怠惰に創作

細々と小説の様なものを創作しています。設定など思い付いたように変更しますので、ご容赦ください。

Z計画 FILE3

レメゲウム採掘場に就職して1週間がたった。

エスとの約束は一週間だったから、今日の労働が終わると此処ともおさらばである。明日は彼奴の雑誌社に行ってここで得た情報を話す‥‥‥まぁ、これと言った情報を得られてないんだけどな。2110ヶ所もあるネクロベルガーの鉱山から、グリビン医師の情報を得るのは至難の業だ。この採掘場で一週間、それとなく医師の事を聞いて回ったが、「グ」の字も出てこなかった。

 

「ハズレか‥‥‥」

 

エスの事だから手土産が無ければ別の場所へ行って来いと言うかもしれないが、その時はキッパリと断るつもりだ。誰がこんな仕事続けるか!

どうせ1週間で辞めると思い、グリビン医師の情報を得るために休み返上で7日間ぶっ通しで働いた。お陰でつい此間まで怠惰な生活をしていた俺の身体にも筋肉が戻って来ている。特に両腕には結構筋肉が付いた。でも、もう限界だ。これ以上働いたら死ぬ。すでに両腕は死にました。大袈裟だと思うか? いくら重労働とは言え死ぬ事は無いと思うか? 違うんだな、俺は死ぬと言えば自殺しても死ぬ人間なんだ。新聞社をクビになった時も、他の新聞社や雑誌社に売り込んでも断られて絶望した時も、俺は何時でも自殺を‥‥‥考えなかったな。ただ酒に溺れていただけか‥‥‥。すいません俺は嘘ついてました。死にません。申し訳ない、少しナーバスになって取り乱しました。

と言うのも、俺は裏切られたのだ。此処の労働時間は1時間労働をして1時間休むと言う流れだったが、4日目から急に休憩だった時間に別の仕事をする様に言われた。流石に8時間労働中4時間休憩と言うのは可笑しいと思ってはいたけどな。如何やら最初の3日間は新人がこの重労働に慣れるまでのお試し期間だった様で、4日目からが本番と言う訳だ。地獄の始まりだよ。

で、その別の仕事と言うのが、大型運搬車が土砂を集積場まで運ぶまでの道中で、荷台からポロポロと土砂を零して行くらしく、それを拾うのが休憩していた時間の本来の仕事内容なのだそうだ。小型の運搬車に乗り込み、坑道を走らせ途中に落ちている土砂を拾って集積所まで運ぶのだ。土砂の中にはレメゲウムが含まれているので少しも無駄に出来ないと言うのが理由らしい。だったら運搬車の荷台から零れない工夫をしろよ! と、俺なんかは思ってしまう次第だ。

小型の運搬車はレバーを行きたい方向に倒せばそちらに動くと言うもので、止まる時はレバーを元に戻せばいいだけの簡単操作で誰にでも操作できるものだ。大型運搬車に6人でせっせと土砂を入れた後、3人一チームの2チームに分かれてひとりが運転手となり、残ったふたりは零れた土砂を見つけるとスコップで小型車の荷台に土砂を入れるのである。そうやって採掘現場と集積場の間を1時間かけて往復するのだが、採掘作業が進み坑道が延びて行くと、徐々に1時間内では往復出来なくなってくる。そうなるとまた新しい労働者を雇い入れてチームの数を増やして行くのだそうだ。荷台に零れた土砂を入れるチーム、坑道に零れた土砂を拾うチーム、交代のために採掘現場まで戻るチームである。このローテンションが基本的な流れになるのだそうだ。とても効率が悪い様な気がするのだが‥‥‥。

因みに、集積場は最初の内は俺たちが下りて来た中央の大穴に集められ、そこからエレベーターで地上に運ばれて輸送用のシャトルに積み込まれるのだが、坑道が縦横無尽に伸びて行くと、途中に中継のための集積場が出来る。中継集積場と中央の最終集積場との間には、ベルトコンベアーが設置されて運ばれるのだそうだ。それだったら全てをそうすれば人件費を節約出来るだろうに。と思うのは俺だけではないのだろうが、ここの連中はそれが当たり前となっていて疑問にも思っても居ない様子だ。

