「言っておくが、あくまでお前に協力するのは私にとってもメリットがあると判断したからで、この事は秘密だ。イイな!」
強い口調で言ってはいるが、周りにいる店員や客に聞かれない様にと、ブルジューノ捜査官は小声で釘を刺して来た。
俺は「ハイハイ分かってますよ」と相槌を打っておいた。
Z計画の秘密を探るため情報交換するという俺の提案を彼女は了承してくれた。彼女にしては可なり思い切った決断だと思う。自らの組織を裏切る行為でもあるからな。
提案しておいてなんだが、正直俺は断られると思っていた。ここに来たのも「虎穴に入らずんば虎子を得ず」という諺がある様に、相手の懐に飛び込めばZ計画について何らかの情報を得られると思ったからだ。言うなれば単なる思い付きの出たとこ勝負ってやつだな。結果的にブルジューノ捜査官は協力を了承したので、言ってみるもんだと思ったよ。
ちゃんと条件を突き付けられたがな。その条件がZ計画について見聞きした事の一切を記事にしないと言う条件だ。あくまでもこの件は俺と捜査官だけの秘密で、他の者に漏らさないというのが条件だ。記事に出来ないのは別に構わない。Z計画が如何いったものかはまだ分からないが、政府の極秘計画だ。こんな記事を世間に公表すれば一発で保安親衛隊案件になってしまう。昔だったら喜んで記事にしていたかもしれないが、今はそんな危ない橋は渡れない。そんな度胸は今の俺には無い‥‥‥。
それに、ブルジューノ捜査官はヴァレナント大尉からZ計画について何ひとつ聞かされていなかった様だ。「Z計画」という名称すら知らなかったんだからな。そんな事もあってか彼女は上官である大尉に不満があり、「彼奴」呼ばわりと敬意のけの字も無い呼び方をしている。
まぁ、大尉としては、監視者が監視対象者に接触して万が一にもZ計画の情報が漏れてしまわぬ様にとの配慮だとは思うが、ブルジューノ捜査官はそれが気に入らなくて俺に協力する事になったのだ。本末転倒とも言える。ヴァレナント大尉も人選にはもっと気を使た方がいいと余計な心配をしてしまう。もしかしてあの大尉は人を見る目が無いとみた。多分そうだ。
まぁ、何方にせよこれでZ計画についてはクエス達とは別行動になる。彼奴には悪いが仕方がない。それがブルジューノ捜査官との条件だからな。
俺が了承し、話がまとまったので、ブルジューノ捜査官は席を立つ。捜査官が席を立ったので、俺も席を立って店を出ようとした時、彼女が立ち止まって此方に振り返る。
「序にお前のケーキ代も出そうか?」
「結構だよ捜査官。女性に奢ってもらう趣味は無いんでね」
「ふ、そうか‥‥‥」
自分の支払いは自分で払うと格好つけた俺だったが、レストランを出てからずズーッと携帯端末のディスプレイを睨み付ける。そこに映っているケーキの値段に不満があったからだ。
「いつまで見ているんだ? そんなに睨みつけても値段は変わらんぞ」
「う、うるさい! 何だこれは! たかがケーキ一個に20ルヴァーってあり得ねぇだろがよ! 詐欺じゃねぇか!」
「そうか? 妥当な値段だと思うが」
「俺の行き付けのレストランなら、似たようなのが5ルヴァーで食べられるよ! あそこは高級レストランか何かか? 其れほど高級感を感じられませんでしたけど!」
「高級レストランは仕切りが高すぎて流石に私達一般公務員が入れる場所じゃない。あそこの店はカジュアルで入りやすい店だ」
カジュアル? 入りやすい? ケーキ一個に20ルヴァーもするあの店が! 初めての店だからブルジューノ捜査官に勧められたケーキを何も考えずに注文したんだが、とんだ出費だ! せめて値段くらい見ておくべきだったよ!
