怠惰に創作

細々と小説の様なものを創作しています。設定など思い付いたように変更しますので、ご容赦ください。

H計画とミシャンドラ学園 FILE5

第1102研究所での「H計画」の取材を終えた俺は、クリミヨシ博士のご厚意に甘えて予約してもらったホテルで一夜を明かす。

一応ホテルに着いた時に、事の経緯をクエスにメールはしておいた。流石に取材と言う事で彼奴からも許可は貰ったし、このホテルの料金は既に博士が支払っているので、シェルクさんからも許可が下りている。

ま、食事代は自腹だけどな。

博士が取ってくれたホテルは寝泊まりが出来る程度の簡易的なもので、食事は出る筈も無く、近くの飲食店に行かなければならない。そう言う訳でホテルの近くには色々な飲食店やサービス店が軒並み揃っているので探す苦労はない。ただ、一応ここは学園の敷地内の筈なのだが、明らかに風俗店も混じっていて、そういった意味では「大丈夫なのか?」と心配させる場所でもある。

という訳で、俺は明日の取材に備えて早く休む事にする。

本当だったら盛り場に繰り出したいんだぜ俺だって、でもよ、先行くモノが無ければこの世は人に厳しい世界なのさ。ま、要するに金が無いから出歩けないって事だ。本当に寂しい限りだ。クエスの野郎はケチだ! 取材費ケチりやがって、大ケチだ! と言いながら別の誰かさんの顔を思い浮かべつつ、俺は明日に備えて眠る事にした。明日の朝が早いのは間違いないしな。

 

「あ~あ、風俗か‥‥‥耐えろ俺!」

 

俺は健全な反応を抑えつつ、無理やり目を閉じて眠りについた。

 

やっぱり眠れねぇ‥‥‥。

 

 

☆彡

 

 

翌朝、俺は寝不足気味の身体を叱咤し、早くにホテルをチェックアウトした。

今日の予定としては、まずH計画で生まれた子供たちが集まる「保育センター」に向かう事にした。

保育センターはミシャンドラ学園の敷地内にある施設で、そこに第1102研究所で生まれたエッグの子供たちが送られる。そこで6歳になるまで育てられているた後、ミシャンドラ学園に入学する流れになる。

ゲーディア皇国では、学校の年度始まりが1月下旬頃で、終わりは12月上旬から中旬頃となっている。書類上の入学である1月1日までに6歳になっていて、1月1日~12月31日までに7歳の誕生日を迎える子供が新入生となるのだ。

要するに保育センターはミシャンドラ学園への入学年齢になるまでの間の子供たちの生活の場と言う訳だな。

センターに着くと案内の人がもう待っていた。まったく連絡はしていなかったのだが、何でこの時間に来ることが分かったのか不思議である。

とまぁ、そう言った詮索は後にして、取材に集中する事にしよう。

案内をしてくれるのは、今日取材を許可された一部屋の保育室長の女性である。優しい笑顔が素敵なおば‥‥‥女性の方だ。

保育室長を見ていると俺のお袋を思い出す。まぁ、赤ん坊を相手にするにはそういった母性溢れる女性が適任と言う事だな。

聞くところによると保育室長には4人のお子さんがいて、既に全員が成人されているそうだ。前々から保育室長になる様に打診されていたのだが断って居たそうで、子供たちが皆成人した事を機に保育室長の職を受ける事にしたそうだ。見るからに子育てのプロって感じだな。

因みに保育室長の4人のお子さんは息子が3人の娘が1人で、娘さんに関しては彼女と同じく此処で保育士として働いているそうだ。

さて、俺は保育室長の案内で保育センタを中を見学させてもらった。保育センターは10の建物が集まって構成された施設である。なんせ毎年1万人の子供たちが来て6歳になるまで育てられているのだ。10ある施設の建物に其々1000人の子供たちが振り分けられて育てられ、各年齢によって部屋が分かれている。

その内部だが、まず1階は0歳児と保育士や事務員の事務所や食堂などの職員専用の階になっている。2階から上が子供たちの部屋なのだが、緊急時に素早く駆け付けられる様に保育士などの職員の控室もある。その他には各部屋の子供たちに遊ぶ大部屋や食事をする部屋など様々な部屋もあり、ひとつのフロアがとても広い施設になっている。

1歳児が2階、2歳児が3階、3歳児が4階と続いて行く。4歳児からは部屋が階を跨いでいる。何故そうなるのかというと、其々の年齢に合った部屋にするためなのだそうだ。0歳児から6歳児でずっと同じ部屋を使う訳には行かないと言う訳だ。抑々0歳児の部屋は赤ん坊が睡眠のために使う部屋で、大きな部屋に1000ものベビーベッドが備え付けられているだけなので、とても成長した子供たちが使うには狭すぎる。そのため他の階に其々の年齢に適した部屋割がなされている。4歳児にもなればある程度の広さの部屋が必要になるため、階を跨ぐ事になる訳だ。因みに5歳と6歳児の部屋も4歳児の部屋と変わらない広さなので、そこからはミシャンドラ学園に入学して空いた階の部屋に、次の子供が入るシステムになっているそうだ。

続いてこの施設の職員についてだ。

保育センターのひとつに建物に子供が約6千人居るのだが、それに劣らず職員の人数も多い。職員は子供を育てる保育士の他に事務方を務める事務員や技術員がいる。事務員や技術員の人数は少数だが、保育士の人数が全体の大部分を占めている。当然と言えば当然だが、その人数は1000~1500名ほどいて、保育士一人当たり5~7人の子供を見る計算になる。結構大変そうだが、各部屋には一般家庭の住居と同じ様にハウスキーパーが備わっているし、育児ロボットもいるため手は足りているそうだ。

次にその保育士だが、保育士には正規保育士と準保育士の二通りいて、正規保育士は当然だが正社員で、準保育士は所謂アルバイトという扱いになっている。正規保育士と準保育士の人数の比率は4対6で準保育士の方が多く、さらに男女比で言うと正規保育士が8対2で圧倒的に女性が多いのだが、準保育士はほんの僅か女性の方が多いだけで、ほぼ男女とも同じ人数である。これは準保育士になった人たちの多くが結婚して子育てをする時のための予行練習として夫婦で働く事が多く、男女の比率が同じになる理由らしい。しかも、男性の中にはパートナーの妊娠を機に、短期バイトで入っている男性が結構いるのだそうだ。要するにパートナーが出産したら此処を辞めて奥さんの子育てを手伝うと言う事だな。

しかし、そんな事をしたら本業の方は如何するのだと疑問に思って質問したら、長期の育児休暇を取って此処で働いているのだと言う。要するに奥さんの妊娠が分かった日から育児休暇を取り、出産するまで此処でバイトをすると言う事だ。出産すればここでの経験をもとに育児の手伝いが出来ると言う事らしい。

皇国の男って子育てに前向きなんだなと思う。勿論エレメストでも子育ては夫婦で力を合わせるが、なんだか最近は強迫観念めいたものを感じる。共に働き、共に家事をし、共に子を育てる。男女平等が根付いている。嘗ては男が外で働き、女が家事をする分業制だったらしいが、今やすべて男女で均等にと言う事だ。正に平等という訳だ。極端な話になるが、家事をしない男はダメ人間で、就職できない女性もダメ人間、そんな風潮がある。多分そのせいだろう。いやそれだけでは無いのかもしれないが、年々結婚するカップルが減って来ている。しかも、結婚しても子供を作らない夫婦もいるそうで、それが此処最近の出生率に低下に繋がっている。と、何かの記事で読んだよ。

まぁ、その記事を書いた人物の言い分は、そんなに男女平等と言って同じ仕事をするのではなく、夫婦で話し合ってそれぞれが得意な事を担当すれば良いと言いたかったのだろう。夫婦生活を長続きさせるには、お互いの負担を均等にする事が肝心だと言っていた。もちろんこれは同じ仕事を均等に分けると言うのではない。それに人には得手不得手と言うものがある。不慣れな夫に家事を手伝わせて大惨事になってしまい、妻が大激怒と言う話はよく聞くが、著者から言わせれば、夫に不慣れな家事を任せた妻にも責任があると言っている。出来ない事をやらせて出来る訳が無いと言う訳だ。そうならないためにも夫婦で話し合って分担するべきだと言うのだ。

しかし、これを変な意味に採った奴らがいて、「結婚すると大変だ。自由にひとりで暮らす方が良い」と解釈して(何処をどう読んだらそうなるんだ?)エレメストでは結婚率も出生率も低下の一途をたどっている。何とも上手く行かないモノである。

他には、人間は経済的に豊かになると子供を余り作らなくなり、貧しいと子沢山であると言っている者もいる。今やエレメストの殆どの人間が(皇国も同じだが)経済的に豊かであり、それが結婚・出生率の低下の原因だとも言われている。

ま、出生率の減少の原因については専門家に任せるとして、エレメストでは結婚・出生率の低下止めようと、あの手この手と悪戦苦闘しているが、皇国では人工的に子供を作る事で解決しようとしている。序に人種も統一して、である。

俺としてはやはり人工的に子供を作るなんて‥‥‥やめよう。此処で答えを出すのが今日の目的ではない。

俺は保育センターの取材を終え、昼食を取るためレストランに向かった。朝食から夜になるまで何も食べれなかった昨日の轍を踏まないためだ。

 

「さてと、午後からはミシャンドラ学園か‥‥‥一体何が待ち受けているのやら」

 

俺は午後からのミシャンドラ学園の取材に期待と不安を持ちながら、レストラン探しに向かう。

何食べよっかな~♬

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H計画とミシャンドラ学園 FILE4

クリミヨシ博士は何の躊躇も無くH計画について語りだした。一応公けになっているから大丈夫なんだろうけど、あのエッグと言う人工子宮なる機械を見てしまうと本当に公けなのかと疑問に思う。しかも今語っているクリミヨシ博士は、友人だったオームズ博士からその設計図を盗んだのだ。それでも博士は物怖じする様子も無く、H計画について語ってくれた。その態度にチョットした違和感と言うか不安を感じるのだが。俺もジャーナリストの端くれとして、聞けることは聞いておこうと博士の話に耳を傾ける。

クリミヨシ博士の話は長く時より脱線が多かったので、H計画の始まりから今に至るまでの経緯を俺なりに簡単に解説する。

計画が始まる前のクリミヨシ博士は、生命学の科学者としてミシャンドラ・シティ地下3階層区の科学研究所の研究員の一人にすぎなかった。そんな博士がH計画の主任になれたのは、人口子宮「エッグ」の設計図を持っていた事と、彼が皇国に亡命した際、既にH計画の草案とも言える計画を時の皇帝ウルギアに提言していたからでもあった。

1科学者に過ぎないクリミヨシ博士が、ウルギア帝に謁見出来た事を不思議に思うかもしれないが、当時の皇国が科学技術の発展を重視する国策を取っていた事もあり、新しい研究や計画があれば皇帝に謁見して説明する場が設けられていたそうだ。

例を挙げると、4年戦争末期に皇国で開発された通信障害やレーダー妨害を引き起こす「ジャミングシステム」や、ビーム兵器を無力化する「アンチ・ビーム・パウダー」などはこの科学研究所で作られたものであり、この時も開発者はウルギア帝同席で説明会を行っている。

当然博士も自らの理想である「全ての人種をひとつにする」計画を実行に移すため、人工授精と人工子宮を用いて多数の人種・民族を掛け合わせ、人類から人種という壁を無くす。と、皇帝に熱弁したらしいのだが、結果から言うとウルギア帝からは却下されてしまったそうだ。

却下された理由は「余りにも突拍子も無い計画」だからだそうだ。確かに人工授精と人工子宮を使ってエレメストの人間を単一人種にすると聞いて「よし、やろう」とは思わないだろう。

確かに人種や民族、果ては性別などで人は人を差別する。その事で争いが起き戦争にもなっている事は歴史が証明している。が、だからと言って強制的に他人種を掛け合わせると言うのは、チョット乱暴すぎると思われたのかもしれない。仮にそれが良い事だとしても、それを機械で人工的に作り出そうというのは倫理的にどうなのか? と、ウルギア帝が感じたとしても不思議ではない。

とは言え、計画を却下された博士は失意のどん底に落とされた。一時は自殺も考え、持っていエッグの設計図も破棄しようと思ったほどだ。だが、時が経てば自身の研究を受け入れられる時が来るかもしれないと、科学研究所で働く傍ら希望を胸にその日が来るのを待っていたそうだ。

そんな博士に転機が訪れたのが、亡命から25年経った宇宙暦179年の事である。

この年はあの内部抗争に明け暮れていた軍事政権が瓦解した年であり、サロス帝が親政を布いた年でもある。

サロスは過去に博士が父帝に提言した上申書に目を通し(本当にサロス自身が目を通したかは分からないが)た事で計画に興味を持ち、博士に計画を実行に移すよう指示を下した。と、言う事の様だ。

当然ながらサロスはエッグの設計図を博士が盗んだことも承知していたみたいで、それに関しては「断罪する者が居なけらば罪ではない」と言い切ったそうだ。要するに設計図の元々の持ち主であるオームズ博士は既に亡く、さらにその設計図の存在を知っているのはクリミヨシ博士以外存在しないので、設計図の窃盗で博士を訴える者は居ないと同じなので、サロス自身もその事については追及しないと言う事だ。それよりも計画を実行しろって事だな。

勿論その言葉はサロスから直接聞いたのではなく、科学研究所に来た皇帝の使者から皇帝陛下の御言葉として聞いただけである。この頃になると、嘗てのウルギア帝の時代ほど科学技術を重視する事は無くなり、科学者が自身の研究を皇帝の前で説明する場も無くなっていて、その後も博士自身がサロス帝に直接会う事は一度もなかったそうだ。

まぁ、博士が皇帝に合えなかったのは、サロスが後宮に入り浸っていたのが理由だが、博士は皇帝を神格化させるためにそうしたのだと思っている様だ。

う~ん、一理あるが、本当のこと知ったらこの人はどう思うのだろうか? 言わないけどね。

こうなると本当にサロスが計画実行を指示したのか怪しくもある。が、今はそう言った事を詮索する時ではないのだが、頭の中ではあの人物がチラついている。

話を戻す事にして、思いがけない皇帝からの申し出に博士は歓喜した。それはそうだろう、亡命してから25年も経っていたのだから。ただ、それだけ待っていた事もあって最初に皇帝の使者から計画を進めて欲しいと言われた時は、夢か現実かと困惑して実感が湧いてこなかったそうだ。

