「警察局って‥‥‥。親衛隊?」
「あゝそうだ」
アパートの前で声を掛けて来たスーツ姿のクール系女子が警察局、所謂親衛隊隊員だと名乗った瞬間、俺の頭の中は真っ白になった。
ヤバい、ヤバい、俺また捕まるのか?
嘗て強引な取材を繰り返して不法侵入で警察に捕まり、新聞社をクビになったトラウマが蘇る。
俺、何かしましたか? イヤ、覚えはあるけど、あの旧刑務所に近付いただけで保安親衛隊が来ました。って事は、クエスの睨んだ通りあそこは何か隠されていたのだ。俺のうん? まてよ、彼女、警察局の第一捜査課って言ってなかったか? 保安親衛隊じゃないのか? 警察局は首都の警察だぞ、何でそんなのが俺に? 以前ミシャンドラをハンさんと観光したけど、それと関係があるのか? 俺なにも悪いことしてないぞ、どういう事なんだ? なんだか頭の中がごちゃごちゃして来た。
「おい、私の話を聞いてるのか?」
「えっ!? あ、ああ‥‥‥」
話を全く聞いてなかった事を示す俺の反応に、目の前の麗しの巨乳女性親衛隊員は溜息を付く。
それにしても目の前の女性が親衛隊というのが信じられない。特徴的な黒い軍服ではなくスーツ姿だからと言う訳でもないが、全然親衛隊員に見えない。
それにしても改めて見ても美人だ。長く艶のある黒髪に端正の取れた顔、職業がら人を疑う職業だから目つきはあれだが瞳は黒真珠を思わせる美しさだ。スタイルもスラッとしていて、身長も俺とそんなに変わらない位ある。何より男として目が行ってしまうのが、その胸部の厚みである。何カップだ? と思わずセクハラめいた事を考えてしまう破壊力だ。
「まぁ、ここで立ち話もなんだ、中で話そうかオルパーソンさん」
「えっ!? 中って俺の部屋?」
「他に何が、イヤなら此方で話し合いの場を用意するが、それでいいか?」
「あ、イヤ、どうぞ此方です」
親衛隊の用意する場所なんて怖く行ける訳がないので、しょうがなく俺は彼女を自室に招く事にした。まさか親衛隊員を家に招く事になるとは思いもしなかったよ。う~ん、厄介な事になったなぁ~。
俺は不本意ながら彼女を伴ってアパートの中に入る。すると、このアパートの管理人の娘であるリン・カーニンとばったり出会う。
「あれ、オルパーソンさんそちらの方は? もしかして彼女さんですか?」
俺と一緒にいる女性親衛隊員を彼女だと邪推したリンは、ニヤニヤと笑いながら関係を聞き出そうとする。
警察局の人間である証明書を見せつつ親衛隊の女は笑顔で管理人の娘に名乗る。
「え、え、警察局!? 捜査官!?」
俺と一緒にいる女性が親衛隊員と分かったリンは、先程とは一転して顔が青ざめ、アタフタと取り乱す。やっぱり皇国の人間と言えども親衛隊には狼狽するようだ。ま、当然か。ただ、その後に思いっきり軽蔑の眼差しを俺に向けて来た。何で?
‥‥‥あゝそう言う事か、如何やらリンは俺が何らかの犯罪に手を染めたのだと思ったらしい、勘違いにも程がある。まぁ、親衛隊(警官)と一緒に居たらそういった勘違いもするか。イヤイヤ、それだけで犯罪者扱いするのは少し乱暴なのでは?
