怠惰に創作

細々と小説の様なものを創作しています。設定など思い付いたように変更しますので、ご容赦ください。

H計画とミシャンドラ学園 FILE2

「何ィィィ!? H計画が少子化対策だと!?」

 

あまり広くもない雑誌社のオフィスにクエスの怒鳴り声が響く。突然の事で耳を塞ぐ余裕もなく、直に彼奴の怒鳴り声を聞いた俺の耳がキーンとしている。

 

「うるせぇなぁ。鼓膜が破れるだろ」

 

何故クエスの奴がこんなに驚いたのかというと、昨晩のブルジューノ捜査官との会話をクエスに掻い摘んで報告したのだが、その中で話がH計画になり、同計画が単なる少子化対策であった事を話した処で、彼奴は声を荒げたのだ。まぁ、気持ちは分かるぞ。俺も聞いた時には驚いたよ。まさかH計画が単なる少子化対策だったとはな。

 

「そう言う事らしい。研究所の人間はAIH計画って言っているらしい」

「AIH計画?」

「人工授精の事だよ」

 

ブルジューノ捜査官曰く、AIH計画(H計画)は少子化対策として人工的な授精(人工授精、体外受精、顕微授精)の研究チームで、それらを要いて子供の一定数の確保に努めて少子高齢化を未然に防ぐための計画。なのだそうだ。主な活動内容は、前年度の出生率が基準出生率より低下した場合に限り、それを補填するよに乳幼児を生み出し、世代世代の人口のバランスを調整しているのだそうだ。そのため自然出産で基準出生率が満たされていれば行われないらしい。ただ最近の皇国は、自然出生率が微少ではあるが減少傾向にあるため、この計画で乳幼児が生み出されている訳だ。

聞くからに怪しい計画ではある。要は国が人工的に子供を作ると言う事である。人によっては、工場で製品が作り出される様に子供が作られていると解釈されても不思議ではない。大げさかもしれないが、捜査官から聞いた話だけを総合するとそう捉えられても可笑しくない。おそらくエレメストならば抗議デモが起こるだろう。こういうのに敏感な人間は結構多いからな。ただ、捜査官は安定した人口を確保するために必要な計画だとも言っていた。まぁ、そうとも言えるが‥‥‥もっと他の方法もあると思う。

 

「じゃあ、H計画って具体的にどういう事やんの?」

「えっ? それは‥‥‥」

「何だよ聞いてないのか?」

「イヤ、流石にそれに関しては捜査官も「人工授精」とかしか言ってなかったな。ブルジューノ捜査官がH計画を知ったのも、彼女の友人が計画の研究員で、彼女との会話で偶々AIH計画の話になって知ったそうだ。序に言とH計画というのは主任研究員とその取り巻き位しか使ってないみたいでな、その友人の研究員も主任研究員が何故H計画と呼称しているのか分からないらしい」

「そうか‥‥‥ブルジューノ捜査官の友人に感謝だな。もし話してなかったら俺たちはH計画の真実に辿り着けなかっただろうからな」

 

確かにその通りだ。H計画は極秘扱いではないから、その研究員は気軽に仕事内容を友人であるブルジューノ捜査官に話したのだろう。体外受精や人工授精ならエレメストでも行われている。だが、ゲーディア皇国ではそれ以上の国家プロジェクトとして行われている様だ。

ふとクエスの方を見ると、彼奴は柄にもなくは真剣な顔で考え込んでいる。こう言っては何だが、何時見ても真剣な顔が似合わん奴だ。

 

「処で、主任研究員は誰だ?」

「ああ名前言ってなかったな。え~と~、あ~と~」

「何だよ、まさか忘れたとか言わないだろうな」

「わ、忘れてないぞ。あ~え~、あゝそうだ! ネル? ス? ディン? クリーミーだったかな?」

「何て?」

「ネス・ディーン・クリミヨシ博士です」

 

俺たちの会話を聞いていたシェルクさんが、H計画の主任研究員の正確な名前を言ってくれた。うん、助かる。

 

「そのクリミヨシ博士ってどんな人物だ?」

「此方を見てください」

 

