怠惰に創作

細々と小説の様なものを創作しています。設定など思い付いたように変更しますので、ご容赦ください。

3代皇帝と人権剥奪法

宇宙暦179年4月1日。この日、結成当時から混迷を続けていた軍事政権が解体された事が皇国国民に告げられた。これについては皇国民の反応は小さかった。首都内で権力闘争に明け暮れていただけの軍事政権は、国民からの印象が薄かったのだあろう。

しかし、その次の二院制を廃止し、皇帝と貴族による政治体制に移行すると告げられた時、多くの国民の心中は如何許りだったのだろうか。まかりなりにもゲーディア皇国は選挙によって下院議員(民衆議員)を決め、その下院議員によって国家行政が執り行われていたのである。それを廃止するとなると国民も黙ってはいないかと思ったが、意外にも国民の多くはこの告知にもさして反応を示さなかったのである。これは、この国の国民を統治しているのが皇国政府と言うよりも、各都市の領主貴族によって統治されている事が大きいのかもしれない。国民は各都市の条例を厳守し、納税も公的サービスも自身が暮らす都市レベルで行っていたため、軍事政権の内部抗争も、二院制の廃止による皇帝のワントップ体制も、彼らからすれば「へぇ~、そうなんだ‥‥‥だから?」と思っている者が殊の外多かったのである。そのため本来なら皇帝による、謂わば独裁政治体制になると聞けば、多くの国民が不安に思い、抗議デモなどが起こってもおかしくないと思うのだが、この一種の政治離れとも言える国民の意識の無さが、サロス帝の親政を後押ししたとも言える。

そんなサロス帝と聞いて必ずセットとして紹介されるモノがある。人類史上最悪とも言われる「人権剥奪法」である。彼の親政が始まって8ヶ月が過ぎた宇宙暦180年1月7日、この法律がゲーディア皇国で施行されたのである。

この人類史上最悪と言われる法律が出来た背景には、この様なエピソードがある。それは人権剥奪法が施行される1ヶ月ほど前に、サロス帝が唐突に側近に漏らした一言が発端だといわれる。

 

基本的人権とは本当に必要なものなのか?」

 

そのとき彼の言葉を聞いた側近は、サロス帝の言葉ならすべてを肯定する所謂イエスマンだったのだが、流石にこの時は暫く思考の沈黙に陥った後に、恐る恐る「必要かと」と述べたと言う。イエスマンにしては賢明かつ、勇気のいる返答だと思う。

それに対してのサロス帝の反応は、「そうか‥‥‥」とだけ呟き、暫くの間考え込んで何も言わなくなったそうだ。イエスマンにしては寿命が縮む思いで勇気を出したに違いないだろうが、皇帝の予想外の薄い反応にどんな気持ちだったのだろうか。その後は、ネクロベルガーを呼んで二人だけで合議を行ったのだという。

因みにサロス帝は何かあると必ずネクロベルガーを召喚している。当時の彼は軍の最高司令官として多忙だったと思うが、サロス帝は関係なしに呼び出していた様だ。それだけネクロベルガーの事を信用していたのか、或いは彼以外に頼れる者が居なかったのかもしれない。

さて、ネクロベルガーとの会談の内容は不明だが、この話し合いが人権剥奪法を生む切っ掛けになったのは間違いない。

ここで少し注意して欲しい事がある。この「人権剥奪法」と言う名称は、正式名称では無い。流石にこの名称はドストライク過ぎて皇国国民の反感を煽る事になる。後半は兎も角、親政初期の頃のサロス帝は意外にも国民感情に配慮していたのである。

それでは正式名称だが、正式には「皇国国民(国民・市民権取得者)による犯罪等の反社会的行為に対する国民権及び市民権の失効と、それに付随するシステム等の配備と構築に関する法律」と言う長ったらしい名称である。簡単に言ってしまえば、犯罪を犯した自国民に対して国民権と市民権を剥奪すると同時に、それを補完するためのシステムの配備や構築の規定を記した法律と言う事である。国民権は一般に言う国籍の事で、市民権も一般的には国籍と同じだが、此処では市籍とでも言えばいいだろうか? それを剥奪すると言う事は、その人物は無国籍になると言う事であり、法律によって犯罪者を強制的に無国籍者にして、裁判無して彼らを刑務所に収容する事が出来る。と言う何とも横暴な法律である。

