ゲーディア皇国国防軍総軍司令長官ネクロベルガー総帥。彼は元々孤児だったそうだ。
彼の両親、要は育ての親であるドレイク・ネクロベルガー元帥(当時は中将)とその夫人であるサマンサには子が無く、そのため彼らは親を亡くした孤児たちの支援活動を行っていた。特にネクロベルガー夫人のサマンサは積極的で、多くの孤児院に訪問して支援活動を行っていたそうだ。生きがいみたいなものになっていたのかもしれないな。
そう考えると、ネクロベルガー総帥がワザワザ自費でミシャンドラ学園を維持し続けているのは、両親の遺志を継いでいるからかもしれない。
そんな最中の宇宙暦152年2月2日、第3惑星エレメスト統一連合に対し、衛星アフラ(月)解放戦線が宣戦布告し「4年戦争」が勃発する。
ちょうどこの時、サマンサ夫人はとある孤児院に訪問しており、そこでひとりの赤子に出会う事になる。その赤子が後のサリュード・ネクロベルガー総帥その人だ。
サリュードとサマンサとの出会いは偶然だった。偶々彼女が訪問する日の早朝に孤児院の前に捨てられていたのを施設の人が保護したのだ。一体誰が捨てたのか? 両親は誰なのか? それらは今もって不明だという。
ゲーディア皇国と言えば、街中に防犯カメラが張り巡らされ、警察(ロボット)犬のパトロールも厳重なためすぐわかりそうだが、それらのシステムはサロス帝の人権剥奪法施行によって強化されたもので、この当時はまだそこまで厳重では無かった。警察犬はいなかったしな。それでも幾つかの防犯カメラに映る事なく彼は孤児院の前に捨てられていたそうだ。何処となくミステリーを感じるな。
事情を聴いたサマンサは、自分が訪問する日に捨てられていた赤子を見て何かを感じたらしく、彼を養子にする事を即決する。
当時、夫のドレイクは、行政長官であるウルギア・ソロモスと共に第4惑星の独立のために動いていたため、数か月前より殆ど屋敷には戻っていなかった。サマンサは夫に相談も無しに独断で赤子を養子にしたのだ。それだけ子供が欲しかったのだろう。施設側もネクロベルガー夫人なら大丈夫だと子供を預けたと言う訳だ。
そして内乱を収め、同年3月1日エレメスト統一連合からの独立とゲーディア皇国の建国を宣言した後、ようやく帰って来たドレイクにサマンサは養子の件を話した。
相談も無く勝手に養子を迎え、連絡もくれなかった夫人にドレイクは怒るどころか歓迎した。彼も子供が欲しかったのだ。そして早速名前を考え始めたのだが、既に名前はサマンサが「サリュード」と付けていた後だった。
まぁ、養子に向かえたはいいが、ドレイクが帰って来るまで名無しと言う訳にも行かないのからな、仕方が無い事だ。だがこれにはドレイクは少々不満だった様で、拗ねてしまったそうだ。皇国の英雄にも可愛い面があるんだな。それでもミドルネームを付ける事で機嫌を直したドレイクだったが、ひとつに決められずに「アーベル・テオバルド・アルフレート」と3つも名付けてしまったと言う訳だ。意外と優柔不断なのか?
因みにネクロベルガーの誕生日は2月3日となっている。本来だったら出会った2月2日となると思うが、その日が4年戦争の開戦日と言う事で、戦争勃発した日が誕生日というのを避けたと言う訳だな。
そしてサリュードは新たな両親の愛情の下でスクスクと育ち、可なり感情の起伏に乏しい人間に育ったのだ。何で?
