」捜査官だ。階級はマエノと同じ軍曹で、見た目と口調の軽さが目立ち、何時も何時も携帯ゲームをしている自称ゲーマーだ。仕事しろよ! する仕事無いけど‥‥‥。
そして私の左斜め前に座るのが「ネイ・リーム」伍長だ。何時も居眠りしていて、今も眠そうな顔をしている。まだ寝てないだけましだが、聞くところによると毎晩徹夜で遊び惚けており、3班室には寝に来ていると言う呆れてものも言えない奴だ。しかも、毎晩遊び惚けているので金が無く、遊ぶ金を借金で賄っているとか。何時か借用金返済令違反で刑務所にぶち込まれればいいんだ!
何故こんな奴らがクビにならないのだ! 世も末である。イヤただ単に3班が終わっているだけなのかもしれない。
とまぁ、そう言う訳でこの3人が捜査1課3班の下士官ズ、通称「3馬鹿」だ。
一応言っておくが彼らを3馬鹿と言いだしたのは1、2班の捜査員たちで、私ではない事は言っておく。それに、警察局の人間なら誰しもが知っている鼻つまみ者達だ。
「あ、そう言えば、お前に伝言あったよな?」
私が席に着いて早々、マエノ軍曹が思い出したようにそう言いだした。
幾ら私が一番若いとはいえ、上官に向かって「お前」呼ばわりするのもここくらいだろう。だがそれも今となっては慣れて聞き流してる。慣れと言うのは怖いものだ。
「はぁ? 私にですか?」
「あゝそうだそうだ班長からあったな」
「班長からですか? 今日は班長定時に出勤したんですね。珍しい事もあるもんだ」
そう言って私は班長のデスクを見るが当然班長の姿は無い。一体何処に行ったのやら。
「あの人が定時に来る訳ねぇだろ」
「じゃあ、何故班長から伝言だと?」
「アレ? 班長じゃなかったけ?」
「班長だったはずです‥‥‥よ?」
「班長だった気がするんだけどなぁ?」
「どっちなんですか?」
「「「う~ん‥‥‥班長から?」」」
私は三馬鹿のいい加減さに重い溜息が出てしまう。人事部にまた移動申請しようかな。受理してくれそうにないけど‥‥‥ハァ~。
「で、班長の用件は何なんですか?」
「あゝ‥‥‥何だったけ?」
そう言ってマエノ軍曹は隣のリーム伍長に問いかける。
「えっ⁉ え~とですね‥‥‥何でしたっけ?」
次にネーム伍長が目の前のダーナリー軍曹に問いかける。
「ああ‥‥‥何だったけ?」
そしてダーナリー軍曹は隣にいる私に問いかけて来た。此処まで来ると私の堪忍袋の緒が切れる寸前になる。本当に殺っちゃっていいんじゃないかとすら思えて来る。
「おい! 隠れて聞いてりゃあ、お前ら何忘れてんだよ! ボケるには若すぎるだろうが!」
「あゝ班長いたんですか?」
「居たよ、ずっと此処によ!」
ジョン・ハウ班長が部屋の片隅の置いてある長ソファーから、身体を起こして私たちの会話に入り込んで来た。
「そんな所で何してんですか⁉」
「俺の伝言ちゃんと伝わるか心配だったからつい」
「居たんなら直接言えばいいでしょうが!」
「俺何時もいないじゃん、それが定時に来たら雨降るかもしれないよ」
「そんな訳あるか!」
どいう理屈でそんなこと言ってるのか知らないが、班長が居た事には全く気付かなかった。第一に、この部屋の長ソファーは背凭れ部分が此方を向いていて、しかもベッドとして使用出来る様にと結構な長さがあるのだ。だから大の男であってもソファーで寝転がられると見えない様になっている。近くに行って覗けば見えるが、大体いつもはリーム伍長が寝ているだけなので、彼が席に着いている以上、誰も居ないと思ってしまっても当然だ。
「で、私に伝言って何ですか?」
「何だったけな~」
私は無言で席から立ち上がり、バキバキと拳を鳴らしながら班長に近付く。もう此奴ら殴るしかない!