「だから払ってやろうかと聞いたんだがな」
「ヘイヘイそうでしたかお気遣いどうも、流石政府のお役人さんは高給取りでいらっしゃる」
「・・・」
俺が皮肉を言っていると、ブルジューノ捜査官に黙視しされたので、俺は口を噤んだ。ちょっと調子に乗ったかもしれない。
まぁ、よくよく考えてみれば、ミシャンドラは貴族や政治家たちが生活している場所なんだ。例え高級でなくとも俺たち庶民が行く店とは根本的な価格設定が違うのだろう。
「チョット其処で話そう」
捜査官が示した先に小さな公園があり、そこに背中合わせに置かれたベンチがあった。俺は失言の事もあって黙って従いベンチに座る。そして彼女は俺と背中合わせになる様にもう一方のベンチに座る。
こんな事言うと偏見と思われるかもしれないが、ミシャンドラの地下1階区は行政機関が集中する場所で、国会議事堂を中心に行政機関の建物が立ち並んでいる。そしてその外周を議員の邸宅や公務員たちの官舎がある。この公園も彼らの憩いの場として作られたのかもしれないが、公務員が公園に行くのだろうかと疑問に思ってしまう。ただ、公園の隅に遊具があるのを見て、彼らの家族も一緒に住んでいる事に気が付いた。子供たちの憩いの場となっているのだろう。
まぁ、そんなところに俺は夜遅くに尋ねたのだが‥‥‥本当はもっと早く行きたかったのだ。昼間とか。だがその時間、彼女は勤務時間だろうし、休日に行くと言っても彼女の休みの日とかも分からない。ある意味出たとこ勝負出来たしな。それに、俺は彼女の職場には絶対行きたくない。という訳で、こんな時間になってしまったのだ。だが、手応えはあった。こうして話す機会に恵まれたのだからな。
「で、お前たちは何を知っているんだ」
如何やら捜査官は、こんな公園で情報交換をする気らしい。確かに今の時間はここら近辺に通行人の姿は無く、静かなもんだ。それにミシャンドラは、他の都市群と違い周辺に防犯カメラも警察犬もない。外でこうして会話をしても聞かれる事も無い。それに上を見上げれば満天の星空が見える。何でだ? ここ宇宙都市の中だよな? しかも地下一階の。天井に何か細工があるのか? 子供の頃にエレメストの夜空に星が瞬いていたのに感動した記憶があるが、其れよりも綺麗だぞ。まるでプラネタリウムだ。宇宙都市の天井なんか興味無かったから今まで気付かなかった。こんなの結構目立つはずなのに気付かなかった。興味が無いって言うのは人の視野まで物理的に狭めるらしい。
「おい! 何黙ってんだ?」
おおっといけない、天井なんかに気を取られている場合では無かった。
「あゝ済まない‥‥‥」
俺はブルジューノ捜査官にZ計画の概要について話す。
「知ってる事はそんなに多くない。ヴァレナント大尉が計画の責任者で、主任研究員がグリビン医師って事ぐらいだ。それと科学者が関わっているからZ計画は何かの科学研究や実験と言った処だろう」
「で、Z計画が例の旧刑務所で行われていて、お前たちはそれを確かめようと侵入して捕まったと。そうだな?」
俺は1ヶ月前の旧刑務所での事を思い出す。まさかインヴィンシブル級に追い回されるとは思いも寄らなかった。イヤ、追い回されてはいないのか‥‥‥。
「あゝそうだ。博士は元々エレメスト出身で、生命科学の権威だった人物だ」
「生命科学? 私は学生時代から科学は苦手だったんだ」
「俺もだよ。でも別に科学に詳しくないとZ計画が調べられない訳じゃない」
「それもそうだが‥‥‥そもそもお前たちは、何故そんな計画があると知ったんだ?」
この質問に対して俺は答えるべきか迷った。なんせクエスの大先輩が調べようとしていたネタだからな。結局、寄る年波には勝てずに余り調べられてなかったのだが、その中でも、Z計画には「グリビン医師」の名前があったたため俺たちは調べる気になったんだ。情報交換とは言え、言っていいネタと悪いネタがある。最終的に伝えるとしても伝えるタイミングがある。情報を効果的に使うコツだ。ただ、今その事について熟考してると、捜査官に不信感を抱かれるかもしれない。それはそれで不味いので、俺は直感的に彼女を信用して話す事に決めた。
