怠惰に創作

細々と小説の様なものを創作しています。設定など思い付いたように変更しますので、ご容赦ください。

Z計画 FILE10

ヴァレナントからの命令で、私がブレイブ・オルパーソンなる人物を監視して早1か月が経った。

この1ヶ月間の彼の主な行動は、自宅と勤務先の雑誌社を往復するだけで、あとは自宅近くでの食事や買い物、雑誌社近くにあるシガークラブ「R&J」で同僚と酒を飲む位である。これといった怪しい動きはない。彼奴が言う様な連合のスパイなどではない事がこの1ヶ月で証明されたのだ。連合のスパイと言うのは彼奴の妄想だと私は思っていたが、監視経過の報告の際に、彼奴の口から私をオルパーソン氏の監視に付けた理由を聞かされた。

彼奴が今関わっているプロジェクト、そのプロジェクトにオルパーソン氏が近付いたために監視対象になったのだそうだ。それなら他の記者たちの監視も必要だと思うが、彼がエレメストからの亡命者だから特別に監視対象者になったらしい。

まぁ、言わんとしている事は分かる。要するにエレメストの人間であるため雑誌社を隠れ蓑にしてプロジェクトを調べようとした。と言いたいのだろう。だが、そんな事は国家保安情報局の連中が見逃すはずが無い。彼らが監視対象にしていない時点でオルパーソン氏は皇国に害をなす存在ではないのだ。

まぁ、何処で仕入れたかは知らないが、総帥閣下のプロジェクトを調べようとして軍に捕まったのは事実だ。彼らは配信しているオカルト雑誌の企画として、廃墟となった旧刑務所を取材したと言っていたが、あそこに彼奴が言う総帥のプロジェクトが行われていたのだろう。だから彼奴はビビって私に‥‥‥何とも迷惑な話だ。とは言えないか、3班で腐っているよりかは幾分マシな方だ。あとは彼奴の顔さえ見なければ良いなら最高なんだが‥‥‥。

それに、彼奴の言う総帥のプロジェクト自体を私は疑ってもいた。何故その様な重要なプロジェクトを一介の刑務所コロニーの所長風情が関われるのか? しかし、これについては信じるほかなかった。数日前に、警察局に総帥府代理監査部の監査官が彼奴に会いに来たのだ。勿論、目的はプロジェクトの進捗具合の確認と言った処だろう。

代理監査部とは、ネクロベルガー総帥麾下の機関である総帥府の一部門である。主な任務は総帥の代理として重要会議や国家プロジェクトの監査と総帥への報告である。他には貴族のパーティーなどにも赴いている。総帥が彼らに求めるのはただひとつ、正確な報告である。彼らは赴いた場所で起こった出来事を出来るだけ正確に、かつ私情を挟まず総帥に報告するのが使命である。

そして、警察局に来ていたのが「ワーレン・クロッサー」という人物だ。彼は可なりの大物で、総帥府代理監査部の次席監査官でもある。ただ、彼についてはあまりいい噂を聞かない。下品で嫌味ったらしい性格で、自らの権力を振りかざす人物だそうだ。

あと、監査官の職務の一環でよく貴族のパーティーに出席しているのだが、そこで出される料理に舌鼓を打つうちに体重が130㎏越えの肥満体になったそうだ。

まぁ、これらは彼の事を良く思っていない者が流した噂ではあるが、火の無い所に煙は立たないという様に、全てが単なる噂で片付けられるとも思ってはいない。実際にクロッサー監査官を遠目ではあるが拝見した事がある。確かに肥満体で体重が130㎏を超えているのは事実だった。

だが、例え肥満でも、職務に忠実ならば大した問題ではない。総帥が人に求めるのは職務に対する勤勉さであり、性格の良し悪しは気にしない方と聞く。それに、クロッサー監査官が総帥の前で自身の性格の悪さを露呈させるとも思わないしな。

只今だに私がこの仕事に不満があるのは、彼奴がプロジェクトの内容を殆ど教えないと言う事だ。私が知っている事と言えば、総帥閣下と前皇帝サロス陛下によって進められた計画と言う事と、それを彼奴が中心人物となって仕切っていると言う事、オルパーソン氏がその事を探ろうとしている。という位である。要するにプロジェクトの内容に触れる事は何ひとつ知らされずにあの阿保に顎で使われているのだ。

 

「ハァ~‥‥‥」

 