それでも計画が着々と進むにつれてその実感が湧いて来て、完成したエッグの実物を目にしたときには、嬉しさを爆発させて子供のように燥いでしまったと、博士は少し顔を赤くした語ってくれた。しかも一頻り燥いだ後に、感極まって泣いてしまったらしく、同席していた他の研究員や関係者からはドン引きされたとも語っている。

此処までがH計画が始まるまでの経緯で、次は実際に計画を進めた内容になっている。

まず最初に設計図によって作成されたエッグは「プロトエッグ」と呼称され、3基が製造された。エッグの完成と共に、早速予め用意しておいた胚をエッグ内で培養する試験が行われた。これは受精し培養した胚を子宮へ戻す一般的な体外受精やり方と違いはない。もう何世紀も前から行っている不妊治療の一環だ。ただ今回はそれを機械で出来た鉄の子宮で行うと言う違いがある。

因みに最初に用意した胚は、研究所で働く研究員の男女の中から無作為に選ばれたそうだ。無作為と言っても博士の意向通り人種の違う男女が選ばれている。

試験培養はクリミヨシ博士も不安だった様で、エッグのある培養室に引き籠って様子を見ていたそうだ。博士自身、設計図は持ってはいたがエッグで実際に胚が培養されて胎子になり、子供が生まれる処を見た事は無いのだ。友人のオームズ博士から、エッグから誕生したと言われた息子のアルファを紹介されただけなのである。だから本当に上手く行くのか心配だったのだろう。

博士の心配をよそにエッグ内の胚は細胞分裂を進め、母親のお腹の中で成長して行く様に徐々に胎児の形を成して行く。その様子はガラス窓から見る事ができ、その成長をつぶさに観察し記録できるエッグは研究者たちからも好評だったようだ。

エッグは研究員が交代で24時間体制で見守り、何の問題もなく10ヶ月が経過し、所謂「出産」の時を迎える。出産と言っていいものか分からないが、まぁ此処の研究員は「出産」と言っているので、俺も「出産」と呼称する事にする。

出産は宇宙暦180年の3月1日に無事3人とも生まれている。全員が男子だそうだ。全員男子だったのは偶然の産物で、別に遺伝子操作して男にしたとかそういう訳ではないと博士は言っている。あくまでも他人種を掛け合わせると言うのが彼の考えなので、性別に関しては自然‥‥‥という言葉を使っていいものかはわからないが、手を入れず自然に任せているらしい。

この成功に研究員たちは歓喜し、早速次の授精に移ると共に人工子宮の増産が行われる事になる。行き成り1000基生産したそうだ。作り過ぎだろよ思ったが、結局、現在のエッグの数が1万基なので1000基は可愛いものだ。要するに、これ以降も増産は続けられたって事だ。

無論プロトエッグの方でも常時胚の培養が行われ、その都度何の問題も無く毎回子供を出産している。

う~ん、やっぱり出産って言葉に違和感あるんだよなぁ~。

エッグの量産は1万基でストップしているが、生産中止となった大きな理由はエッグを管理する研究員の不足である。エッグの管理はひとり100基を管理しなくてはならない。これは研究員をサポートするコンピューターがあっての数だ。そしてエッグは全部で1万基あると言う事は、少なくとも100人は必要と言う事になる。他にもエッグは24時間体制で管理しなければならず、さらに労働事情からかひとりの研究員がエッグの管理に携われるのは1日4時間と決められている。単純計算しても600人は必要と言う事である。それに誰でもいい訳ではなく色々と専門的な知識とかも必要で、ただ単に雇えばいいと言う訳ではない。現在この研究所で働いている研究員は650人いるそうで、この員数で1万基のエッグを管理している。

此処で俺は「機械による胎子の培養に、他の研究員はどのような反応を示したか?」と博士に質問してみた。博士自身はエッグを使って人類を‥‥‥と、意気込んでいるが、他の研究員の中には機械による出産に抵抗は無かったのかと聞いたのだ。

博士は「研究員に機械の出産に対する抵抗は無かった」と答えた。

抑々この皇立科学研究所では、新しい研究が行われる際に簡単な研究レポートを自由に閲覧する事ができる。そこでその研究に興味を持った研究員が自主的にプロジェクトに参加を希望するやり方を取っている。研究内容に倫理的に抵抗がある研究員は、初めから研究に参加しなければいいと言う事だ。と、ティア・フッシャルが言っていた事を思い出した。

次いで俺はもうひとつの疑問があったので、序にそちらも質問してみた。そこまで重要と言う事ではないが、それでも気になってしまったので思わず質問したのだ。その疑問とは「エッグで一斉に胚を培養すると言う事は、生まれた赤ちゃんは皆同じ誕生日なのか?」である。

これについての博士の回答は、YESでありNOだそうだ。

如何いう事? と思うだろうが、当初エッグでの培養は、1月1日に出産日が迎えられる様に調節されていたそうだ。何故1月1日なのかと問うと、年の始めと言う事と博士の故郷にある数え年を採用したそうだ。

「数え年とは?」と質問すると、生まれた日を1歳として、それ以降は毎年1月1日になる度に歳を取ると言うものらしい。だから年の初めの1月1日を誕生日にすると決めたそうだ。

何で? という言葉が最初に頭に浮かんだ。まぁすべて同じ誕生日の方が何かと便利なのか? よく分からないが管理しやすいとかそう言った事かもしれないが、博士の答えには疑問符が付く。だがYESでありNOと言ったからには今はそうでは無いと言う事である。博士も「今は1万人の子供たちに365日のどれかが誕生日になる様に胚の培養を調整している」との事だ。

そうなると一体なぜ変更したのかが気になる。なので「なぜ変更したのか?」という質問をする。すると博士は「ネクロベルガー総師からの指示があった」と答えた。ネクロベルガーが同じ日に全エッグで出産をしていると聞いて、個々人が違う誕生日になる様に、胚の培養を2~3基ごとに1日ずらして行うようにと要望があったそうだ。

聞いて驚いた。子供たちに個別の誕生日が付く様に、ネクロベルガー(当時元帥)の指示があったと言うのだ。

内容としては1~10の各培養室の1~3番のエッグは1月1日が誕生日、4~6番のエッグは1月2日が誕生日‥‥‥。と言う具合に出産の時期を1日ずつずらし、1万人いる子供たちが1年365日の内のどれかが誕生日になる様にしたそうだ。

だだ、ネクロベルガーが何故その様な指示を出したのかは博士も分からないそうだ。

しかし、この方法になったお陰で子供たちが個別の誕生日を得ただけでは無く、他にもメリットがあったそうだ。それは1日の出産にかかわる人員が大幅削減された。と言うことだ。これまでは同じ1月1日に全エッグから一斉に子供を出産させなければならなかったので、その日だけ大勢の人手が必要だった。手の空いている他の研究所の研究員や病院の医者や看護師等が応援に搔き集められ、大変な事態になっていたのだが、今では1日2、30基程度の出産で良くなり、出産を担当する専門の人達が毎日出産業務に従事している。

此処までの話を聞いて、ネクロベルガーは効率化を重視してその様な指示を出したと言う事だろう。何故か博士は理由が分からないと言ったが、多分そう言う事だろう。個別の誕生日の方が副産物だろうと俺は思う。

それとH計画が極秘扱いでない事が理解できた。なんせ彼らはエッグの存在を知る事になるし、それに研究所にいる何十万と言う研究員が研究レポートを見るのだから、正直にレポート内容を公表しないと後でトラブルのもとになる。抑々1月1日に他の研究員や医師、看護士が集められるのだ。極秘になんて到底できこない。あからさまに国内外に「人工子宮で出産してます」とは言わないが、別に極秘扱いしていない。知ってる人は知っている知らない人は知らないと言う体でH計画は進められたのだろう。

とは言え、俺はあんまりいい気分がしないので、よく問題になっていないなと思う。やはり研究者と言う種族は、他の人とは違う感覚があるのだろうか?

当然ながら今日も俺がクリミヨシ博士にインタビューをしている間、培養室では出産が行われていた。俺が見学した10番培養室は一番最後になるので、時間的に出産を見学する事は出来なかったと言う訳だ。

それだったら出産を行っている培養室で見学したかったよ! まぁ、過ぎた事は如何しようも無いので気を取り直して次に移る。

次は出産が終わった後の子供たちがどうなるかと言う事だ。エッグは胚を成長させ胎児を作り出産する機械で、赤ちゃんを育てる機能は無い。出産の後は人の手によって育てられるのだ。

生まれた赤ん坊は、まずこの研究所にある保育室で数日間状態チャックを受けた後、ミシャンドラ学園の敷地内にある「保育センター」と言う施設に移され、そこで育てられているそうだ。

そして、保育センターである程度の年齢になると、今度はミシャンドラ学園の幼年部に入学する事になる。幼年部とは小学1~3年生の事だと思えばいい。ゲーディア皇国では幼年部と呼ばれ、その次が初等部でこれが小学4~6年生に当たり、次が中等部、高等部と続いて行く。当然ながら完全なる寮生活になる。今いるミシャンドラ学園の子供たちの何人かはエッグによって産み落とされた子供と言う事になる。今では毎年1万人が入学して来るって事だ。そう考えるとチョットした恐怖を感じるのだが、それは俺がSF映画の見過ぎなのだろうか? 今は考えない事にしよう。

因みに皇国には高校受験と言うものが無いらしい。最初に入る幼年部に受験(お受験)があり、そのあとは高等部までエスカレーター式で行けるので、高校受験が無いと言う事だ。まさか全ての学校でエスカレーター式を取っているとは思わなかった。こう言うのは子供が勉強を怠るというデメリットがあると聞くが、そう言った事に対しての対策とかあるのだろうか? まぁ、そんな事は置いといてだ。

高校を卒業すと、続いては就職か大学受験になる。当然だが就職しても、大学受験を受けてもミシャンドラ学園からは卒業となる。アパートを借りて就職なり大学に行くなり一人での生活が待っている。生徒の中には学園で友達となった者達でルームシェアする者もいるそうだ。あと恋人同士が同棲する事もあるそうで、とても許せん状況‥‥‥いや、失礼。まぁ、要するに個人で一端の経済力を付けるまで生徒同士で協力して生活すると言う事だ。特に大学の費用は学園が出すが、日々の生活費は個人で稼がなくてはならないので、気が置けない仲間同士で協力して生活を送ると言う事だ。

そうやって学園を卒業した後は個人の自由に生活して行くようだ。ただ学園卒業後に付いてはエッグの子供たちはまだ至ってはいない。なんせ最初に生まれた3人の子供たちはまだ14歳でしかない。しかし、いずれ学園を卒業して同じ道を歩むことになるであろう。

専門用語だの話の脱線はあったが、これがH計画の全貌と言う訳だ。人工子宮エッグの存在は俺の中で未だにアレだが、子供は大切に育てられ、教育も受けている。まぁ未来の皇国を背負って立つ子供たちを乱暴に扱うなどナンセンスである。これと言って問題がある計画ではない‥‥‥と思う事にして、H計画の取材を終了する。

クリミヨシ博士の話は脱線したり関係ない事を長々と話す傾向が強かったが、だからとは言わないが可なりの熱量があった。それは純粋に人種と言うものを無くし、差別のない世界にしたいと思っている事が分かる。やり方はアレだけど‥‥‥。

帰り際に俺は博士に最後の質問をしてみた。「何故、惜しげも無く色々な事を話してくれたのか?」と、すると博士は顎に手を当て暫く考え込んでから応えた。「誰かに聞いてほしゅかった」と答えた後、「わたしゅはもはや老い先短い身、だから自分の胸に閉まっていた事を誰かに聞いてほしかったんだと思いましゅ」との事だ。

結局の処、自分の犯した罪も含めて墓場まで持って行かずに、誰かに知って欲しかったと言う事だろうか。それがたまたま俺だっただけの事と言うのだろう。

かなり大胆な事だが、この国ではもう博士の罪が裁かれる事が無いので、そう言った事も踏まえてなのだろう。流石にそう言った事でも無ければ自分の過去の犯罪行為を話すとは考えにくい。

俺は博士と別れて研究所の外に出ると、既に辺りは暗くなっていた。それほど遅い時間に来たわけではないのだが、まぁ原因は分かっている。クリミヨシ博士の話が長かったのだ。本当に無駄話が多かったしな。

取材の事を思い返していると、俺のお腹が盛大に鳴った。お腹の音を聞いて俺はある事に気付く、今日は朝食以外口にしていない事をだ。

早く帰って晩飯にするか、それともどこか近くでレストランでも探すか。俺は何方にしようか悩んでいると、背後から俺を呼ぶ女性の声がしたので振り返る。すると、ターミナルで俺を迎えてくれたティア・フッシャルが俺を呼びながら走って来るのが見えた。そして息も絶え絶えに俺の目の前で来ると、俺に息を整えさせる時間を要求しつつ息を整え、そして質問して来た。

 

「オルパーソンさん、これから如何なさるんですか?」

「此れから直帰しようかと」

「こんな時間にですか?」

「と言ってもまだ19時半ですからね、帰れると思いますが‥‥‥」

「そんなに急いで帰らなくてもホテルを取ればいいんじゃないですか?」

「えっ!? ここ、泊まれるとこあるんですか?」

「ええありますよ。まぁ此処は余っている建物もありますし、それに病院に入院している家族の見舞いや看護などに来た人が寝泊まりするためのホテルとかがあります」

「そうですか‥‥‥。ワザワザそんなことを言いに?」

「クリミヨシ博士が、『せっかく来たんだから今日はホテルに泊まって明日ミシャンドラ学園を見学して見たら』と言ってまして」

「えっ!? ミシャンドラ学園に見学ですか? 行き成り行って大丈夫ですか?」

「あゝその点は博士が話を通して置くと言っておられました。何でも『あそこの学園長は暇だから』と言ってましたね」

「ひ、暇って‥‥‥暇なんですか?」

「私からは何とも‥‥‥」

 

俺の質問にティアは困惑した顔をする。

 

「とにかくホテルに泊まって明日学園を見学したらと博士が言いまして、私はただそれをオルパーソンさんに伝えに来ただけです」

「そうですか‥‥‥」

「それに博士が『あそこのホテルのディナーは最高ですよ』とも言ってました」

「え、ああそうなんですか‥‥‥」

 

何だ。如何してホテルに泊まる事を此処まで押して来てるんだ。あの老人、ホテル側と繋がってるのか? 何かそんなことさえ感じて来た。だがディナーが最高とは腹ペコの俺にはそそるものがある。どうせ今回の費用は経費で落ちるのだから、ちょっと位の贅沢なら大丈夫だろう。

そう思った瞬間、何だろう。シェルクさんの刺す様なあの冷たい視線を感じた様な気がした。

とは言え、ミシャンドラ学園を見学できるなら願っても無い事だ。此処は素直にクリミヨシ博士の厚意に甘える事にしよう。

あくまで取材の延長です。そんな人を射殺す様な目で見ないでくださいシャルクさん!

