怠惰に創作

細々と小説の様なものを創作しています。設定など思い付いたように変更しますので、ご容赦ください。

とある記者の取材録

宇宙暦197年8月26日午前9時00分。第4惑星地表面にある73の都市群国家ゲーディア皇国は、第3惑星エレメスト統一連合に対し宣戦布告した……。

 

ちょうどそのころ、私は行きつけのレストランで少し遅めの朝食をとっていた。「モーニングスター」と言うある意味物騒な名前の店で、1年365日休まず営業し、朝食は6時~10時まで、昼食は11時~3時まで、夕食は5時~9時までとそれぞれ4時間ずつ開店している。私は3年と数か月、ほぼ毎朝此処で朝食を取っている超優良常連である。そこまで行くとこの店の事は手に取るようにわかる。まぁ、とは言っても朝だけだが……。

平日の朝食時になると、出社前の労働者たちで店内は大いに賑わうが、それも7時~8時30分までの事で、8時半以降にもなれば労働者たちは職場へと流れ行き、人は疎らとなる。大体私はそうなったころを見謀って来店し、いつものモーニングを頼む。そして今頃になると、店内は私と謎の老人とふたりだけになってしまうのが、毎日変わらぬ一日の始まりとなる。

私は食後のコーヒーを楽しみ、昨今、切迫した国際状況の中、無理と分かっていても今日一日何事も無いようにと心の中で軽く祈ってみる。すると、その願いをひねくれた神様が有難くも無い事に叶えてくれたようだ。店に備わっているTVに流れていたニュースが中断され、この国の実質的ナンバーワンの姿が現れたのだ。

『親愛なるゲーディア皇国国民……並びに勇敢なる皇国軍将兵の諸君……。摂政、ネクロ……ベルガーである』

何で名前途中で切った?

私は思わず何故自身の名前をネクロとベルガーで切ったのだ? と心の中で突っ込みつつ、遂にこの日が来てしまったのだと思った。連合と皇国は彼此十数年間緊張関係にあり、いつ何時戦争になってもおかしくないとまで言われてきた。だが、そう言われつつも、1年が経ち2年が経ち、何時しか戦争が回避された年の数だけ「奇跡の〇年」と言われ始める。

今年で奇跡の何年だったか……。

私は記憶を辿ったが思いつかないので考えるのを諦め、ぬるくなったコーヒーを一気に飲み干して席を立つ。

「オルパーソンさんお帰りですか?」

私が席を立ったのに気付いたフロアスタッフの女性が声を掛けて来た。365日通っているためフロアスタッフの名前も覚えている。彼女の名前はエレ・ウィスト、現在20歳で2年前からこのレストランのフロアスタッフとして働いている。まだあどけなさが残る可愛らしい顔で、本人は気にしているが顔の雀斑がチャームポイントであり、茶色い髪をツインテールにしている。

大学2年生で「モーニングスター」では水曜と日曜が休みとなっていて、何回か友達とショッピングをしている姿を目撃している。一様断っておくがストーカーをしている訳では無いぞ。偶々見かけただけだ。

大学生なのに朝からバイトと思って聞いてみた事があるが、講義は午後の部だけなのだそうだ。それに今は夏休み期間中だし……。

「何だブレンズ。もう帰るのか?」

TVを真剣に眺めていた店長が、振り返って声を掛けてくる。彼の名前はトーマス・ネジャア。ここで朝食を取るようになって以来の仲である。浅黒い肌に黒髪と黒い瞳、口ひげを蓄えた40代後半の中年男性である。