此ればかりはよく分からない。特段にドレイクら夫婦がサリュードに対してそうなる様な育て方をしたわけではない。イヤむしろ愛情を注いでいた方だが、結果からしたらそうなってしまったと言う事らしい。そのためサリュードは何か感情面に障害があるのではと疑われている。
但し、サリュード自身は両親に対してとても献身的で、感情の起伏が薄いものの親の誕生日などにプレゼント送るなど親孝行な面が多々ある様だ。表面上の感情の薄さ以外は良い親子関係を築いていたと言える。
そんな彼の幼少期の夢は「政治家になる」とこらしい。俺なんかは余り子供らしからぬ夢だと思ってしまうのだが、如何も親であるドレイクの立場が影響しているとも言われている。
ドレイク・ネクロベルガー元帥は、4年戦争で「月の魔女」と恐れられ、統一連合が艦隊戦で勝つ事が出来なかった女性提督「ミリエル・フィル・アルテプス」との戦闘に勝利し、アフラ解放戦線にとどめを刺して4年戦争を終結させたとも言われる英雄だ。国民や若い将兵からの人気は高く、それは今も変わっていない。
だがそんな彼にも弱点はある。彼には政治的野心はなく、ただ軍人としての職務に邁進する人物であった。そう言った人物が政治に翻弄されて身の破滅を招いた事実は歴史上幾つも例がある。だからサリュード少年は、そう言った政治のドロドロしたものから義父を守るためには政治家になるしかないと思った様だ。それだけ聞くと父親思いの良い子だ‥‥‥。
でも結局、彼は政治家ではなく父親と同じ軍人になった。
まぁ、彼が住んでいたミシャンドラ地下第2階層は軍事施設と軍人家族の居住区で締められてる階層だ。だからネクロベルガーも軍学校に通う事になり、軍人になるしかなかったのだろう。
宇宙暦167年、ネクロベルガーは軍学校を卒業して士官学校に入学する。
皇国士官学校には、通常クラスと特別クラスのふたつがある。通常クラスとは、士官学校に入学した生徒たちの事だ。一般の学校で言う処の高等学校に相当し、高等学習と共に士官としての教育も受ける。一般学校と同じで3年の教育期間がある。
そして特別クラスというのは、下士官や准士官が士官になるために入るクラスだ。皇国では兵士からのたたき上げは准士官(准尉)までしか昇進できず、更なる昇進を目指したければ士官学校に入学するしかない。基本的な教育期間は2年間で、軍曹或いは曹長を4年以上勤めあげるか、准尉を2年以上勤めた者が入学資格を得られる。
但し、曹長などの下士官に関しては入学前にテストがあり、其れに合格しないと入学できないが、准尉はテストを受けなくても入学できる。
当然だが、サリュード・ネクロベルガーは通常クラスで士官学校に入学している。
宇宙暦170年、サリュードは士官学校を卒業して国防軍に入隊する。国防軍に入隊して彼は、同期生からやっかまれるほどに昇進スピードが速く。それに伴い軍のあらゆる部署に異動していて、ほぼ半年周期で別の部署に異動になっていたそうだ。
その昇進も部署移動も全部父親のドレイクの意向だったことは周知の事だ。軍の規定に背く事ではあるが、それでもドレイクに対して非難する意見は極一部であったらしい。
これは英雄であり、厳格で軍人の鏡のようなドレイクの親バカっぷりが、逆に将兵に好印象を与えとも言われている。心理学にも完璧すぎて近付き難い人物が、ふと欠点や弱音を見せた事で周囲から親しみを持たれる事がある。所謂ギャップ萌えって奴だな。うん? 違うか?
宇宙暦172年、サリュードが軍人になってから2年が経過し20歳になった年に、義母であるサマンサが病死する。享年70歳だっだ。
そして宇宙暦177年に父親のドレイクも死去し、サリュードは両親を失う事になる。この頃のサリュードは25歳で大佐であったが、何故か父親の死に伴い准将に昇進している。何で? そう言う決まり事でもあるのか? 軍人の父親が死去したらその子供が昇進するって? 俺が調べた範囲ではそう言った規定はなかったはずだが‥‥‥これもまた英雄の特権か?