 

「それじゃあ、博士の厚意に甘えるとしましょう」

「そう言ってくれると博士も喜ばれます」

 

俺はホテルの泊まるのはあくまで仕事の一環だと自分にと言うか、シャルクさんの幻影に言い聞かせてタクシーに乗り込み、ティアに言われたクリミヨシ博士の指定したホテルに行くように伝える。そして車窓から見えたティアが此方に手を振っていたので、俺も手を振替しながら第1102研究所を後する。

H計画とミシャンドラ学園 FILE3

「ここが、H計画の心臓とも言えるラボです」

 

クリミヨシ博士が俺を案内した場所は、水平型エスカレーターで移動している時に見かけた番号が振られたドアのひとつだった。博士のオフィスから一番近い扉で、白い扉には「10」と黒字で番号が振られている。扉の大きさは高さは3m、横幅5m位程の大きさがあり、人が出入りするだけならこれほど大きくする必要は無いだろ。何か大きな実験の機械などを出し入れしているのだろうと俺は推測する。

さて、中で一体どんな実験がなされているのか興味をそそられる。エスカレーターで移動中に見かけた時は、此処の中を取材させてくれるのだろうかと思っていたが、拍子抜けするほどすんなり見せてくれた。

 

「つかぬことをお聞きしますが‥‥‥」

「如何しゅましゅた?」

「この研究所に今までに取材とか入った事とかありますか?」

「ありませんよ」

「無いんですか?」

「そうなんですよ寂しゅいことです。ですから記者さんが来たのが嬉しゅくて、何でも質問しゅてください」

「ええ、よろしくお願いします」

 

「何でも質問してくれ」と言う老博士の目が少年の様にキラキラしている。如何やら博士は取材と言うものを求めていた様だ。新聞や雑誌で取り上げられて、一躍有名人てのはよくある話だ。そういった連中の狙いは自分を名声を上げる事であり、こっちが取材したい事には無関心で、只々自分の実績や世界への貢献をアピールして来る連中だ。

ではクリミヨシ博士は如何だろうか。あの少年の様なキラキラした目は自分の実績をアピールする絶好の機会だと思っているのか、はたまたH計画を世の中の人に知ってもらうためか、どっちだろうか。まぁ、其れはこれからわかる事か。

にしてもこの国の記者連中は何をしているのだろうか? こういった国のプロジェクトに関しては取材とかしそうなものなんだが‥‥‥。Z計画の様な極秘ならともかく、H計画は別に極秘でも何でもないのにもかかわらず取材等はしていない様だ。勿体ない。まぁ、そのお陰で俺が取材第1号になれたのだ。何にでも1番は良いもんだ。 

早速、俺と博士は10番ラボに入るため扉の前に立つ。一見すると頑丈で重々しく見えるラボの扉だが、扉の前に立った瞬間、一般的な自動ドアの如く軽く開いたのでビビってしまった。

見た目こんなに重々しいのに、そんなにスムーズに開くのかよ!?

扉が開き、表現は失礼だが杖を突いたヨボヨボの老博士がゆっくりと歩き出し等ので、俺もその後に付いて中に入る。

 

「おぉ‥‥‥」

 

10番ラボ内に入った俺は思わず声を出してしまった。室内は入り口から奥まで約100mはあろうかという細長い部屋で、入って左側の壁と床は外と同じ様に只々清潔感を醸し出すだけの白一色に塗られていて、特段変わった処は無い。ただ白いだけだ。しかし、右側の壁は一面が巨大なモニター画面になっている。その巨大モニターの前には制御盤の様な物が有り、白衣を着た研究員が椅子に座ってモニター画面を眺めつつ、時折り制御盤を操作している。因みに制御盤は一定間隔で置かれていて、数えると10基あった。

 

「ここは一体‥‥‥」

 

曲がりなりにも研究施設の研究室なのだから、何かしらの研究をしているはずの場所なのだが、俺が想像していたラボとは全く違う光景がそこにあった。研究員は只々モニター画面に映る映像と睨めっこしていだけで、一番奥の方にいる研究員なんぞはさっきから頭をコクリコクリと動かしている。如何見ても居眠りをしているとしか思えない。そしてそれ以上に気になるのが、彼らが一体何を見ているかだ。

 

「博士、彼らは何を見ていらっしゃるんですか?」

 

俺の質問に答えることなく歩き出したクリミヨシ博士は、近くの制御盤の若い男性研究員と何やら話をする。小声で話しているので何を言っているのか分からず、俺は彼らの会話を聞こうと近付く。

 

「え! 良いんですか?」

 

若い男性研究員が急に声を荒げたので、俺は思わず立ち止まる。すると若い男性研究員は俺の方に顔を向けて来る。その顔は「本当に見せるんですか?」とでも言いたげな表情をしている。

そうなんですよ見せるんですよ。と、心の中でその若い男性研究員に答える。だってそうだろ。クリミヨシ博士が見せろって言ったんだから。

 

「ネイミアン君、さっさと記者さんに我々の成果を見せて」

「は、はい‥‥‥」

 

俺を見る若い男性研究員にクリミヨシ博士が何かを見せる様に催促したが、ネイミアンと呼ばれた若い男性研究員は本当に見せて良いものだろうかとまだ躊躇している。

若人よ、目上の人の言う事は聞いておいた方がいいぞ、そうでないと俺みたいになるからな。自分で言って悲しくなるぜ。

主任研究員のクリミヨシ博士に言われれば、若い駆け出しの研究員である‥‥‥かもしれないネイミアン君は拒否する事が出来ない。俺に見せていいものかと躊躇していたものの、結局は渋々だが博士の言われた通りに操作盤を動かし始め、ネイミアン研究員の前の一部モニター画面が切り替わる。

さてさて何を見せてくれるのか‥‥‥な!

そこに映し出されたのは正体不明の機械群だった。機械の大きさはモニター画面ではよくわからないが、その機械群が規則正しく並べられた映像を見せられる。画面にズラリと並んだ機械群は、目測で100基はあろうか。

 

「こ、これは一体‥‥‥」

 

思わず声が出てしまった俺はクリミヨシ博士を見る。すると博士は俺の反応を予想どうりとでも思ったのか、その皺だらけの顔にニンマリと笑みを浮かべている。

 

「一体どれだけあるんですか?」

「数ですか? このラボ1部屋で1000基、10部屋あるので全部で1万基ありますな」

「い、1万!」

 

俺は驚いた。1万基ものあんな機械があると言う事だ。では一体あれは何なのだ? 人工授精に関係していると言うから‥‥‥何なんだ? 心の何処かで変な想像をしてしまっている。そんな馬鹿な事がある筈が無いのに‥‥‥。

 

「記者さんにアレをお見せしゅなさい」

 

博士の言葉に俺はモニター画面を注視する。すると、ずらりと並んでいた機械群のひとつがアップになる。その機械は卵型をしており、真ん中辺りに丸い小窓が付いている。俺はその小窓から機械の内部が見えるのではないかと思い、あの小窓をアップにしてほしいと思った次の瞬間、その望み通りに丸い小窓の部分がアップになった。

 

「こ、これは!」

 

俺は丸いガラスの小窓から見えたある存在に息を飲んだ。それは人間の胎児の姿だったのだ。正に母親のお腹の中にいる胎子そのままがこの機械の中に居るのだ。

 

「驚かれたようですな、これは人工子宮です」

「じ、人工子宮!?」

「そうです、これによって受精しゅた卵子を母親の子宮に戻さなくとも子供を作る事が出来るのです。しゅかも、24時間我々が完璧に管理しゅていますので、胎児は何の問題なくすくすくと育ってます。そしゅて‥‥‥」

 

これは現実か? 俺の目の前にはSFの映画やアニメに出て来そうな人工的に人間を作る機械があるのだ。クリミヨシ博士が何か他に言っているが、今の俺には驚きで耳に入って来ない。これは神の領域か? でもそんなまさか‥‥‥。目の前の現実が受け入れられなくて‥‥‥イヤ、俺は何となく分かっていたのかもしれない。頭の隅に「人工子宮」のワードがあったが、現実的ではないと無視していたのだ。だが、今やそれが現実のものとして目の前にあるのだ。信じるほかない。

そうなると新たな疑問が浮かんでくる。こんな機械を一体どうやって制作したんだ? である。当然エレメストではこんな機械があるなど聞いた事は無い。こんな荒唐無稽な機械は、未だに映画やアニメなどのフィクションの世界の産物でしかない。

 

「記者さん‥‥‥記者さん?」

「え、あ、ハ、ハイ!?」

 

俺は人工子宮についての疑問と考察でボーっとしていた様だ。

 

「聞きたい話もある事でしょうから一旦、私のオフィスに戻ってゆっくり話しましょうか」

「あ、ええ‥‥‥」

 

俺が現実に戻った事を確認した博士は、再び杖を突きながらゆっくりとした歩みで部屋の出口に向かって行く。俺はその後に付いて行こうとして立ち止まり、今一度モニター画面に映る胎子の姿を目に焼き付ける。そして博士に続いて10番ラボを後にする。

10番ラボを出て、クリミヨシ博士のオフィスに戻った俺は、先ほど座ったソファーに今一度腰を下ろす。博士も先ほどと同じように俺の前の席に腰を下ろす。

何だろう。えらいモノを見せられてどっと疲れが出て来た。

如何する? 何を聞こうか? イヤ、聞く事は決まっている。しかし先程のラボでの現実が俺の中で整理がつかない。

 

「では、エッグについての話をしゅましょうか」

「エッグ? ああ、あの人工子宮の事ですか?」

 

確かにあの機械は卵型をしていた。だからエッグと呼ばれているのだろう。そのまんまだが言い得て妙だ。

 

「俺はとても信じられません。あのような機械が存在していたとは、現に見せられているのですが‥‥‥それに何故私に見せたのです?」

 

エッグの事もそうだが、あんなものを一介の雑誌記者に見せるなんて何かの意図を感じる。ネイミアン研究員も見せる事に対して躊躇していたし‥‥‥。

 

「貴方の取材を受ける前にあなた方の雑誌を観ましたよ」

「あ、そうだったのですか。それで御感想は?」

「いや~、今時心霊だの陰謀論だのまだそういうのに引きつけられる人が居るモノなんだと感心しました」

「ああ‥‥‥(これは皮肉かな?)」

「其れで、もし記事にされても荒唐無稽なトンデモサイエンスとでも思われるのではないかと思ったのです」

「ああ、成る程ね」

 

如何やらこの国の記者が取材をしなかったのは、出来なかったと言った方がいいのかもしれない。博士の反応を見る限り彼自身は取材を受けたがっていたのだろうが、おそらく皇国政府が規制しただろうし、それにこの国の記者たちも、ただの体外受精なら取り立て取材する事も無いと思ったのだろう。まさか人工子宮で人間が作られているなど夢にも思うまい。俺たちはクエスの先輩記者の資料を見てH計画という謎の計画があると知った。それが無ければ俺たちも気にも留めていなかったかもしれない。だが俺たちは知ってしまった。人工子宮エッグの存在を。だがしかし、悲しいかなそれを俺たちが雑誌で取り上げても、雑誌の特性上トンデモサイエンスにしかならないのだ。それを見越しての取材OKだったのだと、成程そう言う事かい。気に食わないが納得はした。

おいクエスよ、お前の雑誌社は舐められてるぞ。

とは言え、本当にそう上手く行くのかは疑問にある。オカルト雑誌であるが、それを信じる人は何処にでもいるもんだ。荒唐無稽なモノとしてすんなり片づけられるとは思わない。まぁ、そのお陰で俺は取材が出来たのだ。これを最大限に生かしてあの機械の事を訊き出そう。うん、そうしよう。そう思ったらやる気が湧いて来た。

 

「ではさっそく質問いいですか?」

「ええ、いいですよ」

「あの人工子宮‥‥‥あ~エッグですか、あれを設計されたのはクリミヨシ博士、貴方なのですか?」

「いいえ、私ではありません。あのエッグですが今から半世紀以上も前に作られたものなのです」

「半世紀!? しかし、あんな機械があるなんって俺は今日まで知りませんでしたが」

 

驚くべき新事実だ。あのエッグとか言う機械は、半世紀も前に既に存在していたのだとゆうのだ。半世紀前と言うとクリミヨシ博士は30代後半か? あ、イヤ、博士が作った訳では無いと言ったな。では誰が?

