怠惰に創作

細々と小説の様なものを創作しています。設定など思い付いたように変更しますので、ご容赦ください。

アンリ・マーユ戦5

開戦から戦場全体が異様な空間となってはいた。が、連合遠征艦隊は秩序を保って敵要塞に向けて進行していた。A・B・Pによって主砲、副砲に使われているエネルギービームは無効化され、妨害電波によって誘導兵器や通信網が制限された戦場で、しかし皇国も要塞周辺に戦力を出すわけでもなく、主だった動きがないまま時間だけが過ぎていく状態であった。

連合軍将兵にとっては艦隊の周囲を飛ぶA・B・Pを散布しまくるダミー岩石は忌々しい存在であり、かといってダミーだと思っていると本物の岩石が混ざってもいて、おいそれと当たることも出来ない。主砲等とは別の原理である近接戦闘用のレーザー兵器はこの状況下でも使用はできるが、有効射程は近距離に制限されていて艦船の近距離を飛ぶ岩石は攻撃できるが、それはA・B・Pの散布を手伝うか、無駄なエネルギーを使って岩石を砕くだけであり、遠征艦隊としては、八つ当たりにも見える幼稚な事をするよりも、一刻も早く敵要塞に肉薄して揚陸艇を使って要塞内に部隊を突入させる方が建設的と、ダミーの存在を無視して前進するのだった。

だが、連合のこの行動は皇国軍によって導かれた結果だという事に、彼らは最後の瞬間まで気付く事はいなかったのである。

9:45

事態は大きく動く事となる。今まで破裂する度にA・B・Pを散布し続けていた岩石ダミーが、突如別のものを出してきたのである。それは人の形をしたもので、最初それを目の当たりにした連合将兵たちはこう思った。「パワード・スーツが出て来た」と。

パワード・スーツ】とは、連合軍の重装甲歩兵部隊が使う装甲服である。歩兵の戦闘力強化のために開発されたもので、機械的な補助システムによって通常では扱えない重火器を扱え、全身を包む装甲は一般歩兵の携帯火器や、砲弾の破片から兵士を守って生存性を高めている。更に背部にバーニアを装備したものもあり、大ジャンプや短距離の飛行も出来るものもあって空挺団などにも配備されている。

大きさは当初2m強ほどだったが、その後内蔵型の武装や外部取り付け武装などのものも開発され、今では3mまで大型化している。

しかし宇宙用のものは開発されてはおらず、宇宙空間を飛び回るパワード・スーツを目の当たりにした連合軍将兵たちは驚きを隠せなかった。が、それらが装備しているバズーカ砲やロケットランチャーと酷似した武器での攻撃が始まると、そんなもので戦闘艦の装甲を貫通させることは出来ないと嘲笑する者もいたが、すぐにその表情は凍り付く事となる。それらの攻撃で艦艇が撃沈したからである。

まず彼らが皇国軍のパワード・スーツに向けた間違いは、自分たちの知っているそれと同じだと思ったことである。連合軍のパワード・スーツは3mほどに対して、皇国軍のパワード・スーツ(MAS)は全長15mに達して5倍の大きさがあり、装備している武装はどれも連合のそれとは威力が違うものである。ほぼ至近距離で対艦ミサイル(ロケット)を直撃させたようなもので、さらには艦橋や機関部などの艦船のウィークポイントとなる場所をピンポイントで攻撃する事で、絶大的な効果をもたらしたのだ。

ここで連合遠征艦隊はパニックに陥った。連合軍将兵の常識ではありえない事が次々と起こり、味方が沈んでいったからである。

遠征艦隊は狂ったように唯一使える武装である近接戦闘用(対空防御用)のレーザー機銃を乱射して皇国軍の人の形をした兵器に砲火を向けた。しかし、宇宙空間を縦横無尽に動き回る敵PSに躱され、反撃の一撃を喰らって撃沈する艦船は後を絶たなかったのだった……。

戦場は混乱の極みだった。それは「ラッキー7号」と渾名されるDY²-777も例外ではなかった。周囲では飛び回る皇国軍の巨人に味方が次々撃沈され、もたらされる報告はどこそこ所属のなになにが撃沈しただのという報告がもたらされるばかりである。

10:10

通信士のサーサが驚愕の表情で、入ってきた通信を読み上げる事が出来なくなる。

 

「如何したラブレット少尉! 何があった!?」

「か、艦長……。第9艦隊旗艦「リーズ」が撃沈され、司令官、サイモン・ファイリ中将が……戦死したと……」

 「嘘だろ!? 艦隊旗艦は最新の弩級戦艦だぞ! それが沈んだって……」

 

ブランは、連合軍の技術の粋を集めて建造された最新鋭戦艦である「ギーリス級」の撃沈報告に、驚きの表情で呟く。

 

「最新鋭だろうと沈む時は沈む。各員、今は自身の責務に専念しろ!」

 

ベクスはうろたえるブランだけではなく、艦橋クルー全員に言い聞かせるように指示を出す。

すると、船務士のトムが声を荒げる。

 

「艦長! 前方より敵PSが接近!」

 

トムの声に艦橋内に緊張が走る。1機のPSが急接近して来たのだった。

 

「対空防御!」

 