内容を見れば確かに人権剥奪法という名称は、言い得て妙といった処だが、皇国ではこのような呼ばれ方をしていない。私が皇国に来て初めて人権剥奪法についてインタビューしたのがガイドのハンさんだ。ハンさんは流石に知っていたのだが、彼曰く、皇国の一般人に人権剥奪法と聞いても「何ですか其れ?」と返される事の方が多いそうだ。皇国ではあの長ったらしい名称を「皇帝令第1条」と呼んでいるらしい。

それでは誰が人権剥奪法と言い始めたのか? それはエレメストのメディアである。皇国で施行されたこの法律は当然ながらエレメストでもニュースとして報じられた。その時、この法律の長ったらしい名称をそのまま報じても人々の関心を売る事は出来ない。そう感じたメディアが、内容を要約して誰が聞いても分かりかつインパクトがある言葉として「人権剥奪法」と世間に報じたのである。

確かにこの方が人々には分かり易いだろうが、このお陰でゲーディア皇国は人権を無視した非道な帝国というレッテルを張られている。まぁ、エレメスト統一連合政府にとっては、人権を軽視する非道な帝国だと非難するエレメスト国民が増えてくれる事は願っても無い事だったろう。それについては一定の成功を収めていて、エレメストでは今でもゲーディア皇国を悪の帝国と思っている人は多い。当時高校生位だった俺もそう思っていた。(以降は「人権剥奪法」で通す)

では、サロス帝は一体何故この様な法律を作ったのだろうか?

高度な防犯システムにより、犯罪事件の早期解決と冤罪防止、それによる犯罪抑止といった処だろうか。「それに付随するシステム等の配備と構築」と言う部分にサロス帝のこの法律を作った意図が見える。人権剥奪法が施行された際、その説明に治安維持のための防犯システムの強化策を強調して、国民権や市民権を失効すると言う点は一切説明していないのである。当然ながら今まで犯罪を犯しても国民権や市民権の失効など無かったのだから、国民の不安を煽る事になるのを避けるために失効は匂わせ程度で、防犯システムの強化で国民の安全を守る事を強調したかったのだろう。

それでは実際の国民の反応は如何だったのだろうか。これが思いのほか上手く言った様で、多くの国民は生活がより安全になるならと歓迎ムードになった。それにこの法律は犯罪を犯さない限り適応される事が無いので、以外にも自分は無関係と関心を示す国民は少なかった。誰も自分が将来犯罪を犯すなどとは思っていないものである。

だが、識者の中にはこれを危惧した者も少なからずいた。特にサロス帝が自信を見せる防犯システムの強化についてこの様な説明がされた時である。

 

「防犯カメラの増設によって全ての区画がカメラに収められ、犯人が何処へ逃げようとも必ずカメラに捕らえる事が出来るのです」と言う説明である。犯人を逃がさないと言うのは結構な事だと思うが、同時に国民が何処に居てもカメラに逐一記録されると言う事であり、監視カメラに転用できると考え、これは国による国民の管理が目的であると訴えたのだ。これはサロス帝にとっては誤算と言うか、そもそも考えなかったのかと思うが、これには理由がある。ゲーディア皇国は、第4惑星開拓時代から防犯カメラがある程度設置されていて、皇国民は防犯カメラに対してそれほど神経質では無いのだ。なので、防犯システム強化の一環である防犯カメラの増設を気にも留めないと思ったのである。しかし、識者はこの防犯カメラの増設に疑念を抱いたのだ。この意見に最初は犯罪さえしなければ良いと高を括っていた国民も、他人事では無いと不安感を募らせる。この頃から小規模ではあるが、防犯カメラ増設に対する抗議デモが起こる様になった。

これに対してサロス帝は、防犯カメラの増設の前に「秘密兵器」を投入する。それが野良犬である。失礼、警察犬である。皇国の72都市の何処に行っても街中にうろつく野良‥‥‥警察犬がいる。当然ながらこの警察犬ただの犬ではない。犬型のAIロボットである。宇宙都市では衛生上、生きた動物はほぼ人間だけである。他の動物に関しては検疫法によって厳しく審査され、それをパスした動物だけがペットとして飼う事が出来るのである。そのため生身の動物はかなり高価で、数十万ルヴァーもするのである。それに対してペットロボットは、高くても数万ルヴァー程である。しかもロボットなので躾けなくていいし、粗相する事も無く、餌代もいらない(充電代はかかるが)、あと病気も死ぬ事も無く故障したら修理すればいい。いい事尽くしで飼い主と一生を共に暮らす事も出来るのだ。そのため高価な生身のペットより断然人気がある。しかも、皇国ではロボットの外装を人工の毛皮で覆い、本物と見まごうばかりの姿にしている。これにより、様々な動物をロボットで製造した動物園も造られている。

では、如何してロボット犬を街中に放つのが防犯カメラ増設反対対策になったのか?