言っておくが別に美人で巨乳だからじゃないぞ。俺は記者(カメラマン)として見た目で人を判断した覚えはない‥‥‥筈だ‥‥‥。
「元々はうちの社長の大先輩のネタだったんだよ。そこにグリビン医師と名前が記されていてな、それを基に調べたんだ」
「ほぉ~」
「な、何だよその『ほぉ~』ってのは」
「別に深い意味はない。続けてくれ」
俺はチョット不安になりながらも彼女を信じると決めたため話を続ける。
「その調査資料にはグリビン医師が関係していると書かれていた」
「なぁ、お前の話しだと彼は博士じゃないのか? 何故医師と呼んでいる? 深い意味は無いんだが‥‥‥気になってな」
「あゝ其れか、グリビン医師はエレメストで『ある事件』を起こしてな、その後に皇国に亡命したんだが、皇国では医者をしていたらしい。そして行方不明になった」
「行方不明?」
「建前はそうなっている」
「成程、実際はZ計画の主任研究員になったと」
「そう言う事だ。それで、大先輩の残した資料によると、グリビン医師はある場所で頻繁に目撃されていたらしい」
「何処だ?」
「レメゲウム採掘所だ」
「採掘所? レメゲウムの?」
「そうだ。そこで彼は受刑者をヴァレナント大尉に連行させていたらしい」
「何故だ? 何故受刑者を?」
「それは『ある事件』が関係していると思う」
「ある事件?」
「グリビン医師は、20年前に妻と一人娘を無くしてる。殺人でだ」
俺はエレメストで起こった20年前の事件をブルジューノ捜査官に話す。
「20年前、宇宙暦173年の5月9日の事だ。その日、グリビン医師ことテッド・グリビン博士がある学会での発表を終えて帰宅すると、家の中を荒らされ、そして無残に惨殺された妻と首を吊った娘の姿を目撃したんだ。奥さんの方はめった刺しにされ、娘さんの方は自ら首を吊ったらしい」
「自ら? 自殺と言う事か?」
「ああ、如何やら犯人に強姦された様だ。それを苦に自殺したと警察は考えてる」
「ゲスが‥‥‥」
ブルジューノ捜査官が小声で犯人たちを罵るのが聞こえた。可成りの小声だったが、周囲が静だったためハッキリと聞こえた。女性として当然の反応ではある。男の俺でも犯人たちはゲス野郎だと思う。
「すぐさま警察が動いた。そして防犯カメラの映像で犯人は覆面をした3人組だと分かり捜査が始まった。事件自体はそれほど難解なものでは無くてな、事件発生から1週間後に3人のうちの2人を逮捕。犯人は残すところあとひとりとなったのだ。だがここで思わむ自体になって事件は解決した」
「何があったんだ?」
「最後のひとりが自殺したんだ。自分が犯人だと告白した内容の遺書を残してな。ただし、警察が容疑者としてマークしていた人物と違う人物だがな」
「その警察がマークした容疑者、権力者か何かか?」
この話の流れで警察がマークしていた容疑者を『権力者』と言い当ててのは流石と言える。これが警察官の勘という奴か。
「お、流石捜査官、良い感してるねぇ。その通りだ。統一連合の大物議員の息子だ」
「成程。で、自殺した容疑者がそのバカ息子の身代わりで自殺した‥‥‥厳密には殺された訳か」
行き成り『バカ息子』と来たか捜査官。概ねあってるけど‥‥‥。
「あゝ俺もそう思ってる。当時もそう思った人は居るだろうな。だがよ、警察は自殺した彼を3人目の犯人と断定し、被疑者死亡でこの事件は解決した。以後この事件の捜査はしていないから本当の処は分からんがな」
「面倒になるのを恐れたか‥‥‥。その自殺した身代わりの親族からは何か訴えはなかったのか?」
「あゝ其れについては何もなかったようだな。そいつ可成り素行が悪かったみたいで親からは勘当状態だったらしい。親からしたら関わりたくなかったのだろう」