「ブレンズ。お前さん雑誌記者だったよな? こういうのって取材のネタになるんじゃねぇの?」

そう、私は記者である。そんな私がこれほどの重大事件に取材しない。それには訳がある。 

「今日俺、非番なんだ」

「非番? ジャーナリストって生き物は、事件事故があるとハイエナみたいに群がるんじゃないのか?」

「おい、ジャーナリストを何だと思ってんだ! まったく、あんたがこんなに偏見な奴だとは思わなか……そんな事も無いか……」

「おい!」

「まぁ、冗談はさておいて、昔ならまだしも……」

私は言いかけた言葉を飲み込んだ。過去の自分の事を思い出したからだ。

「うん、昔が如何したって?」

唐突に無言になった俺……私にトーマスが声を掛けて来たので、其処で現実に戻る。

「いや何でもない。それよりTV、凄い事になってるぞ」

すでにネクロベルガー総帥の演説が終わり、別の映像に切り替わっていたTVにトーマスの注意を逸らして、私は「モーニングスター」を後にした。

モーニングスター」から俺の……私の住んでいるアパートまでは徒歩10分の所にある。俺、私は道を歩きながら同じ形の建物が建ち並ぶ変わり映えのしないアパート群のの景色を眺める。一瞬どれが自分の住んでいるアパートか分からなくなるが、一様、アパート側面にデカデカと番号が振られているので、迷子になる事は無い。

「よ、ちゃんと帰って来たぞ」

俺……は、自分が住んでいるアパートの入り口付近で伏せた状態でいる一匹の犬に話しかける。身体は白く短い毛に覆われて、短鼻でシュワクチャな黒い顔、耳も黒くて垂れていて、巻き尾の小型犬で「パグ」と言う犬種である。俺の声に反応したパグは、伏せていた身体を起こしてお座り状態になって尻尾を振る。

毎度毎度、信用がないな俺も……。

俺はパグの行動が何を意味しているのか十分に理解している。何たって外出して行きと帰る度に話しかけているのだから……。そうしないと可成り面倒事になる。

「ああ! このワンちゃん尻尾振ってるぅ~!」

「可愛い~!」

近所の幼女たちがパグに群がり頭を撫でる。

可愛いねぇ……子供は気楽でいいよ。

俺はパグを可愛がる幼女たちを尻目に、サッサと自分の部屋へ向かう。自分の部屋の前に立つと、ドアが自動的に開いて中に入る。

『お帰りなさいませ、ア・ナ・タ』

「壊すぞ」

『申し訳ありませんマスター』

入るなり住居管理AI「ハウスキーパー」がおかしな出迎えをする。 これは俺がここに住んでからずっとこうである。アパートの管理人曰く、当時の管理人が面白がってそのままにしたため、今では保証期間が終わっていて、直すには可なりの高額になるため修理していないそうだ。一体だれがプログラミングしたのやら‥‥‥。一応、自分で設定変更が出来るのだが、如何言う訳か変更が出来ない。業者に頼んでみたが、業者曰く「このブロックは骨が折れますね。解除できない訳では無いんですが、結構時間がかかりますし、料金の方も‥‥‥」と言ったので断った。まぁケチったと言うか、明細見て目が飛び出したからそのままにしてあるんだ。貧乏人てのは辛いよな。それで彼此3年と数か月、この部屋でこのハウスキーパーと付き合っている。

『マスターが出かけられてから頻繁にメール受信がありました』

「ああ、誰か言わなくてもわかる。返信は今日は非番だからお前に任せるとでも送っといてくれ」

『かしこまりました。愛してるよ💖とメールしておきます』

俺はこういう時の為に置いてある金槌に手を伸ばす。

『訂正します。「任せると」送信しました』

しつこいようだが、このやり取りを俺は3年と数か月繰り返している。なんとも言えない嫌がらせである。もう慣れたけど……。

俺はお気に入りのソファーに腰掛けると、ふとあることを思い出してハウスキーパーに話しかける。

「おい、ファイル13を出してくれないか?」

『オイル13ですか? どのような性感オイルで……ファイル13をお出しします』

俺は手に持った金槌をそのままに、ソファーに背を持たれかける。

すると、目の前にファイル13が表示され、それを開くためのパスワードを打ち込んでファイルを開く。ファイルが開くと懐かしい? 昔の俺の声が流れる……。

『宇宙暦193年10月1日11時15分。私、ブレンズ・オルパーソンは第4惑星皇国の旧首都「バルア・シティ」に降り立っち……』

「なんか硬いなぁ……。まぁ、あの時は久々に仕事に柄にもなく緊張したからな」 

俺は昔の自分の声を聴きながら、封印した取材資料に目を通すのだった……。