これはロボット犬が国民に寄り添うように作られていると言う事が大きいと思う。基本的に彼ら警察犬は街中で警官の代わりにパトロールをしている。その目は高性能の多目的カメラや顔認証システム、鼻は実際の犬の何倍もの微細な臭いも嗅ぎ分ける嗅覚センサー、舌には薬物の成分分析機能があり、肉球には振動センサー、等々色々な機能が付いてなんとお値段50万ルヴァー! 高っか!

冗談はこれ位にして‥‥‥これらの機能を内蔵しつつ、更に本物の犬のように人に懐いて遊んだりするのである。「パトロールをしろ!」とも思うが、防犯システムの一部である彼らは防犯カメラの信号を受けると機敏に業務に戻るので心配はいらない。このほかにも、道案内や迷子の保護、喧嘩等の仲裁‥等、色々な業務を熟すスーパーロボなのである。さらに幾つもの犬種があり、大型犬から小型犬まで網羅している。この愛らしい警察犬の導入で、防犯カメラ問題から目を反らす事に何とか成功したサロス帝は、185年までに全ての都市で防犯カメラの増設作業を終了させたのである。

次に、親政当時の政治機構と、崩壊した軍事政権後の軍部について解説する。

宇宙暦179年4月1日に二院制が廃止された事で、それまで国会議員として行政に携わっていた民主院(下院)議員は行き成りクビとなった。4月1日までに色々と動きがあったので、事前に知っていたものの民主院議員の心中は如何許りだっただろうか。

上院に関しては議員が貴族なのでそのままだが、大臣や副大臣など閣僚以外の殆どの宮廷貴族は各々実家の領地に帰還させて、領主貴族を補佐する役目に就き、元民主院議員で男爵の爵位を得て貴族院議員となった者は宮廷に留まったものの、全員が高級官僚扱いになる。

こうして始まったサロス帝の親政ではあるが、開始直後から波乱の幕開けとなった。と言うのも、サロス帝は開始から無茶ぶりとも言える予算の使い方をしたからである。まず行ったのが、ミシャンドラ・シティの地下3階の無人施設の大改装である。これには各省の予算を削り、さらに貴族に資金の出資を願うなどして改装費を捻出して工事を行ったのである。これが後の「ミシャンドラ学園」である。

それと同時期に行ったのが、小惑星帯での謎の「資源衛星の調査計画」である。資源と言う観点では皇国は当時最大の産出国だと言ってもいい。第4惑星と一部の小惑星帯でしか採掘する事が出来ないエネルギー鉱石「レメゲウム」を始め、鉄鉱石などその他の鉱石などが産出されている。これ以上何を望んでいると言いたくもなるが、この計画が可なりキナ臭いのである。皇国では、通常だとこういった資源開発業務は資源省が担うのだが、何故か軍部が執り行っているのだ。勿論資源省の調査部が小惑星帯での資源調査を担ってはいるが、その護衛と称して軍が動いている。そしてその内容の詳細は皇帝と軍上層部だけが知るだけで、最重要機密事項になている。これにも多額の予算がつぎ込まれる。

これらの多額の予算をつぎ込んだ政策に、流石に不満の声が上がった。特に元民衆院議員の男爵たちは、これらの大量予算を投じた機密扱いの政策の説明を求めた。それに対してのサロス帝の応えは彼らの爵位の剥奪だった。爵位が剥奪されるともう貴族ではなくなるため、民主院議員の様にクビになると言う事である。さらにこの爵位の剥奪は、既存の貴族たちにも行ったため、これ以降、サロス帝に表だって意見する者は居なくなった。

 

「皇帝の言葉はどんな法より優先される」

 

この言葉の下、貴族や官僚はサロス帝の命令を遂行するだけとなるのだ。

ゲーディア皇国はこれまでも、皇帝をトップに頂いた専制国家であるものの、国政に関しては下院議員による議会での話し合いで決まるのが通例だった。皇帝はあくまでも緊急時にのみその権力を使用するだけであり、国政には非介入の立場を取った。これは、民主主義であるエレメスト統一連合政府の議員だった初代皇帝ウルギアの方針であり、第4惑星独立のために専制国家という立場を取ったものの、基本的に彼は民主的に政治を行いたいという思いがあり、皇国建国の後は、行政の一切を議会に任せ、自身は一切介入しようとはしなかった。ウルギアの考えは娘である2代皇帝パウリナにも引き継がれ、エレメスト統一連合政府との軍縮条約(パウリナ条約)の締結の際に、反対勢力を黙らせる際にその権勢を使用しただけで、それ以外は議会(宰相?)に委ねている。