私は第一捜査課3班室の自分のデスクで、ここ1ヶ月の事を思い出してため息をつく。

 

「如何したの? 溜息なんかついて」

 

ボーっとしていた所を行き成り声を掛けられ、私はハッと我に返って声の方に顔を向ける。そこに居たのは班長ジョン・ハウ中尉で、私は今日初めての顔を合わせだ。

 

班長、今まで何処にいたんですか?」

「あゝ俺はちょっと家にね」

「家!? もしかして今出勤したんですか? もう昼過ぎてますよ!」

「違うよ、朝来てすぐに家に帰ったの。そんで一寝りして来たから遅刻じゃないよね」

「如何いう理屈ですか!」

「ダメ?」

「ダメに決まってるでしょ! 職務放棄ですよ!」

「だってさぁ、仕事ないじゃん」

 

確かに仕事は無い。だが、だからといって朝に顔見せ程度に出勤して既成事実を作ってから帰る奴があるか? こんな感じだから3班は周りから給料泥棒と言われるのだ!

この人を見ているとイライラする。それにそろそろ時間なので私は席を立つ。

 

「それでは失礼します」

「あれ、如何したのお出かけ?」

「ええ‥‥‥」

「ヴァレナント所長のお使い?」

「‥‥‥そうですよ」

 

シチンク課長が方々に吹聴したお陰で、私が彼奴の下で働いている事は皆が知っている事である。

ただ、その事について班長は何も言わない。基本的に3班は暇な班である事から他の班のお手伝いをしている。主な業務は事件の報告書の作成の手伝いである。

まぁ、手伝いと言ってもほとんど全部やらされるんだけどね。

捜査官の仕事の内、報告書の作成は結構な時間を取られる。だから少しでも時間を節約するという名目で1、2班の捜査員は暇な3班を使うという訳だ。3班の先輩方も小遣い稼ぎが出来ると喜んで協力している。なんせ1、2班は我々3班と違ってサラリーが良い。よく昼食代をお奢って貰っている。1、2班の捜査官も、昼食代で面倒な報告書作成をやってもらえるなら安いものだと思っているのだろう。それに、我々3班にも昼食代以外のメリットはある。報告書作成のために事件にも関われるのだ。私も捜査課に入隊した当初は手伝っていたが、今はやっていない。辞めた理由は1、2班の連中が横柄だからだ。3班を下に見ているあの態度が気に入らない。だから私は‥‥‥。

まぁ、それは良いとして、そう言う訳だから班長が私たちが他の仕事をしても気にしないと言うか、それが3班の業務である。逆に言うと班長はそれすらやっていないのだ。「お前も何かやれ!」と言いたいところだ。何時も何時もグウタラしやがって!

 

「うんじゃ、お兄さんによろしくな~」

「・・・」

 

序に私が彼奴と父親が違う兄妹と言う事もばらしている。課長め!

私は振り向かずに班長に手だけ振って部屋を出る。

第1捜査3班室を出た私は、その足で警察局を出て予め呼んでおいたタクシーに乗り込む。

 

『何方ヘ』

「サウスステーションへ行ってくれ」

『畏マリマシタ』

 

私は嘘をついた。別に彼奴の仕事をする訳ではない。どうせオルパーソン氏を見張るだけだし、それは私のパックちゃんに任せておけばいいのだ。彼も律義にあの子に声を掛けている。それより私が行きたい場所がある。向かうは地下3階層だ。

ゲーディア皇国の各宇宙都市には、中央部の巨大支柱部分にステーションがあり、そこから各階層へ降りる事が出来る。但し、ミシャンドラは中央部が皇帝の住まう王宮であるため中央部にステーションを作る訳にはいかず、そのため東西南北の端に専用のステーションが作られ、そこから各階層に向かう事になる。

警察局は南側にあるためサウスステーションが近い。サウスステーションに着くと、私はリニアトレインに乗って地下3階層へと向かう。

ミシャンドラの地下3階層は学園区と呼ばれている。此処が学園区と呼ばれる理由は、地下3階の7割にも及ぶ土地が「ミシャンドラ学園」の敷地だからである。あとの残り3割は「皇立科学研究所」の研究施設が占めている。そのため学園区は別名「科学学園都市」とも呼ばれている。これは、ミシャンドラ学園の480平方キロメートルにも及ぶ土地全てに学園の校舎がある訳では無く、他にも学生の寮に教師たちの住居区、彼らが利用する各種飲食店やショップに娯楽施設、それらで働く人々の居住区と学園内の敷地には様々な施設や居住区画があり、ごく一般的な街と変わらないため「都市」と呼ばれているのだ。