愚痴ってもしょうがない。それに今日でこの仕事ともおさらばである。ありがとう筋トレ場、俺は二度と戻って来ないからな。

仕事も終わり、最終日もグリビン医師に付いての有力な情報を得る事が無かった。ま、期待はしてなかったけどな。

俺は明日は丸一日休養し‥‥‥そうするとあのハウスキーパーの相手をしなくてはいけないのか? あの部屋に居たくないので早速明日クエスに事の成果(何もないけど)を報告しようと思う。そして次の日からは晴れてクエス・マガジンの正社員(記者)である。

 

「ちょっといいか?」

 

本社ビルから出てタクシーに乗ろうとした俺を呼び止める声がして振り返る。すると、そこにはワッカートがいた。

 

「なんだ珍しいな、あんたが声かけて来るなんでよ。俺はてっきり避けられてるかと思ってたよ」

 

ワッカートとは第123採掘場で初日に話しかけて以来、合っても挨拶するぐらいで殆ど話はしていない。話しかけようとしてもさっさと行ってしまって話しかける機会に恵まれなかった。だから避けられているものと思っていたのだが‥‥‥。

 

「まさか送別会でもしてくれるってんじゃねぇよな」

「お前に話がるんだ」

「話し?」

「お前、グリビン医師のこと嗅ぎまわってるんだろ」

 

俺は驚いた。イヤ、驚くのは可笑しいか。俺はここ1週間医師の事を聞きまくっていたから知られてないのが可笑しい。最初はそれとなく聞いたのだが、その度に「グリビン医師って誰?」と言う疑問形の反応ばかり誰も知りもしない。1週間もあれば何かしらの情報を手に入れられると思っていた俺は日が経つにつれて段々と焦りだした。お陰で形振り構わず採掘場の人たちに聞いて回った。今思えば記者として慎重さが足りないと反省するばかりだ。だから俺がグリビン医師を探していると123採掘場の作業員ならみんな知っていても不思議ではない。

昔っからそうだったな。俺は。強引な取材を繰り返して慎重さが欠如していた。ネタのためにギリギリの取材も‥‥‥イヤ、アウトだったんだな。だから今がある。

イヤイヤ、また愚痴っぽくなってしまった。それより今はワッカートだ。彼は既に医師の事を知っている風に見える。

 

「何か知ってるのか?」

「さてな、処で如何して医師の事を聞いていたんだ?」

「知ってるから話しかけたんじゃないのか?」

「博士の事聞いて如何する積りなんだ?」

「それは‥‥‥」

「遠縁ってのは嘘だろ?」

「うっ!?」

 

バレたのか? 俺は周囲からグリビン医師の事を何故聞くのかと問われた時、決まって「遠縁」だと答えていた。だが、彼はそれが俺の嘘だと見抜いた様だ。イヤ、カマを掛けているのか? 如何する? 本当のことを言うか? それとも別の嘘を‥‥‥。

 

「OK、俺の負けだ。俺は医師の遠縁でも何でもない赤の他人だよ。これで満足か?」

「フン、だったら何故医師の事を聞いて回ってんだ?」

「チョット待て、次はこっちの質問だ。お前は何でそんなに気にする? ずっと俺を避けていたのによ」

 

この1週間、俺の事を避けていた男が急に話しかけて来たのだ。彼は必ずグリビン医師と何らかの接点があるはずだ。それも俺に話を聞いて欲しいから接触したのは間違いない。もし話がしたくないなら俺を避け続ければ済む事だ。

 

『オ客様。アトドノクライ待テバヨロシイデショウカ?』

「あゝすまない‥‥‥」

 

待たされているタクシーの音声に対応しつつ俺はワッカートに視線を送る。

 

「それじゃあ、何処か話が出来る場所に行こう」

 

そう言うと、ワッカートは俺と一緒にタクシーに乗り込むのだった‥‥‥。

俺とワッカートは、シガークラブ「R&J」で先程の話しの続きをする事にした。

店内は相変わらずお洒落で大人な空間が広がっている。此処はシガーとアルコールと合法(エレメストなら違法)薬物が楽しめる店であるが、その他にもランチとディナーも提供するレストランでもある。今は丁度夕食時の7時頃で、店内にあるテーブル席はあらかた客に占領されているので、俺たちはカウンター席に座る。