シェルクに言われ、俺たちは彼女のディスク端末のディスプレイを覗き込む。其処にはクリミヨシ博士の簡単なプロフィールが乗っている。

言われなくてもこういうのを用意できるシェルクさんて、出来る人ですね。一生付いてきます。と思いつつ博士のプロフィールに目を向けると、最初の気になったのが彼の名前である。

 

「ネス・ディーン・栗三好‥‥‥? これでクリミヨシって言うのか? 変な字だな」

「博士の故郷の旧文字の様です」

「故郷?」

 

気になった俺は、ディスプレイに表示されている博士のプロフィール欄の出生地に視線を向ける。

 

「宇宙暦104年エレメスト統一連合『トマヤ』シティで生を受ける」

「何処だトマヤシティって?」

「あ~と~、経度基準で考えると東の端にある島だったな。昔は極東の島国なんて呼ばれてた。あとそこにはメガシティがひとつと、他にはシティが12程あった筈だ。その12シティうちのひとつだろうな」

「何だよふわっとした答えだな」

「悪かったな、俺は行った事ないんだよ。もっと知りたかったら自分で調べろ、ついでに言うと、あそこは独特な文化があって観光地としても有名だ」

「へぇ~そうなのか‥‥‥」

「だが今はそんなことしてる場合じゃねぇぞ」

「わーってるよ」

 

栗三好博士の故郷の事は置いといて、俺たちは彼の経歴を見る。

俺たちが分かるのはその人の大まかな経歴だけなので詳しくは分からないが、学歴だけを見ると少しユニークな経歴だ。高校までトマヤシティの平均的な学校に通っていたのだが、大学から急にエレメストで5本の指に入る一流医学大学に進学している。その大学を上位の成績で卒業し、同大学院で生殖医学に関する研究を行っている。

 

「高校までそんなに優秀じゃなかったのに、何で行き成り名門大学に入れたんだ? しかも一発合格だろ?」

「優秀じゃないってのは失礼なんじゃねぇの。現に有名大学を一発合格だからな」

「優秀だったらさ、進学校とかに入学しねぇ?」

「まぁ、言われてみればそうかも知れねぇけどよ‥‥‥事情があるんだろ」

「どんな事情だ?」

「俺が知る訳ねぇだろ!」

 

変な質問ばっかりするから思わずイラついてしまったが、クエスの言葉にも一理ある。一流大学を一発合格できるほどの頭脳がありながら、それまでごく一般の学校に通っていたのは何故か。会う事が出来たら聞いてみようか? イヤ、つまらない質問だからやめとくか? まぁその時になってから考えるか‥‥‥。

 

「現在89歳か、結構いってるな」

「人生100歳時代だからな、まだまだ現役ってやつだ」

 

確かに現在の医療技術などの進歩で100歳以上の老人は結構いる。だがしかし、現在の世界の平均寿命は男性が約90歳、女性が約96歳で、平均寿命の観点からは100歳には達していない。人生100年時代って謳い文句だけで89歳は現役と捉えるのもどうかと思うが、細かい事は良いか。

 

「エレメストに移住してきたのは宇宙暦154年で大体40年位前ですね。第4惑星が統一連合から独立して皇国になった直後と言う事になります」

「まさか皇国になってからの移住とはな。物好きな事だ。何でエレメストから皇国に来たんだ? エレメストでも十分な研究は出来ただろうに」

「まぁそう言った諸々の事は取材で聞けるって」

「許可が下りればの話だろ」

「まぁ、それはそうなんですが‥‥‥」

 

そうなのだ。あとはブルジューノ捜査官が友人の研究員を通じて取材許可を取り付けてくれれば御の字なのだが‥‥‥下りるかな許可。下りてくれなければ色々と終わってしまうんだ。俺はまだZ計画を諦めたわけではない。もし、取材許可が下りればH計画の取材に託けて、科学研究所の区画を見て回れるかもしれない。そこでもし些細な事でもいいグリビン医師とZ計画に繋がる何かが分かればいいのだ。万に一つも無いかも知れないが、それでも確率が少しでもあれば行動するもんだろ。俺はブルジューノ捜査官の連絡が待ち遠しかった‥‥‥。