ベクスが命令一下、近接(対空)戦闘用連装レーザー砲が火を噴く。だが、敵の巨大PSはそれを不規則な動きで躱していくと、あっと言う間に艦橋部に肉薄されてしまう。手に持ったバズーカ砲を構え、あとは引き金を引くだけの状態となった次の瞬間、何故か敵PSは何もせずにその場を離脱する。

死を覚悟していたベクスたちDY²-777のクルーたちは、全身から力が抜け、大きくため息をつく。

しかし何故見逃したのだろうか? ベクスたちがそう思っていると、例のPSが味方の航宙艇2機の攻撃に遭い、その時もっていたバズーカを投げ捨てて、サブマシンガンに似た別の武器に持ち替えて2機とも撃ち落としていた事で、あのバズーカが弾切れだったのだと分かる。

 

「弾切れかよ……脅かしやがって」

「で、出も、やっぱりこの艦はラッキー7号ですね」

「そうだな」

 

敵の弾切れのお陰で命拾いした艦内に安堵感が漂うが、副艦長の一言で吹き飛ぶ。

 

「まだ戦闘は終わってないぞ! 気を抜くな!」

「「「イ、イエッサー!」」」

 

命の危機を乗り越え一息ついていたクルーたちだったが、ビオラの檄に背筋を伸ばして再び緊張感を高めるクルーたちだった。

だが、そのビオラ自身も脚が微かに震えているのをベクスは見逃さず、鬼の副艦長も人の子だなと内心ほくそ笑むのだった。

10:15

さらに第5艦隊旗艦「リパーブル」と第10艦隊旗艦「ジェーンバラ」がほぼ時間差が無く撃沈され、それぞれの艦隊司令官フィリップ・ポー、ジャック・スモール両中将も戦死した。

ダミー岩石の中から次々と出て来た敵の巨大PS(パワードスーツ)は、出たとこ勝負のように周囲の艦艇に無差別攻撃を加え、持ち弾薬が無くなるとさっさとアンリ・マーユ要塞に戻って行くという闘い方をしていた。そのため出現から30分ほどで周囲から敵PSの姿がいなくなっていき、艦艇の撃沈報告も入らなくなっていく。

10:20

戦闘開始から35分、遠征艦隊は戦力の18%を失い、さらに3人の艦隊司令官が戦死するという損害を受けた。だが遠征艦隊総司令部は、戦死した3司令官の指揮していた艦隊を生き残った各艦隊に編入させて再編する命を出す。あくまで当初の作戦通りにアンリ・マーユ要塞攻撃を強行すると各艦隊に通達したのだった。

10:23

艦隊の再編が始まる最中、艦隊後方が攻撃される。なんと敵のPSが攻撃して来たのである。

一体どこにいたのか? と、多くの連合軍将兵は驚愕したが、答えは簡単である。ダミー岩石の中には破裂せずに艦隊を素通りしたものがいくつかあり、その中にもPSが潜んでいて、彼らが背後を突いたのである。攻撃すればABPが散布されるか岩石を削るだけだと思って、唯一使えたレーザー機銃で攻撃しなかった付けが、ここに来て遠征艦隊に災厄の結果をもたらしたのである。

ここに至って遠征艦隊総司令官アクセロ・トリュード大将は各艦隊に作戦の中止と、撤退を指示する。が、次の瞬間、目の前にあるアンリ・マーユ要塞からエネルギービームが飛来する。ABP散布下では出来ないはずのビームで攻撃されたのである。要塞砲のビームが連合軍艦艇を次々と串刺しにしていく。

既に遠征艦隊は要塞の射程圏内にまで入っていたが、要塞周辺はABPが低濃度でしか散布されておらず、更に皇国軍の奇襲によるパニックによりABPの霧が晴れた事に気付かなかった遠征艦隊は、不意打ちの様に攻撃を受ける事になる。

 

「馬鹿者! ABPが消えた事を何故報告せん!」

 

この言葉は総司令官アクセロ・トリュード大将が索敵担当の士官を叱責した時の言葉である。この直後に要塞砲のビームが第2艦隊旗艦「イグランド」に直撃し、船体が大きく損傷した。これが合図かのように次々とビームの直撃を受けたイグランドは船体を維持する事が出来ず、トリュード大将は各員に避難を支持し自らも脱出しようとしたが、直後に直撃したビームによってイグランドは轟沈、爆散してトリュード大将も戦死したのだった。

総司令官戦死は、遠征艦隊をいよいよ瓦解の危機へと陥れた。総司令官の任を継いだ第6艦隊司令官ロイ・バルトマ中将は、「とにかく撤退せよ!」と全軍に命令した後、自身が率いる第6艦隊の残存艦艇だけを引き連れ一目散に逃げだしてしまった。後任の総司令官がとっとと逃げてしまったことで、司令官を失っていた他の艦隊は各々戦隊長や艦長の判断で秩序なく逃走を開始、撃沈されるもの、降伏するものが続出し、もはや遠征艦隊は軍隊の体をなさなくなってしまったのである。

そんな中、第12艦隊司令官マディア・ベルヘム中将は、流れで殿を務める羽目になったが、搭乗艦「コンスラート」に数発の被弾を受けながらも、周辺の艦艇をまとめ上げつつ撤退する事に成功するのだった……。