「勘違いしないでくれ、俺は何もしてねぇよ。ほら手錠もなんもされてないだろ?」
俺は手錠をされてないとリンの前に両手首を見せる。一応、警察沙汰になると思い当たる事はさっきして来たばかりだが、ブルジューノ捜査官は部署的に関係なさそうでもあるので本当にその件で来たのかは分からない。
「捜査官も黙って無いで何とか言ってくださいよ」
取りあえずここはリンを勘違いさせたブルジューノ捜査官に助けを求める。だってそうだろ、彼女が名乗らなかったら誤解されずに済んだんだ。あー、でもそしたらリンにブルジューノ捜査官が俺の彼女だと勘違いされるのか。流石に親衛隊の彼女は嫌だな、例え美人でも。それは置いといて、誤解をされた人間の言葉とは聞く耳を持たれないものだが、警官の言葉であればリンの誤解を解いてもらえるだろう。イヤ、彼女の言動如何では逆に火に油の場合もある。
「ああ、彼はまだ何もしてはいない。ただ、これから2、3質問をしてその答えしだいでは‥‥‥逮捕もあるだろうな」
「おい!」
火に油の方でした。お陰でまたリンから疑いの眼差しを向けられたよ。ありがとな! 捜査官(#^ω^)
「あゝもう何か質問があるならさっさと終わらせてくれ!」
俺はリンの痛い視線を無視しつつ足早に自分の部屋へと向かう。だが、部屋に帰って来たらきたで、頭痛の種が出て来る。
『何ヨソノ女!』
「ただの客だ。黙って中に入れてくれ」
『ワタシッテモノガアリナガラ!!』
「だから黙って鍵を開けろ!」
俺が女性親衛隊員(巨乳美人)を連れていたのが気に入らないらしく、ハウスキーパーの奴が玄関のドアを開けてくれないのだ。AIが嫉妬だなんて如何いうバグなんだ? まぁ、同棲中の恋人や夫婦のような会話を吹っかけて来るのもアレだけど。まるで人間だよ。
人間? ‥‥‥イヤイヤイヤ、今はそんな事より部屋の中に入る事が先決だ。
「頼むから入れてくれ~」
「私は警察局刑事部第一捜査課のマリア・ブルジューノ捜査官だ」
『・・・・・・』
捜査官の言葉にハウスキーパーの奴が暫く沈黙する。するとガチャリと鍵を上げる音と共にドアが少し開く。如何やら捜査官だと納得した様だ。
ハァ~。俺、疲れてるんだけど。さらに疲れが増して来たよ。
一応、客人と言う事で捜査官にはお気に入りのソファーに座っていただき、お茶を用意してもてなす。そしてソファーを占拠されたので、俺は別の椅子を取りに行くためにキッチンに向かう。
『アノ女何ナノヨ!』
「だから親衛隊の捜査官だよ。お前も検索したんだろ?」
『接触可能ナデータベースニアクセス済ミ、マリア・ブルジューノ親衛隊少尉。年齢24歳、警察局刑事部第一捜査課第3班ノ一級捜査官ッテ』
「一級捜査官? 皇国には捜査官に等級があるのか? まぁいいや、お前はシャワーの準備でもしてくれ、俺疲れてるから‥‥‥」
『マサカアノ女ト入ル気!』
「んな訳ねえだろ! ひとりで入るわ!」
俺は椅子を運びながらハウスキーパーとのやり取りに辟易する。落ち着ける場所である家が一番落ち着けないのは精神的に来る。早く金貯めて引っ越してえよ、チクショウ!
「てっきり嫉妬深い同棲者がいると思ったが‥‥‥。何だこのハウスキーパーは? 君の趣味か?」
「んなわけないでしょ! 最初からこうだったんですよ」
俺は女性親衛隊員の2、3の質問(で終わるといいんだけど)を受ける前に、この曰く付きの部屋に住む事になった経緯を手短に話す。
「事故物件ね。その原因がこのハウスキーパーのバグって訳か」
「そう言う事です」
『バグッテ何ヨ虫ッテ事! ワタシハ―――』
「うるさい黙れ! 本当に壊すぞ!」
俺はハンマーを持って何時もの様にハウスキーパーを脅すと、何時もの様に何も言わなくなった。これで落ち着いて話が出来る。
「よくこんなとこ住めるな?」
「自分でもそう思いますよ。それで、質問とは? さっさと終わらせてください」
「フッ、そうだな。単刀直入に訊こう。オルパーソンさんは何故閉鎖された刑務所に侵入しようとしたのか?」
やっぱりそう来ましたか。
「何故そんなことを? 理由は取り調べした軍曹さんに言いましたけど」
「その報告書は見ている」
「だったら‥‥‥」
「本当にそれだけかな。取り調べをした軍曹は余りやる気が無かったと聞いている」
「え、ああ‥‥‥そう言えばそうだったような‥‥‥」
確かにやる気が無いのを部下に言われてたな。命令だから仕方なく来たとか、部下にお前代わりにやれとか言ってたのを思い出た。確かにそんなやる気のない報告書だと信頼性が薄いか。だから彼女はよりしっかりとした取り調べを行うために来た様だ。でも何で警察局なんだ? この疑問は解けていない。
「俺以外にもアソコに居たんですけどね」
「あゝ知ってるよ、小粒雑誌の連中だろ?」
何だ最近は小粒ってのが流行ってんのかな?