 

「一体誰が、誰が作ったのですか? 半世紀も前に何の目的で?」

「ま、気になりますかな」

「あ、当たり前です。一体誰が‥‥‥」

「まぁ落ち着いてください。アレは、あのエッグは、人知れずひとりの天才によって作られ、そして破棄されたのです」

「天才? そ、それは一体誰なんです?」

 

俺の質問に、クリミヨシ博士はその皺だらけの顔で笑顔を作ってさらに皺を増やす。

 

「ノゲム・ジ・オームズ」

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H計画とミシャンドラ学園 FILE2

「何ィィィ!? H計画が少子化対策だと!?」

 

あまり広くもない雑誌社のオフィスにクエスの怒鳴り声が響く。突然の事で耳を塞ぐ余裕もなく、直に彼奴の怒鳴り声を聞いた俺の耳がキーンとしている。

 

「うるせぇなぁ。鼓膜が破れるだろ」

 

何故クエスの奴がこんなに驚いたのかというと、昨晩のブルジューノ捜査官との会話をクエスに掻い摘んで報告したのだが、その中で話がH計画になり、同計画が単なる少子化対策であった事を話した処で、彼奴は声を荒げたのだ。まぁ、気持ちは分かるぞ。俺も聞いた時には驚いたよ。まさかH計画が単なる少子化対策だったとはな。

 

「そう言う事らしい。研究所の人間はAIH計画って言っているらしい」

「AIH計画?」

「人工授精の事だよ」

 

ブルジューノ捜査官曰く、AIH計画(H計画)は少子化対策として人工的な授精(人工授精、体外受精、顕微授精)の研究チームで、それらを要いて子供の一定数の確保に努めて少子高齢化を未然に防ぐための計画。なのだそうだ。主な活動内容は、前年度の出生率が基準出生率より低下した場合に限り、それを補填するよに乳幼児を生み出し、世代世代の人口のバランスを調整しているのだそうだ。そのため自然出産で基準出生率が満たされていれば行われないらしい。ただ最近の皇国は、自然出生率が微少ではあるが減少傾向にあるため、この計画で乳幼児が生み出されている訳だ。

聞くからに怪しい計画ではある。要は国が人工的に子供を作ると言う事である。人によっては、工場で製品が作り出される様に子供が作られていると解釈されても不思議ではない。大げさかもしれないが、捜査官から聞いた話だけを総合するとそう捉えられても可笑しくない。おそらくエレメストならば抗議デモが起こるだろう。こういうのに敏感な人間は結構多いからな。ただ、捜査官は安定した人口を確保するために必要な計画だとも言っていた。まぁ、そうとも言えるが‥‥‥もっと他の方法もあると思う。

 

「じゃあ、H計画って具体的にどういう事やんの?」

「えっ? それは‥‥‥」

「何だよ聞いてないのか?」

「イヤ、流石にそれに関しては捜査官も「人工授精」とかしか言ってなかったな。ブルジューノ捜査官がH計画を知ったのも、彼女の友人が計画の研究員で、彼女との会話で偶々AIH計画の話になって知ったそうだ。序に言とH計画というのは主任研究員とその取り巻き位しか使ってないみたいでな、その友人の研究員も主任研究員が何故H計画と呼称しているのか分からないらしい」

「そうか‥‥‥ブルジューノ捜査官の友人に感謝だな。もし話してなかったら俺たちはH計画の真実に辿り着けなかっただろうからな」

 

確かにその通りだ。H計画は極秘扱いではないから、その研究員は気軽に仕事内容を友人であるブルジューノ捜査官に話したのだろう。体外受精や人工授精ならエレメストでも行われている。だが、ゲーディア皇国ではそれ以上の国家プロジェクトとして行われている様だ。

ふとクエスの方を見ると、彼奴は柄にもなくは真剣な顔で考え込んでいる。こう言っては何だが、何時見ても真剣な顔が似合わん奴だ。

 

「処で、主任研究員は誰だ?」

「ああ名前言ってなかったな。え~と~、あ~と~」

「何だよ、まさか忘れたとか言わないだろうな」

「わ、忘れてないぞ。あ~え~、あゝそうだ! ネル? ス? ディン? クリーミーだったかな?」

「何て?」

「ネス・ディーン・クリミヨシ博士です」

 

俺たちの会話を聞いていたシェルクさんが、H計画の主任研究員の正確な名前を言ってくれた。うん、助かる。

 

「そのクリミヨシ博士ってどんな人物だ?」

「此方を見てください」

 

シェルクに言われ、俺たちは彼女のディスク端末のディスプレイを覗き込む。其処にはクリミヨシ博士の簡単なプロフィールが乗っている。

言われなくてもこういうのを用意できるシェルクさんて、出来る人ですね。一生付いてきます。と思いつつ博士のプロフィールに目を向けると、最初の気になったのが彼の名前である。

 

「ネス・ディーン・栗三好‥‥‥? これでクリミヨシって言うのか? 変な字だな」

「博士の故郷の旧文字の様です」

「故郷?」

 

気になった俺は、ディスプレイに表示されている博士のプロフィール欄の出生地に視線を向ける。

 

「宇宙暦104年エレメスト統一連合『トマヤ』シティで生を受ける」

「何処だトマヤシティって?」

「あ~と~、経度基準で考えると東の端にある島だったな。昔は極東の島国なんて呼ばれてた。あとそこにはメガシティがひとつと、他にはシティが12程あった筈だ。その12シティうちのひとつだろうな」

「何だよふわっとした答えだな」

「悪かったな、俺は行った事ないんだよ。もっと知りたかったら自分で調べろ、ついでに言うと、あそこは独特な文化があって観光地としても有名だ」

「へぇ~そうなのか‥‥‥」

「だが今はそんなことしてる場合じゃねぇぞ」

「わーってるよ」

 

栗三好博士の故郷の事は置いといて、俺たちは彼の経歴を見る。

俺たちが分かるのはその人の大まかな経歴だけなので詳しくは分からないが、学歴だけを見ると少しユニークな経歴だ。高校までトマヤシティの平均的な学校に通っていたのだが、大学から急にエレメストで5本の指に入る一流医学大学に進学している。その大学を上位の成績で卒業し、同大学院で生殖医学に関する研究を行っている。

 

「高校までそんなに優秀じゃなかったのに、何で行き成り名門大学に入れたんだ? しかも一発合格だろ?」

「優秀じゃないってのは失礼なんじゃねぇの。現に有名大学を一発合格だからな」

「優秀だったらさ、進学校とかに入学しねぇ?」

「まぁ、言われてみればそうかも知れねぇけどよ‥‥‥事情があるんだろ」

「どんな事情だ?」

「俺が知る訳ねぇだろ!」

 

変な質問ばっかりするから思わずイラついてしまったが、クエスの言葉にも一理ある。一流大学を一発合格できるほどの頭脳がありながら、それまでごく一般の学校に通っていたのは何故か。会う事が出来たら聞いてみようか? イヤ、つまらない質問だからやめとくか? まぁその時になってから考えるか‥‥‥。

 

「現在89歳か、結構いってるな」

「人生100歳時代だからな、まだまだ現役ってやつだ」

 

確かに現在の医療技術などの進歩で100歳以上の老人は結構いる。だがしかし、現在の世界の平均寿命は男性が約90歳、女性が約96歳で、平均寿命の観点からは100歳には達していない。人生100年時代って謳い文句だけで89歳は現役と捉えるのもどうかと思うが、細かい事は良いか。

 

「エレメストに移住してきたのは宇宙暦154年で大体40年位前ですね。第4惑星が統一連合から独立して皇国になった直後と言う事になります」

「まさか皇国になってからの移住とはな。物好きな事だ。何でエレメストから皇国に来たんだ? エレメストでも十分な研究は出来ただろうに」

「まぁそう言った諸々の事は取材で聞けるって」

「許可が下りればの話だろ」

「まぁ、それはそうなんですが‥‥‥」

 

そうなのだ。あとはブルジューノ捜査官が友人の研究員を通じて取材許可を取り付けてくれれば御の字なのだが‥‥‥下りるかな許可。下りてくれなければ色々と終わってしまうんだ。俺はまだZ計画を諦めたわけではない。もし、取材許可が下りればH計画の取材に託けて、科学研究所の区画を見て回れるかもしれない。そこでもし些細な事でもいいグリビン医師とZ計画に繋がる何かが分かればいいのだ。万に一つも無いかも知れないが、それでも確率が少しでもあれば行動するもんだろ。俺はブルジューノ捜査官の連絡が待ち遠しかった‥‥‥。

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H計画とミシャンドラ学園 FILE1

「言っておくが、あくまでお前に協力するのは私にとってもメリットがあると判断したからで、この事は秘密だ。イイな!」

 

強い口調で言ってはいるが、周りにいる店員や客に聞かれない様にと、ブルジューノ捜査官は小声で釘を刺して来た。

俺は「ハイハイ分かってますよ」と相槌を打っておいた。

Z計画の秘密を探るため情報交換するという俺の提案を彼女は了承してくれた。彼女にしては可なり思い切った決断だと思う。自らの組織を裏切る行為でもあるからな。

提案しておいてなんだが、正直俺は断られると思っていた。ここに来たのも「虎穴に入らずんば虎子を得ず」という諺がある様に、相手の懐に飛び込めばZ計画について何らかの情報を得られると思ったからだ。言うなれば単なる思い付きの出たとこ勝負ってやつだな。結果的にブルジューノ捜査官は協力を了承したので、言ってみるもんだと思ったよ。

ちゃんと条件を突き付けられたがな。その条件がZ計画について見聞きした事の一切を記事にしないと言う条件だ。あくまでもこの件は俺と捜査官だけの秘密で、他の者に漏らさないというのが条件だ。記事に出来ないのは別に構わない。Z計画が如何いったものかはまだ分からないが、政府の極秘計画だ。こんな記事を世間に公表すれば一発で保安親衛隊案件になってしまう。昔だったら喜んで記事にしていたかもしれないが、今はそんな危ない橋は渡れない。そんな度胸は今の俺には無い‥‥‥。

それに、ブルジューノ捜査官はヴァレナント大尉からZ計画について何ひとつ聞かされていなかった様だ。「Z計画」という名称すら知らなかったんだからな。そんな事もあってか彼女は上官である大尉に不満があり、「彼奴」呼ばわりと敬意のけの字も無い呼び方をしている。

まぁ、大尉としては、監視者が監視対象者接触して万が一にもZ計画の情報が漏れてしまわぬ様にとの配慮だとは思うが、ブルジューノ捜査官はそれが気に入らなくて俺に協力する事になったのだ。本末転倒とも言える。ヴァレナント大尉も人選にはもっと気を使た方がいいと余計な心配をしてしまう。もしかしてあの大尉は人を見る目が無いとみた。多分そうだ。

まぁ、何方にせよこれでZ計画についてはクエス達とは別行動になる。彼奴には悪いが仕方がない。それがブルジューノ捜査官との条件だからな。

俺が了承し、話がまとまったので、ブルジューノ捜査官は席を立つ。捜査官が席を立ったので、俺も席を立って店を出ようとした時、彼女が立ち止まって此方に振り返る。

 

「序にお前のケーキ代も出そうか?」

「結構だよ捜査官。女性に奢ってもらう趣味は無いんでね」

「ふ、そうか‥‥‥」

 

自分の支払いは自分で払うと格好つけた俺だったが、レストランを出てからずズーッと携帯端末のディスプレイを睨み付ける。そこに映っているケーキの値段に不満があったからだ。

 

「いつまで見ているんだ? そんなに睨みつけても値段は変わらんぞ」

「う、うるさい! 何だこれは! たかがケーキ一個に20ルヴァーってあり得ねぇだろがよ! 詐欺じゃねぇか!」

「そうか? 妥当な値段だと思うが」

「俺の行き付けのレストランなら、似たようなのが5ルヴァーで食べられるよ! あそこは高級レストランか何かか? 其れほど高級感を感じられませんでしたけど!」

「高級レストランは仕切りが高すぎて流石に私達一般公務員が入れる場所じゃない。あそこの店はカジュアルで入りやすい店だ」

 

カジュアル? 入りやすい? ケーキ一個に20ルヴァーもするあの店が! 初めての店だからブルジューノ捜査官に勧められたケーキを何も考えずに注文したんだが、とんだ出費だ! せめて値段くらい見ておくべきだったよ!

 

「だから払ってやろうかと聞いたんだがな」

「ヘイヘイそうでしたかお気遣いどうも、流石政府のお役人さんは高給取りでいらっしゃる」

「・・・」

 

俺が皮肉を言っていると、ブルジューノ捜査官に黙視しされたので、俺は口を噤んだ。ちょっと調子に乗ったかもしれない。

まぁ、よくよく考えてみれば、ミシャンドラは貴族や政治家たちが生活している場所なんだ。例え高級でなくとも俺たち庶民が行く店とは根本的な価格設定が違うのだろう。

 

「チョット其処で話そう」

 

捜査官が示した先に小さな公園があり、そこに背中合わせに置かれたベンチがあった。俺は失言の事もあって黙って従いベンチに座る。そして彼女は俺と背中合わせになる様にもう一方のベンチに座る。

こんな事言うと偏見と思われるかもしれないが、ミシャンドラの地下1階区は行政機関が集中する場所で、国会議事堂を中心に行政機関の建物が立ち並んでいる。そしてその外周を議員の邸宅や公務員たちの官舎がある。この公園も彼らの憩いの場として作られたのかもしれないが、公務員が公園に行くのだろうかと疑問に思ってしまう。ただ、公園の隅に遊具があるのを見て、彼らの家族も一緒に住んでいる事に気が付いた。子供たちの憩いの場となっているのだろう。

まぁ、そんなところに俺は夜遅くに尋ねたのだが‥‥‥本当はもっと早く行きたかったのだ。昼間とか。だがその時間、彼女は勤務時間だろうし、休日に行くと言っても彼女の休みの日とかも分からない。ある意味出たとこ勝負出来たしな。それに、俺は彼女の職場には絶対行きたくない。という訳で、こんな時間になってしまったのだ。だが、手応えはあった。こうして話す機会に恵まれたのだからな。

 

「で、お前たちは何を知っているんだ」

 

如何やら捜査官は、こんな公園で情報交換をする気らしい。確かに今の時間はここら近辺に通行人の姿は無く、静かなもんだ。それにミシャンドラは、他の都市群と違い周辺に防犯カメラも警察犬もない。外でこうして会話をしても聞かれる事も無い。それに上を見上げれば満天の星空が見える。何でだ? ここ宇宙都市の中だよな? しかも地下一階の。天井に何か細工があるのか? 子供の頃にエレメストの夜空に星が瞬いていたのに感動した記憶があるが、其れよりも綺麗だぞ。まるでプラネタリウムだ。宇宙都市の天井なんか興味無かったから今まで気付かなかった。こんなの結構目立つはずなのに気付かなかった。興味が無いって言うのは人の視野まで物理的に狭めるらしい。