そして忘れてならないのが、この年の7月に皇国を震撼させた「7月事件」が起こっている。クーデター側の会合にネクロベルガーも参加している事は「2代皇帝と7月事件(事変)」でも語っているので省くが、クーデターが成功するとネクロベルガーは少将に昇進し、ベリト・シティ行政補佐官に就いている。
因みにネクロベルガーが北部方面軍より依頼されたのは、サロスの皇帝即位の説得と政治家や官僚たちをクーデター側に寝返らせる交渉役だった様だ。あの当時は、宰相サウルの強権によって逆らうものは例外なく失脚や降格に左遷の憂き目に遭っていた。不満を持っていた政治家や貴族に官僚たちも少なくなかったので、そう言った彼らを抱き込むのがネクロベルガーの任務だったようだ。
そしてクーデターによってサロスが皇帝になり、程なくして軍事政権が崩壊すると、皇帝の信頼と後ろ盾を得たネクロベルガーが一気に台頭する事になるのだ。
此処で余談ではあるが、ネクロベルガー総帥の「総帥」についてだ。総帥と言うと組織全体を指揮する人の意味で、階級とはまた別の敬称なのだが、ゲーディア皇国ではネクロベルガー専用の階級として存在している。
サロス帝時代のネクロベルガーは、多くの役職の長をサロスから任命されている事は以前にも話したと思うが、当然ながら彼の身はひとつでこれらの仕事を熟す事は不可能である。そこでネクロベルガーは、自身が信頼する人物を代理として各所に配置しているのだ。それは国防軍内でも同じで、軍令の長である参謀本部総長(前名称・軍令本部総長)と軍政の長である軍務大臣(前名称・軍政大臣)の軍事のツートップを別の者に任せている。
当初はこのふたつをネクロベルガーが元帥になった際に兼任し、総軍司令長官として両方の職務を熟していたのだ。しかし、サロスに色々兼任させられた事で、総軍司令長官の地位はそのままに、それらを別の者に任せる形を取ったのだ。その際に参謀本部総長と軍務大臣に任命された者を元帥に昇格させ、以降、それらの役職に就く者を元帥に昇格させることが決まる。
嘗て義父のドレイクも、退役したいとパウリナ帝に上申した際に、却下されて仕方なく国防軍最高司令長官の地位はそのままに、軍令部総長と軍政大臣をふたりの上級大将に任せたのと奇しくも同じである。
ただそうなると、ネクロベルガーと参謀本部総長、軍務大臣と3人の元帥が並ぶことになる。参謀本部総長と軍務大臣はいいが、それより上の立場である総軍司令長官も同じ元帥だと格好がつかない。ネクロベルガー自身は余り気にしていなかったとされるが、彼に激アマのサロスはそう考えておらず、結果ネクロベルガー専用の階級である総帥と言う階級が出来たのである。
正式な意味としては「総軍元帥」とでも言ったらいいのだろうか? とにかくサロスによって総帥の階級が出来上がったと言う訳だ。
話が大分逸れてしまったので元に戻すが‥‥‥別にネクロベルガーの解説だから良いのか?