宇宙暦194年1月1日。

 

「ハッピーニューイヤー!」

 

宇宙暦193年も終わり、新たな年になった今日、俺はハンさん一家の細やかな新年のパーティーに招かれた。

ハンさん一家の他に彼の親戚や友人家族が集まって行われる祝いの席に、俺が呼ばれたのは、単に俺がこの国の住人になって間も無い身であり、友達も居ない可哀想な人だと哀れみで呼ばれた訳ではないと思いたい。

冗談はさて置き、俺が皇国で初めて深い関係を持った人物だからだろう。まさかガイドの人とこんな繋がりを築く事が出来るとは思わなかった。

俺の方も一人できたら本当にひとりぼっちだと思われるかもしれないので、クエス達も誘って参加している。友達がいるアピールだ。ま、会社の同僚を友達扱いするのはアレだけど‥‥‥。

エスは何時も世話になっているR&Jの店長も来るので仕方なくと言っていたが、酒が入ると結構はしゃいでハンさんを含めたおじさん連中と話が盛り上がっている。

シャルクさんは当初は人が集まる処が苦手だとか言っていたが来てくれた。今はハンさんの奥さんを含めた奥様方と女子会をしている。相変わらず表情は無に近いが結構楽しそうだ。

そんでもって後輩のリコ君はというと、ハンさんの娘のチヤちゃん(相変わらず言い難いな)や親戚の子供らとカードに夢中になっている。彼奴は意外に子供に好かれるタイプの様だ。

3人をハンさんちのパーティーに誘った際に、リコ以外は言葉を濁す様にやんわりと断ろうとしていた。ま、無理やり連れて来たがな。でも、皆なんだかんだで結構場に馴染んでいる。俺は楽し気な空間を見ながらふとこの場に居ない人物の事を思う。ブルジューノ捜査官だ。一応誘ってはみた。そしたら年明け早々仕事だそうだ。ま、警察官だから仕方ないか。あと、俺のアパートの管理人の娘のリン・カーニンにも声を掛けてみたが、彼女は友達との約束があると言う事で断られた。それは仕方がない。友達は大切にしないとな。

さて、問題のH計画だが、めでたくアポイントメントが取れました。ただし、予定日は2月20日、まだ1ヶ月以上も先の事になっている。先は長いがアポが取れた事を良しとしよう。

あ~あ、あと1ヶ月半も何しようかな~。

 

「おいお前! ほとりで何カッコつけてんだ! おウィ~」

「ほとり?」

 

俺が声の方に顔を向けるとクエスがフラフラしながら近寄って来る。顔が真っ赤でかなり酔っぱらっている様だ。

うわ~、面倒くせ~な~。などと思っているとガッと首に腕を回され、強制的に絶賛酒盛り中のおじさん連中の許に連れていかれた。この後しこたま酒を飲まされた。明日は二日酔いだ~!

 

 

☆彡

 

 

歳を取ると時間の流れが速くなると言うが、俺はこの日が来るのを今か今かと首を長くして待っていた。そう、漸くH計画の責任者であるクリミヨシ博士と会えることになったのだ。今日までの間に、オカルティズムを求めて宇宙都市をあちらこちらへと移動してきたが、そこから解放されたのだ。俺はさっそく首都ミシャンドラの地下3階層へと向かう。

ミシャンドラ・シティ第3階層区のサウスステーションに着いた俺は、『皇立科学研究所』へ向かうためタクシー乗り場に向かう。すると俺の名前を呼ぶ声が聞こえたので声のした方に顔を向けると、バタバタと此方に向かって走ってくる女性の姿が見える。

女性は俺の前まで来ると前屈みになって「ハァハァ」と荒く呼吸をし、ある程度息を整えてから改めて顔を上げる。他者に知的な印象を与えたいのか眼鏡型の端末を掛け、少しあどけなさを残しながらも純朴そうな顔の女性である。長い髪を三つ編みにし、衣服もカジュアルで動きやすそうな格好をしている。スタイルは‥‥‥中‥‥‥辞めて置こう。