 

「へぇ~、なかなかいい店じゃねぇか。シガークラブに来たから俺はてっきりしゃぶるのかと思ったぜ。俺は薬はやらない主義なんだ」

「何だよしゃぶるって? 俺もやらねぇよ!」

「でもよう、シガークラブって言ったらそう言うとこだろ?」

「店ん中みりゃ分かるだろ? 此処はそれだけの店じゃないんだよ。ここは俺の知り合いの友達の店なんだ」

「お前顔に似合わずこんなオシャレとこ行ってんだな」

「顔に似合わずってどういうことだ?」

「あゝ気にすんな。意味の無い言葉だよ。俺の口癖、見たいな」

 

気にするなと言われれば気になるものだ。俺ってどんな顔してんだ? 俺は男らしいイケメンだと言われてんだぞ! ‥‥‥元カノに‥‥‥。ヤバ、急に元カノと別れた時のあの重い空気感を思い出してしまった。苦い思い出に俺の気分が駄々下がりで俯く。

 

「如何した気にするなって言っただろ? そんなに傷ついちまったのか?」

「ちょっと昔を思い出しまして‥‥‥気にしないでくれ‥‥‥って、グリビン医師の話は如何なったんだよ!」

「あゝそうだったな。何で博士の事を?」

「またそれかよ! 何でそんなに聞きたいんだ?」

「お前が信用できる奴かどうか知りたいんだ」

「分かった分かった教えてやるよ」

 

グリビン医師の情報を得るためだと自分に言い聞かせ、俺は自分の黒歴史をワッカートに話した。

エレメストでとある大手新聞社のカメラマンとして働いていた俺が、偶然にもある政治家の汚職に繋がる証拠写真を撮った事でその政治家を失脚させた事。その政治家は黒い噂の絶えない人物だったため、この一件によって俺は正義のジャーナリストして一躍有名人となった事。そこから世の中の不正を暴く正義のジャーナリストとして行動を始めたものの、正義のためと強硬な取材を繰り返しことで訴えられ、職を失ってしまった事などを掻い摘んで話す。

 

「へぇ~、苦労してんなぁ」 

「話したぞ、今度はお前の番だからな」

「ハイハイ、正義のジャーナリストさん」

「う、うるさいな! それは止めろ! 早くグリビン医師の事を話せ!」

「分かったよ、さーってどっから話そうか‥‥‥あゝそうだ。グリビン博士に合える方法教えてやろうか?」

「な、何!? そんな方法あるのか?」

「あゝ有るとも」

「何なんだ教えろよ!」

 

グリビン医師に合えると聞いて俺は身を乗り出したが、そんな俺の食いつきの良さに満足したかの様に笑みを浮かべるワッカートの顔を見て、俺は慌てて気を落ち着かせる。

いかんいかん、危うく此奴の思う壺にハマる処だった。

 

「で、医師に合える方法ってのは何なんだ?」

「何だ何だもう熱が下がったのか? 素直に食いついてもいいんだぞ」

「うるさいな、早く教えろよ」

 

俺は逸る気持ちを押さえつけてつつも、早く教えろと言う気持ちで一杯になる。そんな俺の心を見透かしたように見彼奴はニヤ面で焦らして来る。

これ以上焦らしたら俺本気でキレますよ。良いよな。

俺のイライラによる殺気に気付いたのか、相変わらずニヤケた表情のままワッカートはグリビン医師に合える方法を話す。

 

「簡単な事だ。犯罪を犯せばいいんだよ」

「は、犯罪?」

 

予想外の答えに俺は素っ頓狂な声を上げてしまう。イヤそうだろ、グリビン医師に合うのになんでわざわざ犯罪を犯さなきゃならないんだ。

俺の反応に予想どうりとばかりにワッカートはさらに笑みを深めた‥‥‥。

ワッカートの話に俺は思わず身構えてしまう。何と彼は元囚人‥‥‥しかも殺人犯だったのだ。

なるほどあまり他人と関わりたがらなかったのは、そう言う理由もあったんだな。

 