まぁ、そう言う訳で現在のネクロベルガーに至る訳だが。あと、彼は兼任が多いと言ったが、一体どれだけの役職に就いているかというと。まずは本職でもある総軍司令長官だ。此処に参謀本部総長と軍務大臣を兼任していた。その他に皇国摂政、総務大臣、財務大臣、厚生労働大臣、教育科学大臣、ミシャンドラ学園学園長&理事長、エネルギー開発庁長官などが主にネクロベルガーがサロスによって任命された役職である。で、現在は皇国摂政と総軍司令長官以外は代理に任せて彼自身は肩書だけ持っていると言った感じだ。
もう正式に代理人に任せたらいいと俺なんかは思ってしまうのだがな。一応、参謀本部総長と軍務大臣は完全に別の人物に任せているが、あとは代理が居るだけで正式にはネクロベルガーがその部署や省庁のトップだ。
ざっとではあるが、これがネクロベルガーのこれまでの経歴だ。彼は目立たないが役に立つ。という理由で重用され、そして今や名実ともにゲーディア皇国のトップになっている。皇帝がいるからトップじゃないと言うツッコミは止めてくれ、実質的に彼が皇国の指導者なのだ。だからトップと言っても過言じゃないという意味だ。
では次はネクロベルガーの資産でも調べてみようかな。可成りの資産家で皇国。イヤ、世界一の金持ちだと噂されているのだ。そう言った資産を彼はどうやって築いていったかを話そうと思う。
「( ゚Д゚)ハァ??」
何を言ってるんだこの人と思ってしまったが、言ったのはネクロベルガーだから学園長代理に罪はない。しかし俺の嫌いなモノ? 何を言ってるのか分からないな。
「それはどういうことですか?」
「単純ですよ。貴方と言いますか、人間には好き嫌いがありますよね」
「ええ」
「要するに好きなモノが善で嫌いなものが悪。善悪とは人の好き嫌いの事なのですよ」
「何を‥‥‥」
何を言ってるんだ。善悪が人間の好き嫌いだぁ? 俺は反論しようとしたが、学園長が手を出して制止した。黙って最後まで聞けと言う事か‥‥‥。
「分かってますよ、私も初めて総師閣下からそう言われた時は、記者さんと同じ反応でした。意味が理解できませんでしたからね」
「ええ」
「人には嫌いな人間や嫌いなもの、それに災害だったり事故・事件などネガティブな感情を掻き立たせるものがありますでしょ。そう言ったモノに触れる事で怒りや憎しみ、嫌悪感や不快感、悲しみや絶望感、恐怖や不安感など‥そう言った負の感情を掻き立てさせるものを総じて『悪』だと総帥閣下は仰られているのです」
「な、成程‥‥‥ですが‥‥‥」
俺が発言しようとしたらまた手を出されて制止された。話はまだ終わってない様だ。
「分かりますよ、自分が嫌いだからという理由だけで悪と決めつけ、それを排除する行動が正義なのかと?」
「ええ、そんな幼稚な考えが正義などと俺は納得できません」
「ですよね、総帥閣下もその点が正義の落とし穴になるとね」
「落とし穴?」
「悪とは個人の感情だが正義とは全体の感情だと言われました」
「個人の感情と全体の感情?」
「例え話をしましょう。記者さんが何処かのコミュニティ‥‥‥村でも街でもいいんですが所属していてご近所にAさんとBさんがいたとします。彼らはとても仲が悪く何時も喧嘩ばかりしていました。此処までは良いですか?」
「ええ、分かりますよ」
「そんなある日、事件が起こります。AさんがBさんを殺害してしまったのです。あなたはいままでどおりAさんとお付き合い出来ますか?」
「えっ!? イヤ、そ、それはチョット‥‥‥無理ですね」
「ですよね、中には今まで通りという人も居るかも知れませんが、そんな方は極一部でしょう。殆どの方はAさんに対してネガティブな感情になる筈です。もしAさんと喧嘩したら自分がBさんのように殺されるのではないか、と言う恐怖と不安は中々拭えないでしょうし、単に不快感や嫌悪感を持ったり、Bさんの家族や知り合いからは怒りや憎しみをもたれる筈です」
「まぁ、そう考えますよね普通は‥‥‥」