因みに皇立科学研究所の土地は、ほぼ各種研究所や病院などの施設で埋まっている。

ミシャンドラ・シティには、各階層に住む人のための病院がある。地表面には皇族と貴族御用達の病院があり、行政区である地下1階層には政治家や官僚とその家族のための病院が、軍の施設が占める地下2階層には軍人、家族の病院といった感じである。そして学園区には「皇立科学研究所付属病院」がある。

この病院は学園に住む学生や教員等々が利用する病院だ。特にミシャンドラ学園の学生とその家族の医療費が無料になる。ミシャンドラの医療費制度は、0~15歳までが無料で、16~69歳までが医療費の半額を負担し、70歳以降はまた無料になるというシステムになっている。そのためミシャンドラ学園の生徒は18歳まで無料となり、更にその家族は無料で治療や入院する事が出来る。これは卒業すればその恩恵が無くなる生徒とは違い、家族に関しては一度入院すると病気が完治するまで面倒を見てくれるのだ。

まぁ倫理的にお子様が学園を卒業したので「ハイ、サヨナラ」という訳にはいかないだろう。

他にもミシャンドラ学園の生徒は校舎内で生活に必要な物は全て無料で提供される。学食は勿論、衣服やそのクリーニングなど日々の生活するうえで必要な物は全部学園持ちなのである。イヤ、正確には学園の維持費を払っているネクロベルガー総帥が持っていると言った方が良いだろう。そう言った意味では「ミシャンドラ学園に入学すると、お金の使い方を忘れてしまう」とまで言われている。但し、学園内では全てが無料で生活する事が出来るとは言え、人間は生活必需品だけで満足する生き物ではない。衣服が無料といってもみな同じデザインの服だし、人には好みと言うものがあり、娯楽の類も必要だ。そう言った場合は、学園都市にある様々な店でアルバイトをする事で生徒はお金を稼ぎ、好きなモノを購入する事が出来る。

私もバイトしたな‥‥‥。

昔を懐かしんでいる間に目的地である皇立科学研究所附属病院に到着した。

科学研究所附属病院には他の病院とは他とは違う事が行われている。科学研究所と言う事からも分かる様に、ここでは様々な難病研究が行われている。未だに治療方法が見つかっていない難病や事例が希少な奇病に至るまで、それらを罹った患者はこの病院に集められて、治療方法研究される。そして患者の延命や、治療のための新薬や新たな治療法の研究開発や臨床試験が行われているのだ。

現在此処に私の母が入院している。母は父が事故死した後、女手ひとつで私を育ててくれたが、私が15歳の時に無理が祟って倒れてしまった。さらに不幸な事に入院先の病院で母が末期の癌である事が判明したのだ。貧しかった私たちには医療費を払う事が出来ず、それ故にビブロンス伯や彼奴に治療費を肩代わりしてくれる様に頼んだのだ。しかし、何方からも門前払いされてしまい、困窮した私達母娘は当時の私の担任の先生の勧めでミシャンドラ学園へ転入したのだ。お陰で母は無料で治療を受ける事が出来たのだ。

あの当時はミシャンドラ学園がどんな学校なのかよく分かっていなかった。ミシャンドラ・シティにあると言う事で、貴族御用達のお高く留まった学校だと思っていた。しかし、ミシャンドラ学園は親を亡くした子供のための学校であると分かった。両親、片親だけではなく、虐待を受けた子供や家出した者まで保護という名目で入学させている。

それだけでなく、学園に入学した生徒の親も何らかの恩恵を受ける事が出来る。先ほどの病院の件もその内のひとつだが、学園都市の様々な店の従業員として働いたり、学園敷地内にある職業訓練所に入る事で様々な資格を取ったりも出来るし、教員免許があれば学園の教員に成ったり、教員免許が無くても準教員として教員の補佐をしたりと就職の場としても使われている。

と、まぁこんな感じだろうか。これらミシャンドラ学園の恩恵を受けたお陰で今の私がある。そしてこの学園を維持しているのがネクロベルガー総帥なのである。国のためになる事から国費が投入されている科学研究所とは違い、この学園は完全に総帥が全額負担している。あのお方がいなければ、私たち母娘は如何なっていたか分からない。私が総帥に恩があるというのはこう言った経緯なのである。