「何だ何だ。急に俺が怖くなったってか? まぁ、元殺人犯でつい最近まで囚人やってたって聞いたら普通はそうなるか」

「あゝイヤ、すまなかった」

「良いって謝んなくても、もう慣れたよ。‥‥‥あゝ嘘、隠してる時点で慣れちゃいないか。ハハハ」

 

ワッカートの表情がニヤケずらからへらへら笑いに代わる。ふざける事で自分を傷付けなまいと装っているのだろう。

 

「まぁ俺も殺人犯とは言わないが、人の一人や二人殺してそうな奴らに取材した事もあるからよ、気にしちゃいない。あまりにも予想外のカミングアウトだったから驚いただけだ」

「へぇ~、そうなんだ。あんた結構修羅場潜って来てんだな」

「おおよ、後で俺の武勇伝を聞かせてやろう」

「それは遠慮しておく」

「何でだよ!」

 

冗談を言い合ってワッカートが殺人犯である事を濁しつつ、俺は彼が殺人犯になった経緯とグリビン医師との関係を聞く。

今は鉱山で働き厳ついムキムキの身体をしている彼だが、元々はサラリーマンで色白で痩せていたそうだ。痩せてはいるが身長189cmと背は高く、色白だった事から「白アスパラガス」と周囲から呼ばれていた事もあったそうだ。そんな彼が、リーマン時代に上司からパワハラを受けていたのだそうだ。

元々いた上司が栄転した後、後任となった上司とそりが合わず、それが原因でその上司から目を付けられて連日の様にパワハラを受けたワッカートは、遂にはその仕事を辞めてしまう。

そしてその夜ヤケ酒を煽り泥酔したワッカートは、帰り道で別の酔っぱらいに肩がぶつかったと因縁を付けられた事が原因で、その酔っ払いを殴り倒してしまったのだ。色白で痩せていたとは言え、190cm近い長身から繰り出されたパンチは可なりのモノだったらしく、その酔っ払いをぶっ飛ばしてワンパンKOしたそうだ。

しかし、それが彼の運命を大きく狂わせた。翌日の朝、ハウスキーパーに叩き起こされたワッカートは、重度の二日酔いに苦しみながらも身体を起こし、朝っぱらからの訪問者に不満たらたらでその訪問者が誰なのか聞く。

 

『警察ノ方々デス』

 

ハウスキーパーの言葉にワッカートは「一体警察が何の用だ」と状況が理解できぬままベッドから降り、痛む頭を抑えながら玄関へ向かう。

訪問したのはふたりの刑事で、中年の刑事と若い刑事だった。二日酔い丸出しのワッカートの姿に、若い刑事は怪訝そうな表情を浮かべ、中年の刑事は柔らかな笑みを湛えてていたそうだ。

 

「ワッカートさんですね」

「ア~はい‥‥‥」

 

話しかけて来たのは中年の刑事で、若い刑事はじっと睨んでいた。淡々と話す中年刑事の話を二日酔いもあって頭に入ってこなかったワッカートだが、死んだと言う言葉には反応した。そう昨日の晩、酔っぱらって殴り倒した酔っ払いが、倒れた弾みで死んでしまったのだ。これが彼が殺人犯になってしまった経緯である。

 

「事故とも取れなくは無いが‥‥‥殺意はなかったのだろ?」

「俺もそう思ったけどよ。これだけじゃなかったんだよ」

「と言うと?」

 

殴り倒された弾みで頭を打って運悪く死んだ。当然別の罪状にはなるが殺人罪にはならないと思われる事件だ。しかし、これには続きがあった。ワッカートは酔っぱらって覚えていなかったが、倒れた酔っ払いに彼はさらに暴行を加えていたのだ。

 

「あんたはねぇ、倒れた被害者の腹に3発、背中に10発の蹴りを入れてるんですよ」

 

そう言いながら若い刑事が端末から見せた防犯カメラの映像には、ワッカートが倒れた酔っ払いを蹴っている映像が流れる。

 

