怠惰に創作

細々と小説の様なものを創作しています。設定など思い付いたように変更しますので、ご容赦ください。

H計画とミシャンドラ学園 FILE3

「ここが、H計画の心臓とも言えるラボです」

 

クリミヨシ博士が俺を案内した場所は、水平型エスカレーターで移動している時に見かけた番号が振られたドアのひとつだった。博士のオフィスから一番近い扉で、白い扉には「10」と黒字で番号が振られている。扉の大きさは高さは3m、横幅5m位程の大きさがあり、人が出入りするだけならこれほど大きくする必要は無いだろ。何か大きな実験の機械などを出し入れしているのだろうと俺は推測する。

さて、中で一体どんな実験がなされているのか興味をそそられる。エスカレーターで移動中に見かけた時は、此処の中を取材させてくれるのだろうかと思っていたが、拍子抜けするほどすんなり見せてくれた。

 

「つかぬことをお聞きしますが‥‥‥」

「如何しゅましゅた?」

「この研究所に今までに取材とか入った事とかありますか?」

「ありませんよ」

「無いんですか?」

「そうなんですよ寂しゅいことです。ですから記者さんが来たのが嬉しゅくて、何でも質問しゅてください」

「ええ、よろしくお願いします」

 

「何でも質問してくれ」と言う老博士の目が少年の様にキラキラしている。如何やら博士は取材と言うものを求めていた様だ。新聞や雑誌で取り上げられて、一躍有名人てのはよくある話だ。そういった連中の狙いは自分を名声を上げる事であり、こっちが取材したい事には無関心で、只々自分の実績や世界への貢献をアピールして来る連中だ。

ではクリミヨシ博士は如何だろうか。あの少年の様なキラキラした目は自分の実績をアピールする絶好の機会だと思っているのか、はたまたH計画を世の中の人に知ってもらうためか、どっちだろうか。まぁ、其れはこれからわかる事か。

にしてもこの国の記者連中は何をしているのだろうか? こういった国のプロジェクトに関しては取材とかしそうなものなんだが‥‥‥。Z計画の様な極秘ならともかく、H計画は別に極秘でも何でもないのにもかかわらず取材等はしていない様だ。勿体ない。まぁ、そのお陰で俺が取材第1号になれたのだ。何にでも1番は良いもんだ。 

早速、俺と博士は10番ラボに入るため扉の前に立つ。一見すると頑丈で重々しく見えるラボの扉だが、扉の前に立った瞬間、一般的な自動ドアの如く軽く開いたのでビビってしまった。

見た目こんなに重々しいのに、そんなにスムーズに開くのかよ!?

扉が開き、表現は失礼だが杖を突いたヨボヨボの老博士がゆっくりと歩き出し等ので、俺もその後に付いて中に入る。

 

「おぉ‥‥‥」

 

10番ラボ内に入った俺は思わず声を出してしまった。室内は入り口から奥まで約100mはあろうかという細長い部屋で、入って左側の壁と床は外と同じ様に只々清潔感を醸し出すだけの白一色に塗られていて、特段変わった処は無い。ただ白いだけだ。しかし、右側の壁は一面が巨大なモニター画面になっている。その巨大モニターの前には制御盤の様な物が有り、白衣を着た研究員が椅子に座ってモニター画面を眺めつつ、時折り制御盤を操作している。因みに制御盤は一定間隔で置かれていて、数えると10基あった。

 

「ここは一体‥‥‥」

 

曲がりなりにも研究施設の研究室なのだから、何かしらの研究をしているはずの場所なのだが、俺が想像していたラボとは全く違う光景がそこにあった。研究員は只々モニター画面に映る映像と睨めっこしていだけで、一番奥の方にいる研究員なんぞはさっきから頭をコクリコクリと動かしている。如何見ても居眠りをしているとしか思えない。そしてそれ以上に気になるのが、彼らが一体何を見ているかだ。

 

「博士、彼らは何を見ていらっしゃるんですか?」

 

俺の質問に答えることなく歩き出したクリミヨシ博士は、近くの制御盤の若い男性研究員と何やら話をする。小声で話しているので何を言っているのか分からず、俺は彼らの会話を聞こうと近付く。

 

「え! 良いんですか?」

 