俺の目の前に来た人物が何者なのかは大体の察しが付くが、俺は敢えて彼女が名乗るまで待った。

 

「ブレイズ・オルパーソンさんですね。私マリアの友達の『ティア・フィッシャル』と申します」

「ああどうも、わざわざ迎えに来てくださりありがとうございます」

「いえいえ、私もオルパーソンさんに興味がありましたから」

「え!? 俺に興味? それはどう言う意味で‥‥‥」

 

予想外の言葉に俺は動揺してしまった。俺に興味があるって事は、そう言う事になりますよね。そう捉えていいのかな? 如何なのか? う、こ、これは手強いぞ。

思いも寄らない先制パンチで動揺してしまった俺を見て、ティア・フィッシャルは何とも言えない微笑みを称えた表情になる。その笑顔は何を意味しているんでしょうか? お兄さんにも分かるように説明してもらいたいです。

 

「(* ̄▽ ̄)フフフッ♪ つかぬ事を訊きますが、お幾つですか?」

「え、歳ですか? ‥‥‥30です」

「7歳差か‥‥‥許容範囲ですね」

 

許容範囲とはこれ如何に、もうそう言う事でいいんですよね? ネ? だが用心深い俺はまだ結論を出す訳には行かない。慎重に相手を探るのだ。女性というのは怖い生き物だ。対応を間違えると裁判沙汰になる。そう言う面倒な事を俺は此処2年間避け続けて来たんだ。その俺の感覚が行っている慎重に対応しろと‥‥‥。ラジャー!

 

「ど、如何いう意味ですか?」

「いえいえ此方の話ですから気にしないでください。では、此方にタクシーをご用意してますので」

 

滅茶苦茶気にするわい! 結局、彼女は俺を動揺させるだけ動揺させ、自身はさっさとタクシー乗り場へと歩みを進める。俺は取りあえず深呼吸を繰り返して動揺を抑えつつ彼女の後に続く。

タクシーの中でも彼女の言動が頭から離れない俺は、殆ど会話する事無く科学研究所の敷地に入る。チョット気まずく感じているのは俺だけで、彼女は至って平静でいる。偏見かもしれないが、女性という生き物はお喋りな生き物だと思っていたが、ティア・フィッシャルは違う様だ。彼女は至って無口でタクシーの移動中は最初に到着するまでの時間を言っただけでまったく喋らない。こんな時は話しかけた方がいいのだろうか? それともへたに話しかけない方がいいのだろうか? ま、不味い。これでは俺が女性経験が少ない事がバレてしまう。そこは重要だ。彼女は俺に気がある様だ。7歳差は許容範囲と言っていた。俺にも春が来たかもしれない。ただ‥‥‥何となく弄ばれている気がするのは気のせいだろうか? 勇気をもって話‥‥‥かける事無くタクシーはH計画が行われている研究所に到着する。

 

「ここが我々の研究施設がある第1102研究所です」

「え、もしかしてこの建物一棟丸々がですか?」

 

俺の目の前に大きな病院の様な建物が聳え立っている。ポカーンと口を開けながら俺は下から上へ研究所を見上げる。ここに来るまでにも大きな建物が乱立していたが、それらすべてが何らかの研究所だと考えると、ここに皇国の科学研究の全てが集中しているのも頷ける。

 

「正確には違いますね。我々の研究施設は一階フロア全体で2階からは上は別の研究の施設が入ってます」

「別の?」

「まぁ、色々な研究です。基礎研究から成功すれば世界を変える様な研究に一体何の意味があるのか不明な研究など色々です。ただ私たち研究員は自分の研究以外は何が行われているのか分かりません。興味もありません」

「成程ね‥‥‥興味も無いと」

「あ~、興味が無いと言うのは語弊がありますね。基本的に我々研究者は新しい研究が始まる前に、チョットした研究レポートが閲覧できる事になっているんです。それを見た研究員が興味を持てば誰でも参加出来ます。ただ私は見ないので‥‥‥」

「何故見ないんですか?」

「そんなの興味が湧いてしまうからに決まってるじゃないですか!」

「え、う、え!?」

 