「おい待て待て冗談だ! 何で俺の時だけキレるんだよ!」
「溜まりに溜まったものがつい‥‥‥」
「お前のお兄様が呼んでるぞ」
「ゲッ⁉ 彼奴が?」
少し皮肉が混じった言い方で、クソ兄が私を呼んでいると言った。私は反射的に嫌な顔をしてしまい、私のその顔を観たかったとばかりに班長がにやける。私が嫌がる事そんなに嬉しいか!
「あゝそうだよ、課長に言われたんだ。たま~に定時に来たらこれだよ、俺はさっきまで飲んでいたんじゃなかった仕事していて疲れてるってのによぉ」
今ハッキリと飲んでいたと言ったよな? あゝそうですか、朝まで飲んでいて、店から出勤したら定時に着いたって事ですか? あゝもう、あきれてものも言えませんよ! それに今仕事って誤魔化そうとしましたよね、嘘ってバレバレですよ! 私たちに仕事なんか無いんですから! 言ってて虚しいけどね!
頭の中で班長への愚痴を並べつつ、私は彼奴に会うために席を立つ。朝っぱらから彼奴の嫌味な顔を観なければならないのかと思うと可なりしんどい。とは言え、此奴らと居るのもしんどいので、私は渋々彼奴の処に行く事にした。
ま、一応今の私は彼奴の下で働いてるって体なので行かない訳には行かないしな。
警察局内の一角にある更生施設管理課、そこが私のクソ兄ことヴァレナント大尉の執務室になっている。要するに刑務所長室だな。
抑々、刑務所と言う処は法務省が管理している処だ。当然ながら皇国でも最初は法務省の管理施設だった。だが、新刑務所である刑務所コロニー「セレン・オビュジュウ」が完成すると、刑務所コロニーは親衛隊、もっと言うと親衛隊警察局の管理下になる事になったのだ。理由は簡単、セレン・オビュジュウが総帥閣下の指示のもと、親衛隊の手によって建設されたからである。
法務省としては納得いかなかったはずだが、結構すんなりと事が運んだそうだ。如何してそうなったかは私には分からないが‥‥‥。
私は刑務所長室の扉の前に立つと、軽く深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから中に入る。扉を開け、中に入った私の視界にあのニヤケ面が入って来る。正直帰りたくなる。
「来たか、遅かったな? 遅刻でもしたのか?」
「いいえ、伝達が遅れたんです」
「成程、噂通りと言う訳か」
噂通りの鼻つまみ部署とでも言いたいのか? 否定はしない。だけど自分もその一人と捉えられていると考えると、途轍もなく納得がいかない。
「そんなことより何の用ですか?」
「あゝそうだな‥‥‥」
「私ちゃんと報告書は提出してますが」
一応、私は此奴からオルパーソンを見張れと言われているため、毎日彼のマンションに愛しのパッグちゃんを張り込みをさせているのだ。パッグちゃんが記録したデータが毎日私の端末に送られてきて、それを此奴に提出しているだけの簡単な仕事なんだがな。
ま、彼とは利害関係が一致して協力体制で居るため、パッグちゃんの前で変な行動はするなと釘は刺している。それ以外で彼奴が何していようがし~らない。
「そう言う事ではない、少佐に昇進したんだ」
「あ~‥‥‥それはそれはおめでとう御座いま~す」
如何でもいい事だったので、何の感情も込めずに棒読みで賛辞の言葉を送った。
「ハァ、心が籠ってないな‥‥‥まぁ良い、私は寛大だからな」
何が寛大だよと思いつつも、まさかそれだけのために私を呼びつけたのではないだろうなと彼奴を注目する。
「如何した俺の顔に何かついてるか?」
「いいえ、もしかしてご自身の昇進を伝えるために私を呼んだのですか?」
「あゝそうだよ」
「では失礼します!」
「おお待て待て」
とんだ無駄足だった! ムカついた私は踵を返して執務室を出ようとしたが、彼奴に止められる。
「まだ何か?」
「冗談だ、昇進の件は序だ、お前を呼んだのは他の理由だ」
私は溜息をつき、その要件を聞くため彼奴の方に身体を向ける。
「単刀直入に言おう。現時点を持ってZ計画は終了した。よってお前の任も解かれる。以上だ」
「ハァ⁉」