若い男性研究員が急に声を荒げたので、俺は思わず立ち止まる。すると若い男性研究員は俺の方に顔を向けて来る。その顔は「本当に見せるんですか?」とでも言いたげな表情をしている。

そうなんですよ見せるんですよ。と、心の中でその若い男性研究員に答える。だってそうだろ。クリミヨシ博士が見せろって言ったんだから。

 

「ネイミアン君、さっさと記者さんに我々の成果を見せて」

「は、はい‥‥‥」

 

俺を見る若い男性研究員にクリミヨシ博士が何かを見せる様に催促したが、ネイミアンと呼ばれた若い男性研究員は本当に見せて良いものだろうかとまだ躊躇している。

若人よ、目上の人の言う事は聞いておいた方がいいぞ、そうでないと俺みたいになるからな。自分で言って悲しくなるぜ。

主任研究員のクリミヨシ博士に言われれば、若い駆け出しの研究員である‥‥‥かもしれないネイミアン君は拒否する事が出来ない。俺に見せていいものかと躊躇していたものの、結局は渋々だが博士の言われた通りに操作盤を動かし始め、ネイミアン研究員の前の一部モニター画面が切り替わる。

さてさて何を見せてくれるのか‥‥‥な!

そこに映し出されたのは正体不明の機械群だった。機械の大きさはモニター画面ではよくわからないが、その機械群が規則正しく並べられた映像を見せられる。画面にズラリと並んだ機械群は、目測で100基はあろうか。

 

「こ、これは一体‥‥‥」

 

思わず声が出てしまった俺はクリミヨシ博士を見る。すると博士は俺の反応を予想どうりとでも思ったのか、その皺だらけの顔にニンマリと笑みを浮かべている。

 

「一体どれだけあるんですか?」

「数ですか? このラボ1部屋で1000基、10部屋あるので全部で1万基ありますな」

「い、1万!」

 

俺は驚いた。1万基ものあんな機械があると言う事だ。では一体あれは何なのだ? 人工授精に関係していると言うから‥‥‥何なんだ? 心の何処かで変な想像をしてしまっている。そんな馬鹿な事がある筈が無いのに‥‥‥。

 

「記者さんにアレをお見せしゅなさい」

 

博士の言葉に俺はモニター画面を注視する。すると、ずらりと並んでいた機械群のひとつがアップになる。その機械は卵型をしており、真ん中辺りに丸い小窓が付いている。俺はその小窓から機械の内部が見えるのではないかと思い、あの小窓をアップにしてほしいと思った次の瞬間、その望み通りに丸い小窓の部分がアップになった。

 

「こ、これは!」

 

俺は丸いガラスの小窓から見えたある存在に息を飲んだ。それは人間の胎児の姿だったのだ。正に母親のお腹の中にいる胎子そのままがこの機械の中に居るのだ。

 

「驚かれたようですな、これは人工子宮です」

「じ、人工子宮!?」

「そうです、これによって受精しゅた卵子を母親の子宮に戻さなくとも子供を作る事が出来るのです。しゅかも、24時間我々が完璧に管理しゅていますので、胎児は何の問題なくすくすくと育ってます。そしゅて‥‥‥」

 

これは現実か? 俺の目の前にはSFの映画やアニメに出て来そうな人工的に人間を作る機械があるのだ。クリミヨシ博士が何か他に言っているが、今の俺には驚きで耳に入って来ない。これは神の領域か? でもそんなまさか‥‥‥。目の前の現実が受け入れられなくて‥‥‥イヤ、俺は何となく分かっていたのかもしれない。頭の隅に「人工子宮」のワードがあったが、現実的ではないと無視していたのだ。だが、今やそれが現実のものとして目の前にあるのだ。信じるほかない。

そうなると新たな疑問が浮かんでくる。こんな機械を一体どうやって制作したんだ? である。当然エレメストではこんな機械があるなど聞いた事は無い。こんな荒唐無稽な機械は、未だに映画やアニメなどのフィクションの世界の産物でしかない。

 

「記者さん‥‥‥記者さん?」

「え、あ、ハ、ハイ!?」

 

俺は人工子宮についての疑問と考察でボーっとしていた様だ。

 

「聞きたい話もある事でしょうから一旦、私のオフィスに戻ってゆっくり話しましょうか」

「あ、ええ‥‥‥」

 