「ええまぁ俺もその一員なんですが、あちらの方からお話は?」
「イヤ、まだだが。オカルト雑誌で細々と食いつないでいて、偶に総帥や政府関係者を非難する記事を書いている3流雑誌だろ」
「アハハ‥‥‥そ、そうですか‥‥‥」
酷い言われようだ。彼奴が居たら確実にキレるな。イヤ彼奴の事だこの巨乳美女親衛隊員に求婚するかな。で、フラれると。そして12連敗と記録が更新すると。
「だが、この国では言論の自由は保障されている。故にそれについてとやかく言うつもりは無い。総帥は寛大な方なのだ」
言論の自由ねぇ‥‥‥。ホントかねぇ。
確かにこの国は一見すると自由に映る。実際に俺の住んでいた民主主義を掲げるエレメストと同じか、場合によってはそれ以上でもある。しかし、人権剥奪法や監視システムともとれる過剰な防犯システム、保安親衛隊などが存在している以上、見えない圧力が掛かっているとも言える。そうなると本当に自由と言えるのだろうか?
「総帥は常日頃から『批判・非難は自分では気付かない改善すべき点を見つけるための道具である』と言っておられてな。ま、改善するかどうかは必要性によるがな」
「へぇ~成程(棒読み)」
「それより質問の答えは、何故旧刑務所に侵入しようと?」
「だ・か・ら! ミステリーの取材ですよ。社長命令。それ以外は社長のクエスから聞いてください。俺からはそれ以上何も言う事はありません」
これについては取材で押し通すしかない。下手な事言ってボロを出す訳にも行かないしな、後はクエスの奴にこの捜査官を托そう。ま、彼奴ならボロを出す様な真似はしないだろう、多分‥‥‥。
「そうか分かった。ではその件は雑誌社の方でも聞くとして、次の質問だが」
「何です?」
「キミは何故皇国に住む事にしたのだ?」
「はぁ!? イヤ、それは‥‥‥」
何故か急にプライベートな事を訊いて来た。何故そんな事を訊く? 旧刑務所に侵入した事と何か関係あるのか?
「キミは皇国の歴史を調べていたとか、建国から40年程のこの国の歴史だ」
「それは、それが仕事だからですよ、当然の事でしょ」
「だが、その取材が打ち切られてもここに留まった。皇国市民になってまでも。何故そこまでしたのかな?」
取材が打ち切りになった事まで知ってんのかよ。まさかこの捜査官、俺が帰って来るまでに俺の事調べててのか? 一体何処まで調べたんだ?
「何故打ち切られた事を知っているだ?」
「事前に渡された資料にあったからな」
資料? 成程彼女が調べたわけじゃないんだ。当然俺がエレメストに居た頃から調べられているのだろうな。何故そんな事をした? 自分で言うのもなんだが、俺は単なる記者兼カメラマンだぞ、今となっては無名のな。そんな俺の事を調べたとなると、思い当たる人物はヴァレナント大尉しかいない。
皇国に来てから俺は極力目立たないようにはしていた。親衛隊怖いだからな。そんな俺が注目されたであろうことは、Z計画の手掛かりを求めて旧刑務所に近付いた事だ。その事でいま俺は警察局の捜査官の事情聴取を受けているのだから。そしてZ計画に関わっている人物で俺たちが知っているのは、グリビン博士とヴァレナント大尉である。ふたりの中で軍を動かせるのはヴァレナント大尉であり、彼が俺たちが旧刑務所に近付いた事を察知して軍を動かし、親衛隊に事情聴取をさせている。一刑務所所長にしては権限が大きすぎる気もするが、もしかしたらさらに上に黒幕がいるかもしれない。だが、今は大尉がこの麗しのブルジューノ捜査官を動かしたと考えるのが妥当だろう。
少し突っ込んでみるか?