「聞こえなかったか? Z計画の終了で任務が解かれたのだ。通常勤務に戻ってくれ、と言ってもあの班にロクな仕事は無いだろうがな」
ロクな仕事が無いと言うのはその通りなので反論しがたいが、唐突にZ計画が終了したと言うのは納得がいかない。正当な理由が知りたい。
「急ですね」
「フン、別にお前に事前報告する義務は無いからな」
一応、私はお前に協力している身だぞと言ってやりたいが、そんなこと言っても聞く耳を持たないだろうからグッと我慢する。と同時に、これでZ計画が如何いった計画なのか分からずじまいで任務終了する結果となってしまった。
「話は以上だ。下がり給え」
「・・・」
「まだ何か?」
「‥‥‥いえ、失礼します」
納得いかないものの、こればかりは如何にもならない。私は氏が無い宮使い、気に入らない奴でも上官命令なら従うしかないのだ。私は仕方がないと思いつつも、やりたくもない敬礼を彼奴にして退出するために踵を返した。
後はオルパーソンに事の顛末を話し、パッグちゃんを回収しなければと考えつつ出口に向かったその時、大きな音を立てて所長室のドアが勢いよく開いた。
私が突然開いたドアに驚いて居ると、気難しい表情をした白衣姿の初老の男性が入って来て、目の前の私を邪魔だと言わんばかりに突き飛ばして押しのける。
進行の邪魔になった私も悪いのかも知れないが、ちょっと失礼じゃないか⁉
私は行き成り執務室に入ってきた無礼な白衣の男性を睨みつける。だが彼は私に睨みつけられても無視して、ヴァレナント「少佐」殿の前に歩み寄る。
「此れはこれはグリ‥‥‥イヤ、は、博士、この様な場所に何の用でしょうか?」
「惚けるな!」
「惚ける?」
白衣姿の男性は可なりお冠状態の様で、私のクソ兄に喧嘩腰で話しかけて来た。そしてその直後に彼奴と言い合いになる。と言っても、一方的に白衣男が捲し立てているのだけで、彼奴は白衣男を落ち着かせようとしているだけだがな。
私はそのやり取りが気になってその場に留まる。白衣姿の初老の男性とは初対面だが、あの糞兄に関係している科学者と言えば心当たりがある。彼が「グリビン医師」と言う事だ。
まさかこんな所でZ計画の主任研究員に会えるとは思わなかった。ただ彼奴はそれを知られたくないのか、グリビン医師の名前を呼ぶのを控えた。
ま、言いそうにはなっていたのを私は聞き逃してないけどな。
するとクソ兄が物凄い形相で此方を見て来た。出ていけと言っている様だ。
ただ私は彼奴の命令に従うのも癪だったので、ワザと何を伝えようとしているのか分からないフリして見物を決め込んだ。そしたら彼奴、すごく不機嫌な顔したな。いつも嫌味な顔をしている彼奴の不満顔が見れて気分が良かった。
だけど其の後にコープス少尉が所長室に入って来て、彼奴のアイコンタクトを受けた少尉に執務室から追い出されてしまった。
だけどコープス少尉が来るまでのわずかな間だけど、彼奴と口論になっていたグリビン医師との会話を聞く事が来た。
グリビン医師は約束が違うと言いだして、それに対してヴァレナントは今後は総帥閣下が資金面で援助すると言ってたな。聞かれたくない話なのかチラチラ私を見てたしな。
ただグリビン医師は私の事など眼中にないらしく、話を止めようとする彼奴の言葉など意に介さず捲し立てていた。その中に「キンゲラ」議員の名前が出てきた。
そしたらますます私に聞かれたくなかったのか、私に対してあっち行けと言わんばかりに睨みつけて来たけど、私は動かなかったね。彼奴のあんな焦った顔を見られるとは思わなかった。いい気分だったよ。
そして「私は約束を果たした、次はキンゲラ議員が私との約束を果たす番だ!」と言っていたな。ただ彼奴は何も知らない様で、「聞いてない」の一点張りだった。それでもグリビン医師は「惚けるな!」と彼奴に詰め寄っていた。この直後に入って来たコープス少尉に追い出され、その後の会話は聞けなかった。残念だ。
所長室を追い出された私は、グリビン医師が出て来るのを待った。千載一遇のチャンスだからな。勿論接触する気はない。私が知りたいのは彼の住所だ。オルパーソンも知りたいだろうから所在を掴んでおこうと言う訳だ。