俺が現実に戻った事を確認した博士は、再び杖を突きながらゆっくりとした歩みで部屋の出口に向かって行く。俺はその後に付いて行こうとして立ち止まり、今一度モニター画面に映る胎子の姿を目に焼き付ける。そして博士に続いて10番ラボを後にする。

10番ラボを出て、クリミヨシ博士のオフィスに戻った俺は、先ほど座ったソファーに今一度腰を下ろす。博士も先ほどと同じように俺の前の席に腰を下ろす。

何だろう。えらいモノを見せられてどっと疲れが出て来た。

如何する? 何を聞こうか? イヤ、聞く事は決まっている。しかし先程のラボでの現実が俺の中で整理がつかない。

 

「では、エッグについての話をしゅましょうか」

「エッグ? ああ、あの人工子宮の事ですか?」

 

確かにあの機械は卵型をしていた。だからエッグと呼ばれているのだろう。そのまんまだが言い得て妙だ。

 

「俺はとても信じられません。あのような機械が存在していたとは、現に見せられているのですが‥‥‥それに何故私に見せたのです?」

 

エッグの事もそうだが、あんなものを一介の雑誌記者に見せるなんて何かの意図を感じる。ネイミアン研究員も見せる事に対して躊躇していたし‥‥‥。

 

「貴方の取材を受ける前にあなた方の雑誌を観ましたよ」

「あ、そうだったのですか。それで御感想は?」

「いや~、今時心霊だの陰謀論だのまだそういうのに引きつけられる人が居るモノなんだと感心しました」

「ああ‥‥‥(これは皮肉かな?)」

「其れで、もし記事にされても荒唐無稽なトンデモサイエンスとでも思われるのではないかと思ったのです」

「ああ、成る程ね」

 

如何やらこの国の記者が取材をしなかったのは、出来なかったと言った方がいいのかもしれない。博士の反応を見る限り彼自身は取材を受けたがっていたのだろうが、おそらく皇国政府が規制しただろうし、それにこの国の記者たちも、ただの体外受精なら取り立て取材する事も無いと思ったのだろう。まさか人工子宮で人間が作られているなど夢にも思うまい。俺たちはクエスの先輩記者の資料を見てH計画という謎の計画があると知った。それが無ければ俺たちも気にも留めていなかったかもしれない。だが俺たちは知ってしまった。人工子宮エッグの存在を。だがしかし、悲しいかなそれを俺たちが雑誌で取り上げても、雑誌の特性上トンデモサイエンスにしかならないのだ。それを見越しての取材OKだったのだと、成程そう言う事かい。気に食わないが納得はした。

おいクエスよ、お前の雑誌社は舐められてるぞ。

とは言え、本当にそう上手く行くのかは疑問にある。オカルト雑誌であるが、それを信じる人は何処にでもいるもんだ。荒唐無稽なモノとしてすんなり片づけられるとは思わない。まぁ、そのお陰で俺は取材が出来たのだ。これを最大限に生かしてあの機械の事を訊き出そう。うん、そうしよう。そう思ったらやる気が湧いて来た。

 

「ではさっそく質問いいですか?」

「ええ、いいですよ」

「あの人工子宮‥‥‥あ~エッグですか、あれを設計されたのはクリミヨシ博士、貴方なのですか?」

「いいえ、私ではありません。あのエッグですが今から半世紀以上も前に作られたものなのです」

「半世紀!? しかし、あんな機械があるなんって俺は今日まで知りませんでしたが」

 

驚くべき新事実だ。あのエッグとか言う機械は、半世紀も前に既に存在していたのだとゆうのだ。半世紀前と言うとクリミヨシ博士は30代後半か? あ、イヤ、博士が作った訳では無いと言ったな。では誰が?

 

「一体誰が、誰が作ったのですか? 半世紀も前に何の目的で?」

「ま、気になりますかな」

「あ、当たり前です。一体誰が‥‥‥」

「まぁ落ち着いてください。アレは、あのエッグは、人知れずひとりの天才によって作られ、そして破棄されたのです」

「天才? そ、それは一体誰なんです?」

 

俺の質問に、クリミヨシ博士はその皺だらけの顔で笑顔を作ってさらに皺を増やす。

 

「ノゲム・ジ・オームズ」

ノゲム・ジ・オームズ。その名前を聞いた瞬間、俺の記憶の中にその名が存在している事に気付いた。誰だったけ‥‥‥。あれは、あれは‥‥‥。

 