「そうなるとコミュニティの殆どの人がAさんを悪と認定した事になり、Aさんを排除しても誰も不満に思わなくなると言う事です」
「あゝ言いたい事は分かりました。Bさんが殺害された時はコミュニティの人達はAさんに恐怖や不安、怒りなどの負の感情を抱いたけど、Aさんを排除する時は当然の事だとネガティブな感情になる事が無いと? それが正義だと?」
「そう言う事です。同じ事でも個々人の感情で悪にも正義にもなると言う事ですな。正義や悪自体はこの世に存在しているものではなく、人間の感情によって決められてしまうものと言う訳です」
「だから善悪とは好き嫌いだというのですか?」
「その通りです。好きなものは善、嫌いなものは悪、そして悪を排除する正義は個人ではなく全体の総意によって行われて初めて正義、或いは大儀となるのです。感情に左右されやすい人間ならではですね」
「・・・」
言われてみればと言うか当たり前の事とも思えて来た。結局、感情が人を動かすのだ。好き嫌いという感情が善悪を生み出し、そして耐えられない悪はそれを悪だと認識する者たちが集まり正義と声高に叫んで嫌いなものを攻撃する。或いは排除した事を正義だと言い張って非難する者を納得させる。多分ネクロベルガーはそう言いたいのだろう。
只、これは一例に過ぎない。これだけで善悪が好き嫌いだとは言えないと思うのだが、言いたい事は分かる。一部納得も出来る。
「総帥閣下はこうも仰られておりました。もし、この世から悪を無くしたいと思うならば、自分の嫌いなものを無くすしかないと」
「ま、まぁ、嫌いなものが悪ならそう言う考えになりますね」
「ただ人間に嫌いなものを無くす事なんて出来ると思いますか?」
「う~ん‥‥‥難しいと思いますね。嫌いなものを克服すると言っても、直ぐに出来るものでは無いと思いますしね。嫌いなものはやっぱり嫌いですから苦行ですよね」
「ですから総帥閣下は悪を無くす事は無理だと断言していました。ただ、その代わりに必要悪だと納得すればよいと」
「必要悪だと納得する?」
「その人には悪であっても、他人にとってはメリットになるものも多々あります。許しがたいほど嫌いなものや不快だがそこまででは無いもの、人によって悪(嫌いなもの)に対する認知は色々です。例え気が乗らなくても納得して必要悪だと許容し、正義を振りかざす事を抑制する訳です」
「悪を無くせないから取りあえず必要悪と考えて許容しろと言いたいわけですね?」
「ええ、だから悪を無くすには個人レベルの努力が必要と言う事になるのです。自分の嫌いなものを克服するのはやはり自分自身ですからね」
「しかし、それではまるで正義こそが人類にとって悪に聞こえてくるのですが‥‥‥」
「そうですね。先ほど記者さんが言いましたよね、嫌いなものを克服するのは苦行であると」
「ええ‥‥‥」
「正義のを振りかざした方が単純で簡単です。だから人は自分と同じ価値観を持つ者を求め、自分たちこそ正しいと数の暴力で価値観を押し付けたがるのです。そちらの方が単純で簡単なのですから、感情の赴くままストレスなく行動できる。そちらに走りたがるのも仕方が無い事です。ですが本当にそんな正義が世の中を良くするのでしょうか? 私は総帥閣下の話を聞いて結局正義が何かを持たらす事は無かったのではないかと思い始めてるんですよ。勿論、良い方向に収まった事例もあるでしょう。だがそれは表面上の事で裏には様々な問題が隠れている。或いは新たな問題が現れる。そのように思えるのですよ」
「あ~、ハァ‥‥‥ですが行動しなければ、その必要悪とやらで苦しみ続ける人々がいる事になります。彼らやその問題を放置する事が良い事だとは思いませんが」
「確かにそせいで苦しむ人が居るのは事実、それを解決した事で新た問題が起こりそれを皆が悪だと認識すればそれを解決しなくてはならなくなる。人間はそうやって問題を解決し、そして新たな問題を生み出してまた解決しようと藻掻くわけです。しかし総帥閣下は、それを解決するためには事を成した正義は早々に消えるべきだとも仰られていました」
