「ふぅ~」
ラッキー7号こと駆逐艦「DY²-777」の艦長ベクス・ホワイトは、艦橋入り口のドアの少し前で頻呼吸を繰り返したり、身嗜みを整えつつ中に入る事を躊躇していた。
「何してるんだ艦長?」
かけられた声に驚いて背後を見ると、機関長のサガ・ペリリウス大尉が立っていた。
「何だ機関長か……」
「何だとはご挨拶だな。如何せ副長が怖くて入れないんだろ?」
機関長の言葉に反論したかったが全くその通りだった為、ベクスは口を開いただけで何も言葉が出てこなかった。
「ほら艦長、こんなとこに居ても何も解決しないんだからとっとと入る」
自身よりも年上の機関長に諭されるようにベクスは艦橋に入る。
艦橋に入ると案の定、艦橋にいる者全員の視線が降り注ぐ。特に副長のビオラ・ルアンのそれは痛い。極力それを気にしないようにベクスは艦長席に腰を下ろす。
艦長席は艦橋の丁度真ん中に当たる所にあり、一段高くなっていて決して広くはないものの、そこから艦橋全体を見渡す事が出来る。艦長の前には各クルーの席があり、ベクスから見て真正面が操舵席で、操舵士のブラン・リヴァル中尉が座っている。彼から見て右側には船務士のトム・グレファン少尉、その隣に通信士のサーサ・ラブレット少尉が座っている。ブランの左側には砲雷士のリオン・スター少尉が座り、その隣にはAI内臓の船体管理補助システムが鎮座している。このシステムのお陰でクルーたちは24時間職務に就く事も無く、そのための交代要員もいらず、最悪の事態が起こっても、自動操縦、自動戦闘などを熟すことも出来る優れものである。
とは言え、エレメスト統一連合軍では極力人の力が基本で、戦闘艦を完全自動化させる事は特定の条件以外では禁止されている。これは過去に起きた事件が原因なのだが、それはまたの機会に……。
そんな彼らを見ていたベクスは、クルーたちの背中が小刻みに震えている事に気付く。如何やら笑いをこらえて居る様だ。ここは艦長としての威厳を保つには、厳格に注意しなければならない。
「お前ら真面目にやれ!」
「艦長もですよ」
間髪入れずに入った副長の言葉にベクスは何も言えなくなってしまい。その様子に遂にクルーたちは笑いを堪えられずに大笑いする。
ベクスは恥ずかしさから軍帽を目部下にかぶって背もたれにずり込む。
「お前たちもいつまで笑ってる!」
副長の声は小鳥のさえずる様な美しい声でありながら人を射抜くような鋭さがあり、それがクルー全員を射抜いて艦橋が一瞬で静寂に包まれる。
ベクスは流石はと思って目部下に被った軍帽を上げて頼れる副長を見やるが、彼女からは「艦の指揮を預かる者として、これぐらいやっていただかないと困る」と言った視線を返されたので、再び軍帽で顔を隠す。
「ああ……あの、ウォホン!」
「ところで副長、おれらを呼んだのは何だ」
ベクスは咳払いで気を取り直して本題に入ろうとしたが、機関長に先を越される。
「グレファン少尉」
「はい」
副長は船務長に声を掛けると、トムが端末を操作する。すると、艦長席と操舵席の間に設置されてある機械から3D映像が現れ、ジャガイモのような形の物体が映し出されている。
「これを見てください」
「アンリ・マーユ……だな」
「そうですね」
ベクスと機関長は映し出された立体映像をまじまじと見る。そこに映し出されているのは第4惑星第2衛星「アンリ・マーユ」の姿で、ここはゲーディア皇国宇宙軍の最重要拠点であり、ベクスたち遠征艦隊が現在向かっている場所でもある。
「これが先行している偵察隊から送られて来た現在のアンリ・マーユとその周辺の様子です」
「んん……?」
ベクスは3D映像のアンリ・マーユの周囲に無数の細かな点がある事に気付く。それは衛星を取り囲むように無数にある岩石で、正確な数は分からないが万はあるだろう。
「これは……」
「はい岩石です」
副長の至極当然の答えに「それは見ればわかるよ!」と突っ込みたかったが、彼女もそれ以上答えようがないのは分かっているので、その事には触れずにベクスは腕を組んでこの状況について思案する。
「皇国の艦隊はいないのか……」
「はい、アンリ・マーユの周辺はいません。ですがジャミングが酷くて探知が覚束無いようですが……」
「それは不思議だな。艦隊が出撃してないなら戦いにならんだろう。ってことは皇国は降伏する気か?」
「機関長それは早計かもしれませんな。第一、要塞周辺にはジャミングが掛かっている訳ですから、それに要塞周囲のあの岩石群は何でしょう」
「わからん」
「多分、我々が容易に要塞に近づけさせないためのものだろう」
「何だ。それでは皇国はおれらと戦争すると!?」
「まだそうと決まったわけでは……それなら要塞だけでの戦闘は避ける筈、近くに艦隊がいないのはどうしても解せない」
ベクスと機関長と副長は考え込んで無言になる。そこにブランが声を掛ける。
「新兵器があるとか」
「どんな兵器だ?」
「それは分かりませんが……。でも、噂はありますよ」
確かにブランの言うとおりである。かなり前から皇国は新兵器を開発しているという噂があった。だが、皇国内にそう言った兵器を開発している秘密の工場などの怪しげな施設は無く。情報部も証拠を掴んでいないため、あくまでも噂の域を出ないものではあるが、この手の噂は根強く残っていて、情報部もあきらめてはいないようなのだが……遠征が始まった今では、直接確かめるという状況になってしまっている。
そういう意味では鬼が出るか蛇が出るか分からないというのが、今回の遠征の不安要素でもある。とは言え、宇宙艦隊の半数が参加するこの作戦に、皇国軍がいかなる兵器を作ろうとも数の優位で圧倒できると思っている者が多いのも事実である。
「まぁ、此処は司令部の判断に任せるのが妥当だろう」
「そうだな」
「確かに」
副長も機関長も納得したところで駆逐艦艦橋での細やかな軍議は終わり、機関長は持ち場に戻るために艦橋を後にし、副長も艦長席の左側に側に自分の席について自分なりの分析を試みようとする。
ベクスは艦長席に身を預けてぼーっとモニターに広がる漆黒の闇とそこを航行する艦船群を眺める。
なんだか眠くもなってきている。だが、船務長の声に眠気が覚める。
「艦長。もう間もなくアンリ・マーユに到着します」
モニターに拡大投影されたアンリ・マーユの姿が映る。闇に浮かぶその姿は、先ほどの3D映像のように無数の岩石群を纏ってベクスの目に異様な光景に映り、意味もなく不安を煽ってくる。
……これは何かがある。
ベクスは直感を信じて誰ともなく声を掛ける。
「これは不味いかもしれない」
「はぁ?」
呟き程度の声にしかならなかったものの、近くにいたビオラが微かに聞こえたらしく、訊き返そうと声を掛ける。
「副長、艦を何時でも戦闘が出来るようにしてくれ」
「……分かりました。総員、第Ⅱ種戦闘配備!」
何時に無く真面目な表情のベクスに、ビオラもうなずいて戦闘配備を取らせる。
「ありがとう副長。それとポーク中佐に連絡を、一駆逐艦の艦長の感では司令部は動かないだろうからな」
そして自身の直属の上司でもある第243駆逐隊司令官に通信を入れるのだった……