私は所長室からコープス少尉と共に出てきたグリビン医師の後を付けた。生まれて初めて暇で何をしていても不思議がられない部署で良かったと思ったよ。
そしてコープス少尉に送られるグリビン医師を尾行して着いたのが、皇立科学研究所だった。まぁ妥当と言えば妥当だが、そこからグリビン医師の住んでいる処まで私は尾行を続け、誰にも気付かれずに医師の住まいまでたどり着く事が出来た。
私の尾行もまんざらでも無いな。
住所が分かった私は一旦警察局に戻る事にした、もうひとつの疑問であるキンゲラ下院議員の事を調べるためだ。そして警察局に着くと真っ直ぐデーターベース室へと向かった。
別にキンゲラ議員に犯罪歴が無いかを調べる訳ではないが、3班室だと3馬鹿に冷やかされる場合があるのでデータベース室を借りる事にしたのだ。あそこは余り人が来ないし静かで落ち着く、調べ物をするには良い所だ。
「あらマリア、また過去の事件の調べ物?」
データベース室に入ると、部屋の管理をしている女性官が声をかけて来る。彼女は私がしょっちゅうデータベース室に来ては過去の事件を調べて居るので、すっかり顔馴染みになってしまた。おかげ様で、今では本来はご法度である過去のデータの持ち出しを許してくれるなど、結構融通を聞いてもらっている。
「ん、まぁな、迷惑かな?」
「別に迷惑じゃないわよ、この部屋で一人交代要員が来るまで只ボーっとデータの管理しているだけですからね。暇で暇で、話し相手になってくれるって言うならもっと大歓迎なんだけどね~」
「あはは‥‥‥、すまないな」
「分かってますよ、調べ物でしょ? ご自由にどうぞ」
「ありがとう」
「どういたしまして」
私は女性官と別れて端末の置いてある場所に座り、調べ物を始める。
今迄はクソ兄とグリビン医師との関係だけに注目していたが、新たにキンゲラ議員の名前が出て来たのだ。何か繋がりがあるはずだ。それに何か約束をしていたような事をグリビン医師は言っていた。それは一体何なのか? それに付いて分かる訳ではないだろうが、何か手掛かりになるものを見つけられるかもしれない。そう思って私はキンゲラ議員の事を調べてみる。
キンゲラ議員は、下院議員を既に25年もやっている大ベテランながら、爵位も授与せずに下院議員に留まって国政に携わっている人物だ。
ゲーディア皇国の下院議員は、連続12年(3期)以上連続で議員をしていると男爵の爵位を授与される。そうなると男爵として上院議員になり、宮廷貴族に取り立てられるのだ。ただ、なかにはそれを辞退する者もいて、キンゲラ議員はそのタイプの人間と言う事になる。
断る理由としては、政策に携わる事が出来ないと言う理由だ。国の政策は、下院議員たちが集まって協議を行う皇国議会が執り行っている。上院議員になると、皇国議会から上がって来た政策の内容を精査議論し、問題なければ皇帝陛下に上奏するのが職務になる。なので自身の政治的な思想や理想を実現するには、下院議員でいなければならない訳だ。
要するに、政治的ビジョンがある政治家は下院議員として国政を担う人物で、ただ単に権力を求める者はとっとと男爵(貴族)になるって訳だな。別に男爵になるのが悪いとは思ってはいないが、傍から見たら貴族になりたかっただけかよ! と思われても仕方がないと言う事だ。
因みに、上院議員になるには宮廷貴族にならなければならず、全ての貴族が上院になるための権利は有しているが、貴族であれば必ず上院議員になる訳ではない。宮廷貴族として皇帝(国家)に出仕する者だけが上院としての職務に就いている。
最近では上院の人数が可なり増えて来ているので、12年経てば男爵位が貰えて上院議員になれるわけではなくなっている。今は先程の条件の他に、政治的に何かし等の功績を残した人物が上院に選ばれるように変わっている。