それに対して3代目皇帝となったサロス帝は、自らの権力をフル活用した。

前章したように政策をゴリ押しし、意見する者があれば厳罰を持って答える。まさに独裁者である。

とは言え、皇帝が独断でスパスパ政治を進めるのは気持ちよく見える様で、この頃のサロス帝の国民の評価は高い。ただ、この評価はちょっとした仕掛けがあると私は見ている。彼は皇子時代はその放蕩ぶりから皇族の中で唯一国民からの人気が無い。皇位継承権から外れた時には、多くの者が歓んだとも言われるほどの人物だ。そんな人物が皇帝になり皆が不安に感じている時に、内側は兎も角、国民に対しては真面目に公務を務めあげている姿を見せているのだ。無論、大貴族であるヴァサーゴ大公とその派閥勢力である貴族たちや軍部の支えあってのものだろうが、傍から見ればサロスが混乱した国制を回復させている様に見える。防犯システムの強化策でも、不信感を募らせる国民に力では無く、対抗策で国民の関心を反らしているなど可なり穏便に事を進めている。この事で皇子時代とのギャップもあってかなりの支持率を得ている。要は最初が低評価なだけに、少し真面目に振舞っただけで高評価に転じる典型とも言える。さらに、上手く行っているのも上手く行った事を殊更大きく喧伝し、その陰で失敗した事を隠蔽する。多くの為政者の常套手段である。そうやって暴走する独裁者によって国が乱れ、それを隠す様に戦争や弾圧などを行い、悲劇的な結果を残して滅びた国家は歴史上枚挙に暇がないのである。

まぁ、この後の歴史を知る者としてこの様な事が言えるのであって、当時の人々には無理からぬ事ではあるが‥‥‥。

では、次にこの時期にサロス帝を支えた者たちについて少し話そうと思う。サロス帝の一番の理解者はやはり「ネクロベルガー」であろう。

前政権である軍事政権の権力闘争で混乱した軍部ではあったが、ネクロベルガーが最高司令官として着任する。当然と言えば当然の人事だ。彼は新政権発足と共にサロス帝により元帥号を授与され、皇国参謀本部(※1)総長兼軍務(※2)大臣に任命されて名実ともに軍のトップとなる。この時はロイナントの時と違い、反対する者は殆どいなかった。皇帝の強権がモノを言ったのか、それとも彼が英雄の息子であるため適任者と見なされたのかは不明であるが、ここに今でも続く軍の最高指導者としてのネクロベルガーが誕生する。まだこの時は「総帥」では無く「元帥」だけどね。

彼は皇帝の権威を背景に軍の大改革(※3)を行い、それによって軍はネクロベルガーによって一枚岩になる。以降は皇帝の、ひいてはネクロベルガー自身の大きな力となるのだ。

それとネクロベルガーが付いていた近衛軍長官の地位だが、サロス帝は彼の続投を望んで兼任させたかった様だが、そうなると折角サロス支持に回ってくれたヴァサーゴ大公の機嫌を損ね、彼の派閥の貴族たちを敵に回す事になる。そのため、ヴァサーゴ大公の三男「ターゲルハルト・パトリック・クロイル」上級騎将・子爵に近衛軍長官の地位を譲る。この人事が後に騒乱の火種になるとは、この時には誰も思わなかっただろう。まぁ、その話はオイオイ話す事となるから今は止めておこう。

そしてダーゲルハルトの父親で、当時最大の支援者である。四大公のひとり「ヴァサーゴ公・ザクゥス・コーダ・クロイル」である。

 

次回は、サロス帝の最大の支持者であるヴァサーゴ大公とその一族。そしてこの時代に最も激化した貴族間の派閥争いについて解説して行こうと思う。

 

 

 

 

 

 

※1・ネクロベルガーによって行われた改革によって、名称を軍令本部から皇国参謀本部と改められる。その長は軍令本部時代と同じ総長。

※2・ネクロベルガーによって行われた改革によって、名称を軍政省から軍務省に改められる。それまで軍部(総長)と行政(大臣)で尊称が異なっていたのを大臣に統一。

※3・軍の大改革は皇帝の意向よりも、ネクロベルガーの力が大きかった。英雄である父親の人望もあったかもしれないが、彼自身も方々に根回しをしていた様で、改革に反対する者は殆どおらずスムーズに改革を推し進められた。