「真犯人にしてみたら都合のいい身代わりって訳か‥‥‥」
「だな。だがそいつも事件から1年後に死んだ」
「えっ!? 其れってまさか‥‥‥」
「あゝそうだよ。グリビン医師が殺したんだ」
大物議員のバカ息子が死んだと聞いて、ブルジューノ捜査官は驚いてこちらに顔を向けて来た。流石にそれは予想できなかった様だ。まぁ無理もないか、大物議員ともなると政敵や恨みも相当買っているだろう。家族に危害が及ぶ場合もある。家族にボディガードのひとりやふたり付いていても可笑しくない。実際にバカ息子にはボディガードが付いていた。皇国でも貴族や議員本人は勿論、家族にもボディガードが付いている。そんな状況で殺されたとなると驚くのも無理はないか。だが、あのバカ息子に限ってはそれが容易に出来たんだな。
「流石バカ息子だよ。いくつもの違法行為に手を染めていてな、ボディガードなんかに付き纏われるとそれらが親父にバレると思ったんだろう。警護の目を盗んで遊び惚けていたらしい。多分、其処をグリビン医師に狙われた。ってとこだな」
「やはり馬鹿は馬鹿か、自業自得だな。序でに聞くが、何に手を染めていたんだ?」
「うん、ああ‥‥‥婦女暴行に恐喝、あと違法薬物だ。密売にも手を染めて手広くやっていたらしい」
「違法? 薬物‥‥‥? あゝそうか、エレメストでは違法だったな」
そうだった、皇国では違法薬物が合法だったんだ。こういう時にギャップがあるな。それについて気になるのが、ブルジューノ捜査官は危険薬物の合法化を如何思ってるんだろう。今は合法だが、その前まではエレメストと同じ違法だったんだからな。サロス帝の親政で人権剥奪法と同じ時期に危険薬物も合法化したのだ。今は話の腰を折るからしないが、後で聞いてみるか。それより今はグリビン医師の事だ。
「話を戻すと。グリビン医師は事件以来、ひとりで自宅兼研究所に引き籠って何やら怪しい研究をしていたらしい。その研究所で議員の息子の死体が発見された。博士が犯人に間違いないだろう。直ぐに警察は指名手配したけど、既に博士は行方不明になっていた」
「そして我が皇国に亡命していたと」
「あゝその通りだ。今は皇国でZ計画なる謎の計画の主任研究員様だよ。ただチョット可笑しな事があってな」
「如何した?」
「死んだ議員のバカ息子なんだが‥‥‥如何やら博士は生き返らせようとした節があるんだ」
「蘇生させようとした? 如何いう事だ?」
「殺意はなかった。死んだのは事故だったって事だ。ただ遺体の身体中に電極が付けられて、何かの実験をしていたみたいで、それが原因で死んでしまって慌てて蘇生させようとしたが失敗して慌てて逃げだした。と、当時の警察は見ている」
「まぁ、警察の見解でほぼ間違いないんじゃないか。殺意がなかろうと殺しは殺しだ。現に博士は逃亡しているそれが動かぬ証拠だよ」
「まぁ、そうだな‥‥‥」
俺の中でこの件について違和感があるのだが、現役の警察官(厳密には親衛隊員)であるブルジューノ捜査官もこっちの警察と同じ意見か。だが行動が可笑しんだよな。クリ便医師に殺意が無かった? 自分の妻を殺害し、娘を辱めて自殺に追い込んだ凶悪犯だぞ。殺意が無い方が可笑しい‥‥‥と俺は思うんだが‥‥‥。殺して置いて何故蘇生させようとしたんだ? なら何故死ぬかもしれない実験を‥‥‥イヤ、死ぬほどの実験じゃなかったのに死んでしまった? 憎いはずの相手にそんな実験を。そもそも博士は何故あのバカ息子にそんな事を。うーん、謎だ。
「話が逸れたな。え~と~どこまで話したっけ?」
「バカ息子を殺して皇国に亡命した」
「あゝそうだそうだ。そしてグリビン医師はレメゲウム採掘所で受刑者を連行したんだがよ。連行させた受刑者には共通点があったんだ」
「強姦で捕まっているんだろ」
「流石にわかるか。その通りだ」
「娘の敵討ちって処か。辱めを受けて自殺したんだからな、強姦罪で服役している受刑者全員に恨みを向けても可笑しくはない。やり過ぎとは思うが‥‥‥」