下院議員の人数は首都を覗いた72都市の各階層から選挙で2名選ばれ、総議員数は432名となっている。但し、1回の選挙で選ばれるのは議員は1名で、それを2年に1回のペースで半数の下院議員を選挙で決めている。何故半数ずつ選挙をしているかは説明しなくても分かると思うが、総選挙にして下院議員が全員選挙で居なくなると、その間だ議会が機能停止の状態になるのを防ぐためだ。
ただこれにも意見があって、皇国議会が一時停止しても上院が居て、抑々皇帝や宰相に摂政も政治的権力を持っているので、選挙中の1、2ヶ月間ぐらい下院が居なくてもよくないか? とも言われているが、これに付いて今の処そういう意見があるだけで、議論にも挙がっていない様だ。
それに対して上院議員は男爵位を持った元平民の宮廷貴族に加え、72の各領主貴族の子弟(子爵)で国に出仕して宮廷貴族になった者も含めて千名以上にもなっていて、此方は人数の削減や上限を設けるなどの議論が行われているらしい。
ま、彼らに支払う給料も馬鹿にならないだろうからな。
さて、キンゲラ議員についてだが、フルネームは「トック・キンゲラ」と言い、先程も言ったが25年以上、下院議員をしている人物であり、皇国議会の3大派閥キンゲラ派のリーダーでもある。
宇宙暦169年に、第18宇宙都市「バティン・シティ」の第1階層選挙区から初出馬初当選している。
バティン・シティは、サロス帝の危険薬物の合法化によって皇国でも特に薬物中毒患者が多い都市となっており、それを憂いてサロス帝亡きあと危険薬物の合法化の廃止を選挙公約の目玉にしている。
危険薬物合法化とは、宇宙暦180年に成立した「皇帝令第1条」と共に発布されたもので、それまであった「薬物使用の規定法」によって危険薬物指定されていたモノが緩和された事により、それまで危険薬物として一般販売が禁止されていた薬物の販売が条件付きだが出来るようになったと言うものだ。
ただキンゲラ議員は、サロス帝時代の一定期間、皇国議会が解散された事で職を失った時期があったのだが、其の期間に彼は「ポーダ・ウッドラック」男爵の秘書の様な事をしていた様だ。
ウッドラック男爵は、元バティン・シティ選出の下院議員で、男爵になった後も地元であるバティン・シティの薬物問題を憂い、皇国議会解散時にキンゲラ議員を含むバティン・シティ選出の6人の議員すべてを自身の秘書として雇った人物である。
その後、皇国議会が復活した際にキンゲラ議員たちが下院議員に復職する事が出来たのも男爵のお陰であり、彼らからすると恩人にあたる人物である。
その後もウッドラック男爵は危険薬物禁止法の成就のために、上院議員(宮廷貴族)側として奔走している。
そしてキンゲラ議員の盟友とも言われているのが「ウィレミナ・ホッドライク」下院議員で、バティン・シティに次いで薬物中毒患者が多い第69宇宙都市「デカラビア・シティ」選出の女性議員である。
彼女もまた危険薬物廃止を唱えており、同志として固い絆で結ばれているのだとか。そしてバティン・シティとデカラビア・シティの議員が集まり、彼らの主張に共感した議員も相まって皇国議会でも3大派閥の一角を形成しているのだ。
う~ん‥‥‥キンゲラ議員の過去を調べても何も分からない。
結局、Z計画と言うのは何だったのだろうか? 何らかの研究なのは分かる。しかし何の研究だ? キンゲラ議員とどんな関係があるのか? 謎だな‥‥‥。
「今日は何の事件を調べてんの?」
私は背後から掛けられた女性官の声に振り返る。
「アレ? キンゲラ議員? 何か疑惑でも? そう言うのって2課がやる仕事じゃないの? 1課の貴女が何で?」
「イヤそうじゃないんだ、ただ‥‥‥」
「ふう~ん、あ、そうだ! キンゲラ議員と言ったらようやく危険薬物禁止法が成立するらしいわね」
「ええ⁉ それ本当?」
「本当よ。パパに聞いたの」
「お父さん?」
「ああ話してなかったわね、うちのパパ宮廷で官吏しているから」
「そうなんだ‥‥‥」
まさか彼女の父親が宮廷官吏だったとは知らなかった。まぁ、聞かされてなかっただけだけどね。それで娘の方は親衛隊警察局でデータの管理をしていると。
べ、別にそう言う意味で言ったんじゃないからな!