 

「おい! 何黙ってんだ?」

 

おおっといけない、天井なんかに気を取られている場合では無かった。

 

「あゝ済まない‥‥‥」

 

俺はブルジューノ捜査官にZ計画の概要について話す。

 

「知ってる事はそんなに多くない。ヴァレナント大尉が計画の責任者で、主任研究員がグリビン医師って事ぐらいだ。それと科学者が関わっているからZ計画は何かの科学研究や実験と言った処だろう」

「で、Z計画が例の旧刑務所で行われていて、お前たちはそれを確かめようと侵入して捕まったと。そうだな?」

 

俺は1ヶ月前の旧刑務所での事を思い出す。まさかインヴィンシブル級に追い回されるとは思いも寄らなかった。イヤ、追い回されてはいないのか‥‥‥。

 

「あゝそうだ。博士は元々エレメスト出身で、生命科学の権威だった人物だ」

生命科学? 私は学生時代から科学は苦手だったんだ」

「俺もだよ。でも別に科学に詳しくないとZ計画が調べられない訳じゃない」

「それもそうだが‥‥‥そもそもお前たちは、何故そんな計画があると知ったんだ?」

 

この質問に対して俺は答えるべきか迷った。なんせクエスの大先輩が調べようとしていたネタだからな。結局、寄る年波には勝てずに余り調べられてなかったのだが、その中でも、Z計画には「グリビン医師」の名前があったたため俺たちは調べる気になったんだ。情報交換とは言え、言っていいネタと悪いネタがある。最終的に伝えるとしても伝えるタイミングがある。情報を効果的に使うコツだ。ただ、今その事について熟考してると、捜査官に不信感を抱かれるかもしれない。それはそれで不味いので、俺は直感的に彼女を信用して話す事に決めた。

言っておくが別に美人で巨乳だからじゃないぞ。俺は記者(カメラマン)として見た目で人を判断した覚えはない‥‥‥筈だ‥‥‥。

 

「元々はうちの社長の大先輩のネタだったんだよ。そこにグリビン医師と名前が記されていてな、それを基に調べたんだ」

「ほぉ~」

「な、何だよその『ほぉ~』ってのは」

「別に深い意味はない。続けてくれ」

 

俺はチョット不安になりながらも彼女を信じると決めたため話を続ける。

 

「その調査資料にはグリビン医師が関係していると書かれていた」

「なぁ、お前の話しだと彼は博士じゃないのか? 何故医師と呼んでいる? 深い意味は無いんだが‥‥‥気になってな」

「あゝ其れか、グリビン医師はエレメストで『ある事件』を起こしてな、その後に皇国に亡命したんだが、皇国では医者をしていたらしい。そして行方不明になった」

「行方不明?」

「建前はそうなっている」

「成程、実際はZ計画の主任研究員になったと」

「そう言う事だ。それで、大先輩の残した資料によると、グリビン医師はある場所で頻繁に目撃されていたらしい」

「何処だ?」

「レメゲウム採掘所だ」

「採掘所? レメゲウムの?」

「そうだ。そこで彼は受刑者をヴァレナント大尉に連行させていたらしい」

「何故だ? 何故受刑者を?」

「それは『ある事件』が関係していると思う」

「ある事件?」

「グリビン医師は、20年前に妻と一人娘を無くしてる。殺人でだ」

 

俺はエレメストで起こった20年前の事件をブルジューノ捜査官に話す。

 

「20年前、宇宙暦173年の5月9日の事だ。その日、グリビン医師ことテッド・グリビン博士がある学会での発表を終えて帰宅すると、家の中を荒らされ、そして無残に惨殺された妻と首を吊った娘の姿を目撃したんだ。奥さんの方はめった刺しにされ、娘さんの方は自ら首を吊ったらしい」

「自ら? 自殺と言う事か?」

「ああ、如何やら犯人に強姦された様だ。それを苦に自殺したと警察は考えてる」

「ゲスが‥‥‥」

 

ブルジューノ捜査官が小声で犯人たちを罵るのが聞こえた。可成りの小声だったが、周囲が静だったためハッキリと聞こえた。女性として当然の反応ではある。男の俺でも犯人たちはゲス野郎だと思う。

 

「すぐさま警察が動いた。そして防犯カメラの映像で犯人は覆面をした3人組だと分かり捜査が始まった。事件自体はそれほど難解なものでは無くてな、事件発生から1週間後に3人のうちの2人を逮捕。犯人は残すところあとひとりとなったのだ。だがここで思わむ自体になって事件は解決した」

「何があったんだ?」

「最後のひとりが自殺したんだ。自分が犯人だと告白した内容の遺書を残してな。ただし、警察が容疑者としてマークしていた人物と違う人物だがな」

「その警察がマークした容疑者、権力者か何かか?」

 

この話の流れで警察がマークしていた容疑者を『権力者』と言い当ててのは流石と言える。これが警察官の勘という奴か。

 

「お、流石捜査官、良い感してるねぇ。その通りだ。統一連合の大物議員の息子だ」

「成程。で、自殺した容疑者がそのバカ息子の身代わりで自殺した‥‥‥厳密には殺された訳か」

 

行き成り『バカ息子』と来たか捜査官。概ねあってるけど‥‥‥。

 

「あゝ俺もそう思ってる。当時もそう思った人は居るだろうな。だがよ、警察は自殺した彼を3人目の犯人と断定し、被疑者死亡でこの事件は解決した。以後この事件の捜査はしていないから本当の処は分からんがな」

「面倒になるのを恐れたか‥‥‥。その自殺した身代わりの親族からは何か訴えはなかったのか?」

「あゝ其れについては何もなかったようだな。そいつ可成り素行が悪かったみたいで親からは勘当状態だったらしい。親からしたら関わりたくなかったのだろう」

「真犯人にしてみたら都合のいい身代わりって訳か‥‥‥」

「だな。だがそいつも事件から1年後に死んだ」

「えっ!? 其れってまさか‥‥‥」

「あゝそうだよ。グリビン医師が殺したんだ」

 

大物議員のバカ息子が死んだと聞いて、ブルジューノ捜査官は驚いてこちらに顔を向けて来た。流石にそれは予想できなかった様だ。まぁ無理もないか、大物議員ともなると政敵や恨みも相当買っているだろう。家族に危害が及ぶ場合もある。家族にボディガードのひとりやふたり付いていても可笑しくない。実際にバカ息子にはボディガードが付いていた。皇国でも貴族や議員本人は勿論、家族にもボディガードが付いている。そんな状況で殺されたとなると驚くのも無理はないか。だが、あのバカ息子に限ってはそれが容易に出来たんだな。

 

「流石バカ息子だよ。いくつもの違法行為に手を染めていてな、ボディガードなんかに付き纏われるとそれらが親父にバレると思ったんだろう。警護の目を盗んで遊び惚けていたらしい。多分、其処をグリビン医師に狙われた。ってとこだな」

「やはり馬鹿は馬鹿か、自業自得だな。序でに聞くが、何に手を染めていたんだ?」

「うん、ああ‥‥‥婦女暴行に恐喝、あと違法薬物だ。密売にも手を染めて手広くやっていたらしい」

「違法? 薬物‥‥‥? あゝそうか、エレメストでは違法だったな」

 

そうだった、皇国では違法薬物が合法だったんだ。こういう時にギャップがあるな。それについて気になるのが、ブルジューノ捜査官は危険薬物の合法化を如何思ってるんだろう。今は合法だが、その前まではエレメストと同じ違法だったんだからな。サロス帝の親政で人権剥奪法と同じ時期に危険薬物も合法化したのだ。今は話の腰を折るからしないが、後で聞いてみるか。それより今はグリビン医師の事だ。

 

「話を戻すと。グリビン医師は事件以来、ひとりで自宅兼研究所に引き籠って何やら怪しい研究をしていたらしい。その研究所で議員の息子の死体が発見された。博士が犯人に間違いないだろう。直ぐに警察は指名手配したけど、既に博士は行方不明になっていた」

「そして我が皇国に亡命していたと」

「あゝその通りだ。今は皇国でZ計画なる謎の計画の主任研究員様だよ。ただチョット可笑しな事があってな」

「如何した?」

「死んだ議員のバカ息子なんだが‥‥‥如何やら博士は生き返らせようとした節があるんだ」

「蘇生させようとした? 如何いう事だ?」

「殺意はなかった。死んだのは事故だったって事だ。ただ遺体の身体中に電極が付けられて、何かの実験をしていたみたいで、それが原因で死んでしまって慌てて蘇生させようとしたが失敗して慌てて逃げだした。と、当時の警察は見ている」

「まぁ、警察の見解でほぼ間違いないんじゃないか。殺意がなかろうと殺しは殺しだ。現に博士は逃亡しているそれが動かぬ証拠だよ」

「まぁ、そうだな‥‥‥」

 

俺の中でこの件について違和感があるのだが、現役の警察官(厳密には親衛隊員)であるブルジューノ捜査官もこっちの警察と同じ意見か。だが行動が可笑しんだよな。クリ便医師に殺意が無かった? 自分の妻を殺害し、娘を辱めて自殺に追い込んだ凶悪犯だぞ。殺意が無い方が可笑しい‥‥‥と俺は思うんだが‥‥‥。殺して置いて何故蘇生させようとしたんだ? なら何故死ぬかもしれない実験を‥‥‥イヤ、死ぬほどの実験じゃなかったのに死んでしまった? 憎いはずの相手にそんな実験を。そもそも博士は何故あのバカ息子にそんな事を。うーん、謎だ。

 

「話が逸れたな。え~と~どこまで話したっけ?」

「バカ息子を殺して皇国に亡命した」

「あゝそうだそうだ。そしてグリビン医師はレメゲウム採掘所で受刑者を連行したんだがよ。連行させた受刑者には共通点があったんだ」

「強姦で捕まっているんだろ」

「流石にわかるか。その通りだ」

「娘の敵討ちって処か。辱めを受けて自殺したんだからな、強姦罪で服役している受刑者全員に恨みを向けても可笑しくはない。やり過ぎとは思うが‥‥‥」

「そうだな‥‥‥」

 

グリビン医師の行動は、娘を強姦で失った事に対して、同じ罪を犯した者たちに強い憎悪を抱いており、それを裁くような行動だ。そうなると、あのバカ息子に対する恨みは相当あった筈だ。なのに、殺した後に蘇生を試みるなんて可笑しい。これが俺のグリビン医師に対する違和感なんだ。まぁ、考えてもしょうがない事だ。真実はグリビン医師だけが知っている。だ。

グリビン医師とその妻子の事を思い、俺たちは無言になってしまう。ブルジューノ捜査官は警察官としてこの様な事件をどう思うのだろうか? 「やり過ぎ」と彼女は呟いたが、それは警察官としての言葉か、それとも彼女の言葉なのか。背中合わせに座って居るから表情が読めない。

お互い無言になって時だけが過ぎて行く。そろそろ話を続けたいと思うのだが、重い空気に如何切り出したらいいか分からなくなってしまう。すると、気を揉んでいた俺の代わりに彼女の方から話を切り出して来た。

 

「処で、お前はまだあの旧刑務所に博士が居ると思っているのか?」

「あゝあそこにか? そうだな、流石に居ないと思っているよ。また俺たちみたいのが近付くかもしれないからな。そう考えると別の場所に移されてるかもな。まぁ、単なる俺の推測だけどな」

「移動されたのは間違いないと思う」

 

捜査官が医師の移動は間違いないと自信をもって言ったので、俺は意外に思った。彼女はヴァレナント大尉から何も聞かされていないと言っていたからだ。そう言う意味では失礼だが彼女には余り期待はしてなかったんだ。だが、捜査官は自信を持ってグリビン医師が移動したと答えた。何故だ?

 

「何でそう言えるんだ? まだ居るとも考えられるぞ」

「コープス少尉が言ってたんだ」

「コープス少尉?」

「彼奴の部下だ。私がお前の件で彼奴に報告しに行った際に、入れ替わりで報告に来てな。その時に『例の移動の件は完了いたしました』と言っていたんだ。その時は受刑者の移動かなんかだと思ったんだが‥‥‥」

「違うと?」

「あゝ、知っているか如何かは知らないが、レベル1や6になった受刑者は刑務所コロニーの別の区画に移動させるんだ。だからその報告かと思って気にも留めていなかったんだ。だけどお前の話を聞いて博士の移動の件だったんだと気が付いた」

「そうなのか?」

「よくよく考えたら受刑者の移動を直接報告する必要は無いんだ。報告書を送れば済む事だ。なのに直接報告したとなると‥‥‥」

「報告書などの記録に残る報告を避けたって事か?」

「そうだ、そして彼奴が秘匿するとすればZ計画以外に考えられない」

「確かに。では博士は既に別の研究所に移動したか‥‥‥」

 

では、何処に移動させた? 刑務所所長が旧刑務所以外で自由に使える場所って一体何処だ?イヤ、そもそも旧刑務所自体が政府のものなのだから、刑務所所長1個人が自由に使える代物では無いのだ。そう考えるとネクロベルガーが旧刑務所で実験するように指示したとしか考えられない。Z計画はネクロベルガーの計画だ。総帥なら皇国内の何処にでもグリビン医師を移せるはずだ。旧刑務所を使っていたのは、あの施設をただ放置しておくのがもったいないとか、そう言った理由で使っていただけだろう。やっはりお手上げ状態か‥‥‥。

俺は医師の移動先を見つける事が絶望的だと悟って大きく溜息を付いた。

 

「如何した? 溜息なんかついて」

「グリビン医師が何処に移動させたのか全く見当がつかなくて‥‥‥」

「あゝん? そんなの皇立科学研究所に決まってるだろ」

「皇立科学研究所?」

「知らないのか? ミシャンドラの地下3階区画にある‥‥‥」

「それくらい知っているよ! だがよ、Z計画なんて極秘の研究がそんな一般の研究施設でやっていい‥‥‥のか?」

「当たり前だ。皇国で何か研究をするなら科学研究所を置いて他にない。あそこは重要度に比例してセキュリティも厳重になっている。よっぽど安全だ」

 

