怠惰に創作

細々と小説の様なものを創作しています。設定など思い付いたように変更しますので、ご容赦ください。

Z計画 FILE9

皇国親衛隊情報本部警察局刑事部第1捜査課3班。1年前に私、マリア・ブルジューノが配属された部署だ。班の人数は私を含めて5名である。

皇国では、高等学校を卒業した男子は2年間の兵役訓練を受けなけらばならない。兵役訓練を受けなくてもいいのは大学に進学するか、身体に障害があるかなど訓練に耐えられない者だけである。この兵役訓練は、名前の通り訓練兵を育成する期間で、有事があったとしてもそこから戦場に行く事は無い。訓練期間が終了すると、軍に入るか、他の企業なりに就職するかは本人の自由である。当然有事の際は徴兵の対象になるのだが、30歳なればその兵役義務は終了する。

一方の女子に関しては志願と言う形をとっていて、私は高等部卒業と共に兵役訓練に志願し、2年間の訓練期間を終えた後、ゲーディア皇国親衛隊に入隊した。

ゲーディア皇国(総帥)親衛隊は、皇国首都「ミシャンドラ」の防衛と治安維持を担う組織である。元々首都の防衛と治安維持を担っていたのは近衛軍だったが、軍部によるクーデターによって軍事政権が立って以来、近衛軍は縮小の一途をたどる事となる。その最たるが国防軍によって結成された首都内防衛隊である。首都内防衛隊は、ターゲルハルト・パトリック・クロイル上級騎将が近衛軍長官になった時代に近衛軍の指揮下に組み込まれたものの、彼が「サロス皇帝暗殺事件」によって皇帝と共に暗殺された事で防衛隊の指揮権は国防軍に戻り、その後「総帥警護連隊」へと名を改め、さらに翌年には「皇国(総帥)親衛隊」と改名されたのだ。

親衛隊と言う組織は歴史上、創作物、日常の中でも度々出てくる名称であり、その殆どがエリート部隊の体を取っている。しかし、皇国親衛隊にはそういったエリート意識と言うものは余りない。隊に入隊の条件は一にも二にも皇国と総帥に忠誠を誓う事であって、学力などのエリートとしての素養に関してはそれを問わないのだ。それ故にたった3年の間で兵力30万人以上にも膨れ上がる事が出来たのだろう。親衛隊の結成当初、所謂総帥警護連隊時の兵力が約1200名ほどだった事からも、その拡大スピードの大きさが窺い知れるだろう。

因みに、現在の近衛軍は皇帝とその家族、親族の警護、王宮区画の警備が主な職務となっていて、首都の防衛とその他の区画の治安維持は完全に親衛隊に譲渡されている。その中で警察局は首都治安の要となっていて、警察局には、総務部、警務部、刑事部、警備部、保安部、刑務部などがあり、それぞれが首都の治安維持に努めている。

私の居る刑事部第1捜査課は凶悪犯罪に係わる犯罪の捜査を行っていて、基本的な職務は一般的な警察業務と同じで、所謂私服警官であるため私も私服(スーツ)である。

私は親衛隊に入隊して直ぐ士官学校に入学して士官教育を3年間受けた後、警察局への配属を希望し、その希望はすんなり通った。すんなり通った理由として親衛隊にあって警察局は人気のない部署だからである。何故人気が無いのかと言うと、仕事が無いからである。仕事が無いと言うと語弊があるが、貴族や軍人、政治家や官僚、あとはその家族と使用人しか住んでいないため、警察が動く様な事件が起こり難いのだ。しかも、これら公職の者達はプライドが高いうえに周囲の評価を何より気にするので、事件が起こっても我々警察に通報せずに内々に処理してしまう事が多いのも、我々の仕事が少ない原因にもなっている。

え、仕事が無いのに給料もらって羨ましい? そう言う志が低い奴が親衛隊に入れると思うなよ! 何より国防軍にも入れないからな! とは言え、我々3班は仕事が無いにも程がある。何か事件があっても1班、2班が担当するのが殆どで、3班に仕事が回ってくる事は殆ど無い。お陰で給料泥棒と陰口をたたかれているのは事実だ。前回仕事をしたのもかれこれ4ヶ月も前の事になる。その事件は、とある伯爵家で起きた使用人同士の揉め事なのだが、伯爵家に仕えるひとりの若い執事と、同じく伯爵家に仕えるメイドのカップルに横恋慕した他のメイドが、執事の彼女をナイフで刺してしまったという事件である。刺した後、怖くなった横恋慕メイドは伯爵家の人間が狩りを楽しむために作ったという人工の森の中へと逃げ込んでしまい、そのまま戻って来なくなったのだというのだ。