「おや、記者さんはノゲムをご存じだった様で」

 

ノゲム・ジ・オームズの事を思い出そうと悪戦苦闘している俺を見て、クリミヨシ博士は俺がノゲムの事を知っていると気付き、ヒントとなる言葉を口にする。

 

「それではアルファ事件もご存じで?」

「アルファ事件!」

 

クリミヨシ博士の「アルファ事件」というキーワードで俺はノゲム・ジ・オームズが何者かを思い出して飛び跳ねるように立ち上がった。アルファ事件、あの事件の関係者の一人がノゲムである。

此処でアルファ事件について説明しておこう。

アルファ事件は宇宙暦150年に起きた事件で、アルファ・ジ・オームズと言う名の当時10歳の少年が両親と13歳年上の兄とともに自宅で殺害され、そのあと放火されてたと言う凄惨な事件である。因みにその13歳年上の兄と言うのがノゲム・ジ・オームズである。

当時の警察の発表は、家族に強い妬みを持った者による殺人放火事件とされて捜査がなされた。しかし犯人は今もって捕まっていない。イヤ、あれから半世紀近く経っているため犯人も既にこの世にいない可能性もある。或いは高齢の老人になっているか。

では何故当時生まれても居ない俺がこの事件について知っているかというと、そのアルファという10歳の少年が、当時世界の耳目を奪った天才だったからである。7歳にしてエレメスト国立アカデミーの入試試験に一発合格するほどの頭脳を持ち。各スポーツ界のプロプレーヤーにも匹敵する身体能力を発揮すると言う超絶天才ぶりを見せたのである。それだけでは無い。彼の身体は他の人より外傷の直りが早く、多くの疾病に対する耐性もあり、更に黄金比による均整の取れた顔立ちをした美少年でもあった。要するに人が思い浮かぶであろう全ての要素が完璧に近い人物だったのだ。

そんな彼は7歳の時にその才能によってメディアを騒がせ、世界中から将来を嘱望されていたのである。だからこのアルファ事件は今になっても度々話題になる事があって、俺も知っているのだ。

だが、そんな天才少年には秘密があった。それは彼が遺伝子操作によって人工的に生まれたと言う事だ。生まれたのは母親のお腹の中なのだが、体外受精の際に遺伝子を操作し、その受精卵を母体に戻し生まれたのか彼だったのである。その事が世界中にリークされてしまい、嘗ての「あの事件」によって、科学の暴走に過度な神経質になっている人々からのバッシングを受ける事になったのだ。

アルファ少年を生み出したのは遺伝学の科学者だった両親なのだが、兄であるノゲムもその研究に参加しており、彼もまた両親によって遺伝子操作されて生まれたもう一人の天才児である。

先程も述べたが、遺伝子操作によって生まれた彼ら兄弟に対して世間は冷たかった。これは3世紀も前に人類は科学の発展によって危機的状況を迎えた歴史があり、そのため今の人類はこういったものに対して一際敏感になっているのだ。人間の歴史上、ある危機的状況に直面しても何ら対策が取られず、或いは対策は取るが足並みがそろわずズルズルとその時を迎えたしまう事は多々ある。しかし、幸運にも何事も無かったと言う事もあり、それが危機意識を薄れさせるとも言われるが、3世紀前の「あの事件」の時も人類にその幸運が訪れたとも言える。もし違うとすれば、あの事件以降の人類は「あの事件」によって科学に対して必要以上に神経質になっていると言う事だ。今となっては幾分か和らいだとも言われるが、それでもまだ一部の人々は科学の発展に警戒感を緩めず、災厄テロ行為に至る者も少なくない。そう言った自然至上主義者達によってアルファ事件が惹き起こされたのだと多くの有識者が語っているし、俺もそう思ってもいる。

まぁ、自然至上主義者については今は話が逸れるので省くが、それら科学に嫌悪感を持った人々、アルファやノゲムの人工的に与えられた才能に嫉妬した者達、彼らの怨念の様なものがオームズ一家を殺害した事は間違いないだろう。

まさか半世紀近くも前(正確には44年前)の事件と関係あるとは思いもしなかった。で、あの事件とエッグが何の関係が? あれ、話が見えないぞ。

俺はクリミヨシ博士が言ったエッグと半世紀近く前に死んだノゲムとの関係が分からず困惑する。

 

「それとあのエッグとの関係は?」

「何を言っとるんですか、エッグはそのノゲムが作ったと言ったでしょ」

「ああ、そうでしたね。って、どういう事です?」

 

サッパリ話が見えてこない。もう死んだノゲムがエッグを作ったのは分かった。でもなんで今それが此処に有るのかと言う事だ。オリジナルはとっくに破壊されているとクリミヨシ博士自身が言っている。なのに何で‥‥‥あ!