「数えたの?」

「当然です」

 

若い刑事が倒れた酔っ払いをワッカートが蹴った回数を言ったので、律儀に数えたのかと中年刑事は少し驚いたように声を掛ける。

 

「これで分かっただろ? お前は故意に暴行を加えたんだよ」

「そ、そんなお、俺は‥‥‥何も覚えてない!」

 

行き成り殺人犯だと言われ、パニックに陥ったワッカートは酔っぱらって何も覚えていない、相手に対して殺意はなかったとふたりの刑事に訴える。だが、中年刑事はため息交じりにその訴えを切り捨てる。

 

「他の国の法律では如何か分かりませんが、この国では酔っぱらっていようが心神喪失であろうが人を殺せば殺人犯なんですよ」

 

こうしてワッカートは殺人犯としてその日のうちに刑務所コロニーに送還され、5年の懲役を経て釈放されたのである。‥‥‥うん? 5年?

 

「チョット聞いていいか?」

「なんだ?」

殺人罪で5年で出られるのか? イヤ、そもそもこの国って人権剥奪法のお陰で刑事事件の被告人は全て無期懲役じゃなかったか?」

 

ゲーディア皇国では、人権剥奪法の施行によって犯罪者は裁判を受ける事なく刑務所コロニーに送られる。だからこの国の裁判は民事裁判だけである。そのため刑期を決める事が無いので全ての刑事事件は無期懲役になるのだ。何とも大雑把であり、まさに人権剥奪法である。

 

「刑務所から出られるか出られないかは囚人次第なんだ」

「囚人しだい?」

「ああ、模範囚になるんだ。1年間。そうすれば囚人レベルが下がるんだ」

「しゅ、囚人レベル?」

 

ワッカートの話によると、皇国では囚人にレベルがあるのだと言う。逮捕され、刑務所コロニーに収監された犯罪者は、まず囚人レベル4となる。この時、初犯で自ら出頭するなど特定の条件が揃うと、減刑されてレベル3で始める事が出来るらしいが、大体はレベル4で始まるらしい。そして1年間模範囚と判断されると、レベルが1下がって行くのだ。そしてレベル1にまで下がると1年間の社会復帰活動を行い、1年経つとレベル0になって出所できるのだそうだ。その後も施設での保護観察期間が1年あるが、1年も保護観察する事は殆ど無く、大体が2、3ヶ月で終了するのだそうだ。因みにワッカートは2ヶ月弱で社会復帰できたそうだ。

 

「じゃあ模範囚にならなかったら‥‥‥」

「死ぬまで刑務所暮らしだな」

「やっぱりそうなるのか」

「最初は俺もそんなシステムがあるなんて知らなかったからよ、1年無駄にしちまったんだ。だから出るのに5年かかった。最初から知ってたら4年で出られたんだがな」

「それって全ての囚人がそうなのか?」

「あゝそうだな。殺人犯だろうが政治犯だろうがな。ただ‥‥‥」

「ただ?」

「模範囚でレベルが下がるのは第Ⅰ種犯罪者だけで、第Ⅱ種犯罪者は違う」

「第Ⅱ種は違う? って、第Ⅰ種と第Ⅱ種の違いが分からんのだが‥‥‥」

「第Ⅱ種は借金返済で終了するんだ」

「借金!?」

 

借金返済で刑期が終わると言うのは驚きだが、その仕組みはこうである。まず第Ⅱ種犯罪者と言うのは、金で解決できる犯罪だそうだ。犯罪が金で解決すると言うのは如何いう事かと疑問に思うが、簡単に説明できるのは「窃盗」である。窃盗は被害者の金品を奪うものだが、要するに逮捕した窃盗犯に盗んだ金品を賠償させると言うのである。例えば100ルヴァー(※)を盗んだ犯人は、捕まるとその盗んだ100ルヴァーを被害者に返金(賠償)しなければならないのである。しかも、それに加えて被害者への慰謝料として1万ルヴァーが加算され、合計1万100ルヴァーを被害者に支払わなければならなくなるのだ。なので、犯人がその1万100ルヴァーを払いさえすれば刑務所に行く必要がないのだそうだ。そんなので良いのかとも思うが、被害者からすれば盗まれた金品が帰って来てさらに1万ルヴァー余分に貰えるので結構好評らしい。この法律が出来たばかりの頃は、こぞってドロボーに盗まれようとする者が後を絶たなかったそうだ。お金は戻って来るし余分に1万ルヴァーがもらえるなら盗んでくださいドロボー様と言う訳だ。あさましい‥‥‥。