言われてみれば確かにそうだ。皇国の科学研究の全てがあそこで行われている。セキュリティ対策も万全と聞くし、極秘研究をしているならあそこが最も安全か‥‥‥。

だが、其れなら最初から科学研究所の施設を使えばよかったのだ。何故にワザワザ旧刑務所などに研究所を作ったんだ? 謎だ。

 

「まだ何かあるのか?」

「如何して旧刑務所で研究をしてたかだよ。最初っから科学研究所でいいはずだろ?」

「それは‥‥‥Z計画は特殊な研究なのだろ。そう言った機材が研究所の方に揃っていなかったとか?」

「旧刑務所の方が揃え難そうだけど」

「ああ、そうだな‥‥‥」

 

此処で俺もブルジューノ捜査官も、何故科学研究所でなく、旧刑務所でZ計画を進めていたのかが分からず考え込む。科学研究所に移せるのなら始めからそこでZ計画を進めればいい。しかし、実際はそうはならなかった。となると、旧刑務所でなくてはならない理由がある筈である。一体何なんだ? 旧刑務所でなくてはならない事って‥‥‥。

一体何なんだ? グリビン医師の行動には謎が多い。科学研究所ではなく、旧刑務所で研究したり、わざわざ採掘場で働く受刑者(強姦罪)を連行したり、バカ息子に対する行動も‥‥‥うん? 受刑者‥‥‥。

 

「そうだ受刑者だよ!」

「な、何!?」

「グリビン医師が受刑者を連れてった。その受刑者を何処に連れて行くんだ? その科学研究所には彼らを入れおく牢獄とかあるのか?」

 

俺の言葉に勘の良いブルジューノ捜査官の表情も変わる。

 

「成程、旧刑務所なら開いた牢獄に受刑者を入れる事が出来るか。研究所にはそんな場所が無い。あっても用意に時間が掛かる。だから一旦、旧刑務所で実験していたと言うんだな?」

「その通りだ」

 

疑問が解けた俺とは裏腹に、捜査官の顔は疑問に曇っている。

 

「では何でワザワザ受刑者を連れて行く? レベル6の受刑者を使えばいいだけだ」

「それは強姦罪の受刑者に恨みがあるからだろ」

「成程、レベル6にならなかった強姦者を連れてったと言う訳だな‥‥‥」

「・・・」

 

捜査官の発言で、俺の中の一つの疑問が解消された。それはレベル6の受刑者が如何なったのか、である。ワッカートの話では、受刑者がレベル6になると人知れず行方不明になる。レベル1もそうなんだが、彼らは出所した後の社場での生活のための準備期間に入るのだと聞いた。ではレベル6は? 彼らは一体どこに行くのか? その真相は分かってはいない。と言う事だった。噂では人体実験に使われていると聞いたが、ブルジューノ捜査官の今の発言を聞いた限りでは、その噂は強ち間違っていない事になる。

 

「受刑者を人体実験に使っているのか?」

 

俺の質問にブルジューノ捜査官は一瞬顔を曇らせた後、諦めた様に溜息を付いた。

 

「ちょっと口を滑らせたか。まぁいい、お前の言う通り人体実験にも使っているのは確かだ。他には麻薬を投与して強制的に働かせても居る」

「そうなのか‥‥‥」

 

やはり噂は本当だったようだ。レベル6の受刑者の末路は悲惨なものになるのだと。

 

「レベル6の受刑者は、更生不可と判断された者達だ。だから法に則った処分を下している。ただそれだけだ」

「人権剥奪法か‥‥‥」

「エレメストではそう呼ばれてるんだってな。此方では『皇帝令第1条』と呼ばれている。元が長い名称だからな。皇帝令については話さなくてもいいだろ」

 

皇帝令は皇帝が決めた法案という意味である。まんまであるが‥‥‥。

皇国では憲法に準ずるが、緊急を要する場合、特別な法案が必要と皇帝が判断した場合に限り特別な法令を皇帝は施行する事が出来ると言うものだ。この法案は、憲法よりも上位と考えられていて、これが皇帝は憲法よりも上、すなわち皇国は専制政治であると謳っている所以である。まぁ、今は違うけどな。

 

「確かにレベル6となった受刑者は人間としてではなく、物として扱われる。しかし、その他の受刑者には更生のチャンスを与えている。収容所で己が罪と向き合い、反省し償うために働く。そして模範囚と認められてレベルを下げた者しか出所する事が出来ない。それを拒む奴らにはそれ相応の対処をしているまでだ」

「それ相応が人体実験か?」

「それはその一部さ、知ってるだろ。この世界には有効な治療法の無い病気や感染症がある。その治療法を見つけるため奴らは使われる。世の中に不安と恐怖を撒き散らした犯罪者が世の中のためになるのだ。ゴミの再利用と考えれば納得がいくだろ」

「ゴミの再利用? 彼らはゴミなのか!」

 

俺は、ブルジューノの言葉にカッとなって思わず声を荒げて立ち上がり、彼女を睨み付ける。幾ら犯罪者とは言ってもひとりの人間なんだ。確かにどうしようもない人間なのかもしれない。だとしても、人である限りは彼らにも権利があって然るべきだ。

 

「だったら犯罪なんか犯さなければいい!」

 

怒りを露わにした俺に対して、ブルジューノも立ち上がって声を荒げる。

俺は暫しブルジューノと睨み合うが、不毛な言い争いになると気付いて怒りを抑えて再びベンチに座る。俺が座ったので彼女もベンチに座った。

ヤバい、チョット感情的になってしまった。確かにブルジューノの言い分も分かる。分かるが‥‥‥やめよう今はそんな事を考えている場合ではない。

 

「悪かったチョット感情的になってしまった」

「イヤ、此方も‥‥‥悪かった」

 

俺の謝罪に彼女も謝罪で応える。そのあとお互い無言となり、静かな公園で沈黙の時間が流れる。気まずい。気まず過ぎる。別れた彼女との最後に会った日を思い出す。これは不味いぞ‥‥‥。如何したらいいのか‥‥‥。

チラリと彼女を見てみるが、こちらに背を向けたまま黙っている。この状況を打破する事は難しいか‥‥‥。

あ~も~、結局Z計画はグリビン医師が科学研究所の奥に消えて手に負えない。捜査官とも険悪になってしまった。もうZ計画を追うのは無理か。こうなったらH計画を何とかして調査できればだが、此方はまったく情報が無いのだ。

 

「ハァ~、手詰まりか‥‥‥せめてH計画について何か情報があればなぁ‥‥‥」

「ううん? H計画?」

 

俺はため息とともに思わず口に出してしまった「H計画」という言葉に、ブルジューノが反応した。思わず口走ってしまったとは言え、結構小声だったはずだが、公園の静寂のお陰で聞こえてしまったらしい。そして、その反応から何か心当たりがある様な素振りを見せている。

 

「え‥‥‥な、何だよ、知ってるのかH計画?」

「あゝ知ってるけど‥‥‥」

「えっ!? ほ、本当か?」

 

可成り驚いた。H計画と言ったらクエスの大先輩が調査して何も分からなかった計画である。それをブルジューノは知っていると言う。それも、そんな極秘計画のひとつをあっさりと認めたのだ。

 

「だ、だけど何で知ってるんだ? クエスの先輩が全く分からないと諦めていた極秘計画だぞ!」

「極秘計画? H計画が? H計画はそんなモノじゃない」

「え、そ、え、じゃ、じゃあ、如何いう計画なんだ?」

「あれか、アレは少子化対策の一環だな」

少子化対策!?」

「あゝそうだ。我が皇国の出生率はここ10年間減少傾向にある。減少といっても僅かで、今はまだ問題になるほどでは無いんだが、問題になる前に対策を講じる方がいいだろ。それに、皇国が多夫多妻制を取ってるのも少子化対策の一環らしいぞ」

「マジか‥‥‥」

 

まさか極秘計画と思っていたH計画が単なる少子化対策の一環だったとは、驚きと失望が同時に俺の中で巻き起こる。

 

「どうだ、Z計画はもうどうしようもなくなったんだろ。あれだったら取材出来るよう掛け合ってやろうか?」

「え! 出来るのかそんな事?」

「まぁな、高等部時代の友人がH計画の研究員の1人なんだ」

「ほ、本当か! 有難い、恩に着るぜブルジューノ捜査官」

「ひとつ貸な」

「あゝ分かったよ」

 

ひょんな事からH計画の事が分かった俺は、現状調査不可能となったZ計画に変わってそちらを調査する事になった。

Z計画 FILE10

ヴァレナントからの命令で、私がブレイブ・オルパーソンなる人物を監視して早1か月が経った。

この1ヶ月間の彼の主な行動は、自宅と勤務先の雑誌社を往復するだけで、あとは自宅近くでの食事や買い物、雑誌社近くにあるシガークラブ「R&J」で同僚と酒を飲む位である。これといった怪しい動きはない。彼奴が言う様な連合のスパイなどではない事がこの1ヶ月で証明されたのだ。連合のスパイと言うのは彼奴の妄想だと私は思っていたが、監視経過の報告の際に、彼奴の口から私をオルパーソン氏の監視に付けた理由を聞かされた。

彼奴が今関わっているプロジェクト、そのプロジェクトにオルパーソン氏が近付いたために監視対象になったのだそうだ。それなら他の記者たちの監視も必要だと思うが、彼がエレメストからの亡命者だから特別に監視対象者になったらしい。

まぁ、言わんとしている事は分かる。要するにエレメストの人間であるため雑誌社を隠れ蓑にしてプロジェクトを調べようとした。と言いたいのだろう。だが、そんな事は国家保安情報局の連中が見逃すはずが無い。彼らが監視対象にしていない時点でオルパーソン氏は皇国に害をなす存在ではないのだ。

まぁ、何処で仕入れたかは知らないが、総帥閣下のプロジェクトを調べようとして軍に捕まったのは事実だ。彼らは配信しているオカルト雑誌の企画として、廃墟となった旧刑務所を取材したと言っていたが、あそこに彼奴が言う総帥のプロジェクトが行われていたのだろう。だから彼奴はビビって私に‥‥‥何とも迷惑な話だ。とは言えないか、3班で腐っているよりかは幾分マシな方だ。あとは彼奴の顔さえ見なければ良いなら最高なんだが‥‥‥。

それに、彼奴の言う総帥のプロジェクト自体を私は疑ってもいた。何故その様な重要なプロジェクトを一介の刑務所コロニーの所長風情が関われるのか? しかし、これについては信じるほかなかった。数日前に、警察局に総帥府代理監査部の監査官が彼奴に会いに来たのだ。勿論、目的はプロジェクトの進捗具合の確認と言った処だろう。

代理監査部とは、ネクロベルガー総帥麾下の機関である総帥府の一部門である。主な任務は総帥の代理として重要会議や国家プロジェクトの監査と総帥への報告である。他には貴族のパーティーなどにも赴いている。総帥が彼らに求めるのはただひとつ、正確な報告である。彼らは赴いた場所で起こった出来事を出来るだけ正確に、かつ私情を挟まず総帥に報告するのが使命である。

そして、警察局に来ていたのが「ワーレン・クロッサー」という人物だ。彼は可なりの大物で、総帥府代理監査部の次席監査官でもある。ただ、彼についてはあまりいい噂を聞かない。下品で嫌味ったらしい性格で、自らの権力を振りかざす人物だそうだ。

あと、監査官の職務の一環でよく貴族のパーティーに出席しているのだが、そこで出される料理に舌鼓を打つうちに体重が130㎏越えの肥満体になったそうだ。

まぁ、これらは彼の事を良く思っていない者が流した噂ではあるが、火の無い所に煙は立たないという様に、全てが単なる噂で片付けられるとも思ってはいない。実際にクロッサー監査官を遠目ではあるが拝見した事がある。確かに肥満体で体重が130㎏を超えているのは事実だった。

だが、例え肥満でも、職務に忠実ならば大した問題ではない。総帥が人に求めるのは職務に対する勤勉さであり、性格の良し悪しは気にしない方と聞く。それに、クロッサー監査官が総帥の前で自身の性格の悪さを露呈させるとも思わないしな。

只今だに私がこの仕事に不満があるのは、彼奴がプロジェクトの内容を殆ど教えないと言う事だ。私が知っている事と言えば、総帥閣下と前皇帝サロス陛下によって進められた計画と言う事と、それを彼奴が中心人物となって仕切っていると言う事、オルパーソン氏がその事を探ろうとしている。という位である。要するにプロジェクトの内容に触れる事は何ひとつ知らされずにあの阿保に顎で使われているのだ。

 

「ハァ~‥‥‥」

 

私は第一捜査課3班室の自分のデスクで、ここ1ヶ月の事を思い出してため息をつく。

 

「如何したの? 溜息なんかついて」

 

ボーっとしていた所を行き成り声を掛けられ、私はハッと我に返って声の方に顔を向ける。そこに居たのは班長ジョン・ハウ中尉で、私は今日初めての顔を合わせだ。

 

班長、今まで何処にいたんですか?」

「あゝ俺はちょっと家にね」

「家!? もしかして今出勤したんですか? もう昼過ぎてますよ!」

「違うよ、朝来てすぐに家に帰ったの。そんで一寝りして来たから遅刻じゃないよね」

「如何いう理屈ですか!」

「ダメ?」

「ダメに決まってるでしょ! 職務放棄ですよ!」

「だってさぁ、仕事ないじゃん」

 

確かに仕事は無い。だが、だからといって朝に顔見せ程度に出勤して既成事実を作ってから帰る奴があるか? こんな感じだから3班は周りから給料泥棒と言われるのだ!