ただ、総帥からしたら学園に通う一生徒とその家族でしかないのかもしれない、それでも私が受けた恩は一生かけても返しきれないものである。今親衛隊隊員として働いているのもそのためである。

私は母の病室の前に立つ。第1捜査課3班という閑職の唯一のメリットは、こうして仕事を抜け出して母を見舞える事だろう。ドアが開き、私は部屋の中に入る。

 

「マリア、来てくれたの」

「ええ」

 

母は痩せてはいるが、私の顔を見るなり元気に対応してくれる。最初は無理をして笑顔を作っていたが、今では治療も終わり日に日に顔の血色も良くなってきている。担当の医師もこの分だと予定より早く退院できるだろうと言われた。ただ、他の臓器への転移もあるため検査入院しているのだ。実際に母は最初の癌を完治させて退院した後、他の臓器に転移していた事が分かり、再入院している。

 

「マリア、私とってもいい事があったの」

「え、なに母さん?」

「あの子が見舞いに来てくれたのよ」

 

母のあの子という言葉に、誰が見舞いに来たのか理解した私は顔を顰める。

 

「もしかして‥‥‥」

「そうよ、ニールが来たの」

 

予想が的中して私は更に顔を顰める。

 

「もう、そんな顔しないの」

「だって母さん、彼奴は母さんに酷い事したんだよ!」

「そうだけど、あの子にはあの子の立場があったのよ。それにここに来た時にその事について誤ったんだから」

 

私は母が信じられなかった。彼奴が母に行った仕打ちはひとつ間違えれば母の命にかかわる事なのだ。ミシャンドラ学園が無ければ母は間違いなく死んでいただろう。謝っただけで赦されるものではない。それなのに‥‥‥。

 

「それにマリアはニールと仕事してるんでしょ?」

「うえ? あ! ま、まぁ‥‥‥そうだけど‥‥‥」

「だったら兄妹仲良くね。お母さんもアナタたちの仕事が上手く行くよう祈ってるわ」

「あ、うん‥‥‥分かったありがとう母さん‥‥‥。それじゃあまた」

「え、もう帰るの?」

「職務でチョット近くまで来ただけだから、顔を見に来ただけ何だ。もう戻らないと」

「そうだったの、お仕事頑張ってね」

「うん」

 

本当はもっと長くいるつもりだったが、今日の母は彼奴の事しか話さないと思い、これ以上は居たくなかった。母とこんなに一緒に居たくないと思ったのは初めてだ。

クソッ! それもこれも彼奴のせいだ。今度会ったら2度と母に会うなと言ってやる!

私はそんな思いを内に秘めつつ病院を後にした‥‥‥。

その夜、マンションに戻った私は納得いかない気持ちで一杯だった。その遣る瀬無い気持ちを解消できずにベッドでゴロゴロと悶え、クッションに八つ当たりする事しか出来なかった。

 

「あ~! イライラする~!」

『マリア、オ客様ガ来テイマス』

 

私がベッドの上で身悶えて居ると、ハウスキーパーが初期設定の機械的な女性の声で来客を知らせて来た。

 

「え、客?」

 

別にハウスキーパーが悪いわけではないのだが、イラついていたために私はぶっきら棒に応える。とは言え、客が来たからには応対せざる負えないので、渋々ベッドから降りて映像ディスプレイを起動させて訪問者の確認をする。

そこに映っていたのはブレイズ・オルパーソンだった。

 

「ハァ!? ブレイズ・オルパーソン? 何で彼が私のマンションに?」

 

別に住所だったら調べれば簡単に分かる。だが、何故ワザワザ会いに来たのか? それが分からない。監視対象者が会いに来るという予想外の出来事に、私は母や彼奴の事を一旦忘れて彼に如何対処したものかと思案する。

会うべきか? それとも追い返すか? 会うにしても部屋に入れるのか?