「正義は消えるべき⁉」
「はい、総帥閣下は正義が事を成した後も続く事になると、その正義自体が悪に転じてしまうと仰られました。だから本来悪は正義では無く法で解決せねばならないとね」
「悪を取り除くのは正義では無く法だと?」
「はい、総帥閣下は法とは正義と悪の衝突を無くすために作り出されたものだと考えておられる様で」
「如何言う事ですか?」
「あくまで総帥閣下の考えですが‥‥‥先程のようにAさんとBさんが喧嘩してお互い相手が悪いと言ったとしましょう。そうなると両者とも自分が正しく、相手が悪いと言う事になりますが、法に照らし合わせると別の見方が出来ると言う訳です。先にBさんがAさんの悪口を言ってAさんを怒らせたとしたら、AさんはBさんに侮辱された名誉を傷つけられた事になります。そうなると侮辱罪や名誉棄損の遂になりますでしょ」
「まぁ、そうなりますね」
「或いは何もしていないBさんをAさんを急に殴ったとしたら? Aさんは暴行罪や怪我をさせれば傷害罪になります。この様に法に照らし合わせてみた場合感情では無く決められたルールで公正に裁かれるのです。あくまでも一例ですが」
「成程‥‥‥」
「正義と言う人の感情で動くより、よっぽど合理的だと思います。法であれば決められた事に従い公正に裁ける。と、あの御方は考えておられるのですよ」
「そうですか、しかしその法自体が正義と言われてますけどね」
「まぁまぁ、確かにそうですね。ただ、あれ以来たまに考えるんですがね。これって便利だなと最近気づいたんですよ」
「便利ですか?」
「ええ、ホラ記者さんが言ってたでしょ」
え、俺⁉ 俺なんか行ってたっけ?
「え~と~、なんでしたっけ?」
「総帥閣下が偽善者だと」
「あゝ‥‥‥」
すっかり忘れてたよ。確かに俺はネクロベルガーを偽善者ではないかと疑っている。自腹でアレだけの規模のミシャンドラ学園を運営しているんだ。何か彼なりの目論見があるんじゃないかと、クエスでなくても思ってしまう。ここに来る前、少しだけネクロベルガーの事を調べて彼が孤児で、ドレイク夫妻に引き取られたのは知っている。
ドレイク夫妻はボランティア精神に溢れる人たちで、特に孤児院への寄付などを行っていて、義父母の遺志を継ぐように彼もミシャンドラ学園を開校して孤児たちを学園で養っている。支援のスケールだけなら義父母を超えているだろう。だが最初はこれらを皇帝サロスに助言して建てさせ、さらにその維持費を賄うために新たに税を国民に課したのだ。サロス死後に摂政となった自分の権限で消費税を廃止して、国民からの支持を集めてたし! あれは間違いなく人気取りに走っていたと思う! 其れも自作自演だろ⁉
無論、孤児たちを救うのは良い事である。親がいないだけでその子たちの将来を閉ざす事は避けたい。だが‥‥‥。
「ですが偽善者と罵られたとしても、あの方自身は偽善者だとは微塵も思っていないって話です」
「ええ、その理由が善悪を好き嫌いと捉えているからだと」
「その通りです。その考えだと偽善とは、嫌いだけど好きだと偽っているという事になるのです」
「はいぃ?」
「偽りの善ですので偽りの好きになります!」
「えっ⁉ ああ、ハイ、そうなりますね」
「好きと偽っていると言う事は、元々は嫌いだと言う事になりますよね!!」
「で、ですね」
な、なんだろう。急に学園長代理が圧を掛けて来ているんだけど‥‥‥。
「と言う事は、自分は好きと偽って嫌いな事をしているのが偽善者だと言う事になるんですよ!!!」
「あゝ確かにそう言う考えになりますね‥‥‥へぇ?」
「分かっていただけましたか!!!!」
「イヤ、それは‥‥‥」
俺が否定的な意見を言おうとしたら、学園長代理が立ち上がってテーブルに手をついて顔を近付けて来た。
え、何? 顔近いんですけど‥‥‥。
「分かっていただけましたか!!!!!」
「は、はい分かりました!」
何でここだけそんなにゴリ押しするんだよ!