「今回の事情聴取はヴァレナント大尉の命令ですか?」
俺の言葉を聞いて、ブルジューノ捜査官は口に運んだティーカップを一瞬だけ止め、飲まずにティー皿に戻すと、両腕を胸の前で組んだ。胸部の厚みで組み難そうだけど。
「如何いう意味かな? 何故ヴァレナント大尉の事を知っているのかは知らないが、大尉は刑務所の所長だ。第1捜査課の私とは関係ない」
捜査官は表情一つ変えないで否定したが、腕を組むという行為は一種の防御サインだ。如何やら当たりの様だな。
だが、腕を組むのは警戒のサインでもあるため、ブルジューノ捜査官は俺の事を警戒してしまったと言う事でもある。ヴァレナント大尉の名前を出したのはチョット不味かったかもしれない。捜査官は故意かどうかは知らないがスルーしてくれはしたが、不信感を与えてしまったのは確かだ。今更だがもっと慎重になるべきだった。だけど、ブルジューノ捜査官がヴァレナント大尉の命令で此処に来たことは確かなようだ。
そうなるとまた疑問が出て来るな。彼女とヴァレナント大尉との接点だ。皇国では刑務所は司法省では無く、警察局が管理している。なので、彼女と大尉は同じ警察局内の組織なのだが、彼女の言う通りふたりに何らかの接点が無ければ仕事を命じる事は出来ないはずだ。刑務所所長が刑事部の捜査官に勝手に命令すれば越権行為である。なのに彼女はヴァレナント大尉の命令で動いている。果たして二人の関係は? 警戒した彼女に面と向かって聞くわけにもいかないしな。迂闊な事を言って俺たちがZ計画を調べている事を知られるのは不味い。それこそ保安親衛隊案件になっちまう。ここは出来るだけ穏便に話を進めよう。
「この話はこれ位で、質問は何故この国に住む事になったかでしたね。え~資料に書かれていたかもしれませんが、俺はある出来事が切っ掛けで新聞社をクビになりまして」
「何処かの大企業に不法侵入して捕まったのだったな。相手が新聞社を訴えて、キミがクビになる事で収まったとか」
「ま、簡単に言うとそうです。その他にも当時付き合っていた彼女と別れましたし、再就職先も見つからなかったんですよ。最初はバイトでも始めてたんですが余り長続きしませんでした。それで飲んだくれていたら皇国の歴史を調べるって仕事が舞い込んできましてね。それも元同僚に押し付けられたようなものでね、最初は気乗りしませんでしたよ」
「キミの身の上話は聞かなくてもおおよその事は資料に記されていたよ。彼女と別れたってのは載って無かったけどな」
ブルジューノ捜査官は、薄ら笑いを浮かべながら彼女と別れた事を強調して来た。何だよ癇に障るな。
「あゝそうですか‥‥‥要するにエレメストに帰っても俺の居場所はないって事なんですよ」
「フッ、そうか其れで皇国に移住したと?」
「そう言う事です。俺以外に気に入ってるんですよ」
「そうか‥‥‥。それじゃ私はこれで失礼する」
ブルジューノ捜査官はそう言って残ったお茶を飲み干し席を立つ。
「えっ! も、もう良いのかよ、ですか?」
「今日はキミがどんな人間か見に来ただけだからな」
「それは如何ゆう意味だ?」
「それじゃまたな、オルパーソンさん」
ブルジューノ捜査官は俺の質問に答える事無くさっさと部屋を出て行ってしまった。
う~、俺がどんな人間か見に来たって? 何考えてんだ俺が何だってんだ! これって親衛隊に目を突けられたって事だよな。最悪だ。
『アノHカップ、ヤット帰ッタワネ』
「ぶっ! え、Hカップ?」
『計測シテヤッタノヨ』
「そ、そうなのか‥‥‥」
確かに彼女のバストのサイズを内心気にしたけど、ハウスキーパーの奴が計測してたとはな。うん? って事は俺の事も色々‥‥‥。だよな、毎朝の健康チェックをやってるんだ。俺の身体も測定済みだよな、色々と‥‥‥( ̄∇ ̄;)ハッハッハ⤴‥‥‥。