急に彼女のテンションが上がる。

 

「レポートを閲覧してあの研究は如何いった実験を行うんだろとか、結果はどうなるんだとか、気になっちゃうじゃないですか! そんな事になったら今の研究が疎かになっちゃう~」

「な、成る程‥‥‥それよりクリミヨシ博士の処に案内してください」

「あ、そうでしたね。すいません」

 

研究に対する変な熱量を発するティア・フィッシャルを宥め、俺たちは第1102研究所の中に入って行く。

 

「おぉ‥‥‥」

 

研究所の中に入った俺は、思わず声が漏れてしまう。広いエントランスホールに高い天井。真新しく清潔感のある壁や床。外見の大きさに見合い内装も凄かった。語彙力無くて御免ね。

 

「どうですか?」

「イヤ、まぁ、凄いですね」

 

やはり語彙力の無い返事をしてさらに奥へと進む。

1階は全て「H計画」専用の研究フロアだと言っていたな。一体どんな研究がなされているのかと思う。いやまぁ、体外受精の研究なんですけど、それだけでこれだけの広い場所が必要な理由を知りたい。

エントランスホールから少し歩くと、ガラス張りの仕切りがあり、中央の自動ドアが開いて横幅が目測10mはあろうかという広く長い廊下に出る。廊下の左側は水平型エスカレーターになっていて、その他にもこの広く長い廊下を快適に進むための6人乗りのカートがあり、奥の方に数台が走っているのが見える。

 

「オルパーソンさん、これに乗ってください」

 

ティア・フィッシャルは、廊下の左側にある水平型エスカレーターに乗ったので、俺も続けてエスカレーターの乗る。確かに研究所は広いので、こういったモノも必要だろうが、エスカレーターは一度乗ったら降りられない様になっているので、クリミヨシ博士の居る場所は、このエスカレーターの終着地点のようだ。廊下は壁も地面も天井も白一色で統一されて清潔感はあるが殺風景である。ただし、廊下の右側の壁には等間隔で番号が振られたドアがあるため、壁の向こう側は何かの研究施設とみていいだろう。一体中で何が行われているのか興味がある。俺の取材をOKしたと言う事は、ここの中も見せてくれると思ってもいいんだよね。それ次第でH計画についての評価も変わる。俺が現役の頃には、フレンドリーに取材を受けたわりには肝心なところは取材NGと言い出す企業や研究施設を何軒も知っている。此処がそう言う所ではない事を祈りたい。

あとは白衣を着た研究員や作業着姿の人達がまばらに歩いていたりカートに乗って移動していたりだ。この廊下の広さに比べてかなり疎らなので、廊下の殺風景さが余計際立つ。

そうこうしている内に水平エスカレーターの終着地点に到着する。俺はエスカレーターから降りると、ティア・フィッシャルに目の前のドアに案内される。如何やらここがクリミヨシ博士のオフィスの様だ。

 

「博士、記者の方がお見えです」

 

ティア・フィッシャルが俺が来た事を室内の博士に知らせる。するとドアが開き俺たちは中に入る。

クリミヨシ博士のオフィスに入った俺はそれとなく室内を見渡す。広さとしては個人オフィスとしては申し分ない広さだ。部屋の中央には応接用のソファーとテーブルが置かれていて、壁側には博士の衣服や私物を置くクローゼットや棚がある。ドアの反対側は大きな窓が並んでいて外の光を取り込める様になっているが、ここが一階のためお世辞にもいい景色とは言い難い。

 

「博士、今日の取材を担当するブレイズ・オルパーソンさんです」

「おォォ、よう来なすった。ささ、どうぞお座りください」

 

俺は博士の勧めに従ってソファーに座る。

 

「それでは私は‥‥‥」

 

ティア・フィッシャルは一礼してからオフィスを後にする。

彼女がいなくなると、クリミヨシ博士は自身のデスクに立て掛けてある杖を手に取り立ち上がると、俺の許に来て向かい側のソファーに座る。

博士は杖を突きながら歩き、真っ白い髪に深いシュワが何本も刻まれた顔、御年89歳の年相応の老人である。ただその目にはギラギラとしたものがあり、自身の研究に情熱を持っている事が窺い知る事が出来る。