「昨日、パパと兄さんがそんな会話してるのを小耳に挟んだだけよ。兄さんも宮廷官吏だから」
お兄さんも官吏なんだと感心しつつも、そんな政策上の重要な事を普通に言っちゃっていいのかとも思う。まだ正式に可決した訳じゃないんだろうに。
「昨日の事だったからまだ忘れてなかっただけってね。何でも急にネクロベルガー総帥が承認したって言ってたわね」
「総帥閣下が⁉」
「うん、パパはそう言ってた」
「そか‥‥‥ありがとう」
「ありがとうって? ああ! 今の話を誰かに話そうってんじゃないでしょうね」
「えっ⁉ イヤ、そんな事しないよ!」
「ホント? 変な噂たったら私がパパに怒られるんだから!」
「大丈夫、誰にも言わないから」
「まぁ、貴女なら信用してもいいと思うけど、本当に誰にも言わないでよね!」
「了解」
データベース室に来て思わぬ収穫があった。彼女には悪いがひとりには話す事になるだろう。彼奴にもキッチリ口止めしておかないとな‥‥‥。
総帥府監査部の中に自身の執務室を持っているワーレン・クロッサー次席監査官は、緊急の報告があるとヴァレナント少佐からの通信を受けていた。
「成程、グリビン医師がそちらに来たと言うのだな? ヴァレナント少佐」
『そうなのですよクロッサー次席監査官! キンゲラ議員との約束がどうのこうのと訳の分からに事を言ってまして‥‥‥。私は知らない聞かされていないと言っても聞く耳を持たなくて‥‥‥』
モニター画面に映し出されたヴァレナントの困惑した表情で話す情報に、クロッサーは怪訝な表情になる。
「キンゲラ議員との約束?」
『ハイ、次席監査官は何か聞いておられるのですか?』
「初耳だぞ」
『ええ⁉ そ、そうなのですか?』
「何故グリビン医師は君の処に来たのだ?」
『それが、キンゲラ議員の秘書に「アポイントを取って無い方と、議員はお会いになりません」とか言われて門前払いされたとかで‥‥‥』
「まぁ、秘書の対応は当然として、それよりグリビン医師は何をそんなに焦っているのだ?」
『わかりません。キンゲラ議員が駄目だったから私の処に来たみたいで‥‥‥甚だ迷惑なのです』
「で、彼は如何したのだ?」
『一応私が知らない事を納得してもらってコープス少尉に送らせました』
「そうか、ご苦労だったな」
『あ、あの~』
「何だ?」
『キンゲラ議員との約束とは一体何なんでしょうか?』
「私も聞いてないと言っただろ」
『あゝはい、すいません‥‥‥』
「まぁよい、あとの事は私に任せて貴官は忘れる事だ」
『あ、はぁ、忘れる‥‥‥でありますか?』
「Z計画は終了したのだ、貴官は昇進し、暫くすれば新たな任地に赴く事になる。この件が気になって上の空で職務に支障をきたしてもらっては困ると言っているのだ」
『は、はい!』
「総帥は能力のある者を評価するのではない、職務をキッチリ熟す者を評価なされる方だ。その事を忘れずに新たな職務に励め」
『イエッサー!』
ヴァレナントとの通信が終わり、一息ついたクロッサーは椅子の背もたれに身体を預ける。130キロにも及ぶ彼の体重の支える背凭れが、まるで悲鳴を上げるかのように軋む。だがクロッサーは気にせず両手を胸の辺りで組んで物思いに耽る。
「キンゲラめ、何を隠している?」
クロッサーはぼそりと呟きつつ怪訝な表情となり、さらに独り言を呟く。
「まさかワシと総帥を謀ったのではなかろうな‥‥‥」
その言葉には怒りの色が含まれていた‥‥‥。