知っての通りミシャンドラは他の都市と違って防犯カメラもパトロールの警察犬も居ないため、それらを人の手で行わなければならない。昔ながらの地道な捜査でホシを上げなくてはならないのだ。この事件も人工森の捜索には多くの人出がいるため我々第1捜査課総出で森を捜索する事になた。当然我々3班も駆り出されたという訳だ。しかも、今回は犯人のメイドが凶器のナイフを持ったまま森に逃げかんだため、興奮した彼女がナイフで襲ってくることを想定して伯爵家の使用人に協力を仰げず、代わりに他の部署に応援を仰ぐ形で人員をそろえた大規模捜索となった。

捜索の結果、犯人のメイドは捜索から3日たって衰弱した状態で発見され、何の抵抗も受けずに確保し病院に搬送された。回復と共に逮捕となるが、刺されたメイドが一命を取り留めた事で殺人事件とはならず、横恋慕メイドは殺人未遂として2種犯罪者扱いになった。刺したメイドに怪我の治療費、慰謝料を支払い、被害者とその彼である執事に近付く事を禁止する命令が課せられ、横恋慕メイドは素直にそれに従ったため刑務所コロニー行きは免れた。と言うのが事の顛末である。

それにしてもあの森の捜索は可なりしんどかった。もうごめんであるがこういった時にしか3班にはお声が掛からないのかねぇ‥‥‥。早く2班に行きたい。

そして今日も今日とて私は自分のデスクでディスプレイと睨めっこしている。今までの事件に関する捜査資料を見て今後の勉強と言った処だ。なんだけど‥‥‥。毎日これでは気がめいってしまう。ミシャンドラで起きた事件は直ぐに読み終わって今は他の都市或いはエレメストで起きた古い事件を見ている。

ただ、私以外の同僚と来たら何ともたるんでいる。私がこの3班に着任して早々に班長から班長代理を任されたのだが、それは私の先輩たちが皆下士官で、私が士官だからと言う理由からである。着任早々自分たちの上司になった私への妬みか、拍手と共に「流石士官学校卒のエリート様、着任初日で昇進とは」と皮肉交じりの嫌味を言われた。さらに私が真面目に職務に努めようとしているのに、彼らは仕事が無いのが3班の仕事とか抜かして私にやる気をそいでくるのだ。まったくいい迷惑だ。

その先輩たちだが、私のデスクの前の軍曹は私と同じくディスプレイを見ているが、嫌らしい笑みを浮かべているため如何わしい動画でもいているのだろう。それでも警察官か! さらにその先輩軍曹の隣の席の伍長は現在夢の中である。昨日夜から朝まで飲んでいて、今日は店から直で来たと言っていた。ふざけた奴だ! そして私の隣のもうひとりの軍曹なのだが、真剣な顔をしてゲームをしている。仕事しろ! って、仕事ないんだった‥‥‥悲しい‥‥‥。

先輩方を見ていると何だかイライラする。この後トレーニングルームに行ってサンドバックでも殴って来るか‥‥‥。そう言えばこの前トレーニングルームの管理官に私が一番トレーニングルームを利用していると言われた。さらに「やっぱり3班て暇なんですね~」とか言われたのだ。クソ! 絶対に出世して1班に行ってやる!

 

「お~いマリア、ちょっといいかい?」

 

私が密かに1班への野望を抱いていると、私が今日出勤してから一度も姿が見えなかった3班班長が、第1捜査課3班室のドア越しから顔だけ出して私に声を掛けて来た。

あんた今までどこにいたんだ!