まぁ、お陰でこの国で窃盗するのが馬鹿らしくなるので泥棒が激減したらしい。でも激減しただけでドロボー自体は居なくなっていないんだな。如何してだ?

話しがそれたが、大体の窃盗犯はそれを支払う能力は無い。なので代わりにネクロベルガーが支払っているのだそうだ。‥‥‥へ?

 

「ネクロベルガーが!?」

 

加害者が支払わなければならない賠償金を、何故ネクロベルガーが肩代わりするのか? 驚いた俺は声を荒げて席を立つ。

俺が大声を上げて勢いよく立ち上がたものだから、周囲の客たちが何事かとざわつきながら俺らの方を見たので、バツが悪くなって俺は顔を背けて身体を縮込ませながらゆっくりと席に座る。

 

「あんまり大声出すなよ。出禁になるぞ」

「それより何でネクロベルガーが払うんだよ?」

「それは‥‥‥犯罪者を自分の管轄に置くためだろ」

「何!?」

 

窃盗や詐欺などの第Ⅱ種に相当する犯罪が行われると、ネクロベルガーはすぐさまその被害金額を加害者に代わって警察に支払い、警察はそれを被害者に支払うのだそうだ。それによって犯人は警察からネクロベルガーに所有権が移り、被害者たちに彼が支払った金額の返済をさせるのだそうだ。

 

「犯人に支払い能力がなかったら如何すn‥‥‥もしかして‥‥‥」

「やっと気付いたか。そうだよ、総帥の所有しているレメゲウムの採掘場で働かせるんだよ」

「成程。だけどよ、そんなに悠長でいいのか? 結構かかるんじゃないか?」

「流石に其処までは分かんねぇよ。お偉いさんの考える事なんか」

「そうか‥‥‥。で、そこにグリビン医師が居たってわけだ」

「そう言う事だ」

 

これでワッカートが、グリビン医師に会いたければ犯罪を犯せばいいと言った理由が分かった。

だが、まさか囚人にならないと会う事が出来ないとは‥‥‥。仕方がない。クエスに犯罪を犯してもらおう。などと冗談を思いつつ、俺はさらにワッカートに話を聞く事にした。なんせ元囚人による刑務所コロニーでの生活や、囚人用採掘場での労働が如何いうものなのか聞く機会はそうないだろうからな。

ワッカートは最初まだ聞くのかとうんざりした表情になったが、直ぐにこんな事を気軽に話せる相手が俺ぐらいだと思ったようで、話す事を承諾してくれた。ただ、ちゃっかり「取材料」をせびられた。実際に一般人に取材で謝礼金を支払う事は無いのだがな。謝礼金を払うのは専ら専門家や有識者に限る事のだ。とは言え、今彼から話が聞けなければ、グリビン医師に近付く情報を得る可能性がゼロになってしまう。

 

「足許見やがって‥‥‥」

「わりぃな、囚人時代よりギャラが安いんだよ。あの鉱山」

「囚人の方がギャラ多いのか?」

「ああ、あそこの時給は24ルヴァーだろ。でも囚人時代の時給は大体36ルヴァーだぜ」

「ええ!? 1、5倍あるじゃん!」

「だから安いって言っただろ。犯罪したくなったか?」

「んな訳ねぇだろ! それよりそろそろ話してくれ、謝礼の件はうちの社長が払うからよ」

「お、ホントか? ありがてぇ」

 

背に腹は代えられんと俺は「謝礼金」の件を承諾した。それにどうせクエスが払うから俺の懐は痛まないしな。

期せずして俺は余り表に出てこない刑務所コロニーでの生活を元囚人から聞く事が出来たのだった。

 

 

 

 

※1ルヴァー=100円