俺は博士がソファーに座ると早速取材を始める。

 

「今日は当雑誌社の取材を受けていただきありがとうございます」

「あゝイヤイヤ、取材なんて初めてでしゅてね。年甲斐にもなく緊張しております」

「そうですか、それではよろしいでしょうか?」

「ええ、いつでもいいですよ」

「まず最初に、博士はAIH計画をH計画という呼称していらっしゃるとか、何故でしょう?」

「あゝ其れでしゅか。貴方は私の生まれ故郷を知っておりましゅかな?」

「あ、はい。エレメストのトマヤシティでいらっしゃいましたね」

「さよう、あの島国の昔の言葉でね、男女の営みをそう称するんですよ」

「え? あ、男女の営み‥‥‥?」

「記者さんは童貞ですか?」

「え! ( ゚Д゚)ハァ? ち、違います!」

 

行き成りなに聞くんだこの爺!

 

「でしたら分かりましゅでしょ、あれですよあれ。それにHという文字、2本の縦線が男女を表しゅて、横棒が‥‥‥」

「アアァァ!! 分かりました! 分かりましたから次の質問に!」

「そうでしゅか‥‥‥」

 

なに残念そうな顔してんだよ、タダのエロジジィじゃねぇか! 89歳にもなって何言ってんだ! 歳考えろっての歳を! あ~、変な汗かいた~。ここは気を取り直して次の質問を‥‥‥。

 

「ゴホン、では次の質問に行きます」

 

咳払いで嫌な気持ちをリセットしつつ次の質問に行く。

 

「それでは、え‥‥‥AIH計画は少子化対策として進められた計画と言う事ですが、そもそもの切っ掛けは何でしょう」

「元々はワシが提案した計画なのでしゅよ」

「博士がですか?」

「そもそもワシがゲーディア皇国に来たのもこのためでしゅてな、時の皇帝にワシの提案書をお見せしたかったんでしゅが‥‥‥門前払いされてしまって‥‥‥」

 

何と、クリミヨシ博士がAIH計画もといH計画の発案者だった様だ。博士が皇国に来た時期の皇帝と言うと、初代ウルギア帝の治世だ。

 

「その提案書とは一体?」

「記者しゃんは何故、異星人が単一種族しかないかお分かりか?」

「はぁ? 異星‥‥‥人?」

「見た事ないでしゅか? 映画とかアニメとかに出て来るエレメストを侵略する悪い異星人でしゅよ。○○星人とかいるでしょ」

「え、あ、そ、それは‥‥‥」

 

創作の異星人が単一の種族しかいないのは、単に細かく設定していないからだと思うんだが‥‥‥。数話或いは一話完結の物語だと、それだけで出てくる異星人に毎回事細かな設定するのは無理がある。あの異星人の星には数種類の人種がいて、数十、或いは数百の民族がいてそれらはこう言う文化があって‥‥‥。たかが一話の登場にそんな細かい設定できる訳が無い。と、言う事だと思うのだが‥‥‥。

 

「分かってましゅよ、一話限りの異星人に細かい設定は面倒ですからねぇ。ただ、子供の頃はそう疑問に思ってしまいましゅてな」

「ああ子供の頃に‥‥‥」

 

何かに秀でた人は子供といっても他の人とは違う見方をするものだな。と、感心しつつ質問を続ける。

 

「それでクリミヨシ少年は如何考えたのですか?」

「全ての人種が交配によりひとつになったと考えましゅた。それによってひとつの人種になったと。それによってメリットがあった筈でしゅ」

「メリット?」

「人種差別はなくなると言う事です。人種が無くなりひとつの人種、我々に例えるなら本当の意味でのエレメスト人となり、人種差別の無い世界が実現すると、そうなる事が世界平和に繋がる事だと子供心にそう確信したのです」