俺は気にしたら負けだと気にしない事にしてバスルームに向かった。
☆彡
アパートから出て来たマリアの前に一台のタクシーが停車する。
「用意が良い事」
マリアはそう言うてタクシーに乗り込むと、早速何処かへ連絡を取る。
「私です。例の男に接触しました。ヴァレナント大尉」
『感触は?』
「そうですね、彼は大尉の事を知ってました。ただ‥‥‥」
『ただ?』
「大尉の言う様なエレメストのスパイとは言えないと思います」
『何故?』
「大尉の名を口走りました。スパイにしては間抜けすぎます」
『成程‥‥‥』
マリアの言葉にヴァレナントは無言になる。沈黙は暫く続いたが、マリアは次の言葉が発せられるまで辛抱強く待つ。
『‥‥‥話は変わるが母上は元気かな?』
代えられた話題に対してマリアの表情が険しくなり、奥歯を噛み締める。
「‥‥‥ええ、今は体調が安定していますよ、兄上」
『ほう、私の事を兄と思ってくれてたのか?』
「ええ‥‥‥」
『まぁ良い。引きつづきオルパーソンの監視を続けてくれ』
「分かました大尉」
通話が終わり、緊張を解いたマリアは背もたれに身体を深く預けつつ大きく息を吐く。
「何が母上は元気かだ、母さんを捨てた癖に‥‥‥」
マリアはそのまま瞳を閉じて物思いに耽るのだった‥‥‥。
ゲーディア皇国親衛隊。或いはネクロベルガー(総帥)親衛隊は、その名の通りネクロベルガー総帥を警護する私的な護衛部隊である。のだが、今現在、その規模は兵力30万人を超える規模となっており、年々その規模は拡大している。親衛隊は皇国宇宙軍、地上軍に続いて第3の軍と言われるほどの一大軍事組織となっている。
親衛隊の前身は「首都内防衛隊」である。首都内防衛隊は、ネクロベルガーの提案によって宇宙歴181年に結成された部隊であるが、首都防衛部隊の構想はもっと前の軍事政権時代からあった様だ。当時首都の内外周辺を守っていたのは近衛軍であり、軍部が政権を奪取した後、当然のことだが敵対した近衛軍はその規模を縮小させられる。その主な対象は「戦士」と呼ばれる募兵された民間人である。
近衛軍は、貴族の子弟によって構成されていると言われるが、それは専ら士官であって下士官や兵士は民間からの募兵で成り立っている。そのため士官が「騎士」と呼ばれているのに対して一般市民である彼らは戦士と呼んで区別されている‥‥‥と言うのは以前に話したと思うが、その戦士を大量に解雇させる事で近衛軍を縮小させたのだ。
因みに解雇された戦士は国防軍が再登用している。
しかし、軍事政権は結成当初からのゴタゴタによって政権期間中は実現しなかった。それをネクロベルガーがサロス帝に上申して結成されたのである。
では何故、首都内だけ国防軍が担う事になったのか? それは近衛軍の監視の意味合いが強かった様だ。宮廷内と周辺警護の近衛兵力に対して防衛隊の兵力は数倍を要していたため、近衛軍が何かしようとしても容易に制圧できる。無論、首都外には師団クラスの近衛軍部隊が存在してはいるが、その装備は強力で首都内では限定されるし、何より外からは国防軍が来襲するだろうから内部に構っている暇もない。そのため首都内を国防軍が占めるだけで軍部は近衛軍の動きを封じる事が出来るのだ。
しかし、ネクロベルガーによって結成された当時は既に軍事政権も崩壊しており、近衛軍の監視と言う意味合いは無くなっていた。首都内部の防衛と言う意味合いだけになったのである。そのため国防軍による首都内防衛隊の配備は、当時の近衛軍長官であるターゲルハルトの猛反発を受ける事になる。