部屋に入れるという選択肢が頭に浮かんだ瞬間、私の顔が熱を帯び始める。私は自分の部屋に男性を入れた事が無い。もしオルパーソン氏を部屋に招いたら、彼が始めて部屋に居れた男性になると思ったら、急に顔が熱くなり心臓がドキドキして来た。

な、なになにこれ、あり得ないでしょ。あんな奴全然タイプじゃないし‥‥‥彼奴は単なる監視対象者だし‥‥‥。

 

『マリア、オ客様ガ待ッテマス』

「分かってる! チョット黙て!!」

 

如何するか決めかねている私はハウスキーパーの催促の声にパニックになり、思わず怒鳴ってしまう。

 

ぐうぅぅぅ~

 

その瞬間、私のお腹が鳴った。そう言えば帰ってから何も食べてない。これは使える。

 

「私出るから」

『ソノ格好デ外出デスカ?』

「そんな訳無いだろ。着替えるから客人にはもう少し待っててもらえ」

『ワカリマシタ。マリア』

 

私は部屋着として使っているタンクトップと短パンを脱ぎしてて、外出用の服に着替える。おしゃれをする必要もないので、普段の仕事着であるスーツを着る事にした。

そうこれは監視対象者が会いに来た理由を確かめるためだけの事。マリア、変な想像はしない! と自分に言い聞かせつつ服を着る。

 

『行ッテラッシャイマセ』

「ああ、戸締を頼む」

 

着替え終えた私は別に改まって言う必要は無いのだが、ハウスキーパーに戸締りをお願いして部屋を出る。

 

「さ、行くぞ」

 

マンションの玄関でオルパーソン氏と会った私は、部屋での事もあり、素っ気ない対応で切り抜ける事にした。

今日の私は駄目だ。情緒が不安定になっている。

 

「い、行くってどこに?」

「鈍いな、ディナーに決まってるだろ」

「イヤイヤイヤ、結構待たせておいてやっと来たかと思ったら一緒に晩飯杭に行こってか? あり得ねぇだろう」

「べ、別に貴方を誘ったわけじゃない。私は食事に行くから話があるなら付いて来ればいいと言ったまでだ。来たくなければ来なくていい」

 

今の情緒不安定な私に「一緒に食事」という言葉はドキッとさせられてしまうが、その事を隠すため素っ気ない態度を貫いてさっさと先を急ぐ。

 

「分かったよ行くよ」

 

先を進む私にオルパーソン氏はしょうがないと言った感じで付いて来る。

行き付けのレストランでテーブルに向かい合って座る私たちは、チョット気まずい雰囲気になっていた。メニューを頼みそれが来るまでの間、私達は何をしていいのか分からず私もオルパーソン氏もよそよそしくなっていた。

何よこれ? 何なのこの時間は。気まず過ぎる‥‥‥。

料理が運ばれて来て、私はそれを食べる事に集中して気を紛らわせる。

一方のオルパーソン氏は、既に夕食を済ませたと言う事で、レアチーズケーキとコーヒーを頼んで、此方もそれを食べる事に集中してお互い顔を合わさないようにしている。

ただ、オルパーソン氏は多分私との食事の量の違いでそうしているのだと思うが、ケーキをフォークで少しずつ取っては口に運び、それをゆっくり味わいながら食べている。

 

「ンうぶッ! チョット笑わせるな」

 

大の男がそんなみみっちい食べ方をしているので、私は可笑しくなってつい吹き出してしまう。

 

「何だよ」

「ケーキをそんなケチ臭い食べ方する人見た事ないぞ‥‥‥」

「うるせーな! ケーキだけだったら直ぐに無くなっちまうだろ。その後どうすんだよ、お前の食べてる顔でも見てろってか?」

「#$%&●&%$#△+*▢+*?¥¥!!!」

 

オルパーソン氏の発言に私の顔がカッと熱くなり、それを隠すために言葉を発したが、慌てていたため意味不明な事を早口で捲し立ててしまう。

 

「なんて?」

 

お、落ち着け私! 変に動揺するな!

 

「け、携帯端末でも見てたらいいだろ!」

「あゝそっか、ワリ‥‥‥」

 

私の言葉を聞いたオルパーソン氏は、先ほどのみみっちい食べ方で残っていた3分の2ほどのレアチーズケーキを二口で平らげ、その後は携帯端末を弄り始める。

な、何なのよ一体‥‥‥。でも、これで私も落ち着いて食事を続けられるはず。

食事も終わり、美味しい物を食べて情緒不安定もだいぶん沈静化した私は、本題である彼が私の処に来た理由を問いただす。

 

「で、貴方は何しに来たんだ?」

「あ、あゝものは相談なんだが‥‥‥」

 

私の質問に真面目な表情で改まるオルパーソン氏に、自然と私も緊張する。

 