第1捜査課3班班長ジョン・ハウ」中尉。現在30歳と言う事だが、身なりに無頓着な性格らしくくたびれた感じの風貌は実年齢よりも上に見える。性格は何時も飄々としていてやる気のない発言が多く、班長になれたのも、前任の3班班長が移動となった事で繰り上げで中尉に昇進して班長になった人物だ。彼自身は班長になった事で責任が増えたとよくぼやいている。

 

「何ですか班長?」

「課長が呼んでるよ」

「課長が?」

 

第1捜査課長が私に何の用だろうと思いつつ席を立ち、班長の後に付いて課長室に向かた。

 

「そんじゃ、あとは頑張ってね」

 

課長室の前まで来ると、班長は一緒に中に入らない事を告げて何処かへ行こうとしたので、私は班長を引き留める。

 

班長は来ないんですか?」

「え~、なんだか面倒臭そうじゃん。それに俺呼ばれてないし、んじゃ」

「え、あ‥‥‥」

 

「んじゃ」じゃないわよ! あの人面倒だからって逃げたな! 

私は遠ざかる班長の背中に向かって中指を立てて心の中で班長に悪態を付く。ただ1年間あの班長と付き合っているため、あの人の人となりは何となく知っている。こういう人なんだ。私は急激に馬鹿らしくなり、気を取り直して課長室に入る事にした。取りあえず乱れた気持ちを直そうと大きく深呼吸をしてから課長室のドアをノックする。

 

「ブルジューノ少尉です」

「ああ入って」

 

ドア越し課長の声が聞こえたので、私はドアを開けて中に入り敬礼をする。

 

「失礼します。課長如何いったご用‥‥‥」

 

私が課長室に入ると、第1捜査課課長「ヨーセフ・シチンク」少佐とは別に、もうひとり警察局の士官がいる事に気付いた。と言うか、課長のデスクの前に来客用のテーブルとソファと椅子が置かれているのだが、そのソファに偉そうに座って居るため嫌でも目に入る。そして私はその人物が嫌いである。

 

「ああ少尉、此方は‥‥‥」

 

課長が私に部屋に居るもうひとりの人物を紹介しようとしたが、そいつが手を上げて課長の言葉を遮ると、薄ら笑みをたたえた憎たらしい顔でゆっくりと立ち上がる。

 

「紹介しなくてもいいですよ少佐、私と少尉は知らない仲では無いのでね」

「あゝそうでしたかヴァレナント大尉」

「課長、失礼します」

「ちょちょちょちょ、ちょっと待ってよブルジューノ少尉! 如何したの?」

 

刑務所コロニー「セレン・オビュジュウ」所長ニール・ヴァレナント。私は此奴が死ぬほど嫌いだ。なので、非礼を承知でこの場から立ち去る事にしたのだが、流石に課長に引き留められた。

 

「何で此奴が居るんですか!」

「此奴とか言っちゃいかん、ヴァレナント大尉はキミに重要な仕事があって来たんだ」

「そう言う事だマリア、君にしか頼めない重要な任務だ」

「他を当たってくれ!」

「何々キミ、如何いう関係かは知らないけど、大尉は上官だよ。上官にそんな事言っちゃいけないよ」

「そういう課長こそ彼奴の上官でしょ! 何でペコペコしてるんですか!」

「いや私は‥‥‥こういう性格だから」

 

ヨーセフ・シチンクが第1捜査課課長の地位に付いたのは半年前の事である。言動も物腰も柔らかく、凶悪犯罪を取り締まる課長の地位に相応しくない人物と専らの噂だ。そもそも、このような性格の人物が親衛隊に居る事自体可笑しい。戦場に出る事を想定した武装親衛隊ではないにしろ、警察官も危険を伴う仕事である以上、それ相応の人物が警察組織に入るべきだあり、上の地位に付くべきである。そして課長はそういった人物に見えないし、周囲からもそう思われている。1班や2班に至っては、課長よりも各々の班長の指揮のもと動いている。なので何で彼が課長になれたのか不思議ではある。

まぁ、私が考えるに首都の犯罪は他の都市に比べて軒並み低い(警察が把握できた事件に限る)ので、課長の様な人でも警官になれたのかもしれない。と思っている。

 

「彼女は私の妹ですよ少佐」

「えっ! い、妹?」

「ええ、そうですよ、此奴は私の兄ですよ!」

「えっ!? 大尉が少尉の兄!」

 

私とヴァレナントが兄妹である事を始めて知った課長は、驚きの声を漏らしてオドオドしている。

 

「お前にしか頼めない任務だ」

「断ると言いました!」

「相変わらずだな」

「あなたこそ」

 