「え~と~、それは何時頃の話ですか?」

「中学2年でしゅたかな」

「そ、そうですか‥‥‥それで、その考えに至った博士は如何されたのですか?」

「もちろんそこから猛勉強ですよ。よく分からん書物を購入したりしまして医学を勉強しました。そのお陰でしょうか、名門医学大学に入れました」

「成程‥‥‥。ですが、博士はそれをエレメストではなく皇国で実現しようとしたのは何故ですか?」

「エレメストは差別が根強いですからな。危険を感じたんでしゅ」

「それで皇国に、そして門前払いを受けた」

「そうなんでしゅよ。皇国は多種多様な人種や民族が移住していましゅたからね。それを見込んで私も来たのでしゅが‥‥‥門前払いされた時には見込み違いだったと落ち込みましゅたよ」

 

まぁ、行き成り来て「全種族を交配させて真のエレメスト人になろう」と言っても、一般の人には「何言ってんのこの人?」とか思われただろうな。

 

「では、一体いつH計画が実現したのですか?」

「サロス帝が親政を敷いて頃です。ある日軍の人が来ましゅてな、ワシの過去の論文や提案書を皇帝陛下がご覧になって感銘を受けたとか、そんな感じでしゅたかな」

「感銘‥‥‥ですか‥‥‥」

 

サロス帝にそんな心があったのか? 偏見かもしれないが、俺の取材や調査の結果だけでサロス帝の人物像を見るに、果たして感銘を受けるだろうか? そもそも論文なんか読みそうな人物に見えないから信じられないな。まだネクロベルガーならありそうだけど、サロスは‥‥‥無いな。

 

「とは言え、あの提案書に関して幾つかの問題を指摘されましゅてな」

「問題ですか、どのような問題だったんでしょう」

「まずひとつ目にどのようにして交配するかです。幾ら人種を交配させて統一された人種にしようとしても、交配は誰かれ構わずするものではないのです」

「確かに、少なくとも愛し合って家族となった男女によって子供はなされるべきです」

「一般の人に『別の人種の人間と交配してください』とか言えませんからな」

「確かにそんな無茶は言えませんよね」

「それで我々が考えたのが体外受精です。正確には顕微授精ですかな。記者しゃんは顕微授精をご存知ですかな?」

「ええ、ざっくりとですが、顕微授精は卵子にほっそい注射針で直接精子を注入して受精させる方法です」

「そうです。人口をコントロールするとも言えるプロジェクトです。一般家庭の夫婦に子供を埋めと強要も出来なせん」

 

独裁国家ならあり得る話だが、ゲーディア皇国はそこまで強制的に国民を管理している国家では無い。まぁ、色々問題はあるけど‥‥‥。一応、国民の自由は保障されているから国民にそう言った強要は無い‥‥‥今の処だけどな。

 

「そこで、その問題解決のために広く一般の人々に卵子精子を提供してもらう事にしたのです」

「一般から卵子精子を?」

「そうです我々が一般の国民から卵子精子を買い取り、それ等を使って受精するのです。これなら国民に無理やり子供を産ませる様な事はありません。ですが、それにも問題があります」

「受精させた卵子を母体に帰す事ですか?」

「その通りです。受精させた卵子は母体に帰す事になりますから卵子を提供しゅた女性の子宮に帰す事になります。それには女性側から可なりの抵抗がある筈です」

「たしかに。行き成り『どこの馬の骨とも知らない男性の精子で受精した貴女の卵子を返しますから子供産んでくれ』と言われても女性は嫌ですよね」

「左様、そこでです」

 

行き成りクリミヨシ博士が立ち上がった。

 

「ど、何方へ?」

「今から我々が解決した方法をお見せするのですよ」

「え! み、見せていただけるんですか?」

「そうですよ、まずは我々の研究を見た方が分かり易いですからな。ま~、見たくないと言うのであれば強要はしゅませんが」

「イエ、是非見せていただきたい!」

 

思わぬ幸運が舞い込んだ。まさかH計画の心臓部とも言える施設に案内してくれるとは思いも寄らなかった。寧ろこっちから色々難癖付けて(☚迷惑)案内させ様と思っていたのに、あっちから提案されるとは思いも寄らなかった。

俺は逸る気持ちを抑えつつ、杖を突いて歩みの遅いクリミヨシ博士の後に付いて行く。