だが確かに善悪が人の好き嫌いに由来すると言うなら、そう言う考えになってしまうのか持しれないな。
「こういう考えであれば例え人から偽善者と後ろ指差されようが自分の胸に手を当て考えればいいだけなのです。自分が今やっている事は嫌いな事なのか。好きでやっていると思えるなら偽善者では無いと言う事になるのです。自分で自己完結が出来ると言う訳です! 此れって便利だと思いませんか⁉」
「な、成程‥‥‥」
確かに偽善者と罵られて凹んだりする人は居るかも知れないけど‥‥‥。
抑々偽善者とは「本心では無くうわべだけで善行を行う人」の事だろ。いい人ぶって何かメリットを得ようとする人の事だ。メリットがあるなら好きでやっていると言えるのではないか? メリットが無いからやりたくないと言う訳では? まぁ、ボランティアとか余り損得勘定では測れない事も人はするからな。しかし何か破綻していないかこの考え? だからゴリ押したのか学園長代理は。
「まぁ色々言いましたが、私自身、最近ではこの考えは総帥閣下のマイルールみたいなものでは無いかと思っているんですよ」
「マイルールですか。あゝ成程、予め決めたルールを行う事で変に悩んだり迷ったりしないようにするあれですね」
「そうです。総帥閣下にとって正義や悪というのは人の好き嫌いによって生み出されている様に見えたのかも知れません。彼奴らは嫌いだ、だから悪だ、正義の名の下に攻撃してもいいだろうと。悪なら攻めても他人から批判されたりしないだろうとね。もし非難されたら止めてまた別の攻撃しても非難されない「悪」を探しだして攻撃する。そんな事を繰り返している様に映ったのではないでしょうか」
「あゝ其れなら納得できますね。未だに虐めだなんだってありますからね」
「あ、勿論当学園にはありませんよ虐めなど!」
本当かな~と疑いの目を向けるが、学園長代理は真剣な顔で俺の目を見て来る。まぁ信じてあげよう。
「あと、さっきも言いましたが‥‥‥」
「えっ⁉ な、何ですか?」
学園長代理が急に俺の背後を見て話すのを止めたので、俺は後ろに何かあるのかと思って振り返る。すると其処には大きなアンティーク調の時計があった。
そう言えば、この部屋アンティーク調の家具が揃ってるな。俺、興味無いからスルーしていたぜ。学園長代理の趣味か? だが多分、本物は一切ないと思う。こう言うアンティークや美術品はエレメストから外に持ち出されないための条約があるからな。宇宙にあるアンティークはレプリカが殆どだ。要するに宇宙に持ち出されて事故だったりなんだったりで貴重な文化的遺産が消失する事を避けるための法案だ。
とは言え、絶対に宇宙に無いとも言い切れない。そう言った美術品を密輸する業者は後を絶たないからな。前にも歴史的絵画が宇宙に上がりそうになったのを摘発したというニュースがあった。
だからレプリカを作って宇宙移民に販売する商売がある。当然量産しているから安い。
とは言っても、モノによっては一流の芸術家や職人がレプリカを作っているから庶民からすれば結構な値段がするものもある。それに、安い量産レプリカを一流の芸術家のレプリカだと偽って大金をせしめ様とする詐欺も横行していると聞く。
で、俺は何考えてんだ。アンティーク調の時計が何だってんだ‥‥‥あ!
「もうこんな時間ですか」
俺は時計の針が午前12時を過ぎている事に気付いた。学園長代理との話し始めたのが結構遅い時間だったから詮無い事だが‥‥‥。
「すいませんこんなに遅くまで付き合わせてしまって‥‥‥」
「いえいえ、私暇なんで」
私暇と言われて笑うしかなかったが、これ以上は無理だと切り上げる事にした。最後に学園長代理が何か言いかけたのが気になったが、それはまたの機会にと言う事にした。次の機会があるといいんだけど。暇って行ってたから案外すぐに話せたりして‥‥‥。
そんな一縷の望みを抱きながら俺は学園長代理と別れ、タクシーで宿に向かう。
「ハァ~、今日は疲れた。明日はレラジエシティに帰るのか‥‥‥シャワー浴びてっさっさと寝るか」
俺は今日の疲れを取るためにシャワー室へと向かった‥‥‥