「いい加減あの犬如何にかしてくれよ」

「・・・ハア?」

「あんたの犬だよ!」

「それってパックちゃ‥‥‥パックの事?」

「パックだかバックだか知らねぇけど、その犬だよ! 四六時中俺の後付けて来た参ってんだよ!」

「それは貴方を監視してるんだから当然だ」

「そもそも何でペットの犬に警察犬並みの機能が付いてんだよ!」

「それはパックが警察犬だからだ」

「警察犬なのかよ!」

「当然だ。民間に販売されるロボット犬にあんな機能付いてたら、犯罪に使われる恐れがある。それにあんな多機能ロボを一般人がおいそれと買えるものではない」

 

警察犬は通常のペット用ロボット犬とは違う。耳による音響鑑定機能、目には暗視やサーモグラフィなどのカメラ機能に人の認証機能や追跡機能と映像録画機能、鼻には臭いやガスの探知機能、舌には薬物検知機能が内蔵されている。そのため1体の値段はペット用に比べて数十倍以上するのだ。

 

「何で俺は1ヶ月も監視されなきゃならないんだ!」

「自分の胸に聞いたらどうだ」

「クッ‥‥‥だけど俺はあれに懲りて大人しくしてるだろ?」

「まぁな‥‥‥でも彼奴は信用してないみたいだぞ」

「ヴァレナント大尉か?」

「よく知ってるじゃないか」

「ああ、俺たちでも調べられる事は調べたよ。で、あんたは彼奴の何なんだ? 保安親衛隊じゃないんだろ、警察局の捜査官が何でだ?」

「・・・」

「秘密って訳か‥‥‥」

 

別に秘密という訳ではない。事も無いが、ただ彼奴との関係をこれ以上知られたくないのだ。それも赤の他人である一般人には。

それより彼は本当にそれだけの事で私に会いに来たのか? 何か怪しい。もう少し突いてみるか。まずはストレートに‥‥‥。

 

「本当にそれだけか?」

「何だよ‥‥‥」

 

惚けられたので私は無言で彼を睨み付ける。すると彼は私の無言の圧力に負けして「ハァ~」と溜息を付いた。

 

「分かったよホントの事言うよ。Z計画について何か知ってるんじゃないかと思ったんだよ」

「・・・ぜ、Z計画?」

 

私の反応を見てオルパーソンが怪訝な顔をし、そしてニヤリと笑みを漏らす。如何やら私がプロジェクトの名称を知らない事に気付いた様だ。迂闊だった。此処は惚けるしかないか‥‥‥。

 

「なんだ、知らないのか?」

「何の事だ‥‥‥」

 

今度は彼が私を黙視する。普段だったら気にも留めないのだが、何故かこの人物に見詰められるとまた情緒が不安定になって来るため、私は素直に言う事にした。

 

「OK、分かった。貴方の予想通り私は彼奴から何も聞かされてない」

「そんなんでよく俺を監視してるな」

「う、うるさい! 彼奴はいずれ話すの一点張りなんだ。どうせ話す気なんか‥‥‥」

 

私はつい彼奴への不満をぶちまけそうになって思い止まる。今はこんな事を言っている場合ではない。

 

「それより貴方の知ってる事を聞かせなさい!」

「おいなんだよ、ここはお互いの情報交換と行こうじゃないか」

「情報交換? あんた何を言っている。彼奴から何も聞かされてないと言っただろ」

「だけど、大尉の処で色々働いてるんだろ? そこでの事を話してくれよ」

 

確かに彼奴の下で働いている。そこでの事を話せばいいと言う事だろうか、そうすればオルパーソンの情報とすり合わせて彼奴が隠している総帥のプロジェクトを知る事が出来るのだろうか? ならば彼との情報交換も悪くない話だ。なんせ私はそのZ計画なる者の事が知りたいのだ。しかし、本当にそうするべきなのか、目の前の人物は一般人で雑誌社の記者である。彼を信用していいのだろうか? ひとつ間違えれば情報漏洩で私が処罰されかねない。そんな事より総帥に迷惑がかかる可能性もある。それだけは最も避けねばならない事だ。

私はひょんな事から人生を掛けた選択を迫られる。彼との情報交換に乗るか、それとも断るべきか。私の決断が、今後の私の身体に係わるのだ。私は慎重に慎重を重ねて思案しつつ答えを出した‥‥‥。