私は暫し言い争った後、只々彼奴を睨み付ける。彼奴の方は彼奴で憎たらしい薄ら笑みを浮かべている。手が震えて殴りたい衝動に駆られるのを必死に抑えるので精一杯だ。そんな無言で睨み合う私たちの間で居心地が悪くなった課長が恐る恐る声を掛ける。

 

「大尉少々お待ちを‥‥‥ブルジューノ少尉チョット」

 

彼奴に断りを入れた課長に私は部屋の外に連れ出される。

 

「何ですか課長」

「キミ、ヴァレナント大尉と兄妹だったの? でも君の履歴には‥‥‥」

「兄弟と言っても父親が違います。私の父はただの労働者、あちらは偉い偉い貴族様で御座います」

「あのねぇ、子供みたいな皮肉言わないでくれる」

「こど‥‥‥」

 

子供? 子供ってどういう事! 

 

「ハァー‥‥‥」

 

私は一瞬カッとなったが、課長の申し訳なさそうな情けない顔を見て怒る気も失せてしまうと共に、冷静に自分の行動を振り返り確かに子供ぽかったと反省する。

 

「確かに子供っぽかったです。すみません課長」

「分かってくれればいいんだよ。それじゃあ部屋に戻って」

 

課長に促がされるままに私は課長室に戻る。中ではあの嫌味ったらしいニヤケ面が待っていて、それを見た瞬間、怒りが再燃しそうになるが、感情的になるなと自分に言い聞かせ、何とか感情を抑え込む。

 

「では大尉殿、今日は如何いったお話で?」

 

私は棒読みで用がある兄にその内容を聞く。

 

「ある重要な任務をお前に任せたい。‥‥‥とその前に、少佐はご遠慮ください」

「え、え、僕?」

「ハイ少佐、妹と2人で話したいので」

「そう言う事でしたら」

 

課長は彼奴の言葉に従って課長室を後にする。そして室内に私と兄だけとなると、奴は携帯端末を操作し、一枚の写真を私に見せて来た。

 

「こいつを見てくれ」

 

私は嫌々ながらもその写真を見る。そこに移っていたのは一人の男の顔写真で、見覚えは無い。

 

「誰?」

「ブレイズ・オルパーソン。今はフリーの雑誌記者だ」

「雑誌記者?」

「ああ、クエス雑誌社とか言う小粒の雑誌社に居るらしい」

「へぇ~、それで私に如何しろと?」

「彼を監視してもらいたい」

「はぁ?」

「こいつはエレメスト連合のスパイの可能性がある」

「連合のスパイ?」

「あゝ、こいつがここに来たのは3か月ほど前、初めは皇国の歴史を取材する名目で来たのだが‥‥‥今は皇国の国民になっている」

 

兄の話を聞くに、彼をスパイとみるには根拠が弱すぎる。もしそれだけの事で彼をスパイとするならお門違いにも程がある。

 

「別に仕事で来てそのまま皇国民になる人なんていくらでもいるだろ。それ位でスパイ容疑だなんてあんた馬鹿じゃないの?」

 

私の「馬鹿じゃないの」という言葉に兄のニヤケ面が引きつり、その後真面目な表情になったので、私は安易に「馬鹿」と言う言葉を使った事を後悔する。幾ら兄妹、嫌いな相手とは言え不適切な言葉であると‥‥‥。

 

「あ、う~ん、バ、馬―――」

「ここからはお前を見込んでの話しだ」

 

急に改まった彼奴に私も先ほどの事もあって黙って話を聞く。

 

「俺は今あるプロジェクトに携わっている」

「プロジェクト?」

「そうだそれにお前も参加してもらいたい」

「何で私が」

「それは総帥直々のプロジェクトだからだよ」

「えっ!? ネ、ネクロベルガー総帥の?」

「あゝそうだ。お前総帥に恩義があるんだろ? 親衛隊に入隊したのもその恩義を返すためだったんだろ?」

 

そう私には総帥に大きな恩がある。あの方はそんな事は微塵も感じていないかもしれない。だけど、私‥‥‥イヤ、ミシャンドラ学園出身者ならば、総帥に何らかの恩義を感じて生涯を描けてでも返したいと思うのは人として当然だと、少なくとも私は感じているのだ。だから私は総帥と国家を守る親衛隊に入ったのだ。

 