まぁ、この反応は当然と言えば当然だな。ターゲルハルトとしては国防軍ではなく近衛軍を置くべきだと主張したんだ。元々首都は近衛軍によって防衛されていたのだから彼の主張は一理ある。しかし、サロス帝はネクロベルガーの言いなり‥‥‥もとい唯一信頼している人物である。そのためターゲルハルトの意見を退け、国防軍による防衛隊が結成されたのである。
この頃からターゲルハルトは、ネクロベルガーをライバル視していたのではないかと思われる。しかもこの時、自分の父親でもあるヴァサーゴ公も、息子よりネクロベルガーを擁護する発言をしている。ターゲルハルトとしては自分の味方だと思っていた父親までもが相手側についたのだ。とんでもない裏切り行為で、この一件以来父親とは疎遠になってしまった様だ。
それ以降、ターゲルハルトは父親に頼らずとも自身の権力を強化する方策を考える様になり、それが皇帝サロスを懐柔する事にな繋がった様だ。その甲斐もあって、宇宙暦187年頃になると、首都内防衛隊はサロスの命令で近衛軍麾下になっている。要するにターゲルハルトが指揮できると言う事だ。
それにしても父親のヴァサーゴ公は何故身内ではなくネクロベルガーに擁護に回ったのだろうか? と疑問に思う事だろう。普通だったら身内に肩入れしたくなるものだ。その理由となるのがこの頃すでにネクロベルガーの力が大公を上回っていた、と言う事がうかがえるのである。表面上は同等であっただろうが、国防軍と言う強力な暴力装置を持ったネクロベルガーと、直接的な武力を持たない(※1)大公とでは、その差は大きい。既に軍部はクーデターを起こして成功させているから、ネクロベルガーがその気になれば、である。実際にはその気は無かった様だが。
そうなると尚更近衛軍長官の息子と力を合わせて、となりそうなものだが、近衛軍は国防軍に比べたら少数で、軍事的な素質も国防軍の将帥には及ばない。何より近衛軍にはヴァサーゴ公のライバルでもあるアガレス公の息が掛かった者も居て、信頼に足りるものではなかった様である。そういった背景によりヴァサーゴ公はネクロベルガー擁護に回った様だ。恩を売ったと言う事か、な?
それと噂の域を出ない話だが、ヴァサーゴ公には娘がいて、それをネクロベルガーに嫁がせようとしたという話がある。名前は「アーダ・アンネリース・クロイル」子爵で、上級騎将でもある。彼女はヴァサーゴ公の長女で長子でもあるため大公家を継げる立場の人間なのだが、ヴァサーゴ公が家を継ぐのは男子と言う古い考えを持つ人物だった事で嫡子になれず、さらに上級騎将にも拘らず近衛軍長官(※2)にもなれなかった。
因みにターゲルハルトは、今は上級騎将なのだが、ネクロベルガーが近衛軍長官を辞任した当時はまだ騎将だったそうだ。だが、ヴァサーゴ公が長女のアーダではなく、次男のターゲルハルトを長官に付けるべく、サロスに息子の昇進を願って上級騎将になったという。
そんな女性と言う事で尽く重職に就けなかったアーダ・アンネリース嬢の人物像だが、美人だが気が強く、武人然とした女傑との評がなされていた。可なり厳格で融通が利かないなど堅物と言った感じで、ターゲルハルトら弟たちからは可なり恐れられている様だ。女性と言う事で大公位も近衛軍司令官の座にも就く事が出来ず、さらに他の貴族の中には女性であっても領主となる者も居るため、それが彼女にコンプレックスを抱かせたのだろう。その反動で男性の様な振る舞いが目立つようだ。そのため同性からは大変モテているらしい。そう言った事もあり未だに結婚出来ていないらしく、未婚のネクロベルガーにって事なのかもな。ま、あくまでも噂だけどな。
おっと話が逸れたな。