この人を見ているとイライラする。それにそろそろ時間なので私は席を立つ。

 

「それでは失礼します」

「あれ、如何したのお出かけ?」

「ええ‥‥‥」

「ヴァレナント所長のお使い?」

「‥‥‥そうですよ」

 

シチンク課長が方々に吹聴したお陰で、私が彼奴の下で働いている事は皆が知っている事である。

ただ、その事について班長は何も言わない。基本的に3班は暇な班である事から他の班のお手伝いをしている。主な業務は事件の報告書の作成の手伝いである。

まぁ、手伝いと言ってもほとんど全部やらされるんだけどね。

捜査官の仕事の内、報告書の作成は結構な時間を取られる。だから少しでも時間を節約するという名目で1、2班の捜査員は暇な3班を使うという訳だ。3班の先輩方も小遣い稼ぎが出来ると喜んで協力している。なんせ1、2班は我々3班と違ってサラリーが良い。よく昼食代をお奢って貰っている。1、2班の捜査官も、昼食代で面倒な報告書作成をやってもらえるなら安いものだと思っているのだろう。それに、我々3班にも昼食代以外のメリットはある。報告書作成のために事件にも関われるのだ。私も捜査課に入隊した当初は手伝っていたが、今はやっていない。辞めた理由は1、2班の連中が横柄だからだ。3班を下に見ているあの態度が気に入らない。だから私は‥‥‥。

まぁ、それは良いとして、そう言う訳だから班長が私たちが他の仕事をしても気にしないと言うか、それが3班の業務である。逆に言うと班長はそれすらやっていないのだ。「お前も何かやれ!」と言いたいところだ。何時も何時もグウタラしやがって!

 

「うんじゃ、お兄さんによろしくな~」

「・・・」

 

序に私が彼奴と父親が違う兄妹と言う事もばらしている。課長め!

私は振り向かずに班長に手だけ振って部屋を出る。

第1捜査3班室を出た私は、その足で警察局を出て予め呼んでおいたタクシーに乗り込む。

 

『何方ヘ』

「サウスステーションへ行ってくれ」

『畏マリマシタ』

 

私は嘘をついた。別に彼奴の仕事をする訳ではない。どうせオルパーソン氏を見張るだけだし、それは私のパックちゃんに任せておけばいいのだ。彼も律義にあの子に声を掛けている。それより私が行きたい場所がある。向かうは地下3階層だ。

ゲーディア皇国の各宇宙都市には、中央部の巨大支柱部分にステーションがあり、そこから各階層へ降りる事が出来る。但し、ミシャンドラは中央部が皇帝の住まう王宮であるため中央部にステーションを作る訳にはいかず、そのため東西南北の端に専用のステーションが作られ、そこから各階層に向かう事になる。

警察局は南側にあるためサウスステーションが近い。サウスステーションに着くと、私はリニアトレインに乗って地下3階層へと向かう。

ミシャンドラの地下3階層は学園区と呼ばれている。此処が学園区と呼ばれる理由は、地下3階の7割にも及ぶ土地が「ミシャンドラ学園」の敷地だからである。あとの残り3割は「皇立科学研究所」の研究施設が占めている。そのため学園区は別名「科学学園都市」とも呼ばれている。これは、ミシャンドラ学園の480平方キロメートルにも及ぶ土地全てに学園の校舎がある訳では無く、他にも学生の寮に教師たちの住居区、彼らが利用する各種飲食店やショップに娯楽施設、それらで働く人々の居住区と学園内の敷地には様々な施設や居住区画があり、ごく一般的な街と変わらないため「都市」と呼ばれているのだ。

因みに皇立科学研究所の土地は、ほぼ各種研究所や病院などの施設で埋まっている。

ミシャンドラ・シティには、各階層に住む人のための病院がある。地表面には皇族と貴族御用達の病院があり、行政区である地下1階層には政治家や官僚とその家族のための病院が、軍の施設が占める地下2階層には軍人、家族の病院といった感じである。そして学園区には「皇立科学研究所付属病院」がある。

この病院は学園に住む学生や教員等々が利用する病院だ。特にミシャンドラ学園の学生とその家族の医療費が無料になる。ミシャンドラの医療費制度は、0~15歳までが無料で、16~69歳までが医療費の半額を負担し、70歳以降はまた無料になるというシステムになっている。そのためミシャンドラ学園の生徒は18歳まで無料となり、更にその家族は無料で治療や入院する事が出来る。これは卒業すればその恩恵が無くなる生徒とは違い、家族に関しては一度入院すると病気が完治するまで面倒を見てくれるのだ。

まぁ倫理的にお子様が学園を卒業したので「ハイ、サヨナラ」という訳にはいかないだろう。

他にもミシャンドラ学園の生徒は校舎内で生活に必要な物は全て無料で提供される。学食は勿論、衣服やそのクリーニングなど日々の生活するうえで必要な物は全部学園持ちなのである。イヤ、正確には学園の維持費を払っているネクロベルガー総帥が持っていると言った方が良いだろう。そう言った意味では「ミシャンドラ学園に入学すると、お金の使い方を忘れてしまう」とまで言われている。但し、学園内では全てが無料で生活する事が出来るとは言え、人間は生活必需品だけで満足する生き物ではない。衣服が無料といってもみな同じデザインの服だし、人には好みと言うものがあり、娯楽の類も必要だ。そう言った場合は、学園都市にある様々な店でアルバイトをする事で生徒はお金を稼ぎ、好きなモノを購入する事が出来る。

私もバイトしたな‥‥‥。

昔を懐かしんでいる間に目的地である皇立科学研究所附属病院に到着した。

科学研究所附属病院には他の病院とは他とは違う事が行われている。科学研究所と言う事からも分かる様に、ここでは様々な難病研究が行われている。未だに治療方法が見つかっていない難病や事例が希少な奇病に至るまで、それらを罹った患者はこの病院に集められて、治療方法研究される。そして患者の延命や、治療のための新薬や新たな治療法の研究開発や臨床試験が行われているのだ。

現在此処に私の母が入院している。母は父が事故死した後、女手ひとつで私を育ててくれたが、私が15歳の時に無理が祟って倒れてしまった。さらに不幸な事に入院先の病院で母が末期の癌である事が判明したのだ。貧しかった私たちには医療費を払う事が出来ず、それ故にビブロンス伯や彼奴に治療費を肩代わりしてくれる様に頼んだのだ。しかし、何方からも門前払いされてしまい、困窮した私達母娘は当時の私の担任の先生の勧めでミシャンドラ学園へ転入したのだ。お陰で母は無料で治療を受ける事が出来たのだ。

あの当時はミシャンドラ学園がどんな学校なのかよく分かっていなかった。ミシャンドラ・シティにあると言う事で、貴族御用達のお高く留まった学校だと思っていた。しかし、ミシャンドラ学園は親を亡くした子供のための学校であると分かった。両親、片親だけではなく、虐待を受けた子供や家出した者まで保護という名目で入学させている。

それだけでなく、学園に入学した生徒の親も何らかの恩恵を受ける事が出来る。先ほどの病院の件もその内のひとつだが、学園都市の様々な店の従業員として働いたり、学園敷地内にある職業訓練所に入る事で様々な資格を取ったりも出来るし、教員免許があれば学園の教員に成ったり、教員免許が無くても準教員として教員の補佐をしたりと就職の場としても使われている。

と、まぁこんな感じだろうか。これらミシャンドラ学園の恩恵を受けたお陰で今の私がある。そしてこの学園を維持しているのがネクロベルガー総帥なのである。国のためになる事から国費が投入されている科学研究所とは違い、この学園は完全に総帥が全額負担している。あのお方がいなければ、私たち母娘は如何なっていたか分からない。私が総帥に恩があるというのはこう言った経緯なのである。

ただ、総帥からしたら学園に通う一生徒とその家族でしかないのかもしれない、それでも私が受けた恩は一生かけても返しきれないものである。今親衛隊隊員として働いているのもそのためである。

私は母の病室の前に立つ。第1捜査課3班という閑職の唯一のメリットは、こうして仕事を抜け出して母を見舞える事だろう。ドアが開き、私は部屋の中に入る。

 

「マリア、来てくれたの」

「ええ」

 

母は痩せてはいるが、私の顔を見るなり元気に対応してくれる。最初は無理をして笑顔を作っていたが、今では治療も終わり日に日に顔の血色も良くなってきている。担当の医師もこの分だと予定より早く退院できるだろうと言われた。ただ、他の臓器への転移もあるため検査入院しているのだ。実際に母は最初の癌を完治させて退院した後、他の臓器に転移していた事が分かり、再入院している。

 

「マリア、私とってもいい事があったの」

「え、なに母さん?」

「あの子が見舞いに来てくれたのよ」

 

母のあの子という言葉に、誰が見舞いに来たのか理解した私は顔を顰める。

 

「もしかして‥‥‥」

「そうよ、ニールが来たの」

 

予想が的中して私は更に顔を顰める。

 

「もう、そんな顔しないの」

「だって母さん、彼奴は母さんに酷い事したんだよ!」

「そうだけど、あの子にはあの子の立場があったのよ。それにここに来た時にその事について誤ったんだから」

 

私は母が信じられなかった。彼奴が母に行った仕打ちはひとつ間違えれば母の命にかかわる事なのだ。ミシャンドラ学園が無ければ母は間違いなく死んでいただろう。謝っただけで赦されるものではない。それなのに‥‥‥。

 

「それにマリアはニールと仕事してるんでしょ?」

「うえ? あ! ま、まぁ‥‥‥そうだけど‥‥‥」

「だったら兄妹仲良くね。お母さんもアナタたちの仕事が上手く行くよう祈ってるわ」

「あ、うん‥‥‥分かったありがとう母さん‥‥‥。それじゃあまた」

「え、もう帰るの?」

「職務でチョット近くまで来ただけだから、顔を見に来ただけ何だ。もう戻らないと」

「そうだったの、お仕事頑張ってね」

「うん」

 

本当はもっと長くいるつもりだったが、今日の母は彼奴の事しか話さないと思い、これ以上は居たくなかった。母とこんなに一緒に居たくないと思ったのは初めてだ。

クソッ! それもこれも彼奴のせいだ。今度会ったら2度と母に会うなと言ってやる!

私はそんな思いを内に秘めつつ病院を後にした‥‥‥。

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Z計画 FILE9

皇国親衛隊情報本部警察局刑事部第1捜査課3班。1年前に私、マリア・ブルジューノが配属された部署だ。班の人数は私を含めて5名である。

皇国では、高等学校を卒業した男子は2年間の兵役訓練を受けなけらばならない。兵役訓練を受けなくてもいいのは大学に進学するか、身体に障害があるかなど訓練に耐えられない者だけである。この兵役訓練は、名前の通り訓練兵を育成する期間で、有事があったとしてもそこから戦場に行く事は無い。訓練期間が終了すると、軍に入るか、他の企業なりに就職するかは本人の自由である。当然有事の際は徴兵の対象になるのだが、30歳なればその兵役義務は終了する。

一方の女子に関しては志願と言う形をとっていて、私は高等部卒業と共に兵役訓練に志願し、2年間の訓練期間を終えた後、ゲーディア皇国親衛隊に入隊した。

ゲーディア皇国(総帥)親衛隊は、皇国首都「ミシャンドラ」の防衛と治安維持を担う組織である。元々首都の防衛と治安維持を担っていたのは近衛軍だったが、軍部によるクーデターによって軍事政権が立って以来、近衛軍は縮小の一途をたどる事となる。その最たるが国防軍によって結成された首都内防衛隊である。首都内防衛隊は、ターゲルハルト・パトリック・クロイル上級騎将が近衛軍長官になった時代に近衛軍の指揮下に組み込まれたものの、彼が「サロス皇帝暗殺事件」によって皇帝と共に暗殺された事で防衛隊の指揮権は国防軍に戻り、その後「総帥警護連隊」へと名を改め、さらに翌年には「皇国(総帥)親衛隊」と改名されたのだ。

親衛隊と言う組織は歴史上、創作物、日常の中でも度々出てくる名称であり、その殆どがエリート部隊の体を取っている。しかし、皇国親衛隊にはそういったエリート意識と言うものは余りない。隊に入隊の条件は一にも二にも皇国と総帥に忠誠を誓う事であって、学力などのエリートとしての素養に関してはそれを問わないのだ。それ故にたった3年の間で兵力30万人以上にも膨れ上がる事が出来たのだろう。親衛隊の結成当初、所謂総帥警護連隊時の兵力が約1200名ほどだった事からも、その拡大スピードの大きさが窺い知れるだろう。

因みに、現在の近衛軍は皇帝とその家族、親族の警護、王宮区画の警備が主な職務となっていて、首都の防衛とその他の区画の治安維持は完全に親衛隊に譲渡されている。その中で警察局は首都治安の要となっていて、警察局には、総務部、警務部、刑事部、警備部、保安部、刑務部などがあり、それぞれが首都の治安維持に努めている。

私の居る刑事部第1捜査課は凶悪犯罪に係わる犯罪の捜査を行っていて、基本的な職務は一般的な警察業務と同じで、所謂私服警官であるため私も私服(スーツ)である。

私は親衛隊に入隊して直ぐ士官学校に入学して士官教育を3年間受けた後、警察局への配属を希望し、その希望はすんなり通った。すんなり通った理由として親衛隊にあって警察局は人気のない部署だからである。何故人気が無いのかと言うと、仕事が無いからである。仕事が無いと言うと語弊があるが、貴族や軍人、政治家や官僚、あとはその家族と使用人しか住んでいないため、警察が動く様な事件が起こり難いのだ。しかも、これら公職の者達はプライドが高いうえに周囲の評価を何より気にするので、事件が起こっても我々警察に通報せずに内々に処理してしまう事が多いのも、我々の仕事が少ない原因にもなっている。

え、仕事が無いのに給料もらって羨ましい? そう言う志が低い奴が親衛隊に入れると思うなよ! 何より国防軍にも入れないからな! とは言え、我々3班は仕事が無いにも程がある。何か事件があっても1班、2班が担当するのが殆どで、3班に仕事が回ってくる事は殆ど無い。お陰で給料泥棒と陰口をたたかれているのは事実だ。前回仕事をしたのもかれこれ4ヶ月も前の事になる。その事件は、とある伯爵家で起きた使用人同士の揉め事なのだが、伯爵家に仕えるひとりの若い執事と、同じく伯爵家に仕えるメイドのカップルに横恋慕した他のメイドが、執事の彼女をナイフで刺してしまったという事件である。刺した後、怖くなった横恋慕メイドは伯爵家の人間が狩りを楽しむために作ったという人工の森の中へと逃げ込んでしまい、そのまま戻って来なくなったのだというのだ。