「総帥のプロジェクト、あの方に恩返しができるって事」

「そう言う事だ。そのプロジェクトを崩壊させかねないのがこの写真の男なんだよ。如何だやってくれるか?」

 

私は返答に窮した。確かに兄の言葉が真実なら私は迷う事なく協力する。だが、何故単なる刑務所所長の大尉にそんな重要な任務を任せれているのか、不思議でならない。

 

「何であんたがそんな重要任務を‥‥‥」

「それは今は教えられない。ただ、刑務所コロニー所長だから任せられたとでも言っておこうかな」

「刑務所が関係してる? 一体‥‥‥」

「今は教えられないと言っただろ、お前は任務をキッチリ遂行しろ。もう上の許可は取ってある」

 

手回しが宜しい事で、成る程その極秘のプロジェクトの事は一部の人間しか知らない事で、誰それに話す訳には行かないだろう。要は総帥閣下のプロジェクトと言えば大概の者はひれ伏してしまう。そうやって刑事部長や課長を言いくるめたのだろう。特に課長なんて効果覿面だった様だ。

 

「それとだな」

「なに?」

「言葉使いには気を付けろよ。大尉か所長と呼べ、イヤ、兄上と呼べ」

「はぁ!?」

 

彼奴を大尉や所長と呼ぶのは構わないが、兄上と呼ぶなんて御免被りたい。私は彼奴の事を兄だなんて思いたくないのだ。あんな、母にあんな仕打ちをした此奴には。だが、総帥閣下の極秘プロジェクトの事もあり、さらに彼奴に無言の圧を掛けられ、私は根負けして渋々従う。

 

「わ、分かった、分かりました‥‥‥兄上」

「よし、では今日から頼んだぞ妹よ」

「イ、イエッサー」

 

私は兄に従う以外の選択肢を失ったのだ。

俺の母は、嘗てビフロンス伯爵家のメイドとして仕えていた。そんな母親を伯爵は見初めて夜な夜な情事に溺れたのだ。要するにビフロンス伯は俺の父親でもある。

ビフロンス伯爵には3人の子供が居るが、それは全員娘で男子はひとりもいなかった。しかし、伯爵は自身の後継者は男子との考えの持ち主だった事から男子を欲しており、かといって夫人とは3人も女子が生まれた事で、また女子だったらとの考えから別の女性をと言う事になり、そこで母が選ばれたのである。

当時、と言うか今でもだが、貴族の男たちは夜の相手に貴族御用達の高級娼婦を良く使っている。これは夫人たちも公認の事だ。と言うか、夫人たちも若い男子と同じ事をしているのでどっちもどっちだな。ま、それを良い事に貴族の男たちは堂々と娼婦と情事に励んでいるのだが、こと子供に関しては娼婦との間に出来た子供を自身の子供と認める事は無い。それは娼婦というか娼館側も心得ていて、娼婦の妊娠が分かれば中絶する事が決まりとなっている。この関係からビフロンス伯は娼婦ではなくメイドとならば夫人も納得して尚且つ子供も手に入ると考えた様だ。だが、結果は夫人を怒らせたと言う事だな。当時は今と違って一夫一妻制だったから仕方が無いのかもしれないが、自分も若い男と良い思いしているくせに、なんでメイドは駄目なんだと思う。

ただ中絶されずに済んだ事で俺が生まれ、それがビフロンス伯の耳に入り、赤ん坊の俺を引き取りたいと言って来たのだ。まぁ、後継者としての男子を欲していた伯爵にとっては当然だろう。母は俺を渡すのに難色を示したらしいが、最後は金の力で解決したらしい。これが何を意味するか分かるか? 俺は親父が死ぬか引退すればビフロンス伯ニール様となっていた筈だったって事だ。それなのに‥‥‥。

俺の不運の原因はあのビフロンス伯爵夫人だ。あのババァはビフロンス伯と自身の細胞を「皇立科学研究所※」のある機関に提出し、遺伝子操作とクローン技術によって子供を作ってしまったのだ。人間のクローンや遺伝子操作は国際法によって禁止されてはいるが、それを犯してまで生まれたのが俺の弟って訳だ。それに関してはお得意の金の力にモノを言わせた隠蔽工作ってトコなんだろうけどな。