首都内防衛隊は、その名前からも分かる様に首都の王宮の敷地外の全ての地区を防衛する部隊で、クーデターでも起こらない限りハッキリ言って戦闘の機会も無いと言っていいだろう。そんな彼らに実戦が回って来たのが、サロス帝が襲撃された「サロス皇帝暗殺事件」である。この時、混乱に乗じて反サロスの軍人と民間人による反乱軍が武装蜂起し、首都を襲撃したのだ。この反乱軍を撃退したのが彼ら首都内防衛隊である。首都内防衛隊は首都を東西南北の4つの区域に分け、そこに各防衛群を配備している。この戦闘でもっとも活躍したのが東部防衛群である。
ま、彼らの武勇伝はまた今度「サロス皇帝暗殺事件」をやる時にでも話すとして。この一件から首都内防衛軍はネクロベルガー直轄となり、名称を「総帥警護連隊」に変更され、後に親衛隊となったのである。因みに空白となった首都内防衛は近衛軍が引き継いだ。元鞘に戻ったって事かな。
其処から急激に勢力を拡大してネクロベルガーの警護だけでは無く、武装部隊や宇宙艦隊、諜報機関や秘密警察など様々な組織を持つ巨大軍事組織となったのである。
「おはよ~おお? お前、朝っぱらから何してんの?」
雑誌社の事務所に出社したクエスが開口一番に俺に声を掛けて来た。
俺はチラリと時計を見た。もう間もなく12時になる処だ。
「何がオハヨーだ! もう昼だ! お前なぁ、隣りに住んでるのに何でこんな時間まで来ねぇんだよ! 社長出勤か?」
「だって俺、社長だもん」
あゝそうでしたね。忘れてました。
「何調べてんだ? ‥‥‥親衛隊の事調べてんのか? 何で急に?」
「別にいつかは調べる事だから急でもないよ。ただ昨日来たから‥‥‥」
「何!? お前のトコに保安親衛隊が来たのか?」
「イヤ、来たのは警察局の第一捜査課の捜査官」
「ハァ? 警察局の捜査官? 何でそんなのが? お前ミシャンドラで何した?」
「別になんもしてねぇよ」
「だったらなんで?」
「分かんねぇけど、ただ旧刑務所に行った事を軽く聞かれたがよ」
「軽く? しつこくじゃなくて?」
「あゝ、何か帰り際に俺に会いに来たって言ってたな‥‥‥」
「あゝお前終わったわ、ああ終わった」
クエスが諦めの表情で「終わった」と連呼して俺の不安を煽りだす。
ヤメロ! 本当に終わっちまうだろ!
あ、そうだ。俺は昨日の女捜査官の事を思い出し、ひとつ此奴に試してみたい事がある事を思い出して試す事にした。
「あ~あ、マリア捜査官がまた来るのかな~」
「マ、マリア? え、その親衛隊女なのか?」
「そうだよマリア・ブルジューノ捜査官24歳、黒髪のストレートロングにHカップ美女」
「俺に紹介しろ!!」
クエスは思った通りの反応で俺の両肩を掴んで「紹介しろ」と圧を掛けて来た。むさい顔が俺の顔の近くまで迫り、思わず顔を背ける。すると、俺の視界にシェルクさんが入り、彼女が物凄い形相でクエスを睨んでいるのが見えた。
あーあーもしもーし、クエスさん気付いてますか? シェルクさんが貴方に刺し殺すような視線を送ってますよ~。
しかしクエスは新しい女の事で頭が一杯の様で、シェルクさんの事など全く気にしていない様だ。後で修羅場かな、これは。
今日もクエス雑誌社は平和です‥‥‥。
※1・領主貴族は私兵を持つ事が許されてはいるものの、その兵力については制限が課せられていて、貴族が国防軍とタメを張れる力は要してはいない。
さらにパウリナ帝政時代や軍事政権時代に制限が強化され、サロス帝政時代以降の貴族はボディガードや屋敷の警備程度の私兵しか持たない貴族が殆どである。
※2・近衛軍長官になる条件はふたつで、4大公家の人間で、上級騎将の地位に付いている人物ある。
任期も4家の持ち回り制で最長5年となっていたが、アガレス公とヴァサーゴ公の派閥争いにより、この2家が最長10年の任期付きの交代制へと変更され、さらにはサロス帝のゴリ押しで軍人(民間人)であるネクロベルガーが抜擢されたり、任期期間もターゲルハルトの代に無期限に変更されるなど、コロコロと代わっている。