「そうだな‥‥‥」
グリビン医師の行動は、娘を強姦で失った事に対して、同じ罪を犯した者たちに強い憎悪を抱いており、それを裁くような行動だ。そうなると、あのバカ息子に対する恨みは相当あった筈だ。なのに、殺した後に蘇生を試みるなんて可笑しい。これが俺のグリビン医師に対する違和感なんだ。まぁ、考えてもしょうがない事だ。真実はグリビン医師だけが知っている。だ。
グリビン医師とその妻子の事を思い、俺たちは無言になってしまう。ブルジューノ捜査官は警察官としてこの様な事件をどう思うのだろうか? 「やり過ぎ」と彼女は呟いたが、それは警察官としての言葉か、それとも彼女の言葉なのか。背中合わせに座って居るから表情が読めない。
お互い無言になって時だけが過ぎて行く。そろそろ話を続けたいと思うのだが、重い空気に如何切り出したらいいか分からなくなってしまう。すると、気を揉んでいた俺の代わりに彼女の方から話を切り出して来た。
「処で、お前はまだあの旧刑務所に博士が居ると思っているのか?」
「あゝあそこにか? そうだな、流石に居ないと思っているよ。また俺たちみたいのが近付くかもしれないからな。そう考えると別の場所に移されてるかもな。まぁ、単なる俺の推測だけどな」
「移動されたのは間違いないと思う」
捜査官が医師の移動は間違いないと自信をもって言ったので、俺は意外に思った。彼女はヴァレナント大尉から何も聞かされていないと言っていたからだ。そう言う意味では失礼だが彼女には余り期待はしてなかったんだ。だが、捜査官は自信を持ってグリビン医師が移動したと答えた。何故だ?
「何でそう言えるんだ? まだ居るとも考えられるぞ」
「コープス少尉が言ってたんだ」
「コープス少尉?」
「彼奴の部下だ。私がお前の件で彼奴に報告しに行った際に、入れ替わりで報告に来てな。その時に『例の移動の件は完了いたしました』と言っていたんだ。その時は受刑者の移動かなんかだと思ったんだが‥‥‥」
「違うと?」
「あゝ、知っているか如何かは知らないが、レベル1や6になった受刑者は刑務所コロニーの別の区画に移動させるんだ。だからその報告かと思って気にも留めていなかったんだ。だけどお前の話を聞いて博士の移動の件だったんだと気が付いた」
「そうなのか?」
「よくよく考えたら受刑者の移動を直接報告する必要は無いんだ。報告書を送れば済む事だ。なのに直接報告したとなると‥‥‥」
「報告書などの記録に残る報告を避けたって事か?」
「そうだ、そして彼奴が秘匿するとすればZ計画以外に考えられない」
「確かに。では博士は既に別の研究所に移動したか‥‥‥」
では、何処に移動させた? 刑務所所長が旧刑務所以外で自由に使える場所って一体何処だ?イヤ、そもそも旧刑務所自体が政府のものなのだから、刑務所所長1個人が自由に使える代物では無いのだ。そう考えるとネクロベルガーが旧刑務所で実験するように指示したとしか考えられない。Z計画はネクロベルガーの計画だ。総帥なら皇国内の何処にでもグリビン医師を移せるはずだ。旧刑務所を使っていたのは、あの施設をただ放置しておくのがもったいないとか、そう言った理由で使っていただけだろう。やっはりお手上げ状態か‥‥‥。
俺は医師の移動先を見つける事が絶望的だと悟って大きく溜息を付いた。
「如何した? 溜息なんかついて」
「グリビン医師が何処に移動させたのか全く見当がつかなくて‥‥‥」
「あゝん? そんなの皇立科学研究所に決まってるだろ」
「皇立科学研究所?」
「知らないのか? ミシャンドラの地下3階区画にある‥‥‥」
「それくらい知っているよ! だがよ、Z計画なんて極秘の研究がそんな一般の研究施設でやっていい‥‥‥のか?」
「当たり前だ。皇国で何か研究をするなら科学研究所を置いて他にない。あそこは重要度に比例してセキュリティも厳重になっている。よっぽど安全だ」