俺は気付いてしまった。44年前に死んだノゲムが作った人工子宮エッグ。世には出てないため本来なら誰もその存在を知る由もない機械をクリミヨシ博士の研究チームが持っている。と言う事は、44年前にオリジナルのエッグを見た事があると言う事だ。そして目の前の老人は44年前はまだエレメストに居た。と言う事は‥‥‥。

 

「も、もしかしてエッグの設計図をお持ちで?」

「やっとわかったようですな」

 

俺も思ったとおりである。エッグの設計図をクリミヨシ博士は持っていた。でも何で?

 

「どういう経緯でその設計図を手に入れたのです? あの事件にそう言ったモノは無かったはずです」

 

あの事件は映像などで何回か見た事がある。興味をもって資料を見た事も1度や2度では無い。だからハッキリ断言できる。あの事件にエッグに類した機械の残骸すら存在しなかった。焼失した自宅跡を警察や消防が検証した資料も見ているが、それらしい機械類があったとは記載されてはいなかった。

 

「言ったでしょ破棄されたと」

「しかし‥‥‥」

「ノゲムの住んでいた家は、自宅兼研究所でしゅた。勿論彼の両親のですが、しゅかしゅ彼もその類まれぬ頭脳で研究室を自由に使えた。そしゅて彼はある日エッグを作り出しゅ、そしゅて‥‥‥弟を作った」

「!」

 

クリミヨシ博士の言葉をそのまま取ると、アルファ少年は彼の両親では無くノゲムが作った事になる。しかもオリジナルのエッグによってだ。

 

「じゃ、じゃあ、アルファ少年は兄のノゲムの作ったエッグによって生まれたと」

「その通りです。アルファは正真正銘エッグ1号です。しゅかしゅ残念な事にエッグは破壊され、その存在自体を消された。おそらく事件はその直後に起こったと思います。破壊された経緯と理由までは分かりませんが‥‥‥。ただ事件と関係はあるかもしゅれません」

「そうですか‥‥‥」

 

クリミヨシ博士の話を聞いて俺はとんでもない事実を知ったと共に、一つの疑問が浮かび上がった。何故博士がそのエッグの設計図を持っているのか? そしてその事から俺はある恐ろしい仮説を立ててしまう。アルファ事件の犯人、オームズ一家を惨殺して家に火を放った犯人が目の前にいる老人では無いかと言う事である。その瞬間、俺はこの空調の利いた空間が居心地の悪い場所になり、全身からイヤな汗が滲む。

俺の仮説が完全な妄想であればいいが、もしそうでなければ俺は‥‥‥。此処からは言葉を慎重に選ばねば、そう思うと如何切り出して良いか分からず只々無言になってしまう。だがそれでは相手に変に思われてしまい、俺が何を考えたのか気付かれる恐れがある。相手は89歳のただの老人である。杖を突いてヨボヨボと歩いていたし、何かあれば腕力で‥‥‥

 

「記者さん」

「は、はい!」

 

警戒と緊張で一杯一杯の俺にクリミヨシ博士が声を掛けて来たので、思わず上擦った返事になってしまった。ヤバい、これは非常にヤバいぞ、何とか平静を装って何か質問しないと。け、消される!