ビフロンス伯もこれには難色を示したそうだが、ババァの実家があのヴァサーゴ公の縁者と言う事もあり、そのお陰で伯爵はヴァサーゴ派でもそこそこの地位を得ている。ババァと争う事は今後を考えると得策ではないと判断した伯爵は、渋々クローン人間を後継者にしたんだとよ。

そして俺は、ビフロンス伯の従兄弟のヴァレナント子爵に子供が居なかった事から養子として送られたって訳だ。

 

☆彡

 

ビフロンス伯爵家のメイドをクビになり、そして生まれた子供も取り上げられた母は、生きる希望を失い自殺を考えたそうだ。しかし、それを止めて母の話を親身になって聞いてくれたのが私の父親である。母は父との2年の交際の後に結婚し、そして私が生まれたのだ。とても幸せな家庭だった。そんな私たちの家庭が壊れ始めたのは私が12歳の時だった。当時、父は宇宙港の作業員をしていたのだが、宇宙港でのシャトルの追突事故に巻き込まれて亡くなってしまった。父の突然の死を悲しみつつも、母が女手ひとつで私を育て始めたのだが、私が15の時に身体を壊して寝込む様になり、私たちの生活は困窮を極める事となったのだ。そこで母が頼ったのがビフロンス伯である。しかし伯爵は夫人の手前もあってか母を門前払いし、次いで兄の居るヴァレナント子爵家を頼ったものの、兄はそんな母に会おうともせずに追い返したのだ。どん底まで追い詰められた私たちを救ってくれたのが、当時通っていた中等部の担任の先生だった。私たち家族の現状を憂いた先生はミシャンドラ学園への転校を進めてくれたのだ。

当時の私は首都の地下3階にあるミシャンドラ学園は、貴族様のための学校だと思っていたのだが、担任の先生によると親の居ない子供や虐待を受けた子供に生活と学の場のために作られた学園であると聞かされ、さらに肩親や両親がいたとしても生活に困窮していれば、子供を預ける事が出来るのだという。

ミシャンドラ学園での生活は私の生活を一転させた。私は寮での生活に入り、身体を壊して働けなくなった母は、学園に併設されている病院で治療を受ける事になったのだ。そう、私たちはミシャンドラ学園に救われたのである。そしてこの学園の創立者がネクロベルガー総帥なのだ。言うなれば私と母を救ってくれたのは総帥と言っても過言ではないのだ。だから私はあの方に一生をかけてでもその恩に報いたいと思っていいる。親衛隊に入隊したのはそのためでもある。そのお陰で今ではあの糞兄の下で働く事になったが、総帥の極秘プロジェクトを成功させるためなら何でもする覚悟がある。

 

「ハァー‥‥‥」

 

あれから1ヶ月が経過した。しかし、監視対象者に変わった動きはない。アパートと職場を行き来しているだけだ。あとは毎日朝近くのファミレスでの食事をし、昼夜は近くのシガークラブで飲食をする。あとは近くのコンビニで買い物する位だ。別に何の変哲もない一般市民である。

彼が総帥の極秘プロジェクトを破壊するだって? そんな大それた事が出来る人物には到底思えない。そもそもスパイなら既に保安情報局が動いている筈である。そこが分からない。兄は本当に何らかのプロジェクトに参加しているのか? といまだに信じられないが、これについては参加しているとみてほぼ間違いないだろう。刑事部長や課長が何も無いのに私を勝手に使うのを許すハズが無い。そんな事をすれば越権行為である。課長は兎も角、刑事部長が黙っていないだろう。部長はプロジェクトの中身を知っているのだろうか? だから兄に協力したのか? 1ヶ月経った今でもその極秘プロジェクトの情報を何も寄越さないため、暇さえあれば答えの出ない考察を繰り返してしまう。

こうなったら仕方がない、兄がその気なら私にも考えがある。かなり危険な賭けではあるが‥‥‥。イヤ、辞めて置こう。そんな事をしてもし兄の言う通りだったら目も当てられない結果になる場合がある。何を考えても答えは出ないのだ。ここは言われた通り彼の監視を続ける事にしよう。

 

 

 

 

 

※「皇立科学研究所」

首都「ミシャンドラ」シティの地下3階層にある研究施設や病院が密集した場所。

地下3階層の3割にも上る土地に広がる研究施設群で、皇国の発展に寄与する研究が日夜行われており、都市の運営費は国費とネクロベルガーのポケットマネーによって賄われている。