言われてみれば確かにそうだ。皇国の科学研究の全てがあそこで行われている。セキュリティ対策も万全と聞くし、極秘研究をしているならあそこが最も安全か‥‥‥。
だが、其れなら最初から科学研究所の施設を使えばよかったのだ。何故にワザワザ旧刑務所などに研究所を作ったんだ? 謎だ。
「まだ何かあるのか?」
「如何して旧刑務所で研究をしてたかだよ。最初っから科学研究所でいいはずだろ?」
「それは‥‥‥Z計画は特殊な研究なのだろ。そう言った機材が研究所の方に揃っていなかったとか?」
「旧刑務所の方が揃え難そうだけど」
「ああ、そうだな‥‥‥」
此処で俺もブルジューノ捜査官も、何故科学研究所でなく、旧刑務所でZ計画を進めていたのかが分からず考え込む。科学研究所に移せるのなら始めからそこでZ計画を進めればいい。しかし、実際はそうはならなかった。となると、旧刑務所でなくてはならない理由がある筈である。一体何なんだ? 旧刑務所でなくてはならない事って‥‥‥。
一体何なんだ? グリビン医師の行動には謎が多い。科学研究所ではなく、旧刑務所で研究したり、わざわざ採掘場で働く受刑者(強姦罪)を連行したり、バカ息子に対する行動も‥‥‥うん? 受刑者‥‥‥。
「そうだ受刑者だよ!」
「な、何!?」
「グリビン医師が受刑者を連れてった。その受刑者を何処に連れて行くんだ? その科学研究所には彼らを入れおく牢獄とかあるのか?」
俺の言葉に勘の良いブルジューノ捜査官の表情も変わる。
「成程、旧刑務所なら開いた牢獄に受刑者を入れる事が出来るか。研究所にはそんな場所が無い。あっても用意に時間が掛かる。だから一旦、旧刑務所で実験していたと言うんだな?」
「その通りだ」
疑問が解けた俺とは裏腹に、捜査官の顔は疑問に曇っている。
「では何でワザワザ受刑者を連れて行く? レベル6の受刑者を使えばいいだけだ」
「それは強姦罪の受刑者に恨みがあるからだろ」
「成程、レベル6にならなかった強姦者を連れてったと言う訳だな‥‥‥」
「・・・」
捜査官の発言で、俺の中の一つの疑問が解消された。それはレベル6の受刑者が如何なったのか、である。ワッカートの話では、受刑者がレベル6になると人知れず行方不明になる。レベル1もそうなんだが、彼らは出所した後の社場での生活のための準備期間に入るのだと聞いた。ではレベル6は? 彼らは一体どこに行くのか? その真相は分かってはいない。と言う事だった。噂では人体実験に使われていると聞いたが、ブルジューノ捜査官の今の発言を聞いた限りでは、その噂は強ち間違っていない事になる。
「受刑者を人体実験に使っているのか?」
俺の質問にブルジューノ捜査官は一瞬顔を曇らせた後、諦めた様に溜息を付いた。
「ちょっと口を滑らせたか。まぁいい、お前の言う通り人体実験にも使っているのは確かだ。他には麻薬を投与して強制的に働かせても居る」
「そうなのか‥‥‥」
やはり噂は本当だったようだ。レベル6の受刑者の末路は悲惨なものになるのだと。
「レベル6の受刑者は、更生不可と判断された者達だ。だから法に則った処分を下している。ただそれだけだ」
「人権剥奪法か‥‥‥」
「エレメストではそう呼ばれてるんだってな。此方では『皇帝令第1条』と呼ばれている。元が長い名称だからな。皇帝令については話さなくてもいいだろ」
皇帝令は皇帝が決めた法案という意味である。まんまであるが‥‥‥。
皇国では憲法に準ずるが、緊急を要する場合、特別な法案が必要と皇帝が判断した場合に限り特別な法令を皇帝は施行する事が出来ると言うものだ。この法案は、憲法よりも上位と考えられていて、これが皇帝は憲法よりも上、すなわち皇国は専制政治であると謳っている所以である。まぁ、今は違うけどな。