俺は焦りながらも今聞き出すべきはこれだと意を決した。変に思われない様に出来るだけ平静を保ちながら質問する。

 

「は、博士は何故エッグの設計図を?」

「やはりそう来ますよね。まぁ、此処まで行ってそれは秘密とも言えませんからな」

「え、ええ‥‥‥」

 

如何やらクリミヨシ博士は俺の想像している事には気付いていない様だ。少しだけ安心した。だが油断は禁物だ。

 

「私はあのオームズ夫妻とは科学者仲間でしゅてな、彼らの自宅にも行った事があるのですよ。そんな彼らは私を信用してノゲムとアルファの秘密とエッグの存在を教えてくれたのです」

「な、成程」

 

確かにクリミヨシ博士とオームズ博士夫妻が面識があっても不思議ではない。面識どころか友人だった様だ。

良かった。オームズ一家を惨殺した犯人でなくて。

と言う事は、博士は友人である夫妻からエッグの設計図を托されたと言う事なのか? 自分たちが自然至上主義のテロリストに命を狙われている事を知って‥‥‥。

 

「それなのに私は彼らを裏切ってしまった」

「え!?」

「彼らの目を盗んでエッグの設計図をコピーしゅて持ち出しゅてしゅまったのです。そしゅてその数日後にあの事件です。私は深く後悔しゅましゅた。しゅかしゅ、こうも思ったのです」

 

俺の想像とは違いクリミヨシ博士が設計図を持っていたのは盗んだからだった。よくぶっちゃけたもんだ。44年も経てば時効かな? それにここはエレメストではないし。あゝ、今はそんな余計な事は考えないで博士の話を聞こう。

 

「どう思ったのですか?」

「私がコピーしゅたお陰でエッグがまだこの世に存在すると気付いたのです。もしゅ私があのとき設計図を盗まなかったら、エッグは日の目を見る事も無く失われていた。そう思ったらこれを世に出すのは私の使命なのでは無いかと思ったのです」

 

成程、確かに博士が設計図を盗んだおかげでエッグは今皇国に存在している。しかも1万基も。とは言え、それを盗んだのは良くない事だ。博士の行動は良くないが、結果的に人類に新たな可能性を‥‥‥だが人工的に人間を作ると言うのは‥‥‥。俺は人間は自然と共存するべきだと思う。何でもかんでも人工物や科学で便利にすると言うのは余り宜しくないと思うんだが‥‥‥。うーん、判断が難しいな‥‥‥。

 

「そして私はエレメストではエッグを役立てる事が出来ないと思い」

「それでゲーディア皇国に?」

「そうです」

「しかし博士が皇国に亡命したのは154年頃ですよね。空白の4年間は一体何をしていたのですか?」

「私が皇国に亡命しようと思ったのは戦争が始まった暫く経った頃です。設計図を盗んだ時はゲーディア皇国なんて影も形もありませんでしたからね」

「確かに」

「戦争がはじまり、皇国が独立したが戦争には加わらなかった。そこであそこならと思ったのです。それまでは設計図の事を秘匿しながら今まで通り過ごしていました。ま、戦争が始まると今まで通りとはいかなくなりましたがね」

「そうでしたか。しかし戦時中にどうやって皇国に亡命を? なかなかリスキーじゃないですか?」

「それはそれこれはこれですよ。何事も経済力のある者に有利に動くものです、世の中と言うものは。まぁ結構スリルある旅でしたよ」

 

スリルある旅ね。まぁ、科学者としてそれなりの地位にあったのだから金はあったのだろう。それらを使って皇国に亡命したと。設計図の窃盗にしろなかなか行動力のある爺さんだ。見た目によらず‥‥‥。ああ、あの頃は今より40歳以上も若かったんだったな。

 

「ただ皇国も私を受け入れてはくれませんでした。そこでの私の生活は失意に満ちたものです。一応、生命学の科学者だったのでこの科学研究所の科学者としてその他の学者連中と同じ職に就いていましたよここで」

「しかしサロス帝の代になり、H計画の主任に抜擢されたのですね」

「その通りです」

 

成程クリミヨシ博士のこれまでの話は驚くべき話であった。よくこんなに喋ってくれたものだと思う。まぁ、オカジンでこの話を出しても荒唐無稽なトンデモサイエンスとなってしまうのだろう。少なくとも博士はそう思っているからこんなにべらべらと喋ってくれたんだ。よし、このまま洗いざらい吐いてもらおう。

さて、ここからはH計画、エッグを使って人間を人工的に生まれさせる話を詳しく聞きたいものだ。自分の窃盗の過去まで話したのだから、これ以降は饒舌に話してくれることを期待するばかりである。

 

「H計画が始まった処から話してもらえますか?」

「あゝそうですね。あれは驚くべきことでした‥‥‥」

 

俺の予想通りクリミヨシ博士は隠す事も無く饒舌にH計画の経緯を話し始めた。