知っての通りミシャンドラは他の都市と違って防犯カメラもパトロールの警察犬も居ないため、それらを人の手で行わなければならない。昔ながらの地道な捜査でホシを上げなくてはならないのだ。この事件も人工森の捜索には多くの人出がいるため我々第1捜査課総出で森を捜索する事になた。当然我々3班も駆り出されたという訳だ。しかも、今回は犯人のメイドが凶器のナイフを持ったまま森に逃げかんだため、興奮した彼女がナイフで襲ってくることを想定して伯爵家の使用人に協力を仰げず、代わりに他の部署に応援を仰ぐ形で人員をそろえた大規模捜索となった。

捜索の結果、犯人のメイドは捜索から3日たって衰弱した状態で発見され、何の抵抗も受けずに確保し病院に搬送された。回復と共に逮捕となるが、刺されたメイドが一命を取り留めた事で殺人事件とはならず、横恋慕メイドは殺人未遂として2種犯罪者扱いになった。刺したメイドに怪我の治療費、慰謝料を支払い、被害者とその彼である執事に近付く事を禁止する命令が課せられ、横恋慕メイドは素直にそれに従ったため刑務所コロニー行きは免れた。と言うのが事の顛末である。

それにしてもあの森の捜索は可なりしんどかった。もうごめんであるがこういった時にしか3班にはお声が掛からないのかねぇ‥‥‥。早く2班に行きたい。

そして今日も今日とて私は自分のデスクでディスプレイと睨めっこしている。今までの事件に関する捜査資料を見て今後の勉強と言った処だ。なんだけど‥‥‥。毎日これでは気がめいってしまう。ミシャンドラで起きた事件は直ぐに読み終わって今は他の都市或いはエレメストで起きた古い事件を見ている。

ただ、私以外の同僚と来たら何ともたるんでいる。私がこの3班に着任して早々に班長から班長代理を任されたのだが、それは私の先輩たちが皆下士官で、私が士官だからと言う理由からである。着任早々自分たちの上司になった私への妬みか、拍手と共に「流石士官学校卒のエリート様、着任初日で昇進とは」と皮肉交じりの嫌味を言われた。さらに私が真面目に職務に努めようとしているのに、彼らは仕事が無いのが3班の仕事とか抜かして私にやる気をそいでくるのだ。まったくいい迷惑だ。

その先輩たちだが、私のデスクの前の軍曹は私と同じくディスプレイを見ているが、嫌らしい笑みを浮かべているため如何わしい動画でもいているのだろう。それでも警察官か! さらにその先輩軍曹の隣の席の伍長は現在夢の中である。昨日夜から朝まで飲んでいて、今日は店から直で来たと言っていた。ふざけた奴だ! そして私の隣のもうひとりの軍曹なのだが、真剣な顔をしてゲームをしている。仕事しろ! って、仕事ないんだった‥‥‥悲しい‥‥‥。

先輩方を見ていると何だかイライラする。この後トレーニングルームに行ってサンドバックでも殴って来るか‥‥‥。そう言えばこの前トレーニングルームの管理官に私が一番トレーニングルームを利用していると言われた。さらに「やっぱり3班て暇なんですね~」とか言われたのだ。クソ! 絶対に出世して1班に行ってやる!

 

「お~いマリア、ちょっといいかい?」

 

私が密かに1班への野望を抱いていると、私が今日出勤してから一度も姿が見えなかった3班班長が、第1捜査課3班室のドア越しから顔だけ出して私に声を掛けて来た。

あんた今までどこにいたんだ!

第1捜査課3班班長ジョン・ハウ」中尉。現在30歳と言う事だが、身なりに無頓着な性格らしくくたびれた感じの風貌は実年齢よりも上に見える。性格は何時も飄々としていてやる気のない発言が多く、班長になれたのも、前任の3班班長が移動となった事で繰り上げで中尉に昇進して班長になった人物だ。彼自身は班長になった事で責任が増えたとよくぼやいている。

 

「何ですか班長?」

「課長が呼んでるよ」

「課長が?」

 

第1捜査課長が私に何の用だろうと思いつつ席を立ち、班長の後に付いて課長室に向かた。

 

「そんじゃ、あとは頑張ってね」

 

課長室の前まで来ると、班長は一緒に中に入らない事を告げて何処かへ行こうとしたので、私は班長を引き留める。

 

班長は来ないんですか?」

「え~、なんだか面倒臭そうじゃん。それに俺呼ばれてないし、んじゃ」

「え、あ‥‥‥」

 

「んじゃ」じゃないわよ! あの人面倒だからって逃げたな! 

私は遠ざかる班長の背中に向かって中指を立てて心の中で班長に悪態を付く。ただ1年間あの班長と付き合っているため、あの人の人となりは何となく知っている。こういう人なんだ。私は急激に馬鹿らしくなり、気を取り直して課長室に入る事にした。取りあえず乱れた気持ちを直そうと大きく深呼吸をしてから課長室のドアをノックする。

 

「ブルジューノ少尉です」

「ああ入って」

 

ドア越し課長の声が聞こえたので、私はドアを開けて中に入り敬礼をする。

 

「失礼します。課長如何いったご用‥‥‥」

 

私が課長室に入ると、第1捜査課課長「ヨーセフ・シチンク」少佐とは別に、もうひとり警察局の士官がいる事に気付いた。と言うか、課長のデスクの前に来客用のテーブルとソファと椅子が置かれているのだが、そのソファに偉そうに座って居るため嫌でも目に入る。そして私はその人物が嫌いである。

 

「ああ少尉、此方は‥‥‥」

 

課長が私に部屋に居るもうひとりの人物を紹介しようとしたが、そいつが手を上げて課長の言葉を遮ると、薄ら笑みをたたえた憎たらしい顔でゆっくりと立ち上がる。

 

「紹介しなくてもいいですよ少佐、私と少尉は知らない仲では無いのでね」

「あゝそうでしたかヴァレナント大尉」

「課長、失礼します」

「ちょちょちょちょ、ちょっと待ってよブルジューノ少尉! 如何したの?」

 

刑務所コロニー「セレン・オビュジュウ」所長ニール・ヴァレナント。私は此奴が死ぬほど嫌いだ。なので、非礼を承知でこの場から立ち去る事にしたのだが、流石に課長に引き留められた。

 

「何で此奴が居るんですか!」

「此奴とか言っちゃいかん、ヴァレナント大尉はキミに重要な仕事があって来たんだ」

「そう言う事だマリア、君にしか頼めない重要な任務だ」

「他を当たってくれ!」

「何々キミ、如何いう関係かは知らないけど、大尉は上官だよ。上官にそんな事言っちゃいけないよ」

「そういう課長こそ彼奴の上官でしょ! 何でペコペコしてるんですか!」

「いや私は‥‥‥こういう性格だから」

 

ヨーセフ・シチンクが第1捜査課課長の地位に付いたのは半年前の事である。言動も物腰も柔らかく、凶悪犯罪を取り締まる課長の地位に相応しくない人物と専らの噂だ。そもそも、このような性格の人物が親衛隊に居る事自体可笑しい。戦場に出る事を想定した武装親衛隊ではないにしろ、警察官も危険を伴う仕事である以上、それ相応の人物が警察組織に入るべきだあり、上の地位に付くべきである。そして課長はそういった人物に見えないし、周囲からもそう思われている。1班や2班に至っては、課長よりも各々の班長の指揮のもと動いている。なので何で彼が課長になれたのか不思議ではある。

まぁ、私が考えるに首都の犯罪は他の都市に比べて軒並み低い(警察が把握できた事件に限る)ので、課長の様な人でも警官になれたのかもしれない。と思っている。

 

「彼女は私の妹ですよ少佐」

「えっ! い、妹?」

「ええ、そうですよ、此奴は私の兄ですよ!」

「えっ!? 大尉が少尉の兄!」

 

私とヴァレナントが兄妹である事を始めて知った課長は、驚きの声を漏らしてオドオドしている。

 

「お前にしか頼めない任務だ」

「断ると言いました!」

「相変わらずだな」

「あなたこそ」

 

私は暫し言い争った後、只々彼奴を睨み付ける。彼奴の方は彼奴で憎たらしい薄ら笑みを浮かべている。手が震えて殴りたい衝動に駆られるのを必死に抑えるので精一杯だ。そんな無言で睨み合う私たちの間で居心地が悪くなった課長が恐る恐る声を掛ける。

 

「大尉少々お待ちを‥‥‥ブルジューノ少尉チョット」

 

彼奴に断りを入れた課長に私は部屋の外に連れ出される。

 

「何ですか課長」

「キミ、ヴァレナント大尉と兄妹だったの? でも君の履歴には‥‥‥」

「兄弟と言っても父親が違います。私の父はただの労働者、あちらは偉い偉い貴族様で御座います」

「あのねぇ、子供みたいな皮肉言わないでくれる」

「こど‥‥‥」

 

子供? 子供ってどういう事! 

 

「ハァー‥‥‥」

 

私は一瞬カッとなったが、課長の申し訳なさそうな情けない顔を見て怒る気も失せてしまうと共に、冷静に自分の行動を振り返り確かに子供ぽかったと反省する。

 

「確かに子供っぽかったです。すみません課長」

「分かってくれればいいんだよ。それじゃあ部屋に戻って」

 

課長に促がされるままに私は課長室に戻る。中ではあの嫌味ったらしいニヤケ面が待っていて、それを見た瞬間、怒りが再燃しそうになるが、感情的になるなと自分に言い聞かせ、何とか感情を抑え込む。

 

「では大尉殿、今日は如何いったお話で?」

 

私は棒読みで用がある兄にその内容を聞く。

 

「ある重要な任務をお前に任せたい。‥‥‥とその前に、少佐はご遠慮ください」

「え、え、僕?」

「ハイ少佐、妹と2人で話したいので」

「そう言う事でしたら」

 

課長は彼奴の言葉に従って課長室を後にする。そして室内に私と兄だけとなると、奴は携帯端末を操作し、一枚の写真を私に見せて来た。

 

「こいつを見てくれ」

 

私は嫌々ながらもその写真を見る。そこに移っていたのは一人の男の顔写真で、見覚えは無い。

 

「誰?」

「ブレイズ・オルパーソン。今はフリーの雑誌記者だ」

「雑誌記者?」

「ああ、クエス雑誌社とか言う小粒の雑誌社に居るらしい」

「へぇ~、それで私に如何しろと?」

「彼を監視してもらいたい」

「はぁ?」

「こいつはエレメスト連合のスパイの可能性がある」

「連合のスパイ?」

「あゝ、こいつがここに来たのは3か月ほど前、初めは皇国の歴史を取材する名目で来たのだが‥‥‥今は皇国の国民になっている」

 

兄の話を聞くに、彼をスパイとみるには根拠が弱すぎる。もしそれだけの事で彼をスパイとするならお門違いにも程がある。

 

「別に仕事で来てそのまま皇国民になる人なんていくらでもいるだろ。それ位でスパイ容疑だなんてあんた馬鹿じゃないの?」

 

私の「馬鹿じゃないの」という言葉に兄のニヤケ面が引きつり、その後真面目な表情になったので、私は安易に「馬鹿」と言う言葉を使った事を後悔する。幾ら兄妹、嫌いな相手とは言え不適切な言葉であると‥‥‥。

 

「あ、う~ん、バ、馬―――」

「ここからはお前を見込んでの話しだ」

 

急に改まった彼奴に私も先ほどの事もあって黙って話を聞く。

 

「俺は今あるプロジェクトに携わっている」

「プロジェクト?」

「そうだそれにお前も参加してもらいたい」

「何で私が」

「それは総帥直々のプロジェクトだからだよ」

「えっ!? ネ、ネクロベルガー総帥の?」

「あゝそうだ。お前総帥に恩義があるんだろ? 親衛隊に入隊したのもその恩義を返すためだったんだろ?」

 

そう私には総帥に大きな恩がある。あの方はそんな事は微塵も感じていないかもしれない。だけど、私‥‥‥イヤ、ミシャンドラ学園出身者ならば、総帥に何らかの恩義を感じて生涯を描けてでも返したいと思うのは人として当然だと、少なくとも私は感じているのだ。だから私は総帥と国家を守る親衛隊に入ったのだ。

 

「総帥のプロジェクト、あの方に恩返しができるって事」

「そう言う事だ。そのプロジェクトを崩壊させかねないのがこの写真の男なんだよ。如何だやってくれるか?」

 

私は返答に窮した。確かに兄の言葉が真実なら私は迷う事なく協力する。だが、何故単なる刑務所所長の大尉にそんな重要な任務を任せれているのか、不思議でならない。

 

「何であんたがそんな重要任務を‥‥‥」

「それは今は教えられない。ただ、刑務所コロニー所長だから任せられたとでも言っておこうかな」

「刑務所が関係してる? 一体‥‥‥」

「今は教えられないと言っただろ、お前は任務をキッチリ遂行しろ。もう上の許可は取ってある」

 

手回しが宜しい事で、成る程その極秘のプロジェクトの事は一部の人間しか知らない事で、誰それに話す訳には行かないだろう。要は総帥閣下のプロジェクトと言えば大概の者はひれ伏してしまう。そうやって刑事部長や課長を言いくるめたのだろう。特に課長なんて効果覿面だった様だ。

 

「それとだな」

「なに?」

「言葉使いには気を付けろよ。大尉か所長と呼べ、イヤ、兄上と呼べ」

「はぁ!?」

 

彼奴を大尉や所長と呼ぶのは構わないが、兄上と呼ぶなんて御免被りたい。私は彼奴の事を兄だなんて思いたくないのだ。あんな、母にあんな仕打ちをした此奴には。だが、総帥閣下の極秘プロジェクトの事もあり、さらに彼奴に無言の圧を掛けられ、私は根負けして渋々従う。

 

「わ、分かった、分かりました‥‥‥兄上」

「よし、では今日から頼んだぞ妹よ」

「イ、イエッサー」

 

私は兄に従う以外の選択肢を失ったのだ。

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