「確かにレベル6となった受刑者は人間としてではなく、物として扱われる。しかし、その他の受刑者には更生のチャンスを与えている。収容所で己が罪と向き合い、反省し償うために働く。そして模範囚と認められてレベルを下げた者しか出所する事が出来ない。それを拒む奴らにはそれ相応の対処をしているまでだ」
「それ相応が人体実験か?」
「それはその一部さ、知ってるだろ。この世界には有効な治療法の無い病気や感染症がある。その治療法を見つけるため奴らは使われる。世の中に不安と恐怖を撒き散らした犯罪者が世の中のためになるのだ。ゴミの再利用と考えれば納得がいくだろ」
「ゴミの再利用? 彼らはゴミなのか!」
俺は、ブルジューノの言葉にカッとなって思わず声を荒げて立ち上がり、彼女を睨み付ける。幾ら犯罪者とは言ってもひとりの人間なんだ。確かにどうしようもない人間なのかもしれない。だとしても、人である限りは彼らにも権利があって然るべきだ。
「だったら犯罪なんか犯さなければいい!」
怒りを露わにした俺に対して、ブルジューノも立ち上がって声を荒げる。
俺は暫しブルジューノと睨み合うが、不毛な言い争いになると気付いて怒りを抑えて再びベンチに座る。俺が座ったので彼女もベンチに座った。
ヤバい、チョット感情的になってしまった。確かにブルジューノの言い分も分かる。分かるが‥‥‥やめよう今はそんな事を考えている場合ではない。
「悪かったチョット感情的になってしまった」
「イヤ、此方も‥‥‥悪かった」
俺の謝罪に彼女も謝罪で応える。そのあとお互い無言となり、静かな公園で沈黙の時間が流れる。気まずい。気まず過ぎる。別れた彼女との最後に会った日を思い出す。これは不味いぞ‥‥‥。如何したらいいのか‥‥‥。
チラリと彼女を見てみるが、こちらに背を向けたまま黙っている。この状況を打破する事は難しいか‥‥‥。
あ~も~、結局Z計画はグリビン医師が科学研究所の奥に消えて手に負えない。捜査官とも険悪になってしまった。もうZ計画を追うのは無理か。こうなったらH計画を何とかして調査できればだが、此方はまったく情報が無いのだ。
「ハァ~、手詰まりか‥‥‥せめてH計画について何か情報があればなぁ‥‥‥」
「ううん? H計画?」
俺はため息とともに思わず口に出してしまった「H計画」という言葉に、ブルジューノが反応した。思わず口走ってしまったとは言え、結構小声だったはずだが、公園の静寂のお陰で聞こえてしまったらしい。そして、その反応から何か心当たりがある様な素振りを見せている。
「え‥‥‥な、何だよ、知ってるのかH計画?」
「あゝ知ってるけど‥‥‥」
「えっ!? ほ、本当か?」
可成り驚いた。H計画と言ったらクエスの大先輩が調査して何も分からなかった計画である。それをブルジューノは知っていると言う。それも、そんな極秘計画のひとつをあっさりと認めたのだ。
「だ、だけど何で知ってるんだ? クエスの先輩が全く分からないと諦めていた極秘計画だぞ!」
「極秘計画? H計画が? H計画はそんなモノじゃない」
「え、そ、え、じゃ、じゃあ、如何いう計画なんだ?」
「あれか、アレは少子化対策の一環だな」
「少子化対策!?」
「あゝそうだ。我が皇国の出生率はここ10年間減少傾向にある。減少といっても僅かで、今はまだ問題になるほどでは無いんだが、問題になる前に対策を講じる方がいいだろ。それに、皇国が多夫多妻制を取ってるのも少子化対策の一環らしいぞ」
「マジか‥‥‥」
まさか極秘計画と思っていたH計画が単なる少子化対策の一環だったとは、驚きと失望が同時に俺の中で巻き起こる。
「どうだ、Z計画はもうどうしようもなくなったんだろ。あれだったら取材出来るよう掛け合ってやろうか?」
「え! 出来るのかそんな事?」
「まぁな、高等部時代の友人がH計画の研究員の1人なんだ」
「ほ、本当か! 有難い、恩に着るぜブルジューノ捜査官」
「ひとつ貸な」
「あゝ分かったよ」
ひょんな事からH計画の事が分かった俺は、現状調査不可能となったZ計画に変わってそちらを調査する事になった。